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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 5 婚約騒動と王妃の茶会
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81 悪役令嬢は言葉を風に乗せる

中庭で剣を振るいながら、ジュリアとアレックスは会話する。

「そもそもお前がはっきりしないからっ」

カキン!

「婚約なんて知らねえよ!」

ザッ!

「どうだか、なっ」

ブン。カキン!

「俺は、他に……」

ザザッ。

アレックスが芝生を踏み後退し、ジュリアがすかさず攻め込む。

「好きな女がいるのか?」

ガツ。カキン。

「い、いない!」

力技で払いのける。ジュリアが肩で息をし、間合いを置く。

戦いの興奮のせいだろうか、なんとなく身体が熱い。息が上がるのが早い気がする。これが魔法薬の効果か。アレックスも同じように息が荒い。

「ハア、ハア……」

「ジュリアン……俺……」

アレックスはつらそうだ。体力はジュリアよりあるはずなのに。

先ほどの動揺は何だったのだろう。やはり、好きな女がいるに違いない。やがて親友の自分より彼女を選ぶ日が来るのだろうか。

「まだまだぁ!続けるぞ……ハアッ!」

ガキン。剣の柄が当たる。ジュリアの力では押し戻されてしまう。強い視線が絡み合う。

「……ジュリアン、綺麗だな」

変声期のハスキーな声。至近距離で囁かれ、ジュリアの脳髄が痺れる。

ダメだ。

こんなのおかしい。綺麗だなんてこいつが言うわけない。

攻略キャラだからって天然で口説き文句が出てくるのか?他の誰かにもこうやって囁いているのだろうか。耐えられない。金色の瞳が自分以外の誰かを優しく見つめる様を見たくない。

嫌だ。ずっとそばにいたいのに。

「アレックス……好き……」

自然に言葉がこぼれた。練習のせいで気が昂っているからか。

瞠目したアレックスが満面の笑みを浮かべると、ぶつかり合っていた力が緩み、二人の剣が芝生に転がった。ジュリアが押していた勢いのまま倒れこみ、アレックスの背中が地面についた。

「ジュリアン、俺も……好きだ」

幸せそうな顔をして寝転がる幼馴染に顔を摺り寄せ、悪戯っぽく笑いながら鼻と鼻を合わせて瞳を覗き込む。痺れを切らしたアレックスがジュリアの後頭部に手を添え引き寄せる。ジュリアは首筋を撫でたアレックスの手を掴んで、自分の頬に当てる。

「アレックス……私、本当は……」

本当は女だと言ってしまいたい。ああ、でも、なんか……ねむ……い。

「ジュリアン?」

無骨な少年の指に髪を撫でられて、ジュリアは眠りに落ちた。


   ◆◆◆


「おはよう、ジュリア」

ジュリアが自室のベッドで目覚めた時、傍らでエミリーがにやりと微笑んだ。

何か夢を見ていた気がするが……いやにすっきりした気分だった。

「うーん。あれ、私、寝てた?」

「うん。アレックスと稽古して、疲れてうたた寝したみたい」

よく覚えていないがそうなのか。身体に残る疲労感は確かに、剣の練習の後のようだ。

「ところでジュリア」

「ん?」

「私が作った魔法薬飲んだでしょ」

「……バレたか」

「空瓶が置きっぱなし」

「う……」

「お父様に渡すつもりで作ったのに」

「ゴメン」

「別にいいけど……覚えてる?」

「何を?」

ジュリアがきょとんとして聞き返すと、エミリーは小さく頷き、何でもないと言った。

「あれ?アリッサは?」

「ジュリアをここに運んだ時にはいなかった。書庫じゃない?」

気分が晴れない時には書庫に籠るのがアリッサのストレス発散法だった。今頃一心不乱に小難しい本でも読んでいるのだろう。

「立ち直ってくれたみたいでよかった」

「うん」

にわかに門の辺りが騒がしくなった。母とマリナが帰ってきたようだ。

「今日の夜は、皆で話すことがたくさんありそうだね」

ベッドから出て玄関ホールへ走って行った姉を見送り、エミリーは窓を開ける。小さく呟き人差し指を唇に当ててから、流れる風に沿って滑らせると、木々がさわさわと動いて応える。

「ジュリアは覚えていなかった」

エミリーの一言は風に乗り目的地へ行くだろう。アレックスはどう思うのだろうか。

昨晩作った魔法薬は、普段父にあげている薬と同じような滋養強壮の効果はない。飲めば素直になる薬、とでも言うのだろうか。強度の興奮により自白を促すもので、体力の消耗が激しくなることと強烈な眠気が副作用だ。さらに、一度寝ると何を話したかきれいさっぱり忘れてしまうオマケつきだ。父に飲ませれば、アリッサの婚約の件をつまらない意地で決めたのだと白状するはずたった。


   ◆◆◆


先刻。

キスをしていた(ように見える)ジュリアとアレックスの傍へエミリーが到着した時、ジュリアはアレックスの上で熟睡していた。話を聞けば、二人で瓶の中身を分け合ったようで、先に飲んだジュリアが多く飲んだようだ。アレックスは体力を消耗していたが、寝るほど効いてはいない。

「キス、してた?」

エミリーにじっと見られ、アレックスは激しく狼狽えた。腹筋を使ってジュリアを抱きかかえたまま起き上がり、真っ赤になって俯く。

「……してない」

「そう」

――何だ、つまらない。

「……何だよ。悪いかよ!」

「別に」

唇に笑みを浮かべて見下ろす。

「言いふらすのか?」

「言いふらしてほしい?」

「やめろ。男同士でキスしてたなんて侯爵様に知られたら、ジュリアンもつらいだろ。俺だって、父上に知られたくない」

男同士???エミリーの顔に緊張が走る。

ジュリアは秘密――女だって打ち明けていないのか?話す前に眠ってしまったのか。面倒くさいことになった。

「キスはしてないからな!……好きだ、とは、言ったけど……」

「未遂ね」

「誰にも言うなよ、エミリー。俺は二人の秘密を墓場まで持っていく覚悟だ」

固い決意に燃えたアレックスに抱きかかえさせ、エミリーはジュリアを部屋まで運んだ。「軽い……」などと独り言を呟いて、彼が終始顔を赤くしていたのを見て見ぬふりをしながら。


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