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尼子の野面皮者、伊織之介  作者: 菜尾鹿芽
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秀綱死す

永禄7年1564年9月

富田城城下では皆湧いていた。

「伊織之介を初め近習衆はようやった。」


「川内水軍は恐れをなして帰ったそうじゃ。」


「川内水軍の児玉 就方は一日中うなされて寝込んでるそうじゃ。」


「水軍がいなかったら美保関はわしらのもんじゃ。」


「糧道さえあれば、この要害富田城は何十年と持つぞ。」


「そのうち、九州勢が吉田郡山に攻め込んでこようぞ。」


「その時は毛利を挟み撃ちよ!」


「今度は尼子の義久様が中国の雄ぞ!」


何年間も毛利の力の恐怖にさらされていた衆達は解放される希望に満ちていた。。。。


そんな中、最前線の鈴垂城では伊織之介を中心に軍議が開かれていた。


すでに鈴垂城では浮かれた様子はない、伊織之介は幸運だったと自覚していた、ただこの流れを無くしたくなかったのだ。


伊織之介が口を開いた。

「川内水軍はもう来ないであろう、村上水軍だろうと同じだ、毛利は山と沿岸からの攻めとなろう、我が方としては数では叶わないが尼子水軍と小舟300で海からの攻めができるのだ、水道さえ守れば糧道が確保できるのじゃ、ただ舟から鉄砲と矢を撃つ修行が必要、それと川内水軍がやっていたように小舟を繋げて安定させるのじゃ、

さっそく鉄砲と矢の修行ぞ!」


皆に伊織之介を信じれば大丈夫!との安心感が漂っていた。


そして尼子軍の船上からの攻撃訓練を始めてから半年が過ぎた。


永禄8年1565年3月、毛利方に不穏な動きがあったのだ。


富田城を三方包囲する陣形を取り出したのだ。


尼子の将義久は思った。


力攻めか!元就め!焦ってきたな!


