第5話 迷宮準備
一週間ほどが何事もなく過ぎた。
その間、俺は色々なことを学んだ。
まず俺が持っている能力のひとつ、魔眼は光魔と並ぶほどの上位召魔だった。
これは俺くらいの年齢と地位で持つにはあまりにも不釣り合いだ。
だから周りからは隠しておくと決めた。
そして俺にはまだ色々なものが足りてない。
まずはコストの低い魔術か召魔が必要である。
あれから何度か練習してみたが、光魔はコストが重すぎて3回も使えば疲労で動けなくなってしまう。
それも直線に撃って3回であり、なぎ払うように使えば一回が限度だ。
それに回復や煙幕、光源など迷宮に入るために最低限必要な魔法さえない。
装備も、アンナに作ってもらった細身の剣一本だけである。
鎧や革靴など、至急、戦いに必要なものを一揃い買い集めなければならない。
しかし、ろくに知識がない俺だけではどうにもならなかった。
そこで俺はあの4人に頼むことにしたのだ。
休日には食堂での食事はない。だから皆外に出る。
なので俺は朝一番に起きて、皆がいるうちに提案した。
「今日は町に買い物に行かないか」
「一緒に買い物に付き合ってくださいじゃないの」
あくびを噛み殺しながら髪をとかしているクリスティーナが言った。
「お前が持ってるプレートの鎧みたいな奴さ、ああいうの俺にも必要だろ。それに魔法とか装備も欲しいのがあるし」
「やあね、人の荷物の中をのぞかないでよ」
「僕も必要になる頃だと思っていたよ。別に暇だから付き合うよ」
「私も付き合います。鎧なら私が見た方がいいでしょう」
「私はパス。やらなきゃならないことがあるの」
それで4人で行くことになった。
いつも会話にも加わらずに、部屋を俯瞰できるような位置から周りに目を光らせているルイスが、ヨハンを外に連れ出すことにいい顔はしないだろうなと思ったが、そうでもないようだった。
自分では奴隷といっているが、俺はその資質や能力から、その言葉を信じていない。
魔眼で見るとわかる。部屋で俺の次に魔力が高いのが彼女だ。
俺たちは馬に乗り学園を出た。
俺の馬は、ヨハンが友情の証といってくれたものだ。
頭がよく力もあるので気に入っている。
何でも言うことを聞いてくれる馬はとてもかわいい。
しかし機嫌を損ねることもある。
そのまま馬で中心地まで行き、串焼きで朝食を済ませた。
そしてまずは魔法から買うことになった。
俺の予算はここに来る前にマーリンからもらった金貨30枚だけだ。
「召魔と魔術の触媒なんかを見せてもらいたい。かまわないかな」
「へい、今お出しします。ちょいとお待ちください」
ヨハンに言われて店主が奥からトレイに乗せた消し炭みたいなものを持って出てきた。
「今うちにあるのはこんなモンです。どうでしょう」
「ええと光になりそうなものは……、あまりいいものがないね」
「ちゃんと説明してくれよ」
「ああ、そうだね。今あるものの中で光源になりそうなのだと、この燐光蝶と閃光トンボなんだけど、燐光蝶は移動が遅くて光が揺れるし、風で飛ばされるからあまりよくないね。閃光トンボは明滅が激しくてだめだね。一度閃光トンボで照らされた夜道を歩いたことがあるけど、すぐに頭が痛くなったよ。精神的にも疲れる迷宮の中でこんなものを飛ばされたら周りが迷惑だよ」
「自然要素の属性があるなら、こちらの魔道書とアール火山灰なんてのはどうでしょう」
「う~ん効率が悪いなあ。まあ魔力は余ってるんだからいいのかな……。それじゃあ、火球、遠焼、高熱、青火、火操、水源、発電、それとこれに必要な触媒をもらおうかな」
「わかりました。魔道書との契約はこちらで済ませますかい」
「ああ、頼むよ」
俺は言われるままに左手を魔道書、右手を触媒にかざす。
右手の触媒は輝きを放ち、俺の中を通って魔道書に吸い込まれた。
そして魔道書は燃えてなくなる。それを何度か繰り返した。
魔道書の中には複雑な魔力の生成過程を省略するための回路のようなものが組まれていて、触媒により回路の道を身体の中に刻み込むのだ。
それによりしばらくの間、対象の魔法が使いやすくなる。
