第7話 マーリンの失脚
学園に戻ると入り口の所に懐かしい馬車が見えた。
中を覗くとサンチョスがいた。
「ああ、旦那。待ってましたぜ」
「一体どうしたんだ」
「へえ、それがですね。お城の方じゃちっとばかりえれえ事が起こりましてね。なんとあの第一騎士団に、解散命令が下っちまったんでさあ」
「解散だって!? それじゃあ俺はどうなるんだ。それよりあいつらはどうなった」
「へえ、それでですね。団長様は今までの悪さがたたって牢屋暮らしになりましてね。次の日にゃあ死体になって転がってました。それであっしは第12騎士団に使われることになりまして、旦那もそこが引き取ってくれるそうなんですよ」
「マーリンの奴はどうなった。あいつは今どこにいる」
「それがですねえ。どっかに逃げちまったみたいで。なにやら色々とため込んでたらしくて、その金もってとんずらでさあ。さすがにあの年になると、降格処分なんてのは嫌なんでしょうねえ。きっとどこかで気楽に暮らしてるんでしょう」
あいつに限ってそれはないだろう。
しかしこれで、俺はもとの世界に帰る手段を失ったことになる。
俺は血の気が引くのを感じた。
なんとしてでもマーリンを見つけ出さなくてはならない。
なんの手がかりもなく、この広い世界で一人の人間を見つけるのは不可能に近い。
闇雲に探すよりも、騎士団の中に混じっていれば向こうから接触してくるかもしれない。
俺はそう考えて、しばらくは第12騎士団の中にいた方がいいだろうと結論した。
「それでですね。旦那は今んとこ自由民になっちまってるんでさあねえ。それで早いとこ新しく任命されないと色々不便だろうって、新しい団長さんが申されましてね。それであっしが迎えに来た次第でさ。今日明日に発つってんじゃあ、何か不都合がありますかい」
「いや、ないが、ちょっと待っててくれ」
俺は馬で迷宮前まで戻り、ヨハン達に事の次第を伝えた。
それでちょっとばかりいなくなる旨を伝える。
ヨハンには一週間後の満月までには絶対に帰ってくるよう念を押された。
俺は大丈夫だと言って馬で学園に戻りサンチョスに出発だと告げる。
「一週間てえと大分余裕がありませんねえ。それじゃあちっと無理して夜も走りますか。それにもう日が暮れるってのに出発ですかい。夜はちっとばかり危険なんですがねえ」
「道なら俺が魔法で照らしてやる」
「そうですかい。それじゃ出発しやしょうか」
その日は深夜すぎまで馬車を走らせ宿に泊まった。
それから二日かけて、一ヶ月ぶりのハミルトン帝国へと帰ってきた。
すぐに第12騎士団の控え室へと向かう。
今度の団長様は一番のあたりだとサンチョスに聞かされているので、それほど不安はない。
部屋で出迎えてくれたのは俺より一つか二つ年上の女だった。
きれいな金髪のショートカットが印象的だ。
「ようこそ、我が騎士団へ。第12騎士団の騎士団長を務めます、ルアン=カシミール家のナタリーです。貴方がカズヤね。待ってたわ」
騎士というのは、どこにいっても実に挨拶が巧みだ。
タイミングから何から如才ない。
「はい、もと第一騎士団所属のカズヤです。お初にお目にかかります、第12騎士団団長殿」
「いいわ。もっとこっちに来て顔を見せてください。……いい目の輝きをしてるわ、カズヤ。是非とも私たちの騎士団に入っていただきたいですね。その活躍に期待します」
「待ってください、ナタリー。第一騎士団にいた奴をそんな簡単に信用しちゃ駄目だっていったでしょう。幾ら何でも軽はずみ過ぎます」
脇にいたたくましい体つきの大男が焦った様子で言った。
黒髪の似合うハンサムな顔立ちをしている。
「お黙りなさいレオナルド。カズヤはもうこの騎士団に入れると決めたのです。もし彼の名誉を傷つけるというのなら、私には命をかけてでもそれを守る義務があります」
「申し訳ありません。今の言葉は訂正します」
レオナルドと呼ばれた大男は怒られてしゅんとなった。
でかいなりをしているが、頭はそれほど良くなさそうだ。
それにしても、やっぱりあの第一騎士団は嫌われていたようで納得する。
「ですがマーリンも捕まっていないと聞きます。彼らのやっていたことがわからない以上、今は慎重に動くに越したことはありません」
レオナルドとは別の、もうひとりの男が言った。