義久は守りを固めるため、美保関にいる近習衆を呼びよせることにした。

今や尼子の主力部隊である、彼らなくして富田城は守れないのだ。


そして次々と富田城に入っていった。


秋上伊織之介とお七、山中鹿介と千秋、立原源太兵衛、八戸清衞門、湯新次郎ら3000の尼子近習衆と馬廻り衆である。


鈴垂城は亀井秀綱初め手島四郎三郎、小磯又四郎ら1000の兵と尼子水軍で守ることとなった、当然、船上攻撃訓練を充分に積んだ兵達である。


伊織之介は海上を制圧していれば、美保関は大丈夫と踏んでいた、もし万が一他の水軍が来てもいいように、秀綱にお七の御守りを渡し使い方を伝授した。


秀綱は

「これじゃな!呪術は。」

「伊織之介の降露坂の戦功の宴で見た物じゃな!」


デジタル時計のベィビーGである。


「はい!」


「これで、わしも呪術師じゃな!」

「いえいえ秀綱殿、運良く大波がきましたが又くるとは分かりません」


「何を言う伊織之介!お前に来てわしに来ぬはずなかろう!」


「はぁ〜」

伊織之介は眉をひそめ下を向くしかなかった。


心配であった、秀綱に昔ほどの芯がないのだ、考えが浅いのだ。


秀綱は尼子家代々の将、経久、晴久、義久に仕えた筆頭家老である、尼子の繁栄は秀綱なくして語れないのである。

その輝きが蘇るよう節に願うばかりであったのだ。


自分を一人前にしてくれた恩義があふれていた。





春の陽射しがやわらかに降り注いでいる。


鹿介は千秋を連れて久し振りに新宮谷にある家に帰った。

千秋との結婚を報告するためだ。


鹿介の家はとても貧しく、父満幸は早くに亡くなり母なみは女手ひとつで子供達を育て上げた。


「ただ今帰りました。 」


戸を開けるとなみが出迎えに出て来た。

「お帰りなさい、鹿介。こちらの方が千秋さん?」


「はい、秀綱殿の長女千秋です。」


「まぁ綺麗な方ね、どうぞお入り下さい。」

「ありがとうございます」


奥から兄幸高が話し声を聞きつけて出て来た。


「鹿介戻ったか?」


「兄上!お身体は大丈夫ですか?」


「近頃調子良い、心配ない」


「そうですか、安心しました。」

そう言う鹿介の顔は嬉しそうだった。


「兄上、こちらが千秋です。」


「はじめまして、千秋さん。鹿介の兄の幸高です。」


「はじめまして、お会い出来て嬉しいです。鹿介様からよくお話し伺っております。鹿介様は、幸高様の事がとてもお好きのようです。」


「そうですか!」

幸高は笑った。


「さぁ、三人とも立ってないでお座りなさい。千秋さん水でも飲んで一息ついて下さい。」


「お気遣い頂きましてありがとうございます」

三人はやっと腰を下ろした。


「あらためまして、この度夫婦となりました。どうぞ宜しくお願いします。」

鹿介と千秋は挨拶した。


「鹿介がこんな綺麗なお嫁さんをもらって母は本当に嬉しいです。これで山中家は安泰です。」

幸高も続けて、

「鹿介は立派になった。小さかった背もずいぶん伸びて、身体つきも男らしくなった。母上の言う通り、山中家は安泰だ。」

なみと幸高の安心した様子に鹿介と千秋もほっとした。


とここで、千秋が何やら小包みを取り出し、なみに手渡した。


「母上、どうぞお受け取り下さい。つげ櫛です。」


「まぁっ!つげ櫛だなんてそんな高価なもの!」


「遠慮なさらずに、開けてみて下さい。お気に召して頂けると嬉しいのですが。」


千秋に促され、小包みを開けてみると、母の好きな花、桔梗の彫られたつげ櫛が入っていた。


「千秋さん、ありがとう。大切に使わせてもらいます。」


身なりに気を使う余裕などなかったなみにとって、それは最高の贈り物だった。


「千秋さん、少しいいかしら?見てもらいたい物があるんです。」

「はい。」


立ち上がり隣の部屋へ行くなみに千秋は着いて行った。


なみは箪笥の中から着物を取り出し千秋に見せた。


「これは鹿介の父満幸がとても気に入っていた着物で、鹿介にと思って仕立て直した物なんです。鹿介が着たら満幸も喜ぶと思って。」


濃紺に縞模様の入った着物は鹿介にとても似合いそうだった。


「濃紺は鹿介様のお好き色、鹿介様もお喜びになられると思います。」


「千秋さん、鹿介の事宜しくお願いします。支えてやって下さい。」


「はい、鹿介様は尼子を代表する武将になられるお方です。しっかり支えていくつもりです。ただ、少し気の弱い所がおありです。」


「そうなんです、鹿介は気が弱くて、幼い頃はいつも幸高の後ろに隠れているような子だった。父親譲りかもしれません。私に似てたらそんな事なかったと思うんだけど。」

二人は笑った。


「今は、若い力が尼子を支えているのです。夫婦で精進して義久殿のお役になるのですよ。」

「はい!」

千秋は力強く返事した。



陽も暮れ始め、降っていた雨も上がったので、鹿介と千秋は富田城へ帰ることにした。


「鹿介気を付けて帰りなさい、千秋さんまたいらっしゃい。」

なみと幸高に見送られて、二人は歩き出した。


その道中、千秋の好きな桜が咲いており、それを見ながらたわいもない話をしていた。

ふと、千秋は虹が出ているのに気が付いた。

それは秀綱のいる美保関の方角だった。


この時代、虹は不吉な印として忌み嫌われていた。


「鹿介様、美保関の方角に虹が出ています。父上の身になにか不吉な事が起こるのでは…。」


「千秋、大丈夫です。秀綱殿は経験豊富なお方です。今まで幾度となく危ない戦をくぐり抜けてきています。鈴垂城には手島四郎三郎殿もおられます。何も心配することはありません。」


「はい…。」


しかし千秋の不安は拭い去れずにいた。



そして鈴垂城、

のどかであった、相変わらず水道の海はおだやかに漂い、物資を運ぶ舟が静かに往来を繰り返していた。


鈴垂城の天守に秀綱と手島四郎三郎がいた。

新緑の香りを潮風が運んでいた。


「四郎三郎!この美保関はわしが是が非でも守るぞ、わしの最後の仕事よ!

