中編2
ーーPM9:22
「話の本題か……俺にも分かる様に詳しく説明してくれよ」
くだらない事だったら直ぐに帰ろうと思っていた彰彦だったが、不思議といつの間にか修二の話に引き込まれていた。
「ああ。……それで俺は7月4日の日を境に脳の覚醒について色々と調べ始めたんだ」
「最初は脳の名称から始まって、各部位の働きや仕組み、それが身体に及ぼす影響とか……」
「……そこまでは分からない話じゃないな。仮に脳外科医を目指している人ならおかしくも無いし辻褄も合う」
「だろ?でも俺はなるべく『逆の発想』を心がけて、自分なりの考えで脳の覚醒を探った」
「探った?……もしかしてそれが日記の実験なのか?」
「……ああ」
暫しの沈黙の後、修二は深く頷いた。
「マジかよ。……それで?その実験の結果はどうなったんだよ?」
「そう慌てるな。順番に話すから」
「……何で俺がアニメのセリフなんかに興味を持ったと思う?」
「……俺に分かる筈ないだろ」
「ただ日記をちょろっと見ただけなのに……って、まさか……」
「……」
修二はあえて彰彦の答えに触れず、ただ黙って目を見ている。
「頭に電気か!」
「はは、さすがアキ。お前も結構頭が柔らかいな」
修二の言いたい事が伝わったのが嬉しかったのか自然と笑みが溢れた。
「そうなんだ。俺は子供の頃、頭に……正確には脳に電流が走る様な感覚に襲われた事がある……何回もね」
「初めは俺も特に気にしていなかった。でもそれが一度や二度じゃなかったら……さすがに気になるだろ?」
「……どうだろうな。キャプテンみたいに物事を深く考える人ならそうなのかもしれないけど、俺にはたぶん無理だ。しかもまだガキだし……」
「そっか。でも人には色々と個性があるからそんなもんなのかもな」
「……っと、話を戻すか」
「アキ、学生時代の俺の印象ってどんなだった?」
「何だよ急に?キャプテンの印象って言えば、大体の人は成績優秀とか頭が良いとか……変人とか?」
「……最後のはちょっと納得いかないけど、おそらく殆どの人はそうだったと思う」
「でもアキ、それは先入観であってただのイメージだ」
「よーく思い出してみ?俺が意外と運動も得意だった事を覚えてないか?」
「……ん~運動得意だったか?……でも確かに言われてみれば野球の時、当時野球部のエースから凄いホームランを打ったりしてたかもな」
子供の頃の記憶を頼りに彰彦は当時を思い出す。
「そうそれ!思い出したか!」
「でも実はそれには秘密があったんだよ」
「秘密?どんな?」
「その頃の俺は脳に意図的に電流を走らせる実験をしてたんだけど、そのメカニズムは当然分からなかった。中学生だったしな」
「……でもたまたま野球の時、ふいに脳に電流が走ったとする。そうするとピッチャーが次に投げるコースが何となく分かったり、ボールが止まって見えたりしてたんだよ」
「……冗談だろ?そんなの信じられるワケないじゃん」
修二の口から出た意外な言葉に、思わず戸惑いと本音が漏れる。
「俺も信じられなかった。だから誰にも言ってなかっただろ?」
「でも後になって考えてみると、当時はそんな実験を繰り返していたから、それが多少なりとも影響していたのかもな」
「……つまり、どういう意味だ?」
「……ここからは俺の仮説なんだけど……」
そう言って修二はステファニーを捲り始める。
「……普段人間の脳は、ってより人間の身体にはリミッターが掛かってる。それはリミッターを掛けないと強過ぎる人間本来の力に、自分の身体が耐えきれないからだ」
「……事故や災害時に腕力だけで車を持ち上げたりする、火事場の馬鹿力ってやつか」
「そう、まさにそれ。それがいわゆるリミッターが外れた状態」
「そのリミッターが外れると残りの脳が覚醒し出すとしたら、ボールが止まって見えたとしても不思議じゃないだろ?」
「……そうなのか?俺には今一分からないな」
「はは、アキは疑い深いな」
「……でも案外科学者なんかに向いてるかも」
「科学者?俺が?」
「……まぁそれはいいや」
「そこで俺はどうやったらリミッターを外せるか色々と試す事にした……頭に電流が走るのが関係していると思ったからだ」
