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後日談─After halloween.─

 

 室内を照らすのは色取り取りの照明と、それを跳ね返すミラーボール、ところどころ置かれた、刳り貫かれて人の目と鼻と口を持つ南瓜のランタンだ。唯子(ただこ)は丈が短くなっている上着の裾を、飲み物を持つのとは逆の手で引っ張ったりといじっていた。

 唯子が着ているのは魔女の衣装だった。尖り帽子や黒いワンピースは定石だけれど、ところどころ袖とか裾、帽子の鍔にレースやフリルがあしらわれていて、いわゆるゴシックロリータの様相を呈している。

「丈が短過ぎないか」

 一人壁の花と化していた唯子に、近寄ってそう言ったのは譜由彦(ふゆひこ)だ。唯子と対なのか、ゴシック調な魔法使いの格好をしている。フードの付いたコートは手触りの良いベルベットのようだけど、実は違う。ベルベットは触感に反し重いので、コート全体に使うにはよろしくない。よく出来ていて薄手のコートは、勿論安物ではない。中は詰襟で、コートと同じ右側に止め具の飾りが施されている。帽子とコートが無ければ黒を基調とした騎士のような服装だった。

 この日は、どこかの社長令息の開いたハロウィンパーティに二人で呼ばれたのだ。まだハロウィンでは無いのだが、催されたのが本日だった。

 ハロウィンこと万聖節は、本当は十一月一日の諸聖人の日を指し、次の二日を死者の日、万霊節と呼ぶのだとか。だから、ハロウィンはイブなのだ……とは、お兄様こと譜由彦の言。

「レースは足首まで在りますし、下にはバルーンスカートも穿いています。問題無いと思いますけど」

「そのバルーンスカートが、短いって、言っているんだよ」

「膝上ですよ……膝上一センチも無いですよ……?」

 不服そうな譜由彦に唯子も唇を尖らせる。そんな唯子に譜由彦は「お前は無防備なんだから」溜め息を吐いた。唯子はますます唇を尖らせた。

「今日だって、本当は連れて行きたくなかったんだよ? なのにお前と来たら」

「だって梓川(あづさがわ)さんたちも来るって言うし……鵜坂(うさか)くんも富山(とやま)くんもって言うし……鹿乃子(かのこ)先輩が衣装作ってくれたから」

 招待状は学校に通う関係者にも配られていて、そこには梓川や鵜坂に富山、生徒会メンバーも含まれていた。悩んだ唯子だったけれど、みんなが行くなら、と行くことにしたのだ。

 この際、生徒会役員の異母姉に当たり自他認める唯子ファンでも在る鹿乃子が、「私に……私に作らせてぇぇぇっ」と叫んで異母弟に制止されていた。譜由彦の衣装も、鹿乃子の作である。

「で、彼らには会ったのかい?」

「いえ……」

「だろうね。ただのパーティじゃないんだから、当たり前だよ」

 たとえ主催が令息自身であったとしても、この催しの一番の目的は社交であった。将来、会社を経営する上で必要な人脈を作るための。表向き無礼講の仮装パーティを装っていたとしても。譜由彦は当然わかっていた。唯子も、わからないはずが無いのだが。

「別に……わかってましたけどぉ」

「第一お前はこう言う場は苦手だろう」

 基本唯子は騒がしい場は好まない性質だった。譜由彦はその点も含めて唯子が来ることを渋っていたのだけど。

「そうなんですけど、」

「うん?」

「楽しいんですよ。生徒祭のときも思ったんですけど」

 唯子は以前階段から落ちて頭を打ち生死の境を彷徨った。一命を取り留め、目を覚ました唯子はそれから半年前後記憶が曖昧だった。この間、唯子は周囲から人が変わったようだ、と評されている。譜由彦も、そう感じ取っていたけれど、唯子は唯子だった。今ではすっかり調子を取り戻している。

 けれども、やはり、変わった、と思わされるところは在った。

「よくわからないんですけど、」

「……」

「こう言う騒ぎを見ると、楽しそうって思えて、自分も行ってみたいって思うんです」

「……そう」

 以前の唯子なら“莫迦莫迦しい”と吐き捨てただろう。だが今の唯子は笑みを浮かべ、目を輝かせている。譜由彦は思う。

 この子は、誰だろう、と。

 他人は、死に掛けたことで素直になった、と考えるのだろう。だけども、譜由彦は違った。ずっと見て来たから、あのスタンスのすべてが虚勢だっただけでは無いと知っている。ずっと、見て来たから。

 少なくとも、“莫迦莫迦しい”と顔を顰めていた唯子は、虚勢であったとしても、混ぜてほしい、と言う心情からではなかったように思う。どちらかと言うなら静かに本を読みたいとか、一人や少人数で過ごすのが好きな子だったのだから。

 今の唯子は、そう言う部分は残っているけれど、大人数で盛り上がることを苦にしていない。我先に行くことは無いが、気付けば能動的に加わっている。譜由彦は再度考える。この子は、誰だろう。

「……」

 しばらく唯子の横顔を眺め、譜由彦は思惟を止めた。どうでも良いことだ、と切り上げた。

“お兄様は、『お兄様』です”

“昔のようにやさしいお兄様も、今の、戸惑っていらして私に冷たくするお兄様も、皆、『お兄様』です。私がお慕いする気持ちは変わりません”

 譜由彦も唯子の如く転落した訳ではないが、倒れて昏睡状態に陥り記憶があやふやになったことが在った。このとき、唯子に掛けられた言葉がこれだった。

“たとえ、お兄様じゃなくなっても、今、私を助けてくださったのは、あなたでしょう?”