若い奴らに手柄をやりとうないわ!

ワッハハー、、、」

「はい!」


「むぅぅー!」


「ところで四郎三郎、イカの活きのいいやつがあるんじゃ、そいつで一杯やるか!」

「はい!」

「うるさい奴がおらぬからな!」

「誰です?」

「伊織之介じゃ!」

「ワッハハ!」


そこから見える真っ青にどこまでも広がる日本海、そして堂々と鎮座する雄大な大山の姿に秀綱は酒を呑まずいられなかったのだ。



そして遡る事、2ヶ月前の2月、荒隈城(松江市宍道湖湖畔)に杉原盛重(伯耆、尾高城城主)がいた。

元就が

「どうじゃ、手筈は整っておるか?」


「はい!そのご報告に参りました」


「うむ。」


「高岡城の武良内匠頭の寝返りさせましたでございます。」


「おう。武良と?」


「はい!武良内匠頭は闇の関銭人でございます、尼子では主君に忠誠を誓う輩ではなく、銭と女が全ての奴でございます、」


「ほう!お前みたいな奴じゃのぅ。」


「いやいや、拙者は元就様をひたすらお慕い申してございます、」


杉原は冷や汗を流した、言われてみればその通りなのである。


「で、どの様に寝返りさせたのじゃ?」


「銭と所領安堵でございます、」

「銭?」

「金子、銀子がなにより好きな奴でございます。」

「うむ、、、大丈夫か?逆に銭で裏切ることとなるのでは?」

「今の尼子には到底無理な額面でございます。」

「いくらじゃ?」

「はい、金子◯◯◯でございます」

「オイオイ、随分と気前が良いな」

「申し訳御座いません」

「まあ良い! ワッハハ!」


「ところで元就殿、一つお願いが、噂を流して欲しいのですが、、、」



永禄8年1565年4月

鈴垂城にその武良内匠頭が訪ねてきた。


いよいよ謀りの時である。


秀綱が

「おぅ武良殿久しぶりじゃな、今日はなに用でござるかな?」


「はい秀綱様、気苦労が多いと聞き及んでおります、今日は蛸を土産に持って参りました、蛸は精がつきますんでね、是非秀綱様にと思いまして」


目鼻立ちがすっきり通り物腰の柔らかい風貌である、ただ顔色が悪く不気味であった、秀綱は武良からの闇銭を受け取っていた弱みを握られていた。


「おぅ、それはそれは嬉しいのぅ、」


「それにしても毛利は富田城を囲う気配だけで一向に動きません、ここは気ばかり張っても持ちませんでございます、」

「うむ、、」

「きっと毛利も桜見物の最中でございましょう、」

「そうじゃな、」


実は元就のいる荒隈城下の商人から毛利は酒を大量に買い込んでいる、との噂が流れていた。


その噂から桜が満開のこの時期のことである、情勢有利も手伝って桜見物でもするのではと富田城下、鈴垂城下ではと思っていたのである。


続けて武良が

「家中で気晴らしでもと思いまして、一考を案じて参りました」

「一考とな?」

「領内の漁師に地引き網を張らせたでございます。明日にでも秀綱様に見物がてら一献でもと思いまして。」


「ほう!それは良い考えじゃあ」


「拙者の秀綱様を想う、たってのお願いでごさいます。」


「武良殿の頼みとあらば、断わる訳にはいかんのぅ、ワッハハ」


その時、武良の目がギラリと輝いた。

秀綱はそれを気付けなかった。


「毛利方は今はあの状況でございます、家中の方々に休息をとって頂きましたら、秀綱様も気兼ねなく地引き網を楽しめるかと。」


「うむ、そうじゃの!」

「それじゃあ、明日お迎えに伺います」

武良は満面の笑顔でそう言った。


杉原盛重の策略通りである。



家臣の手島四郎三郎はこの状況で城主が城を離れることに危機感を持っていたが秀綱には逆らえかなった。

だが留守番役は志願していた。


その日がやって来た、家中の者に一日暇を与え、秀綱は武良の迎えの者と小磯又四郎ら家来衆20名と嫡男千後之進とその乳母を連れ、境水道を渡り日本海を望む弓ヶ浜にやって来た。


大山が一望でき、弓のような海岸線が美しく、砂がキラキラ輝いていた。


砂浜には漁師達が地引き網の綱を掛け声を上げながら引く姿があった。


せーら、せーら、せーら!


