中編4
ーーPM10:45
「音が振動だって説明しただろ?その振動でグラスが割れる事も……つまり俺は、その振動で脳を刺激しようと思ったのさ」
ーー音の振動で脳を直接刺激する……そんな事が本当に可能なのか?修二はこれまでの経緯を話し始める。
「もちろん直に脳を叩いて音を聞いた事があるワケでも無いし、声で直接刺激出来ると思ってもいなかった」
「……実際にそんな事が出来るなら、今頃は皆が超能力者だろ?」
問い掛ける様に首を傾げてニヤリと笑った。
「……確かにそうだな。でもそれなら音と振動は関係無いんじゃ?……それにキャプテンの仮説に基づく実験も失敗だったんだろ?」
「……さっき『あまり』って言わなかったか?確かにアキの言う通り、振動が脳にはそれ程影響が無いのかもしれない。でも俺には幼い頃から他人とは違う経験があった……」
「……そうか。脳に電流が走るか!」
「そう。俺には脳に電流が走る経験があったんだ。そして、これまでの実験では実際脳に電流が走る事も何回かはあったんだよ」
「……だから『あまり』だったのか……」
「ああ。俺の実験では脳を刺激する事は出来ても覚醒させるまでには至らなかった……でもその電流が走る感覚を身体に覚えさせる事が出来たんだ……これが後で活きてくる事になる」
「……ここからはイメージの話な」
そう言って目を閉じ、両手を耳に当てる。
「声でグラスを割るって発想は、俺にとって予想以上のヒントになった。目を閉じて脳を……もっと言えば電流が走った感覚をイメージする。そして声を使って脳を刺激する場所、実際に電流が走った場所だな……を探り当てる……広い海で魚群を見付けるソナーみたいなイメージかな」
「……音の高低、強弱、長さ……実際にはかなり繊細なコントロールが必要なんだ」
「最初はこのワイングラスを使ってそれらをトレーニングしていた。実際にワイングラスを震わせる事を目標にしてね」
目を開けた修二は徐にワイングラスを手に持ち、クルクルと回して眺めている。
「……だから『ああぁぁ』って波のある声を出していたのか……ん?と言う事は、俺でも声を上手く操れれば超能力者になれるって事か!」
閃いた様にグイッと身を乗り出し修二に顔を近づける。
「……それはたぶん無理だ。アキは脳に電流が走る経験をした事が無いだろ?それにこればっかりはセンスもあると思う」
「……それと時間的にも。俺がボールを動かせる様になるまで半年かかったからな」
「……そっか。そりゃそんな簡単に出来るワケないよな~」
ーーもしかしたら自分も超能力者になれるかもしれない……淡い期待に胸が膨らんだ彰彦であったが脆くも崩れ去った。
ーーーー
「今迄のキャプテンの話しを簡単に纏めると、脳を覚醒させるためには2段階あって、電流が走る経験と声を操るテクニック……これで合ってる?」
「……大体な。実際にはセンスもあるし、先に電流が走る経験が無いと声を操る感覚は分からないと思う」
ーー幼い頃の経験、それを忘れない探究心、日々の努力、センス……そして偶然をモノにする運。全てが奇跡的に合わさった、まさに偶然の産物と言えるのかもしれない。
「……なる程ね~。キャプテンの実験も無駄じゃ無かったワケだ」
そこまで聞いた彰彦は、両手を頭の後ろで組みゴロンと横になった。
ーーーー
「すっかり話し込んじまったな。せっかく差し入れを買ってきたんだから飲もうぜ」
修二の部屋に来てからどれ位の時間が経ったのか、ヤカンの水が無くなりかけていた頃、彰彦は2本目の缶ビールの詮を開ける。
「……ああ、サンキュー。でも俺はいいや」
「あれ?キャプテン飲めなかったっけ?久しぶりだから忘れたわ」
「いや……飲めるけど、酔うとコントロールが難しくなるからさ」