 自分のことがわからず、惑う譜由彦を受け留めてくれたのは紛うこと無く唯子だった。

 その唯子が、同じことになったのだ。そうして譜由彦は告げた。

“お前が、俺を受け入れたように、俺も、今のお前も好きでいようと思っているよ”

 唯子に接して焦れることも在ったけども、これが譜由彦の結論だった。

 そう。今の唯子が昔とどう違おうと、唯子は唯子なのだ。

 危なっかしくて目が離せないたいせつな従妹。

「あっ!」

 譜由彦が一口ドリンクを含むと唯子が声を上げた。唯子の目線を負えば、包帯でぐるぐる巻きなのになぜかスーツを着用した木乃伊男と、烏染みた鳥の仮面を着けた外套の男がこちらへ向かっていた。

「よー! 敦来(つるぎ)ーっ」

 木乃伊男は富山みたいだ。ならば横にいるのは。

「姫」

 唯子の渾名は『姫』である。敦来の家は少々大きいため、学校の者の多くは譜由彦を『王子』、唯子を『姫』と呼ぶ。本人たちは異議が在ったが。

「魔女っ子かぁ。似合ってるやーん」

 にかっと、わざとか緩んだ包帯の隙間から笑って、間延びした調子で誉めた。隣の鵜坂も首を縦に振って同意を示した。

「あっちで梓川たち見たでー」

「え、本当?」

「ゴルゴン姉妹だった」

「何それ! 超見たい!」

「唯子」

 譜由彦に短く叱責され唯子は、あ、と口を慌てて塞ぐ。時たま、唯子はこんな口の利き方をした。どこで覚えたのか、元からだったのか、もしくは……譜由彦は心中で打ち消し、唯子へ問うた。

「唯子、行きたいなら、行っておいで」

「え、……良いの?」

「良いよ。梓川のところへ行くってわかっているしね。ただし、二人から絶対離れちゃ駄目だよ」

 別段、二人でいる必要性は無かった。唯子が、一人でやり過ごせないと知っているからここにいただけのこと。むしろ。

「俺は挨拶回りが未だ残っているからね。誰かといてくれるなら越したことは無いよ」

 敦来の次代として譜由彦もあらゆる催しは足懸かりにせねばならなかった。この辺は起業を目指している富山も心得ているようで「よしゃー、会長の許可出たでぇ。行こ行こやー」唯子を連れ出そうとする。譜由彦はそれを見届けると、携帯端末を見た。

 来場前に、はぐれた場合を想定した打ち合わせは済んでいる。元より、二手に分かれたとて気兼ねは無いのだ。

 端末には幾つかのメッセージが届いていた。生徒会のメンバーだ。

「ふぅん。恵比寿(えびす)たちも来ているのか」

 副会長の恵比寿、書記の不動(ふどう)、会計の薬師(やくし)、庶務の十石(といし)、全員が揃っているそうだ。と言っても、十月の今、全員殆ど引退しているに近く、元メンバーなのだ。現在はOBとして新しいメンバーに教えている。譜由彦は、はたと思い至った。

「富山に訂正するの忘れていたな」

 現在の会長は安房(あぼう)だ。同級生のくせに……と、言うか。

「アイツも役員のくせにね」

 ゆえにこそ、とも言うのかもしれないが。譜由彦は嘆息しつつ近くに在ったグラス置き場へ空にしたグラスを置いた。

 己も合流すべく、元生徒会メンバーの元へコートを翻し向かった。







 ここには、何も無かった。知覚出来得るものは、何も存在していなかった。

“ナンバー1026052901241030……の『世界』は正常か?”

 突如問いが響いた。音声と言うより、それは波だった。

“ああ、今のところは”

“そうか”

 波に返しが在り、更に返った。音も光も無い空間では、個の会話と言うより、脳細胞同士の伝達に似たやり取りだった。

“『敦来唯子』も無事馴染んだか”

 返事は無い。質疑したほうが続けた。

“お前はエネルギー体の誘導に手間を掛け過ぎる。問題だ”

 エネルギー体は『魂』とも『意識体』とも言う。これは、『敦来唯子』、『白井優李』のいた『世界』での呼び方だった。

“そんなことは無い”

“在るさ”

 淡々として、平坦な抗議にも不満を感じる。もっとも、不満を含め感情などこの空間には有り得ない。個の境界が無いに等しい空間で、感情は生じにくいからだ。

“だが、御蔭であの『世界』の不安定さは最小単位、解消された”

“増減率構築率で言えば微々たるもの。まだズレは最大で────”

“その問答、続けるなら無意味だ”

 突如割り込まれ、議論は途切れた。

“まだ三千大千世界、修正が済んでいない”

“エネルギー体の取り零しも不可説不可説転”

“管理に集中しろ”

 それが結果論だったようだ。

 何も無い空間では、時間さえも概念は無い。時間は『世界』のものであり、ここでは昨日であり今日であり明日でありさっきであり今だった。

 つまり、在るのは回転と伝達と効率だけ。

 議論すら無意味だった。


 ただし、すべては言語に訳しただけ。


 音も光も皆無の、個も有耶無耶な攪拌空間。

 真実すら、不分明だった。







   【Fin.】

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