親友がTSして猛アタックを仕掛けてきた!?
俺には幼馴染がいる。
保育器に入っていた時、隣だったことがきっかけで長く付き合うことになった男の子、秋山 楓。
彼は幼いころから病弱で、小さくて、ひ弱だった。
何をするにしてもひよこのように俺の後ろをちょこちょこついてきて、鈍いからすぐ転んで、泣いて、俺に縋って、慰めるとすぐに笑う。そんな存在。
俺にとっても大切な存在で、弟のように可愛がっていた。同い年だけど。
そんな幼馴染が、最近見えない。
どうやら病気で入院しているらしい。
高校二年生に上がる直前、春休みの中ごろだったか。突然、楓は俺の前から姿を消したんだ。
気になってメールしても返信してこないし、家に電話してみれば入院したんだ、特殊だからお見舞いに行けないと言われてしまった。
残念に思いつつも、一応手紙だけは大丈夫とのことなので何度か手紙を書いた。手紙とか書いたの、多分初めてだったよ。意外に緊張した。
しばらくすると、楓からも手紙が来るようになった。どうやら手紙が書けるくらいには回復したらしい。
内容は病気のことについては書かれておらず、ひたすら会いたいとか、声が聞きたいとか、そういう女々しいことが書かれていた。
そういえばあいつ、昔俺のお嫁さんになりたいとか言っていたことがあったな。そういうのを思い出し、苦笑する。
こんなことを言いだすくらいに、弱っているのか。俺は不安になった。
俺はすぐに手紙を書いた。帰ってきたら何でもしてやるから、元気出せと。
俺はこの時、考えなしでこの手紙を書いた。
まさか、あんなことになるなるなんて考えていなかったんだ。
丁度夏休みに差し掛かったころ、やることもないので早々に課題を終わらそうと勉強にいそしんでいると、一つのメールが入った。
久しぶりに見る字。楓からの物だった。
『退院、したよ。色々心配かけてごめんね。本当はすぐに愛に行きたかったけど、まだ激しい運動しちゃダメだって、家からあんま出ちゃダメって言われてるんだ。よければうちに来てくれないかな? 今日なら、母さんたち二人ともいないし。僕一人だけなんだよ』
急いで打ったのか、誤字があって少し受けた。愛に行きたい、ってなんだ。
それに、今日ならおばさんたちがいない、ってどういうことなんだろう。二人で会いたいってことか? よく分からん。
とはいえ、会えるならば会おう。久しぶりに、楓の顔が見たいから。
俺は家を飛び出し、自転車に乗って楓の家に向かった。途中、一緒に食べようと駅前のケーキ屋でシュークリームを買って。このシュークリーム、楓が大好きだからな。
楓の家は駅をはさんで丁度俺の家の反対側にある。道すがらにあるから、丁度いいんだよね。
到着すると、さっそくチャイムを押す。流石に親友の家でも、そのまま直接入ってくるような愚かなことはしない。
しばらくして、扉があいた。僕一人、とメールには書いてあったから楓が出てくるもんだと思っていた。
「おっす、かお……る……あれ?」
出てきたのは、楓ではなかった。女の子だった。
思わず、唖然とする。おかしい、僕一人、と言ったはずなのに。
その女の子は、少し薄めの茶色い髪を長く伸ばし、軽くまとめていた。体の線は細く、体も小さい。多分楓と同じ、百五十センチに届かないくらいだろう。それに、女性と確信できるくらいには、ささやかながらも胸がある。
顔の形や大きな目、少し弱々しい感じの雰囲気は楓のものとよく似ている。親戚、か?
白いワイシャツと赤のフレアスカートを穿いていて、それがよく似合っていた。
「夏樹! 来てくれてありがと。随分、早かったね」
――うん!?
俺、この子知らないんだけど。なんでこの子、俺の名前知ってるの。しかも呼び捨て。苗字じゃなく、名前呼びだし。
どういうこと?
