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悪役令嬢が四つ子だなんて聞いてません!  作者: 青杜六九
ゲーム開始前 5 婚約騒動と王妃の茶会
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80-2 悪役令嬢は王太子と決別する(裏)

【セドリック視点】


「殿下?」

「君には名前で呼んでほしい。マリナ」

観念したように彼女は僕を呼んだ。

「セドリック様」

前に会った時よりマリナは美しくなっている。時折迷惑そうに僕を見る長い睫毛に縁どられた紫の瞳も、触れようとすると躱される銀髪も、毎日見ていたいほどだ。

「会えてうれしいよ」

「昨日もお会いしましたよね」

「うん」

「私にも予定があるのですが」

「知っているよ」

「侯爵令嬢が王宮からの呼び出しを断れると?」

彼女は怒っている。微笑んではいるが、目が笑っていない。こういう表情もたまらない。

「断れないよね」

「無駄に権力を行使するのはやめていただけます?今日だって、王妃様から直々にお母様へお手紙をいただいて」

「うん。君に会いたいって相談したら、母上が協力してくれたんだ」

呆れた顔で彼女は溜息を吐いた。なんだかんだで嫌々でも付き合ってくれる。優しいな、僕の天使は。

「それで、今日は花が見事だとか」

「今日は向こうの花壇が咲いていたよ。君に良く似合う青い花だ」

青い花が咲く植え込みは、少し離れたところにあった。マリナの手を引き庭園の迷路に入る。わざわざ迷路を抜けなくても行けるところに花はあるけれど。迷路を作っている木々は僕達の背丈よりも高い。子供は迷ったら出てこられない。

「僕はこの庭園を知り尽くしているから、迷わないよ。大丈夫」

怯えるマリナの手を撫でると、照れたように身じろぎして手を放そうとする。

「はぐれてしまうよ。手を放さないで」

「でも……」

繋いでいた手がじっとりと濡れているのに気づき、僕は慌てて服で手汗を拭った。

「ご、ごめん。気持ち悪かったよね」

「はい。ベタベタして不快です」

素直なところは彼女の美徳だ。僕の心に言葉の矢が突き刺さり、痺れるように胸に広がる。

「君の言うとおりだ。……こっちだよ」

僕は手を繋ぐのを諦め、彼女の背を押した。


青い花が咲く木の前で、僕は彼女の髪に花を挿す。

「君にはこういう青い色が、本当によく似合うね」

深い青は僕の瞳の色だ。

「花はすぐに萎れてしまうけど、もう少し大人になったら、萎れない青を君の頭に載せてあげるよ」

王や王太子が結婚する時、自ら妃になる女性に冠を被せる儀式がある。彼女の美しい銀の髪に戴冠させるのは僕の役目だ。無意識に彼女の手を取って夢想していると

「セドリック殿下、私はあくまで候補の一人にすぎませんわ」

などと、マリナは遠慮がちに言う。

「王立学院に入学すれば、もっとたくさんのご令嬢が殿下のお傍に……」

「要らない」

雑魚が束になってかかったところで、君に敵うわけがないだろう?

そんなこともわからないのか。

「殿下?」

「君しかいらないよ、マリナ。僕は君がいてくれたら……」

他に何もいらない。だから、僕を受け入れてほしい。

「待って。ま、ちょ、一旦止めて」

「どうしたの?」

珍しくマリナの令嬢スマイルが崩れる。視線が彷徨っている。

「あの、ですね。そのような発言は慎んでください」

「いけないかな」

いけなくないよね、むしろ歓迎でしょ。君は王太子妃になるのだから。

「未来の国王となられる方が、軽々しく女性を口説くのはよろしくありませんわ」

君以外に口説いたことはないけれど。

「マリナは、僕に口説かれるの、嫌?」

嫌だと言われたら立ち直れないが、彼女が嫌だと言わない気がして、僕はたじろぐマリナをじっと見つめた。

――もう少しだ。

もう少しで彼女の心が手に入るような、根拠のない自信があった。

「セドリック様に口説かれても、私、何とも思いませんわ」

何だって?

堂々と宣言するマリナには、女王のような風格を感じる。見下ろすような視線はどこまでも冷たく、鳥肌が立つほど鋭く美しい。

「どういう、意味かな?」

一年以上に渡って、愛を語らってきたつもりなのに。

「私、剣の稽古を逃げ出すような方に魅力を感じないと、以前も殿下に申し上げましたわね。学問の講義の時間に呼びつけて口説くような、王太子として責任感のない態度が許せませんの」

「そんな……」

彼女の言うとおりだった。僕は歴史の勉強も外交の勉強も放って、彼女を王宮に招いては口説き落とそうとしていた。

全て無駄だった。

愕然としている僕を遠くから母上が呼んでいる。

「あら、もうお暇する時間のようですわね」

スカートを翻して立ち去るマリナは、迷路の脇を通り抜けて行った。

わざと迷路を抜けたことに気づかれていたなんて。僕は二重に衝撃を受けた。


   ◆◆◆


翌日。

王立学院院長である歴史学博士が僕に勉強を教えに来た。

「はあ」

「私の話は退屈ですかな、殿下」

「殿下がこんな様子なのは、いつものことでしょう」

当然のように一緒に講義を受けているレイモンドこそ、博士の話が退屈に決まっている。一つ年上のハトコは、図書館に通い詰めるくらいの本好きだ。歴史書も一通り読んで頭に入っているらしく、先ほどから博士と熱心に議論している。

「君は楽しそうでいいな、レイ」

「マリナ嬢に振り向いてもらうために、勉強を頑張るとおっしゃったのは誰でしたかね」

「うるさい。……不純な動機で図書館に通う奴に言われたくない」

レイモンドがマリナの妹と図書館でいちゃいちゃしていると噂に聞いた。というか、宰相が話していたんだっけ。嬉しそうに。息子の醜聞を広げる新手の親バカか。

「今までサボっていた分も取り返さなければいけませんね。……先生、次に進みましょう」

博士が次の章を説明する声が遠くなり、僕は瞳を閉じた。


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