その間に練習して魔法の使い方を覚えるという寸法だ。
「全部で銀貨520枚になります」
俺が金貨を一枚払うと大銀貨4枚、中銀貨1枚、銀貨30枚のおつりが返ってきた。
魔法はそれだけで終わりではなく、他の店でもいくつかの魔道書を買った。
学園都市なので、魔道書や魔法試料などの店ばかり並んでいるのだ。
それとキャスターと呼ばれる魔力を魔法に変換するリボルバーと弾とを買った。
氷の魔法に変換されるアイスキャスターを選んだ。
魔法を使えない俺が即席で魔法を使うにはこれしかないらしい。
そして召魔も一つ買った。
土龍という土を掘るための巨大なミミズだ。
洞窟内で通れなくなっているところを掘り起こすためのものらしい。
そんなことをいちいちヨハンに教えてもらいながら買い物を済ませる。
結局、金貨10枚近い出費になった。
そんなことをしているうちに昼時になった。
俺たちは食堂に入り昼食を取ることにする。
メニューが読めないので俺はヨハンと同じものを注文した。
「なんだか、みんなで買い物するのは楽しいですねえ」
「クリスティーナも来ればよかったのにね」
「どうも俺が嫌われてるような気がするんだよな」
最近そんなことを感じる機会が多い。
なんだか避けられてるようで、気が重い。
「そんなことありませんよ。どちらかと言えば、カズヤのことが好きだから意識してるんだと思いますよ。だってカズヤはミステリアスなんだもの。そういう男に惹かれる気持ち、私もわかるわあ……」
アンナの言葉にルイスもうなずいている。
「お、俺がミステリアス??」
「ええ、そうですよ。だって謎が多いでしょう? 背中には大きな魔術に関わった証が刻まれていて、魔力はこの世界ではあり得ないほどの水準、しかも頭がいいんです。それなのに何も知らないところがかわいくて……」
「しかも苦手なことを隠したりしないで、周りに教えを請うことをいとわない。見事な態度だよ」
この世界で生まれたのではないから魔力の水準が違うのは偶然のようなもの。
背中のやけどの跡は押さえつけられて無理矢理つけられたものだ。
頭がいいというのは教育の水準が違うだけで、もとの世界では勉強ができる方ではなかった。
それに教えを請うのは、脅されている自分の命が惜しいからで、人間ができてるわけではない。
むしろ危機感の足りてない自分にいやになる。
「すごく誤解されてるみたいだな」
「そう言いながら顔を真っ赤にしているところがかわいいんですよ」
俺は恥ずかしさで何も言えなくなった。
しかしクリスティーナに嫌われてないと聞いて、少しだけ気が楽なる。
午後は装備品を見て回った。
「カズヤ、こっちの方がかっこいいですよ。あっ、こっちの黒も似合いそうですね」
てっきり目利きをしてくれるのかと思ったら、アンナは色や形しか見ていない。
こんな小さな町にあるのはどれも程度の低いものしかなく、大差ないということだ。
金属製の薄いプレートをつないだものの中に、プラスチックのような安っぽいものもある。
しかし俺が安っぽいと感じた、軽い素材のプロテクターは周りの何倍も値段が高かった。
胸当て、靴、手袋、マントを買い終わる頃には日が沈みかけていた。
マントは白地に青の縁取り。それ以外は黒地に白のアクセントの入ったものをそろえた。
それ以外にも普段着をアンナに選んでもらった。
最初にサンチョスと買ったものは俺の洗い方が悪くて穴を開けてしまったのだ。
そして暗くなってから夕食を買い込んで学園に帰った。
電気のない生活の一日はとても短い。
ちょうど、買い物をした次の日から迷宮に入るための授業が始まった。
教師が授業の最初に言ったことは、最も重要なのは死なないことだという訓示だった。
ヨハンから聞いていた前衛、中衛、後衛に関する内容もある。
それらの内容が、死者の出ることを前提としていることにひやりとするものを俺は感じた。
この世界では迷宮に潜れるようになれば、それだけで生きていくことができる。
だからこそ、職業訓練所たる学園では迷宮の探索が最後の授業なのである。
もちろんこの学園の下にある迷宮などお遊び程度のもでしかないのだが。