表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ホラー小説シリーズ

花を手向ける男の話。

           「貴方、幽霊に取り付かれていますよ?」

               「ええ、知っています。」


俺は今は風が吹いたら倒れそうなぼろ家に住んでいる。

金の問題ではない、きちんと貯蓄はあった。

会社を休職して久しいとは言え、元々派手に使う質でもないのだ。

いや、そんな派手に遊ぶ気力は根こそぎ無くなってしまった。

俺の妻の残した、たった一人の子供が亡くなってしまってからは。

妻は芯の強い人だったが、その代わりと言うように体が弱かった。

彼女とは学生結婚で随分長い間一緒にいた。

だから、季節の変わり目に風邪を拗らせて、

あっけなく逝ってしまったのが、今でも時折信じがたいくらいだ。


俺は妻がいなくなってから、まだ幼い一人娘の優菜の手を繋いで途方にくれた。


仕方がないので、疎遠になっていた実家に応援を頼み込んだ。

俺はと言うと、優菜が将来何を目指しても金に困らないように

日々働いて貯蓄するので精一杯だった。

忙しい毎日を送っている内に、優菜はあっという間に小学生になった。

俺は日頃余り構ってやれなかった罪悪感から、休日に遊園地にでも行こうかと言った。

そうしたら、あの子は本当に嬉しそうに笑ったのだ。

もっと早く言いだせばよかったと、俺は後悔をした。


優菜は普段物静かな様子と打って変わって、

遊園地では随分はしゃいでいて楽しそうだった。


俺は、心底来て良かったと思った。


あの子が事故に遭ったのはその帰り道のことだった。

優菜は道を渡る最中、いきなり繋いでいた手を離して走り出し、

そこに運悪く走ってきた信号無視のトラックと正面衝突した。


こうして娘は天国に行ってしまった。


俺はこの後の事をよく覚えていない。

ただ、実家から腫れ物に扱うような目で見られたのと、徐々に眠れなくなっていったことは覚えている。

やげて、睡眠薬に頼るようになった俺は同僚の勧めで病院に行き、鬱病の診断を受け、休職した。

俺は優菜と今まで暮らしていた家から逃げるようにして出て行ったのもこの後のことだ。


その後、色々な安い物件を見て回ったのだがその中で一番ぼろ屋だったのがこの貸家である。

何だか自分にはお似合いだと言う気がしたし、

曲がりなりとも一軒家の癖して月1万円と、正直な所呆れるぐらい安かった。


こうして、俺のぼろ家での1人暮らしがスタートした。

しかし、夜は相変わらず寝つきが悪くて眠れない。

そんな時である。

誰もいないはずの家から子供の足音らしき、パタパタと言う音が聞こえたのは。


優菜かと思った。


正直に言おう、俺に込み上げたのは喜びだった。

妻を失い、子供を失い、灰色になった俺の世界がほんの一瞬確かに色づいたのだ。

その次の日も次の日も、足音は続いた。

やがて俺はその足元の主がいる地帯に眠るようになっていった。

ある夜、ふと寝苦しくて目が覚めると見知らぬ子供が体に乗っていた。


優菜ではなかった。


その子供は半透明だったが、そんなことはどうでも良かった。

君はどうしてここにいるんだいと優しく尋ねると、子供は吃驚したような顔をした。

曰く、俺が優しそうな人だったからついて来てしまったらしい。

そんなことを言われたのは妻以来で思わず微笑んでしまった。


こうして、俺と子供の奇妙な二人暮らしが始まった。

彼曰く、ここの家は他の場所に比べて居やすいらしい。


子供の名前は由紀と言った。

活発な子供だったが、余り両親から構われずに育ったらしく、

大人から優しくされたかったらしい。

優菜もそうだったろうか、そう俺は考え込んでしまった。

多分、初めは重ねて見ていたのだろう。

それでもやがて、彼の事を知る内に由紀以外の何物にも見えなくなって行った。

時間だけはたっぷりあったので、どうでもいい話を山のようにした。

それから、絵本を買ってきて由紀によく読んでやった。

彼がそうして欲しいと強請ったからだ。

俺の拙い朗読をそれでも由紀はとても喜んだ。


時間を重ねれば重ねるほど彼とは親しくなって行き、反対に俺は体調を崩して行った。

寝込むことも多くなり、由紀は心配そうな顔をすることが多くなった。

全くどうしようもない大人だ。


そして、ドラッグストアに買い物に行った帰り道、

へたり込んでしまいベンチに腰掛けていたら、妙な男に冒頭の言葉を言われたのだ。


「死者と生者は相容れない。貴方が体調が悪いのもそのせいです。」

「そうですか。」

俺はどうでも良かった。

もう、失うものは何もないのだ。

それでも道すがら、その妙な男は着いて来て撒くのに手間取った。


「ねえ、おじさんが体が悪いの僕のせい?」

由紀は悲しそうな顔をして聞いてきた。

俺が内心舌打ちをして聞いてみると知らない男に言われたのだと言う。

どうせ、あの妙な男だろう。いらないお節介しやがってと俺は胸中罵倒した。


「多分そうだと思う。」

俺は一呼吸置いて行った。


「けれど、気が済むまでここにいていいんだ。

今まで十分寂しい思いをしてきたんだから、これ以上はいいだろ。」

俺が吐息交じりにそう言った。

孤独の辛さは、骨の髄まで沁みるほど分かっていた。

なのに、こんな小さな子供を突き放すことは到底出来なかった。


だが、由紀は静かに首を振った。


「良くないよ。おじさんが沢山遊んでくれたら、もういいんだ。」

「そうか。」

「うん。」

何だか、息子に置いて行かれる親父の気持ちで彼を見た。


「俺がニートだったことに感謝しろよ。それから天国に行ったら、うちの娘と仲良くすることを許す。」

「なにそれ。」

由紀はクスッと笑うとゆっくり透明になって消えて行った。

ああ、良かった。別れ際は笑顔だった。

俺は静かにそう思った。


優菜の墓参りにきちんと行けるようになったのはその後だった。

俺は多分、失ったと認めるのが怖かったのだ。

こうやって、一歩づつ進んで行く。

それでも踏み出すきっかけを与えてくれた子供や娘の事は忘れることはないだろう。


そして十年経った今でも俺は彼等に毎年花を手向けている。

せめて、来世では幸せに。

それがたった一つの願いだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の家族との別れ方がとても悲しくて、だから余計に由紀くんとの別れが涙を誘いました。 読んでいてとても切なかったので。 由紀くんの無邪気さはきっと、主人公の癒しになっていたんだろうと思いま…
[良い点] ほのぼの、でも少し寂しい不可思議譚だと思います。 娘を失ったつれづれに、との発端が衝撃的ですが、ニートの俺ののんびりした感じと由紀くんの不思議に気さくなキャラでお話に救いがあり、非常に心地…
[一言] ちゃんとした別れなんてそうそう出来ないのかもしれない。 主人公みたいな家族との別れを経験したら、それを現実だとは認められなくなってしまうだろうなと思いました。 だからこそ、最後の別れの描…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