第49話 絶体絶命
作戦開始と同時に、俺たちは本隊を残して斜面を駆け下りた。
出来れば地竜がこちらに気がつく前に高台を取らなければならない。
シェンとケンが先頭に立って、高台にいた魔物を掃討する。
そして昨日のうちに魔法で呼び出しておいた槍を地面に並べる。
しかし、すでに地竜はこちらに気がついて向かってきている。
地竜は頭がやたら大きく手の長いトカゲのような体をしていた。
その30メートル以上もある大きさに俺は固唾を呑んだ。
しかし、ここでびびるわけにはいかない。
ここからは俺の動きにかかっている。
俺は一人で高台を飛び降りた。
地竜の、その目に向かって俺は光を放つ。
魔力を抑えていたとはいえ、軽く防がれて傷ひとつ残らない。
爬虫類のように目の周りが膜のようなもので覆われているらしい。
しかし、その攻撃に釣られて地竜は俺だけに狙いを絞る。
俺が走り出すと同時に爪の攻撃が俺を襲った。
その攻撃を、俺は何とか前に転がってかわした。
とてつもない速さと力強さで、体をかすめただけなのに息が止まるほどの圧迫感を感じる。
攻撃に移る前動作に反応していなかったら、俺の体は間違いなく砕け散っていた。
俺が走り始めると、その正面から横なぎの一撃がやってくる。
俺は横に全力で飛ぶが、かわしきれずに右足のふくらはぎをえぐられて血が噴き出す。
そして残った右手がもう一度上から振り下ろされた。
これは避けられない。
俺は瞬間移動を唱える。
すぐに立ち上がって右足がまだ動くのを確認。
もう一度走り出す。
地竜がこちらに向き直った。
旋回動作だけはそれほど速くはない。
俺は脚から血を振りまきながら走る。
すぐに地竜の背中をジュリアンたちに向けられる位置まで到達した。
レオナルドたちが一斉に槍を投げたのが見えた。
その瞬間に地竜は咆哮を振りまきながら俺に向かって突進してきた。
俺は横っとびに飛んでそれをかわす。
地竜はその勢いのまま壁に激突した。
飛び散った岩の塊に俺は吹き飛ばされる。
飛んできた岩が転がる俺の左腕を押しつぶして鮮血がほとばしった。
地竜にかわされた槍が地面にぶつかって大爆発を引き起こしていた。
俺は岩に挟まれた左腕を引き抜こうとするが、岩はびくともしない。
仕方なく光魔でその岩を吹き飛ばした。
熱に焼かれて左腕から肉の焦げる匂いが漂う。
自由になった左腕はつぶれて変なほうを向いていた。
これではもう使い物にならない。
そこに地竜の爪が襲い掛かって来る。
壁際で逃げ場もない。
俺はもう一度瞬間移動でその爪から逃れる。
途端にその重いコストで魔力を根こそぎ持っていかれるのを感じた。
地竜の裏に回った俺はその尻尾を蹴り飛ばす。
そしてこっちに向き直ろうとするのを見てからジュリアンたちに合図を送る。
それに応えて三本の槍が飛んできた。
今回は真後ろからの攻撃だ。
これをかわされればチャンスはすべて失われる。
俺が息を呑んで見守る中、弧を描いて飛んでくる三本の槍は地竜の尻尾によって叩き落とされ、関係ないところで爆発を巻き起こした。
どうしてそんなことが可能なんだ。
俺はもうこれ以上、地竜の攻撃をかわし続けることが出来ないってのに。
何故、真後ろからの攻撃にまで、あれほど早く反応できるのか。
ジュリアンが引き返せと叫んでいるのが聞こえる。
しかしその時、俺の頭につまらないアイデアが浮かんでしまった。
それを実行すれば完全な片道切符になるだろう。
俺は地竜から距離をとって槍をこちらに投げてくれるよう叫んだ。
ジュリアンは作戦を無視しようとする俺に、一瞬だけ逡巡の表情を見せてからレオナルドに何かを言った。
そのレオナルドから最後の槍が飛んでくる。
それを掴むと、俺は全力で壁際まで走った。
地竜も俺について走ってくる。
大丈夫なはずだ。
今の地竜は、爪で俺を攻撃をするのは無駄だと思っているはずだ。
ならばもう一度、さっき俺にダメージを与えた攻撃をしてくるはずなのだ。
地竜はその勢いのまま、俺を目掛けて体当たりをしてきた。
俺はタイミングを読んで真上に瞬間移動を発動させる。
真上に飛んだ俺が見たものは地竜の頭の真上だ。
多分、地竜はその視界が広いのだと考えられる。
おおよそ360度に近い視界を持っているのでなければ、あの真後ろからの攻撃を跳ね返せるわけがない。
ならば次に俺たちが狙わなくてはならないのは地竜の真上だ。
俺は地竜の頭目掛けて槍を投げた。
そして即座に墨守を発動させようとした。
しかし魔力を使い尽くしていた俺には、それを発動させるだけの力がなかった。
槍が地竜の頭に命中したのが見えた。
そして、そこに爆発が起こる。
爆風に吹き飛ばされる俺に地竜の爪が襲い掛かかる。
槍の爆発をものともせずに、地竜は俺に向かって攻撃を仕掛けたのだ。
俺にそれを避ける手段は何もない。
地竜の爪が俺の胴体に当たるのを加速した意識の中で見ていた。
その攻撃が俺の鎧を裂くことはなかった。
帝国に伝わる伝説の鎧は、その攻撃を見事に防いでみせた。
しかしそれで何が変わったわけでもない。
爪に吹き飛ばされた俺は、背中から岩に叩きつけられて背骨の折れる音を聞いた。
俺はそのままずり落ちて地面に座り込む形になる。
急速に体温が失われて、俺は手足の感覚がなくなっているのを知った。
声も出せない、耳鳴りがひどくて何も聞こえない、頭から流れた血が目に入って視界が赤い。
俺が槍をぶつけた地竜の頭に、はまだ鱗が残っているのを見た。
結局、俺たちは何も成し遂げることが出来なかった。
地竜はこちらに向かってくる。
すぐにその爪は振り下ろされて俺は殺されるだろう。
不思議と怖いとは感じていなかった。
諦めも、何故か感じていなかった。
ただもう俺が助かる道は、万に一つもない。
避けようのない死が迫っていることだけが感じられた。




