中編1
ーーPM8:42
「それで……わざわざ俺を呼びつけた訳を教えてくれよ」
1度は帰ろうとした彰彦だったが、修二の迫力に押されてか渋々腰を下ろし買ってきた缶ビールの詮を開ける。
「……そうだな。よし!アキには全部話すよ」
躊躇いがあったのか……修二は炬燵に肘を着き口元で両手を組んで黙っていたが、覚悟を決めた様子で彰彦の問いに答えた。
「……まずはこれを見てくれ」
そう言って修二は再び机を漁り、中から2冊のノートを取り出して彰彦に渡す。
「何だこのノート?1冊は結構新しいけど、もう1冊はえらい古いな」
「……表見てみ」
「表?……キャサリンにステファニーって、名前付けてんのかよ」
2冊の大学ノート……その古い方にはキャサリン、比較的新しい方のノートにはステファニーと書かれている。
「金髪のお姉ちゃん2人だろ?」
そう言って笑っている修二に悪気はなさそうだった。
「……何だこのオチ。それにキャサリンにステファニーって……古くね?」
「そこはキャメ○ンとディ○スだろ」
「実名は色々とマズイ。それにキャメ○ンとディ○スって同じ人だろ」
「ん~、じゃあアナとユキでどーよ?」
「ユキって名前じゃねーし!それに時事ネタは後で見た時に恥ずかしいぞ?」
「……っておい、マジでもう止めとけ!色々と面倒くさいから!」
「チェッ……冗談も通じないのかよ」
軽く舌打ちをした彰彦だったが、その表情は明らかに修二を小馬鹿にして楽しんでいる様子だった。
「……ってか大事なのはそこじゃないから!」
「はいはい。中を見ればいいんだろ」
「……ったく、くだらない事だったら帰るからな」
ノートに名前を付けていた修二に若干引いた彰彦ではあったが、他ならぬ修二の頼みという事もあり古い方のノート、キャサリンを捲る。
ーーーー
「……あれ?この日付……小学生の頃か?しかもこれって……日記?」
古いノート、キャサリンには修二の日々の日記らしき物が短く不定期に記されている。
「……結構最近のまで書いてあるじゃん」
「キャプテン、日記が趣味なの?」
ペラペラと捲ってみると、几帳面に細かい字でビッシリとノートいっぱい使って書いてある。
「趣味じゃねーよ。いいから内容を読んでくれ」
「分かったからそう急かすなって」
「……えーと『5月12日 音楽の授業中、着席の時に友達にイスを引かれてしりもちをついた。頭にピリッと電気の様な物がきた』……電気?」
「こっちは10月24日か『~今日は親友の誕生日 学校の階段を降りる時に、最後の段だと思ったらもう1段あり踏み外して転ぶ。また頭に電気がくる』……また電気……」
「これも頭に電気……『12月14日 目隠しをして家の中を歩き回る。柱に頭をぶつけるが電気はこない。お母さんに怒られた』……でも来ない……か」
「……なぁ……この『頭にピリッと電気がきた』って何なんだ?」
「この後の日記にも電気が来たとか走ったとか……途中からは日記ってよりも何かの『実験』の『結果』の様に感じるんだけど」
日記の3分の1程をざっと読んでみると、至る所に『頭』と『電気』というワードが書かれている。
「ああ。まさにその通り」
「最初はただの日記だっんだけど、アキの言う通り途中からは実験の結果に日付を付けて書いてたんだ」
「……実験?頭をぶつけると目の前にチカチカと星が出るアレか?」
「あ、でも頭と関係無い所でも電気が走るって書いてあるな……さっぱり分からん」
「はは、さすがのアキでもそこまでは分からないか」
ニヤリと笑う修二に彰彦は少しイラついた。
「何だよ、もったいぶらないで教えろよ!」
「分かってるよ。でもアキ、ざっと読んだから1つ見落としてるな」
そう言って彰彦からノートを取り上げた修二はページを前の方へと捲り出した。
「……確かこの辺に……あぁ、あったあった。ここだよここ」
「ここが俺の、人生のターニングポイントになった日だ」
「人生のターニングポイント?随分と大袈裟だな」
ーー修二が指差した日記に目をやる。
「この日付、最初の日記から計算すると……中学2年頃か……」
「どれどれ……『7月4日 今日はアメリカの終戦記念日らしい。授業中に先生が教えてくれた。夜テレビを観ていたらロボット戦争アニメの映画版がやっていた。何気に観ていたら主要人物の1人が言ったセリフに衝撃を受けた』……映画?」
「それに主要人物って……キャプテンは中学生の頃から難しい言葉を使ってるんだ……可愛くねーな」
「……だからそこじゃ無いだろ」
「はは、ツイな。……確かにこの日だけやたらと長い。しかもそのセリフが何なのかは書いて無いし」
ーーーー
「……何だよ、次の日記もその次の日記にも……そのセリフが何だったのかは書いて無いじゃん!」
主要人物のセリフが気になった彰彦は7月4日以降の日記を確認するが、そこに記されていたのは相変わらず何かの実験とその結果だけであった。
「そこで今度はステファニーの出番だ」
得意気にもう1冊のノートを持ち上げ、ステファニーと書かれた表側を彰彦に見せる。
「……ステファニーって呼ぶな」
「……もしかしてこっちのノートにはその映画のセリフ集が書いてあるんじゃないだろうな?」
さっぱり話の見えてこない彰彦は、嫌味っぽく言ったがそれでも内心は気になって仕方がないといった様子だった。
「まさか。いいから読んでみてくれ」
そう言って修二は部屋の壁掛け時計を見る。
「……『7月4日 今日観た映画で興味深いセリフがあった。普段人間の脳は半分しか使われてない。だが宇宙に行けば残りの眠っている脳が覚醒して新しい人類になれる可能性がある。こんなセリフだったと思う』……新しい人類?」
「……キャプテン……」
「ん?」
「……宇宙飛行士を目指していたってのは……」
「……新しい人類ってのになりたくてか?」
「……アキ。さすがに俺もそこまで馬鹿じゃないって」
「大事なのはその発想なんだよ。物事を四角四面で捉えて、常識に縛られていたら新しい可能性は見えてこない」
「……言いたい事は何となく分かるけどな……あくまで『子供』の頃なら……だ」
「お前……まさかこの歳で、まだそんな事本気で思ってるのか?」
「勿論。じゃないと宇宙飛行士の採用試験なんて受けるか?」
「……頭が痛くなってきた」
「昔からちょっと変わってるヤツだとは思っていたけど、まさかここまでとは……」
「……アキ。何か新しい事をやる人ってのは大概端から見たら変人だ」
「……そうかもしれないけど……でもちょっと俺には理解不能だよ」
「……言ったろ?そのセリフはあくまでもきっかけだ」
「それにまだ時間はあるからそう焦るな。本題はここからだよ」
そう不適に笑う修二だったが、その表情には自信が満ち溢れていた。