などと混乱していると、女の子は、あ、と声を上げて少し失敗したなーと言う顔になった。
「ご、ごめんね、夏樹。説明してなかったね。あ、あのね――僕、楓だよ」
「……えっ?」
多分この時、俺は想像以上に間抜けな顔をしていたと思う。でも、それくらいに衝撃の言葉だった。
今、この子はなんて言葉を喋ったんだ? ぼく、かおるだよ? 悪いが、俺の知らない言語だ。聞き取れなかったぞ。
「だから、僕、楓なんだよ。ちょっと、見た目変わっちゃってるけど、楓だよ、夏樹」
「う、ウソだろ?」
ありえない。
楓は男だ。そりゃ、背丈は小さいしヒョロヒョロしていたし病弱だったし女っぽかったけどさ。
俺が間違えるはずがない。俺の知る楓はこんなに女っぽくないし、胸もない――と言ってもこの子はそんな大きくないが――し体の肉付きはもっと男のモノだった。多分、肩幅ももっと大きかったはず。
三か月も見ていなかったから多少変わったところはあるかもしれない、と思っていたけど、こんな大きな変化はあり得ない。それこそ、なんかの非常識なことが起こらない限りは。
「本当、だよ。生まれたとき保育器が隣で、いつも夏樹の後ろについて歩いてて、小学生の時二人で海に行って溺れかけて夏樹に助けてもらったり、資源回収のエロ本を二人で持ち帰って夏樹の部屋の天井裏に隠したり、キャンプの時二人で林に入ってカップルの行為を覗き見たりした――楓、だよ」
うげぇ、なぜそれを知っている。
確かに溺れた楓を助けたのも俺だし、エロ本を二人で見て興奮して俺の母親に拳骨落とされたし、キャンプでカップルのエッチを覗き見たこともある。
特に最後の一つは、俺と楓しか知らないはずの秘密。
ってことは、本当に?
「本当に、楓、なのか?」
「うん。だからそうだって言ってるよね。まぁ、信じられないって言うのも分かるけどさ。僕だって、未だに信じられないよ。僕が、女の子になっちゃったなんて」
「……やっぱ、女、なのか」
「うん。事情を説明するからさ、上がって。こんなところで立ち話で話したくはないから。お茶、用意するよ」
「わ、分かった」
確かにここで話すことじゃない。家に上がろう。
とりあえず頭の混乱も最高潮だし、それを抑えるためにも少し時間が欲しかった。
上がった先は楓の部屋。
三か月前に上がった時と全く同じ、好きな漫画と小説がいっぱいの部屋。ただ一つ違うのは、その時と違って綺麗に整理整頓されているところか。
「……はぁ」
テーブルの上にシュークリームの入った箱を置き、ため息をつく。
なんだか、整理されている風景が楓の変化を如実に物語っているようでちょっと寂しかった。
「おまたせー。紅茶でいいよね?」
カチャリと扉が開いて楓が入ってきた。その手にはお盆が乗っており、暖かい紅茶が乗っている。
楓の家は昔から紅茶なんだよね。本格的に熟くなるとアイスティーで飲むくらいに紅茶が好き。そのことに、文句を言うつもりはない。慣れたものだ。
でも、俺は別のところに文句を言いたくなった。
ずかずかと歩くから、スカートが乱暴に揺れて……その、太ももがだな。そのまま遠慮なく座るから、太ももが大胆に見えてるしっ。
無防備すぎるだろ、全く!
思わずどきっとしてしまった。別に、女と付き合ったことがないわけじゃないのに。
「えっと、お砂糖とミルク一つずつだよね?」
「あ、ああ」
どぎまぎとする俺を無視し、楓はミルクティーの用意をしてくれる。俺の好みとか、普通に把握されているしね。
カラカラとスプーンで紅茶をかき混ぜ、俺の目の前に置く。
俺は落ち着くため、その紅茶に口を付けた。相変わらず、こいつの作る紅茶はうまい。
そのせいで外じゃ紅茶を飲めないんだよな。それこそ、力を入れている店以外では。午後ティーを普通に出してくるところの紅茶とか飲めるはずがありませんとも。
「あ、っと、シュークリーム食っていいぞ」
「やった! 入院してた時、ずっと食べたかったんだよねぇ。でも体にどんな影響があるか分からないってダメだしされちゃって……。ありがと、夏樹」
一口飲んで、少し落ち着いた。とりあえずシュークリームを勧めておく。
楓はパッと顔を明るくし、いそいそと箱を開けていく。多分来た時から箱の中身は分かっていたんだろうけど、あえて無視してたんだろうな。
“待て”から解放された犬のように、シュークリームにかじりつき、美味しそうに咀嚼する。口いっぱいに詰め込んだその姿はリスのようにも見えてなかなかに可愛い。
……昔からそうやって食べてたけど、女になるとまた印象が違うもんだな。男だと、やんちゃだと思ってたのに。
って、クリームこぼすなよ!
