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第9話 空中分解の学園生活

「僕らのパーティーは一応だけど最も優秀なクラスだったんだ。カズヤほどの魔力なんて誰も持ってないけど、属性自体は強かったんだよ。クリスティーナが得意だった召喚と身体に関しては8割くらいの力をもらったんじゃないのかな。だから昨日一晩でカズヤはほとんど全ての属性を手に入れたわけだね。属性があれば今までの何倍も魔法が使えるから気をつけなきゃ駄目だよ」


「そうすると俺の魔力のキャパシティのようなものも、お前らに移動したりしてるのか」


「移動ではなくて劣化コピーに近いかな。たぶん今の僕はカズヤの6割くらいの魔力にまで底上げされてるはずだよ。昨日までの魔力を50としたら120くらいにはなってるだろうね。カズヤが大体200位だとしてね」


「じゃあ俺とお前を数字で比べたら、大体どのくらいなんだ」


「そうだね。僕の魔力が120、幻術が10、時空が5ってところかな。カズヤは魔力が200、身体と召喚が7か8くらい、幻術が5、自然要素と変性が7から9ってところじゃないかな。でもこれは成長もするし弱体もするから、これからどう使っていくかなんだけどね」


 後で知ることになるのだが、実際は俺がクリスティーナに特別な思いを寄せていたせいで身体と召喚に関しては9くらいの力を得ていた。


「でもね、昨日まで使えなかったような属性はそう簡単に身につかないものなのよ」


 とクリスティーナが言った。

 俺たちはいつの間にか元通り話せるようになっていた。

 そして前よりも少し親密になったような気がする。


「でもあの召喚の威力を見たでしょう。もう十分に使いこなせているレベルですよ。クリスティーナの事が好きだったのね。うらやましいわ」


「ちょっと、キモイこと言わないでよ」


「キモイとは何ですか。きっとクリスティーナの魔力も一番上がってるはずですよ。素直になった方がいいんじゃないですか。どうせそのうちばれるんだから」


「馬鹿じゃないの」


 俺は眼を開いて一同を見回した。

 体から漏れ出る魔力は、いつの間にかクリスティーナはルイスを抜いて俺たちの中で二番目に大きい。

 軽口を言っているが、アンナもルイスも相当に漏れ出す魔力は大きくなっている。

 どうやら俺はけっこう二人から好かれていたらしい。


 しかしこともあろうにヨハンまで二人に並ぶほど魔力が上がっていて、しかも元は一番魔力が低かったというのだから、俺はケツの穴が引き締まる思いだった。

 いったい俺にどんな感情を抱いているのか、恐ろしい男である。

 もちろん友情も愛情と同じくらい儀式の結果を左右するという可能性もある。


 次の日のことだった。

 俺が夕食をおえて部屋に戻ってきた。

 なぜか先に席を立ったはずの4人は部屋にいないので、俺はすることもなくベッドの上で横になった。

 そこにクリスティーナがやってくる。


「あれ、ヨハンたちと一緒じゃなかったのか」


「知らないわ」


 そう言ってクリスティーナは俺のベッドに腰を下ろした。

 何事だろうと俺がいぶかしんでいると、不意にこちらを向いた。

 何か言いたそうにしているが、うまく言葉が選べないようだ。


 何とも細い体だ。

 ちゃんと食べているのかと心配になった。

 それでも髪につやはあるのだから栄養は足りてるのかもしれない。

 相変わらずかわいい顔をしている。


「ねえ、キスしようよ」


 俺は胸がドキンと痛いほど高鳴った。


「な、何だよ急に。悪いものでも食ったのか」


「どうなの。したいの、したくないの」


 俺はベッドから体を起こした。

 急に変な汗が出てくる。

 しかし何を驚くことがあるものか。

 もうすでに俺たちはキスをしているのだ。


「したい」と俺は言った。


 肩に手を回し、ゆっくりと顔を近づける。

 しかしクリスティーナは目をつぶらない。

 俺はこっちではこういうものなのかと勝手に納得し、さらに顔を近づける。

 俺の顔に息がふっとかかった。

 その瞬間、俺の口は彼女の細い指に止められていた。


「嘘よ」


 そう言って、クリスティーナは小さな舌を出した。

 俺が何事だと思っていると、クローゼットの中から残りの三人が出てきた。

 それで俺は引っかけられたのだと気がつく。


「ほらね。カズヤなんかすっかりその気になっちゃってるわ。昔から言われてるの。単純なのが儀式に参加すると、そこで交わった異性のことを好きだって勘違いしちゃうんだって。あんたそのまんまね」