穏やかな風景である、、、、、


ただその風景の中に武良内匠頭はいなかった。


秀綱がそのことに気がついた、

その時!!!!


背後の山から鉄砲を打ち鳴らす音が立て続けに鳴った!


何百丁の鉄砲が一斉に火を吹いたのである、その音は山々にこだまのように響き渡った。


鈴垂城の方角である。


秀綱が振り向いた!


その時!視界に入ったのは、なんと漁師小屋から飛び出し刀を振りかざし向かってくる武良の足軽衆であった。


「おーっ、おーっ、おーっ」


「謀られた、、、」

秀綱は小さく呟いた。


秀綱の家来衆はすかさず応戦するが数で圧倒されていた、秀綱は小磯又四郎と千後之進とその乳母と共に一目散に逃げた。

秀綱の家来衆は楯となり必死で戦い、追いかけて来る武良の足軽を次から次へと倒していった。


秀綱も必死で逃げた。


水道の渡しから舟に乗りかけた時!


なんと、、対岸の鈴垂城から火の手が上がったのだ。

天をつく勢いで火柱がかけ上がっていた。


停泊していた尼子の舟も次々と燃えていた。


元就は5000の兵を出し、大将の杉原盛重の合図で一気に奇襲をかけたのだ。


城主の秀綱が地引き網見物気分で、しかも城内全体を緩ませた時にである。


手島四郎三郎始め、尼子勢は反撃する間もなく総崩れとなり数多くの死者を出し美保関を奪われたのである。


元就は杉原盛重の謀りで武良内匠頭を寝返りさせ、いとも簡単に第二次弓ヶ浜決戦を征したのであった。



相変わらず毛利の鉄砲の音が辺りを支配していた中、秀綱は舟の上で意識を無くしかけた、そしてよろめいて海へ落ちた。


「秀綱様ー!」


小磯又四郎がすぐさま飛び込み助けたのだが、秀綱は大量の海水を飲んだのか咳き込むばかりであった。


この時、秀綱は落ちたことで首に掛けていたお守り(伊織之介から譲り受けたベビーG)が海の底へ沈んでしまったことを知る由もない。


舟から降り、秀綱が対岸に目をやると権現山城、横田山城、鈴垂城と水道防衛の要城が全て燃え上がり満開の山桜を焦がしていたのだ。


秀綱は呆然となり、ひざから砕け落ちた。

「終りだ!、、、、」


小磯又四郎が

「秀綱様、早く逃げましょう、せめて千後之進様だけはお助けしとうございます、」


追っ手がすぐそこまで迫っていたのだ。

秀綱はひたすら逃げた、手勢は小磯又四郎だけである、だが千後之進と乳母を連れてでは追っ手との距離は縮まるばかりである。


すると水道沿いに寺を発見した、秀綱は迷わずその寺に逃げ込んだ、息も絶え絶えである。


「又四郎、、、、、、、わしはここで千後之進と自害する、」

「秀綱様!」

「もう覚悟はできている。」

「うぅぅ、、、」

「又四郎、わしの首を敵方に渡すでないぞ、ここに穴を掘りわしと千後之進を埋めるのじゃ、よいな!」

「うぅぅ、、、」


「伊織之介!後は頼んだぞ!」

秀綱は天を仰ぎ両手を合わせた。


そして秀綱は千後之進の首を斬り、自害した。


尼子繁栄の礎を築いた名武将の寂し過ぎる死であったが、ただ切腹と相手に首を渡さなかったことは名誉であった。


二人の亡骸を穴に埋め、小磯又四郎も自害した、乳母は只々泣き崩れていたのである。




そして糧道を失った尼子はその1年と6ヶ月後の永禄9年1566年11月富田城は落城した。




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