金髪できれいな顔立ちをしている。
しかし、眼光が鋭すぎて人殺しか悪人にしか見えない。
海千山千の、いかにも一癖、二癖ありそうな雰囲気がある。
「あなたはいつも慎重であることばかり重視するのね。だけど私は自分の直感を信じて行動するわ。カズヤはいい騎士になるという予感がするのよ。ジュリアン」
朝の光にナタリーの笑顔が輝いた。
レオナルドやジュリアンの言うことにも一理あるのに、聞き入れる様子はない。
この時の俺はナタリーのことを生意気な女だとしか思わなかった。
まさか俺が、この女のために命を賭けて戦う日がこようとは想像だにしていなかったんだ。
だってマーリンを捕まえるための腰掛けくらいにしか、この時は思っていなかったんだからな。
その日、正式な手続きによって俺は第12騎士団の騎士に任命された。
ナタリーが俺の肩に剣を置き、口上を述べる。
そして俺がはいと答えたことで正式に騎士となった。
騎士という言葉には深い意味があるのだが、この時の俺はRPGのジョブの一つくらいの認識しかなく、覚悟や忠誠、心得など何もわかっていない。
もともと騎士だったと言う認識が周りにあって、誰も教えてくれなかったと言うこともある。
その後、ナタリーから正式な服装一式と、騎士の象徴である剣を受け取った。
その剣は俺のためにナタリーが買ってくれた特別製のものだった。
第12騎士団の正装は白地に青を基調としたものだった。
第1騎士団の赤と黒のものよりも清廉なイメージが気に入った。
「それではカズヤ。今まで通り卒業までは学園で過ごしなさい。学生のうちから騎士に抜擢されることは、とても珍しいことです。貴方にはその才能があったのでしょう。その才能が存分に伸ばされることを望みます。卒業したら、この騎士団で働いてもらうことになります。学園にいてもお給料は出るので送らせますね。それでいいですか」
文句などあるわけがない。
俺は、はいと答えた。
その後は、騎士団の面々とかるく挨拶だけ済ませた。
どうやら結構な弱小騎士団らしく、騎士は俺を含めて三人だけで、あとはレオナルドとジュリアンの従士、いわゆる見習い騎士ばかりだった。
それ以外には雑用やコックなどの奴隷が数人いるだけである。
レオナルドとジュリアンの従士として紹介されたのは、何故か男ばかりだった。
しかもヨハンのように、アッチの趣味があるとしか思えないほど体の距離が近い。
ただ見てるだけで深い仲にあるかどうかはわかる。
どちらも女に苦労するようなタイプじゃない。
それなのに何を好きこのんでそうなるのだと見てるだけで気分が悪くなった。
レオナルドなどは女奴隷の尻を触ったりしているのだから、そればっかというわけでもなさそうなのに。
それで一緒に昼食だけ食べて、俺は学園に帰ることにした。
昼食の間もジュリアンは、俺に探るような視線を向けていたが、根が脳天気なレオナルドなどはもうなにも気にしていない様子だった。
俺とサンチョスはまた三日間馬車に揺られて学園へと戻ってきた。
別れ際サンチョスに銀貨10枚をチップとして渡した。
そしたら、あと5枚あれば売春宿に入れるんですがねえと言うので渡してやったら馬車をロケットみたいに走らせて帰って行った。
俺は自分の部屋に戻る。
部屋にはヨハンしかいなかった。
「珍しいな。ルイスまでいないじゃないか」
「明日の儀式があるから買い物にでも行ってるんじゃないのかな」
「そういや明日の儀式ってのは具体的に何をするんだ? 俺たちも準備とかしといたほうがいいんじゃないのか」
「特にいらないよ。どうせすぐ裸になるんだしね」
「は、裸でやるのか。その儀式は」
「まさかとは思ったけど本当に何もわかってないんだね。いいかい男の精液と女の血液が体内で交わるだろう。それによって魔力の補完が行われるんだから当然裸になるよ」
てっきり俺は試験管のようなものの中で混ぜ合わせるのだと思っていた。
俺は混乱しそうな頭で、気になったことを言った。
「いやまて、じゃあ、まさかお前とクリスティーナも、せ、セックスをするのか。そんなの絶対に認められないぞ」
