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第6話 迷宮実地訓練

 炎に照らし出された迷宮はどこまでも続く闇だった。

 迷宮を少し入ったところで、俺たちは顔を見合わせる。


「それじゃあ打ち合わせ通りに進もう。クリスティーナを先頭にカズヤ、アンナ、ルイスと続いて、しんがりは僕。戦闘からの離脱の判断はルイスが決める。それについて意見を言うのはなしだ。絶対にルイスの判断に従うこと。それとクリスティーナは必ず余裕があるうちに僕と交代すること」


 これが昨日みんなで決めたことだ。


「わかってるわ」


 そう言ってクリスティーナは剣を抜き、身体に召喚した鎧を纏った。

 長い年月を経て、迷宮内に内に放置された鎧が魔物と化したものである。

 初めて見た俺は、あまりのかっこよさに口笛を吹いた。


「ちゃ、茶化さないで」


 しかし、太ももなど露出も多く、空気のひんやりとした洞窟内では寒そうに見えた。

 それに後ろを歩く俺には目の毒だ。

 俺は羽織っていたマントを彼女に掛けた。


「やだ、体温が残ってるじゃない。気持ち悪い」


「傷ついたぞ。それじゃない方がいいか」


「寒いから借りておくわ」


「そうかよ」


 キモイと言いながら何故顔を赤らめているのか小一時間問い詰めたいが、俺は大人なので放っておく。

 アンナに耳にタコができるほど聞かされた「本当はカズヤのことが好きなんだから冷たくしたら駄目ですよ」の言葉がやっと最近信じられるようになった。


 俺も剣を抜いて、体から1メートルくらいの所に火の玉を一つ漂わせる。

 何気なくやっているが、これだけのことができるまでにも大変な苦労をした。

 発火させる瞬間に高い集中力を要するのだ。

 アンナとの特訓でなんとか使えるようになった。

 最初はアンナの大きな胸に気を取られて、彼女の服の胸部分を焦がしたりした。

 あの日のみんなの視線の冷たさといったら、今でも夢でうなされるほどだ。


「進むわよ」


 そう言ったクリスティーナの声は心なしか震えて聞こえた。


 少し進むと壁が人工物のようなすっきりしたものへと変わった。

 これは授業で習っている。

 人間が地上で家を作り畑を耕すように、魔物もまた地下の巨大迷路を巨大な建造物のようにしてしまう習性がある。


 しかし魔物の姿は見えない。

 昨日今日と学園の生徒が何人も潜っているので魔物の数が減っているのだ。


 俺は急速に緊張感が失われるのを感じた。

 一応、万が一のことがないように眼でクリスティーナの周りだけは注意しておく。


 1時間ほど進んでやっと最初の魔物が現れた。

 二足歩行のゴキブリにしか見えないロークと呼ばれる魔物だ。

 頭を前に突き出したような独特の姿勢で、身体を左右に揺らしながらこちらに向かってくる。

 結構なスピードが出ている。


 それに対し、クリスティーナも前に出て距離を詰めた。

 俺はクリスティーナが間合いにとらえた瞬間に、氷魚にロークの足下の温度を食わせた。

 それによって大気中の水分が一瞬のうちに結露から凝固し、その足を地面につなぎ止める。

 その一瞬にクリスティーナは魔物の左肩を切り落とした。


 そしてロークの吐き出した炎を上に飛んでかわしながら、真上から頭部を刺し貫く。

 魔力を使い自分の身長以上に跳躍し、空中で体制を整えて攻撃する。

 それは並大抵のことではないし、鍛錬によってなせる技だ。


 ロークは実態を失って灰へと帰り、その場には魔力の結晶石が残った。


 なるほど身体の属性はこんな風に使うものかと、俺は感心していた。


「ちょっと、カズヤ! 手助けなんていらないわ。馬鹿にしないで」


「いや、ちょっとびっくりしたんだよ」


「でも結構たいしたことないわね」


「油断は禁物ですよ」


 浮かれる俺とクリスティーナをアンナがたしなめる。

 基本的に騎士の家系であれば、家族や知り合いを迷宮によって失った経験がある。

 だからみんな真剣なのだ。


 迷宮内に漂う魔力が濃くなってきたかと思いながら、しばらく進んでいるとロークの群れが現れた。

 敵が一直線になったところで足下を凍らせ、光の一撃を放つ。

 光に貫かれたロークが塵となって迷宮内に舞った。


 俺の攻撃から漏れたロークは、クリスティーナによって細切れとなる。

 一体のロークが俺の方に抜けてきたので、腰に吊るっていたキャスターで撃った。

 撃ち出された弾は空中で氷の塊となりロークに突き刺さる。

 氷に触れた部分からロークの体は凍り付き、それが砕けてロークは塵へと返る。


 その時になって気がついたことがある。

 マーリンが俺に覚えさせた召魔の組み合わせは理想的だった。

 氷魚によって足を止め、魔眼で弱点や居場所を見抜き、光魔によって貫く。

 洞窟内に漂う魔力の濃さから敵の数や位置をおおよそ把握することもできる。

 欲を言えば防御に使える手段が欲しいくらいか。


 それからも出てくる敵をクリスティーナが捌いていく。

 次第に疲れからミスが増えてきたところで、先頭をヨハンに変えた


 ヨハンの戦い方は独特だった。

 地面や壁から赤紫色のトゲをつららのように生やして敵に突き刺すのだ。

 たとえトゲが致命傷を外したとしても、かすり傷から敵の体組織の崩壊が始まる。

 そしてその崩壊が致命傷に至ったところで敵は崩れ落ちる。

 ヨハンが嵋刺(びし)という名前の幻術だと教えてくれた。