「ほら、クリームついてんぞ」
ティッシュを取り、拭いてやる。
「ん……ありがと」
いつも通りの行為。いつも通りの光景。三か月もやってないと懐かしく思えてくる。
やっぱりこいつは楓なんだな。見た目は全く違うし、振れた肌の感触も女の子そのものだけど、やっぱりこいつは楓だ。そう思うと、なんか嬉しい。
「それで、楓。――一体、何があったんだ? いきなり性転換手術を受けるなんて」
「ぶふっ!」
「ぬおっ!? お、お前、吹き出すんじゃない!」
「そ、そんなことを言っても夏樹! 君がいきなり変なことを言うから!!」
まったく、上着が汚れちゃったじゃないか。帰って洗わないとな……。
とりあえず、脱いでおこ。着替え、この家にもあるはずだから。
「でも、男が女になるなんて、それくらいしか考えられないじゃないか」
「それは、そうだけど……でも、僕が女になったのは、手術を受けたからじゃないんだよ」
「そうなのか?」
「うん。病気、と言うわけじゃないんだけどね。自然界じゃよくあることだけど、人間じゃ普通は起こらないことだって医者は言ってた。僕は正真正銘、男から女になったんだよ」
どういうことだ。
手術せずに、女になったってこと? あり得るのか、そんなこと。
「頭のいい夏樹なら知ってると思うけど、雄性先熟っていうらしいよ」
なにぃ? 雄性先熟ってお前……。
「お前、魚だったのか?」
「魚じゃないよ!? 鰓もないし鱗もないし!」
でも雄性先熟って魚とか植物くらいじゃなかったか、ありえるのって。哺乳類、しかも人間でそんなことが起こるとはね。
雄性先熟。簡単に言えば、雄が雌に変化することだ。逆もあって、雌性先熟なんて言われたりしている。
これが起こる代表は魚の部類で、雄性先熟はクマノミが有名らしいよ。あと、ゲームならピ〇ミンのチャッピ〇もかな。
「じゃあ、なんで」
「分からない。原因は不明だけど、春休み、僕の体は変化し始めたんだ。最初はちょっとした痛みだった。お母さんは成長痛じゃないかしら、って言ってたけど段々痛みが激しくなって、そのころからオチンチンが小さくなり始めてさ、流石におかしいって病院に行ったんだ。で、原因不明だからって入院。その頃からどんどんと体が変わってって、女の子になり始めた。ホント、びっくりだったよ」
にゃはは、と言いながらシュークリームを頬張る楓。
意外に気にしていない? いきなり性転換しちゃったんだから、もっと深刻に考えてもいいと思うんだが。
「そう、か。大変だったな」
「うん、そりゃね。最初は何が起こったか分からなかったし、ひたすら痛かったもん。体中、全身がじわじわと痛くて、気が狂うかと思ったよ。何度も、死にたいって思った」
おい! 深刻じゃねぇか!
「でも、でもね、体が段々と女の子になってるって知った時、辛くなくなったんだよ」
「……はっ?」
「だって僕、ずっと女の子になりたかったから」
いやいや。急に男が女になり始めたら、びっくりするし嫌だと思うだろう。少なくとも俺は、女にはなりたくない。
「なぜ?」
「僕、夏樹のお嫁さんになりたかったから。ずっと、そう思ってたから」
……。
それを言っていたのは小学校の頃じゃないか。それも低学年の頃。結婚がどんなものか分かったら言わなくなったから、理解したものだと思っていたんだけど。
「そりゃ、僕は男だったから、お嫁さんになれないって分かってたよ。でもね、僕はずっと、心の中で思ってたんだ。夏樹とずっと一緒にいたい。夏樹と結婚したい。お嫁さんになりたい。夏樹のものになりたい、って」
それは、また。
BL? いやいや、勘弁してくれ。冗談じゃない。
まぁそれは楓も分かっていたんだろう。だから、言わなかったし、気づかせなかった。お嫁さんになりたいって発言をしなくなったのも、それが分かったからなんだろう。
辛かった、だろうな。片思いの、かなわない片思いの経験は。
「だから僕は、女になってるって知った時、嬉しかった。それからはもう、天国だったよ。何が起こるか分からないからって入れられた無菌室は天国だったし、体に走る激痛は快感だった。僕の、十六年間の辛い思いがなくなるって考えるだけで、余裕だった。三か月の月日は、夏樹に会えない日々は、ちょっと長かったけど」
「楓……」
「だから、今日は、今日はすごく待ち望んだ日だったんだよ。久しぶりに、夏樹に会えるんだから」
ううむ、なんだか照れくさい。
でも、どう答えていいか分からないんだな、これが。
いきなり幼馴染で大の親友の、元男からの愛の告白だぜ。対応できる方がおかしい。
これで対処できるのはエロゲーの主人公だけだ。俺、主人公違うから無理。
「ホントは、本当はさ、もっとオシャレして、完璧に女の子として迎えるつもりだったんだよ。でもさ、緊張して上の服を汚しちゃって……。それで、女の子用の服なんてあまり用意してなかったし、どれを着るべきか迷ってたら夏樹が着ちゃったから、仕方なくこれを着たの」
しゅん、と楓が項垂れる。
ふむ、確かにワイシャツを着ているのは少々変ではあった。下は可愛いスカートだったしね。
多分、咄嗟に取ったのがそれだったんだろうな。ワイシャツなら羽織るだけで済むし、咄嗟に着れる。
まぁそれが普通の服とは違った蠱惑的な見た目になってはいるんだけど、黙っておこう。
「……。と、とりあえず、だな」
「うん」
「楓が女の子になった事情も、分かった。楓がどんなふうに、その、俺を思っていたかも、分かった」
その言葉に、楓は顔を赤くする。自分で告白した言葉だけど、改めて言われると恥ずかしいんだろう。
俺も恥ずかしい。顔が、赤い。
「で、でもな、その……少々、混乱しているんだ」
「う、うん。僕、元男だもんね。それは、びっくりすると思うよ」
「ああ。一気に色々暴露されて、頭がパンクしてる状態だ」
冷静に見えるけど、一週回って冷静になっているだけで、何も考えられてないってだけなんだよね。
とりあえずミルクティー飲んで落ち着こうと思うけど、落ち着けるはずもない。
ミルクティー、空になっちゃったし。
「そっか。――でも、ごめん。僕、待てない」
えっ?
