有限の極限 (Proof of my existence. より)
「コッホ曲線」
虚ろな面に浮かぶ
等しき三つの境界線に秘められた
彼は、唯一人で完結していた
空しく、ただただ広がる
"時間"、"厚み"という軸を
失った世界の中で
彼は、ただひたすらに在った
寒さも、温もりも、色も、光も
全てが無い世界で、
ただ一つだけ"孤独"を
知っていたし、思っていた
そして、
己の外が"無限"である事も
知っていたのだった
悠久に過ぎる時間さえも、
そこには無いのであったが
絶え間なき (あまねく広がる)
"孤独"に (平行線で作られた)
耐えかねて (あまつ空の平面)
己の世界を広げてみた
その無限の平原へと
続かぬ夢幻の最中に
境界の真ん中を取り除いて
交わる、一点に収束する
二つの線分が、
三つ、三つ、出来た
秘められた己の、手を
途切れ途切れの60°の外に
伸ばしてみるけれど、届かない
――――届くけれど、何もない
そう、彼は初めて知ったのだ
"己"に満ち満ちている" "を
"外"に満ち満ちている"∞"を
固定概念の消失の先に
自己観念の喪失を、神は、
見てしまったのだし、
知ってしまったのだ
計り知れぬその世界を、
神は恐れた……万能が故に!
彼は恐れた……愚かにも!
そして彼は、一つ
成長をするのだった
全ての終わりに、
くり抜かれた境界の
その端から再び、線を
伸ばして、あれあれ?
交互に真っ直ぐ交差する筈の
三つはしかし、60°に収束
ほらほら、
―――――三角形から六芒星へ
―――――大きくなっちゃった
斯くして、愚かな神は知ったのだ
――――知ったと、錯覚するのだ
永遠に、これを繰り返せば
もっともっと大きくなって
やがて自分が"無限"になれるのだ、と
理解の及ばぬ、その概念を取り込むべく
―――――――――――――――――――
辺を区切る
真ん中を刳り抜く
境界の端を60°に収束
―――――――――――――――――――
ずっとずっとずっと……時間無き世界で
永遠に永遠に永遠に……続けているのだ
やがて、夢幻に浮かぶ茶番の、
その遠い遠い"果て"に神は……
在るのか判らぬ"果て"で神は……
――――無限が無いのだと、知るのだろう
―――――――――――――――――――
それはそうさ、当たり前さ
何故かって?
これは、ヘルゲ・フォン・コッホが紡いだ
無限と有限の問いなのだから、さ
―――――――――――――――――――
0と1のコードで繰り返される
その画面の果てに
哀れなる神は、知るのだろうか
無限大の長さを持つ事は出来ても
己の大きさが、やがて
収束してしまう事を
無限を求めた神は
無限大の長さを持つに至るが
その大きさは、本質は
どうやっても、収束してしまう
ああ、何とも、愚かな話な事だ
「当然な僕らの、非当然な僕ら」
人の為に世界が
ある訳では無いし
世界の為に人が
居る訳でも無い
更に言ってしまうと
するならば
動物だって、植物
だって、全部ふくめた
自然だって、世界の為に
在る訳では無いのだ
この世界には、何も
必要では無いのだが
それでも僕らは、変わらず
"ココ"に居続ける、さも、
当たり前といった顔で
ならば、なれば
非当然的な、僕らの世界が
理不尽である事は
当然的な、帰着では無いだろうか
絶望するな
諦めるな
ココが苦しいのは当たり前で
あるのだからさ
希望を持とう
幻想を抱け
ココに居る事が当然だと、叫んで
朽ち果てて行く、為にさ




