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第46話 二度目の大規模侵攻

 浅く降り積もっていた雪もとけて、春の兆しが感じられるようになるころには、俺の胃壁もボロボロになっていた。

 来てほしくないと願いつつも、それを止める力が俺にあるわけじゃなし、春はやって来るのである。


 俺は自分の従士を次の大規模侵攻に連れて行くか、最後の最後まで悩んだ。

 前回までのお気楽な気持ちとはわけが違う。

 今回は何が起こるのかおおよそわかっているし、それが彼女たちの命にかかわることもわかっている。

 俺自身、この帝国には何の愛着もないし、命を懸けてまで戦う義理も感じていない。

 しかし深く知り合ってしまった騎士団の仲間を見捨てて逃げるわけにもいかないと感じているのが、次の作戦に付き合う理由の最たるものだ。

 しかし、それに付き合わせて、彼女たちを危険にさらすことは絶対にできない。


 ジュリアンとナタリーに相談して、もし魔竜討伐の作戦が行われることになった時は、副師団長であるナタリーの従士として作戦本部に残らせてもらうという約束を取り付けた。

 まさか皇帝みずから突撃するようなこともないだろうから、そこに残れば安全は担保されると判断して、俺は彼女たちを連れて行くことに決めた。


 これなら最悪、作戦が失敗したとしても俺が死ぬだけで済む。

 もちろんそれが嫌だから、俺の胃壁はボロボロになってるんだけどな。


 クリスティーナたちと廃頽的な生活にいそしんでいると、もう思い残すことなどないような気もしてくるのに、やっぱり死ぬのはご免こうむりたい。


 それにしてもマーリンは何を考えていたのだろう。

 昔の俺ならいざ知らず、今の俺なら騎士団ひとつに脅されたぐらいじゃ全員殺してでも逃げ出すくらいの予想はできたはずだ。

 こんなふざけた召魔を持たせて、どうやっていうことを聞かせるつもりだったのか。


 そんな風に混乱して思考もまとまらない俺を他所に、大規模侵攻の日程は決められ、その日はやってきてしまった。



 準備はすべてクリスティーナたちに任せて、俺は覚悟も決まらないままその日を迎えていた。

 朝は前回と同じようにナタリーの挨拶から始まって、皇帝の激励、そして恒例の芋虫行列である。

 伸びたり縮んだりしながら穴の中を進む。

 今回は第8騎士団が先頭を任されているという話だ。

 オーレグが抜けただけで、早くも第4騎士団はその立場を失ってしまったのである。


 俺たちはいつもの最後尾で進んだり進まなかったりする前にあわせて歩いている。

 その歩いている中で、俺とジュリアンだけはやはり浮かない顔をしていた。

 それ以外はみんな前回と同じような様子で、レオナルドはジュリアンの言葉など信じてはいない様子である。


「それにしてもよう、今回は自分の従士がいるのに、何でまたこいつだけ馬車の上にいるんだ。おかしくねえか」


「ナタリーは今回、自分の部隊を置いてきたんだ。誰かそばにいないと危ない」


「それにしてもお前とキンピカは随分しけた面してんな」


 キンピカというのは皇帝にもらった鎧を身に着けた俺に対して、この騎士団がつけたあだ名である。

 マントを着てても隠し切れないその輝きは確かに凄いものがある。

 この鎧、着心地はすごくいいんだけど、あまりに軽すぎて防御力には不安が残る。


「その呼び方やめろよな。俺だって好きでこんなもの着てるわけじゃないんだぞ」


「ははは、そんなに嫌がられるとキンピカって呼ぶしかねえじゃねえか」


 こんな軽い調子でいて、いざ魔竜が出たときに、レオナルドは気持ちの整理がつくんだろうか。


「そんなこと言ってさ、本当はこの鎧がうらやましいんじゃないのか。お前はこういう高そうなものが好きそうだぜ」


「馬鹿いってやがる。今回は俺も金が入ったから新しいのを買ったんだ。見ろ」


 そう言ってレオナルドは漆黒の龍が描かれた、真っ黒な鎧を披露する。

 かけええ。

 マジかよ。


「うらやましそうな顔になってるわよ。情けないわね。絶対こっちのほうが高いんだから自信を持ちなさいよ。プラチナのクロークと金色の鎧が合わさって、結構かっこいいんだから」


「そうです。よく似合っていますよ」


 レオナルドの鎧にびびっていた俺を、ニーナとナタリーがフォローしてくれる。

 だけど俺にはレオナルドの鎧のほうが好みである。

 黒の騎士はかっこいいけど、金ぴかの騎士は馬鹿みたいだよなあ?


 よく見ればレオナルドやジュリアンの従士たちも、装備を新しいものに変えていた。

 前回は山賊と言われても納得できるような装備だったのに、今回は随分と見栄えがよくなっている。

 それに最近では騎士団で出される食事もいいものに替わった。

 俺は自分の屋敷で食べるほうが豪華なので、なるべくそっちで済ませているが、最近では奴隷にだって前回までの俺よりもいい物が出されている。

 よっぽど貧乏な騎士団だなぁと感慨深い。


「前回の働きで俺が団長にしていた借金は帳消しになりますかね」


 俺は隣で機嫌のよさそうなナタリーに聞いてみる。


「もちろん。カズヤの働きは金貨5000枚でもおつりが来ますよ」


「いやいや、最後においしいところを持っていっただけだったよな」


「そうだ。作戦が始まってもびびってるだけで、まったく使えなかった」


 まったく、俺が褒められてると見れば女の僻みみたいな事を言い出しやがる。

 確かにそういう面もほんの少しはあったかも、というのは否定しないがな。


「団長も大変ですね。あんな出来が悪いの二人も抱えて、これまで大変だったでしょう」


「そんなことありませんよ。あの二人は今まで良くがんばってくれました。でもカズヤが入ってからは出世が早くて、それに慣れる方が大変なくらいですね。この騎士団に対する本部の待遇の変わりようにびっくりしています」


「だそうだぜ」


 俺が得意げな顔をレオナルドとジュリアンに向けると、二人はなんともいえない微妙な顔になった。

 この二人にとってもナタリーに褒められるのは特別なことなんだろうな、というのがなんとなくわかる。


 俺が今、命の危険を感じながらもこの場に残っているのは、この三人が理由だ。

 それだけこの騎士団は居心地がいい。

 その理由は多分ナタリーにあるんだろう。


 そういえば大物退治で被害が出るのを抑えるためにナタリーを師団長にしたかったんだよな。

 ならその大物退治を俺たちでやってしまったら、その必要がなくなるということだ。

 俺は気になったのでジュリアンに聞いてみる。


「そうなったら、誰かと結婚するようにでも勧めて、とにかく現場から遠ざかってもらったほうが俺たちとしては安心できていいな」


 というのがジュリアンの回答である。

 俺がもし今回のとどめをさせたらと皮算用を始めたら、少しだけやる気が出てきた。

 俺がとどめを刺して貴族になればそれでいいし、それがレオナルドやジュリアンでもまあなんとか我慢しよう。

 これは下心なんかではなくて、あくまでもナタリーのためを思えばなのだ。

 絶対に下心なんかではない、・・・・・・はず。


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