楓がガバッと立ち上がる。そのまま俺に向かって近寄ってきて――抱き着かれた。
「僕、夏樹とずっと一緒にいたい。一緒にいて、キスして、ギュッと抱きしめて、手もつなぎたい。一緒に映画観たいし、ご飯も食べたいし、夜景も見たい。十六年、ずっとそう思ってた。思ってたけどダメだからって抑えてた。でもそれがかなうって思ったらもう……抑えられない」
ギュッと押し付けられたその胸は、それだけで分かるほどドキドキと早鐘を打っていた。それだけ緊張しているんだろう。
――楓のことだ、多分不安で不安で仕方ないんだと思う。元男なんて気持ち悪い、とか拒絶されることを考えていたりするだろうから。
それでも気持ちを抑えられないから、こうしている、んだろうな。
「か、楓は……」
「うん?」
「楓は、そんなに、俺のこと」
「うん。好きだよ。こうやって抱き着くだけで、すごいドキドキする。夏樹の匂いを嗅ぐだけですごい興奮する。すっごく、すっごく……」
楓が俺の手を持ち、誘導する。スカートの中に。
一枚の布の中にそのまま手を押し込まれた。その中は人の湿気と体温で蒸れていて――そして、ツルツルのそこは粘度の高い何かで濡れていた。
それに、思わず俺の頭は沸騰する。か、仮にも俺は高校二年生の、青春真っ盛りの男の子なんですよ。そんなことされたら、当然血が上るのも当たり前なんですよ。
「元男なんて夏樹は気持ち悪いと思うかもしれない。周りからは非難されるかもしれない。夏樹のご両親には認められないかもしれない。でも、僕はそれでも夏樹が好き。夏樹が困るかもしれない、嫌がるかもしれないって思っても、止められないくらいに、好き」
赤裸々に、大胆に告白する楓の顔はリンゴのように真っ赤で、少し目がうるんでいて――冗談抜きで可愛い。
ぶっちゃけ、すんごい好み。
高校になって何人か女の子と付き合ったけどさ、ここまでグッとくる女の子はいなかったと思う。
待て待て、相手は楓だぞ。幼いころから知っている、ずっと一緒にいた、楓だぞ。でも、その楓だからこそ、俺のことはよく知ってるし、俺は楓のことだってよく知っているんだ。元々の性別さえ考えなければ、理想ともいうべき相手、なんじゃないか?
見た目は完全に好みだし、性格だって楓が女だったらなぁとか思うくらいにはよかったんだ。
元男、という点しか否定する要素はない。そして俺は、そんな要素で楓を拒絶するのか……?
「お、俺は、俺は」
頭の中に、十六年の、楓との思い出がよぎる。
「いや……俺も、楓が好きだ。元男とか、関係ない……!」
ギュッと抱きしめた。
頭がパンクしているとか、そんなことは関係ない。俺は、この選択を後悔しない。
「夏樹……」
楓がすっと目をつぶり顔を持ち上げてくる。
俺はその意図を察知し、唇を合わせた。シュークリーム味の、キスだった。
「絶対、離さない。ずっと、一緒だよ」
TS娘に猛アタックされる話をかきたくなって書いてみた。
でもなんか、ちょっと話の趣向が変わっちゃった気がしないでもない感じのお話です。まぁ、短編なんであんま気にせず暇つぶしになってくれればいいかなぁ、と思いました。
TS娘に告白されたらどうする? という話は割とよく見ますよね。大好物です。
この主人公も色々と葛藤しましたが、男時代から理想の嫁だった幼馴染相手なので、抵抗なんてできなかったようですね。この後、きっとR18展開になって主人公は逃げ場を完全に失うでしょう。見たい人がいたらそっちも書いてみようかなと思ってたり?
砂糖吐いて、書けるかー! と投げ出しそうな気もするけどね。甘々とか、難しいし。
*ノクタに後日談、というかこの後すぐのお話を投稿。よければそっちもどうぞ。作者名で検索してください。