何故か彰彦の誘いを断る修二。
「……コントロールって、まだ何かやるのか?」
つまみのお菓子をほおばりながら不思議そうな顔で修二を見ている。
「……まぁな」
「そっか。そりゃ楽しみだ」
「あ……なぁキャプテン、その力を使って一体何をしたいのさ?」
ふと疑問に思った事を素直に修二にぶつける。
「……アキならどうする?」
「俺?……ん~そうだな……俺ならテレビとか雑誌に出て金儲けでもするかな」
「……金儲けか。確かにそれもいいかもな」
「違うのか?何だよ、キャプテンは何に使うのさ?」
「……あ、分かったぞ!……お前まさか……」
グッと握り締める缶ビールがギシギシと軋み音を鳴らす。
「その力を使って……世界征服を企んでるだろ!?」
大真面目な顔で修二に迫る……その眼差しは本気そのものだった。
「…………」
「…………ぷっ」
「あっはっは!世界征服か、アキらしいな」
真剣な彰彦の問い掛けに『懐かしさ』と『らしさ』を覚えた修二は、思わず笑顔が溢れた。
「笑ったな?こっちは真面目に聞いてるのに!」
修二に馬鹿にされて恥ずかしくなった彰彦は顔から火を噴いて赤面していた。
「なぁ……マジで何をするのか教えてくれよ」
「ん?……そんなの決まってるだろ?」
笑顔から一転、落ちついた声で話す修二の表情が徐々に険しくなっていく。
「……決まってる?」
「……ああ。俺はこの力を使って……」
ーー言葉を溜めている修二に、周囲が重苦しい雰囲気になってゆく……思わずゴクリと息を飲んだ。
「……俺は……」
「俺は……空を翔ぶんだ!!」
その視線は何処か遠い所を見て小さくガッツポーズを決めていた。
ーーチーン。
「…………」
「ぷっ……あっはっはっは。空を翔ぶってキャプテン、お前の方がよっぽどガキじゃねーか」
修二の予想外の答えに、涙を流して笑い転げている。
「何だよアキ、お前こそ笑い過ぎだ!人が真面目に答えてるのに!そもそも空を翔ぶってのは人類の永遠の夢であってだな、あのライト兄弟も……」
「あー分かった分かった、悪い悪い!あまりにも真面目な顔で答えるからつい笑っちまったよ」
「でも、キャプテンも子供の頃から全然変わってなくて安心したよ」
ーー変わらない事……それがいかに尊い事か、お互いに改めて実感していた。
「キャプテンならいつか絶対翔べるよ。俺が保証する」
「……ダメなんだ」
聞き取れない位か細い声で修二は呟いた。
「え?」
「今のままじゃダメなんだよ……」
「ダメってどういう事だ?実際ボールを浮かせたり出来ているのに、このままトレーニングしていけばその内……」
「……さっきも言ったけど、今の俺じゃボールを動かすのが限界なんだ……」
俯いて話す修二からは落胆の色が見て取れる。
「ん?だからもっとトレーニングをしてさ……」
「ああ、言い方が悪かったな。正確に言うと、声を使ってのやり方だとボールを動かす位までしか脳を覚醒させられないんだ」
「……そうなんか?じゃあ空を翔ぶのは……」
「……無理だな。でもまだ可能性は残っている……」
「可能性?それって……」
「……さっきアキも言ってたろ?リミッターの話を」
「リミッター?……あ、まさか……火事場の馬鹿力……か?」
何気なく言った筈だった自分の言葉に、何故かゾクッと寒気を覚える。
「……ああ。脳をフルに覚醒させるためには『電流』と『声』の他にもう1つ『火事場の馬鹿力』……実際には3段階必要だったんだよ」
ーー完璧と思われた修二の仮説……だがそれにはまだ続きがあったのである。
「……火事場の馬鹿力、つまり自分の生命に危機が迫るギリギリの瞬間……それこそが脳をフルに覚醒させるための最後の引金だったんだ」