「あぁ、うらやましいなあ。私のことを好きになったりしてませんか」


「いやね、僕が思うにカズヤはかなり本気で──」


「俺はお前のことが好きだぜ」


 わざわざみんなの前で言う必要はないのかもしれない。

 でも、この機会にすべて言ってしまおうと思った。


「勘違いでも、刷り込みでもなく、俺はお前が好きだ」


 ヨハンはそうだよねと言ってうなずいた。

 アンナは一人できゃーなどと言って盛り上がっている。

 クリスティーナは何故か泣き出して、部屋から飛び出して行ってしまった。


 俺はそれを追いかけて部屋を出た。

 寮を抜けて授業を受ける講堂がある建物の方に入った。

 誰もいない廊下に泣き声が響いている。


 俺は階段の下でクリスティーナを見つけた。

 俺は何も言わずにそばに行って肩を抱いた。


「駄目なのよ。あなたも知っているでしょう。カズヤの国と私の国はむかし戦争したこともあるのよ。貴方のことを父に話したら私は殺されちゃうわ」


 なるほど、そういうことか。

 まるでロミオとジュリエットだ。


 俺は途方に暮れるしかなかった。

 べつにあんなとこ俺の故郷でも何でもない。

 しかし、もとの世界に帰るためには所属しておく必要があるというだけだ。


 それから数日間、普通の授業が続いた。

 俺たちは新しく得た力を体に定着させ、より大きな力をコントロールするための実習的な授業を受けた。

 数日たった頃、ヨハンの親元から使者がやってきた。

 どうやらヨハン国では戦況が芳しくなく、父である皇帝が迷宮を探索中に怪我を負ってしまったらしい。

 それで国に戻ってこれはしないかとヨハンに使いがやってきたらしい。


 基本的に回復魔法というのは本人の魔力で回復を促し、そのスピードを速めるだけなので、大きな怪我であれば直るまでに数週間かかることもある。

 だから魔力の少ない家系にとって怪我は大きな問題なのだ。


 ヨハンは一晩考え込んでから結論を出した。


「いきなりで悪いけど、僕はやっぱり国に帰ることにするよ。今年は作物のなりも相当に悪かったそうだし、その上、年に一回の一番大きな大探索も、父の怪我のせいで途中で中止になってしまったらしいんだ。最近の情勢からいってもここが最後の踏ん張りどころだろうから。みんなと別れるのはつらいけど、こればっかりはしょうがないね」


「お前の家って国で一番偉いんだろ。それなのに迷宮に潜る必要があるのか」


「最近ではね。僕の家系は雇ってる騎士団のどれよりも戦えるからね。もともとそういう気風の国なのさ。カズヤみたいな騎士がいればまた別なんだろうけどね。もし失業するようなことがあったら、いつでもうちに来てよ。カズヤなら第一騎士団の団長に推薦してもいいよ」


「なんだよ。そんな急に」


 上手く言葉が出てこなかった。

 仕方のないことなのはわかっていたが、あまりにも急なことに俺は動揺してしまった。

 この世界が切羽詰まった状況なのはわかっていたが、ヨハンはこっちで初めてできた友人だったのだ。


「約束の触媒はあとで誰かに届けてもらうから。まあ今のご時世で迷宮に入る商売なんかやってたら長くはないだろうけど、また会うこともあるさ」


「そっちも、いろいろと大変そうね」


「大変なんですね。私も国からは早く帰るように言われてるんです。武器なんかの生産が追いつかないそうで」


 クリスティーナとアンナは急な別れがあることも想像していたようなふうである。

 こっちの世界では15歳で成人したら、そんなに悠長にしていられないようだ。

 俺は二十歳くらいまでは子供くらいのもりでいた。

 その浮ついた気持ちが急にしぼんでいくのを感じる。


「そのうち落ち着いたら手紙でも書くよ」


「行くって、今日明日にもう発つのか」


「うん、今日はもう遅いから明日の朝にでも発とうと思ってる」


 そしてヨハンは同じクラスの面々に挨拶をして回り、同じ部屋のみんなで夜遅くまで話をし、次の日の朝早くに行ってしまった。


 俺は急にこれからどうしようということを考えるようになった。


 クリスティーナは実家の騎士団に入るつもりでいるらしい。

 別れることになるのかと思うと急に焦りのようなものがわいてくる。

 できることなら俺もついて行きたいくらいだ。


 アンナは実家が武器や防具を作る名家だそうで、学園を出たらそこで働くと言っていた。

 すでに学園に入る前から厳しい修業を積んでおり、学園を出たらまた修業に戻るそうだ。

 そこで腕を認められれば自分の名前で武器や防具を作れるようになるという。


 俺は見つかるかもわからないマーリンを探すという漠然とした目的しか持たない。

 それだってもう半分は見つからないような気がしているのだ。

 そんなことを考えていると、なんだか酷く憂鬱な気分になった。


 俺にはもっと具体的な目標が必要だ。

 窓から見える、中庭に開いた大穴を眺めながらぼんやりそんなことを思った。


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