「その事について話しておきたいことがあるんだ。僕は特殊な幻術を守る一族だから、よほどのことがない限り月兎の儀式には参加できないとアンナ達には言ってあるんだ。それでね。アンナ達も男と儀式をするのは抵抗があるってことで、この部屋では僕とルイス、アンナとクリスティーナに別れて儀式を行うことになってたんだ。だけど今はカズヤを儀式に入れなくちゃならないから、あの二人に言ってカズヤもあっちに混ざれることになったんだ。それでお願いなんだけど、ルイスは実は奴隷じゃなくて、分家の長女なんだ。小さい頃から一緒に遊んだりしてたんだけど、同い年で一番魔力にすぐれてるから僕の相手に選ばれて、この学園に入学したってわけ。だから彼女にも幻術の属性はある。それでさ、カズヤには明日の夜、一番最初にルイスを抱いて欲しいんだ」
こいつは顔色一つ変えずにどうしてそんな話ができるんだろう。
「だ、抱いてくれったって俺にその経験はないんだ。う、うまくいく自信はない。それになんでそんなことをする必要があるんだ」
俺はとんちんかんなことを言っていた。
情けないことに声も震えている。
しかも明日の話とはまた急だ。
「そんなこと心配する必要はないさ。カズヤが最初にルイスを抱いてくれたら、そのあと彼女の中で僕らの精液が混じるだろ。そうすれば僕はカズヤの魔力を得られることになるんだ。できることなら僕の幻術と交換と言いたいところだけど、本家の血は絶対に漏らしてはいけないことになってるんでね。でもルイスの力は、カズヤも手に入れることができるんだ。この条件をのんでもらえるのなら、穢れとの契約に必要な触媒を提供するよ」
よくはわからない。よくはわからないが悪い話ではないのだろう。
「それでこっちの二人はどうなってるんだ」
俺は後ろにあるベットを指して言った。
「クリスティーナもアンナも、カズヤとなら月兎の儀式をすることで問題はないってさ。だからルイスの後にこの二人を順番に抱けばいいんだよ」
簡単な話だろ、というニュアンスで言ってくる。
クリスティーナだけでなくアンナまでそれに承諾していることに驚いた。
「でも同じ部屋でそれをするのか。ここで?」
「そうだね。他に部屋はないし、ここでするしかないよ」
「それだとクリスティーナの裸をお前まで見ることになるじゃないか」
「驚いたな。そこまで彼女に入れあげてたんだね。だけどその心配はないと思うよ。そのために今日買い物に行ってるんだしね。それに部屋は真っ暗だから何も見えやしない。月明かり以外の光を灯すことは禁じられているから」
俺はベットがガタガタ揺れるほどびびり始めていた。
いくらなんでもいきなりすぎるし、心の準備ができない。
「お、おい。な、なんか予行練習とかできるとこないかな。このままじゃ絶対に大きな失敗をやらかすぜ」
「練習って言ったって、男は嫌なんじゃ練習のしようがないじゃないか。こんな儀式くらい酒でも飲んで挑めばたいしたことはないよ。僕なんか女を知るのが楽しみで仕方ないくらいさ。あっ、そうそう、カズヤと月兎の儀式をしたいって女の子が何人か来たけど、アンナ達が追い返してたよ。もったいない話だよねえ。でもそんなにたくさんの相手はできないらしいから、まあしょうがないね。あーあ、明日が楽しみだなあ」
その神経の図太さに、俺は初めてヨハンを尊敬した。
心の師匠と呼びたい。
しかし心の師匠ができたところで手の震えは止まらない。
仕方がないから服を着たままのヨハンで練習しようかと考え始めたとき、クリスティーナたちが戻ってきた。
「あら、ちゃんと戻ってこれたんじゃない」
クリスティーナが買ってきた包みを隠すようにベットの下に置いた。
この体と明日するのかと思って、まじまじと眺めてしまい思いっきりぶたれる。
「なによ嫌らしいわね」
それっきり、クリスティーナは顔を赤らめて、そっぽを向かれてしまった。
アンナも少し照れた顔でこちらを見てくる。
目を合わせるのが妙に気恥ずかしい。
ヨハンが早く寝ようよというので、皆ベッドに入った。
ヨハンだけはひとり、早く寝れば早く楽しい明日がやってくると無邪気にも考えているようだった。
俺はベットの中で寝るまで神に祈るような気持ちで震えていた、
本当に何か祈っていたような気もするが、何を祈っていたのかは覚えていない。
いや、初めてだったら誰だってこうなるだろ。
俺が特別ビビリなんじゃない。
そうだと言ってくれ!