前編
ーー4時間前 PM7:58
「ヤバい、ちょっと遅れたかな」
携帯の時間を確認して焦るこの男。名前を増田彰彦、年齢は28歳、独身で職業は普通のサラリーマンである。
この日、12月24日のクリスマスの夜に「金髪のお姉ちゃんと2対2で宅飲みするから家に来い」そう携帯にメールがあったのは3日前の事であった。
特に予定も無かったこの男は、誘われるがままにホイホイと問題の男のアパートへとやって来る。
「あいつ、引っ越してから初めて会うな……」
この男、増田彰彦は問題の男とは実家が近所の同級生という事もあり幼なじみである。にも関わらず、お互い社会人になってからは何かと忙しく疎遠になっていた。
ーーーー
「確かここだよな……」
「……それにしても……味わい深いって言うか……」
築何年だろうか。お世辞にも綺麗とは言えない、古い木造2階建て合計6部屋のアパートだった。
ーーカンカン
小走りで階段を上がり目的の部屋の前で立ち止まる。
「2階の202号室と……」
改めて携帯のメールを確認し、部屋が間違っていない事を確かめた彰彦は、インターホンが無い事に気付き直接ドアをノックする事にした。
ーーコンコンッ
ーガチャ!
間髪入れずに開いたドアからは彰彦を忙しく待っていたのだと容易に想像出来る。
「ようアキ。久しぶりだな」
そう笑顔でドアを開けたこの男が、この物語の主人公である。
名前は藤本修二。スラリと伸びた身長に顔はまぁまぁイケメン。そこそこ名のある理系大卒で頭脳明晰、昔から明るい性格なのだが、少し斜に構える所と時々何を考えているか分からない言動が今一モテない理由だった。
学生時代からの口癖が「宇宙飛行士になる」だった修二は、皆から「キャプテン」とあだ名を付けられていた。
「うぃーす。キャプテン久しぶり」
半分程開いたドアから、さりげなく部屋の中をチラ見するが女の子の姿は見当たらない。その流れで玄関の靴も確認したが男物だけだった。
「あれ?女の子達はまだ来てないの?」
約束の時間はとうに過ぎていたのだが、肝心の「金髪のお姉ちゃん」が居ないのである。
「ん?……あぁ、ちょっと遅れるってさ」
「寒いからとりあえず中に入れよ」
「それもそうだな」
「……と、これは俺からの差し入れ」
そう言って適当に見繕ってきたアルコールとつまみを手渡す。
「お、悪いな」
ーーーー
「お邪魔しまーす」
中へ入ると、今から飲み会があるためか予想よりも片付いていた。8畳程のワンルームは、ごく普通の独り暮らしの部屋そのものだった。
「へぇ~。意外と綺麗好きなんだな」
上着を脱ぎながら炬燵に潜り込む。部屋の隅ではストーブの上に置かれたヤカンの吹き出し口から、ブクブクと音をたてて白い蒸気が立ち上っている。
「……ん?」
彰彦が気になった事……それは本棚にビッシリと並べられたUFOや心霊現象、宇宙の法則に超能力まで、いわゆるオカルト的な本だった。
「何よ、こういう本に興味あるの?」
「あぁ……まぁな」
「……この本タイトルが読めないな。幸師?これもオカルトなの?」
「いや、ジャンルで言ったらファンタジーかな。素人が書いたみたいな小説だよ」
「ファンタジー小説か……面白いの?」
「……う~ん、作文に毛が生えた程度」
「本屋でタイトルに惹かれて買ってはみたものの……ってよくあるパターン」
「ふーん。そうなんだ」
「それにしてもまぁ宇宙の法則は分かるけど……って、そう言えば宇宙飛行士の夢はどうなった?」
それを聞いた修二は机の引き出しを開けてゴソゴソと何かを探している。
「ほれ」
机の中から出した封書を彰彦に手渡す。そこには「宇宙飛行士採用試験合否通知」と書かれていた。
「すげー!ちゃんと試験とか受けてたんだ」
「……中見ていい?」
「……どうぞ」
「では失礼して……どれどれ……」
ーーーー
「え~と何々……この度の宇宙飛行士採用試験の結果が出ましたので通知致します………………って不合格かい!」
「見事に1時試験の英語で落ちたよ。人生そんなに甘くないわな」
試験に落ちたにしてはそれほど落ち込んでる様子も無い。
「……はは、次頑張ればいいじゃん」
「……次の試験は10年後かも」
「10年後?冗談だろ?」
「いや本当だよ。今回も10年振りらしいし」
実に宇宙飛行士の募集試験というのは、不定期かつその難易度の高さからも特に有名だった。
「……悪い」
「いいよ別に。気にして無いし」
「それにもう宇宙飛行士になるのはやめたから」
「……諦めたの?」
「違う違う。やめたんだよ。正確には『宇宙飛行士になる必要が無くなった』だけどな」
「はぁ?だってキャプテン、学生時代から宇宙飛行士になるって言ってたじゃん」
「夢だったんじゃないの?」
「はは。俺は夢なんて一言も言ってないよ」
「あくまでも目指してただけで」
「……意味分からん。何が違うのさ?」
「後でアキだけに教えるよ」
そう言って修二は笑っている。
「ふーん……それってもしかして、この本棚の本と何か関係ある?」
「……さすがだな。やっぱりお前とはウマが合う」
虚を突かれたのか、驚きと嬉しさが混在している、そんな表情だった。
「……まぁいいや。後でゆっくり聞かせてもらうわ」
「それにしても女の子達遅くないか?」
「道に迷ったか。まさか事故とか……」
「あーその事なんだけど……」
突然修二が話を割って入る。
「悪い。本当は今日の飲み会は嘘なんだ」
「……へ?」
クリスマスの夜に飲み会だと思い、浮かれてアパートにやって来た彰彦は意表を突かれた言葉に目が点になっている。
「……じゃあ今日女の子達は来ないの?」
「すまん」
両手を合わせて平謝りしてはいるものの、悪びれた様子も無くむしろ堂々とした雰囲気ですらあった。
「……帰る」
呆れた顔で修二を見ていた彰彦は徐に立ち上がった。
「待ってくれ!本当に悪かったって思ってる」
さすがにマズイと思ったのか、その場を立ち去ろうとする彰彦の手を慌てて掴む。
「頼む!アキの協力が必要なんだよ」
先程とはうって変わり、今度は真剣な眼差しで彰彦を見ている。
「……ちゃんと説明してくれるんだろうな?」
「……」
「……勿論」
ほんの少し間があった後、静かな声でそう答えた修二からは不思議な迫力が伝わってきていた……。