 それだけの技を持ちながらヨハンは剣術も相当に使える。

 クリスティーナ以上かもしれない。

 体に網目状の微生物を這わせ、それを鎧と力として使う。

 毒々しい色をしたマスクメロンみたいで非常に気持ち悪い。


 そのマスクメロンの状態と通常の状態を細かく切り替えながら戦っている。

 切り替えるのは魔力の少なさを補うための工夫に違いない。

 しかし3時間もしないうちに自分からギブアップを宣言した。


 そこから、俺を前衛、中衛をアンナ、護衛をヨハン、しんがりをクリスティーナに変える。

 俺は魔力を温存するためと、剣術の練習のために剣だけで戦った。


 迷宮に入ってから10時間が過ぎた頃だろうか、俺たちは難なく最下層の広場まで降りた。


 その時、何の前触れもなく岩陰から炎に包まれたシマ馬のようなものが現れる。

 その瞬間、俺以外の4人がギクリと体をこわばらせて固まった。


 俺も名前だけは知っている。

 魔獣インケルス。

 中層くらいまでに現れる中で最も危険といわれている魔物である。

 出会ったら命はないとまでいわれている。

 重力に逆らって壁や天井を飛び回り、下をマグマの海に変える能力がある。


 あまりの出来事に、誰もどうしたらいいのかわからない。

 皆こちらを振り返らないでくれと祈っていたに違いない。

 しかし無情にもインケルスはこちらに顔を向ける。


 アンナが泣き声の混じった悲鳴を漏らした。

 クリスティーナが「あぁ……」と、かよわい声を発して膝から崩れる。

 ヨハンは動かない。

 ルイスが水と炎の魔法で、水蒸気の煙幕を目の前の空間に発生させた。

 そして目の前に巨大な石の壁が、地面から飛び出した。


 俺は取り乱す周りの様子を見て、逆に冷静になっていた。

 そしてなるほどと合点する。

 その時、俺の目には映っていなかった。

 最悪と言われる魔獣の魔力が、ひとかけらも。


「皆さん、立って走ってください」


 冷静なルイスの声だった。

 俺は何か言おうかとも思ったが、ルイスの判断は全てに優先すると決めていたことを思い出す。


 俺は地面に座り込んでしまっていたアンナとクリスティーナを抱え上げた。

 それを見てルイスが走り出したので、俺とヨハンもそれに続いた。

 10秒ほどしてアンナとクリスティーナも自力で走るようになった。


 5分ほど走ったところで俺は根を上げた。


「ま、待って」


「走ってください。走れなければ私が背負います」


 先頭を走りながら一番冷静だと思っていたルイスの表情は蒼白だった。


「そうじゃない。そうじゃないんだ。たぶんあれはそういうものじゃない」


 息が苦しい。

 口の中に血の味が混じっている。


「俺は見たんだよ。みんなには言ってなかったけど、俺には魔眼の力がある。その目で見たんだ。何も魔力は映らなかった。あれはきっと幻影蛍か何かだ」


「ですが。幻影蛍というのはもっと南の方の迷宮でしか出ないものです」


「ああ、だから学園側が故意に放したんだと思う。だって、こんなどん詰まりの迷宮内にあんな高位の魔獣が現れるなんておかしいよ。たぶん離脱というものを実践させるために放してあったんじゃないかな」


「その話本当なの。カズヤが魔眼を使えるって」


「ああ、お前らがあんまり色々驚くから隠してたんだ」


 恐怖から解放されたばかりだったからか、隠していたことは咎められなかった。


「それが本当ならひどい話です。私は寿命が縮みました。確実に」


「本当だよ。僕なんか走馬燈が見えたよ」


「私は迷宮なんかに入ったことを心底後悔したわ」


「もう一つ、あの部屋には人の気配があったから、きっと教師の誰かが見てたんだぜ。ルイスが頑張ったおかげで、たぶん離脱に関しても合格点がもらえただろうけど」


 俺たちは疲れた体を引きずるようにして洞窟から出た。

 敵はまだ魔力を残していたアンナが魔法で倒した。

 そうして俺たちは、普通なら三日ほどかけてクリアする実地訓練を一日でクリアしたのだ。


 迷宮から出ると迷宮の入り口でテントを張っていた教師達に報告する。

 アンナが最後に見たものに関して嫌みたっぷりに報告すると、テントの中から学年主任が出てきた。


「こりゃあ驚いたね。まさか一日でクリアした上に、あの秘密までばれるとは。私が知る限り、そんなことができた生徒はいないよ。どうしてわかったのかね」


 俺の代わりにヨハンが説明してくれた。


「なるほど、あの眼を持つものがいたか。君のその魔眼は見るだけじゃないとどこかで聞いたことがある。その能力を大事にしたまえ。それじゃあ君たちは、明日からは洞窟内でまだ頑張っている生徒達の面倒でも見てやってくれないか。それと魔眼の君、確か君の使いが来ているんだ。何か重大な用件らしい。すぐいってみなさい」


 ここで俺に転機が訪れることになる。

 俺はひとり学園に戻ることにした。

 他の皆はまだここから動く気になれないようだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >空中で体制を整えて 体勢 >ロークは実態を失って 実体 >腰に吊るっていた 吊っていた か 吊るしていた >地面や壁から赤紫色のトゲをつららのように生やして 単に「トゲを生やし…
2022/09/29 18:02 通りすがり
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