「幸いにも俺は不思議な出来事があったりしたらノートに書く習慣があった」
「……日記か」
「ああ。だから俺はその不思議な体験、脳に電流が流れた時の状況を色々と分析して実験をしていたんだ」
「こっちのステファニーの方には、さっきも言った脳の構造や仕組み、それと具体的な実験の方法とかを書いていたんだ」
「そして俺は1つの結論を出した……あくまでも仮説の、しかも全く根拠は無いけどな」
「……結論って?」
彰彦も真剣な顔で修二の話に耳を傾けている。
「……俺が観た映画にはやたらと重力ってセリフがあるのよ」
「重力?」
「そう。重力に魂を縛られた~とかな」
「……おいおい、話がキナ臭くなってきたぞ」
「悪い。別に変な意味じゃないんだ」
「俺達の普段の生活は地球の重力下にあるだろ?それの意味を考えた事があるか?」
「……まさか。キャプテンじゃあるまいし、一々そんな事を考えるワケないだろ」
「フフ……まさにそれだよ!」
彰彦の予想通りの答えに修二は鼻で笑った。
「ん?独りで笑ってないで分かり易く教えろよ!」
修二の態度が気に触ったのか、彰彦の語尾に熱が籠る。
「……つまりだ。俺が出した結論ってのは、DNAレベルで刷り込まれている、この『世の中の常識』とは違う行動をするって事だったんだよ」
「……なるほど!って全然分かり易くない。マジで意味不明……」
「……じゃあ俺の最初の日記を例にすると、あれはイスから立ち上がって座るって一連の動作だ」
修二は改めてキャサリンのノートを手に取り、日記を彰彦に見せながら語り始める。
「それは分かる」
「あの時の俺はイスに座ろうと腰を下ろした。そこにイスがあるのが当然だと思っていたから……」
「でも実際はそこにイスは無く、俺はそのまま地面に転んだ。完全に思考の裏を突かれたんだよ」
「……ん~……」
「次の日記もそうだ。俺の意識の中では降りる階段は最後の1段だと思っていた。でも実際にはもう1段あって踏み外した。これも思考の裏を突かれたからだ」
「……何となく言いたい事は伝わってくるけど……難しいな」
まだ納得のいく答えを得られていない様子の彰彦は生返事を返す。
「じゃあ例えば、こうやってボールを持った状態で手を離したらどうなる?」
そう言って修二は側にあった野球のボールを右手に持ち、真っ直ぐ腕を伸ばして彰彦の顔の前に突き出した。
「……キャプテン、俺をバカにしているんじゃないんだよな?……普通に考えたら地面に落ちるだろ」
「……そう普通ならな……じゃあもしこのボールが地面に落ちないで、逆にどんどん浮き上がったら?」
「はは、そんなばかな。ありえない」
「……アキ、それがDNAレベルで刷り込まれている常識ってやつだ」
「……どういう意味だよ?」
「つまり俺が出した結論は、無意識にでもそれが当たり前だと思っている『世の中の普遍的な常識』から、少しズレた体験をする事によって意図的に脳を刺激するって事だったんだよ」
「……ん~ちょっと待てよ。キャプテンのその説だと、テレビでよく芸能人が落とし穴なんかに落ちてビックリしているじゃん?」
「もしアレがやらせじゃないとしたら、素で思考の裏を突かれているから、ああいう人達皆が覚醒するって事だぞ?」
「……それはちょっと違う。大事なのは理解する事。その行動で脳が覚醒するって認識する事なんだ」
「……つまり普段から脳を刺激する事を意識するって事か?……でもそれと宇宙に何の関係があるんだよ?」
「……これも俺の仮説なんだけど……」
そう言って修二は考え込んでいる。慎重に言葉を選んでいる様だった。
「俺達が今生きている地球には重力があるだろ?その重力下での生活だと使っている脳が半分だけでも事足りているんだと思う」
「でもそれが宇宙……つまり無重力で生活する様になると、今までの常識が通用しない場面が必ずあると思う。その時に脳は、その環境に順応するため……そこで生きていくために、今まで眠っていた残りの半分が覚醒していくんだと思う」
「……何か壮大な話になってきたけど、あくまでもキャプテンの仮説だろ?」
「まぁな。じゃあアキ……お前に幾つか面白い物を見せてやるよ」
そう言って修二は机の中からトランプよりも二回り程大きいカードらしき物を取り出した。