第45話 メリエル
魔竜を倒す作戦の目処もついて、シンシアも普通以上に魔法が使えるようになった。
クリスティーナもニーナもシンシアも新しい魔法を覚えて張り切っている。
これで後はメリエルの儀式を残すのみである。
はっきり言って、メリエルは何を考えているのかわからない。
しゃべる言葉にそつがなく、俺にはそのすべてが建前に聞こえる。
本音を喋っているという雰囲気がないのだ。
儀式は愛情や友情によって効果が左右されてしまう。
そこで俺が考え出した作戦は、シンシアの惚れ薬で適当に済ませちゃおうというものだ。
騎士と従士ってのは家族で恋人みたいなもんだ。
正気の沙汰じゃないが、ジュリアンもレオナルドもそんな感じで従士と接している。
だから別にこんな薬を使っても道義的な問題はないよなあ???
俺はシンシアに粉状の薬を一袋分けてもらい、その部屋を後にした。
この薬はひどく強力で、俺はいまだにシンシアに対して恋みたいな感情が残っている。
顔を見るだけでいちゃいちゃしたくなるので困る。
俺はエリにお茶を二つ用意してくれるように頼んでから、メリエルの部屋のドアをノックした。
どうぞ、という澄んだ声が扉越しに聞こえる。
ドアを開けると、長椅子の真ん中に折り目正しく座ったメリエルの姿があった。
俺は遊びに来たと、適当な言い訳を口にした。
「そこにお掛けください」
「ずいぶん殺風景な部屋だな。欲しいものとかあるならマリかエリに言えば買ってきてもらえるぜ」
俺は部屋の中を見回しながらメリエルの対面に腰を下ろした。
「必要なものはすべて揃っています。他に欲しいものはありません」
「そうは言っても、服とか欲しいんじゃないのか」
「実家から持ってきたのがありますから」
この態度である。
関係を深めようと思っても取り付く島もない。
毒がなく話しやすいので、最近では一番話してるかもしれない。
なのに距離感を変えられないでいる。
かといって気まずい雰囲気ではなく、包容力があるので一緒にいても疲れることはない。
現に今も背筋を伸ばしきったメリエルの前で俺はだらけきっていた。
そこにエリがお茶を持って現れた。
俺とメリエルの前にティーカップというよりは湯飲としか言いようのないものが置かれる。
「いただきます」
メリエルがその湯飲みに口をつけた。
その薄い唇がとてもかわいかった。
ここからが正念場である。
俺はエリが部屋から出て行ったのを確認してから口を開いた。
「あれ!? あの窓の外に飛んでるの何かな?」
「何も飛んでいませんよ」
メリエルは軽く微笑んで、俺から目視線をはずさずにそう言った。
その態度に俺は焦った。
まさか後ろに目がついてるとかではないだろうな。
「私には、その人が嘘をついているかどうかがわかるんです」
「な、なるほどね」
こいつは手強そうだ。
「嘘はよくないですよ。信頼というのはとても大切なことですから」
どうすればバレずに薬を飲ませられるのだろうか。
というか、嘘がわかると言っているだけで、心が読めるという可能性もある。
いや、そんな可能性はないか。
「どうしてそんな嘘をついたのですか?」
何か面白いことでもあるのですか、というような態度だ。
やはり心が読めているわけではないようなので安心する。
しかしこの質問に嘘なしでなんと答えたら言いのだろう。
「ちょっとイタズラをしようと思ってね。そ、そんな大したことじゃないよ」
「う、そ、は・・・・・・言ってないようですけど、なんか怪しいですよ」
そう、別に大したことしようとしてるわけじゃない。
ちょっと薬を飲ませて惚れさせるだけだ。
「訓練のほうの調子はどうですか。ずいぶん無理をされているようですけど、もう少し体をいたわってください。見ているこっちが心配になります」
次の手を考えている俺にメリエルが話しかけてくる。
話しかけられると考えがまとまらない。
「まあ色々と予定があるからね。毎日、毎日、頭を殴られてるだけで何の特訓になってるのかさっぱりわからないけどさ。それにしても、突きは酷いよな。突きを食らうたびに憎しみで手が震えるよ。あれ痛いなんてもんじゃないんだぜ」
「ふふっ、でも突かれたときの貴方の顔はとても面白いですよ。頭を叩かれているときよりも安心して見ていられますし」
「マジな話、面白がらせるために突かれてるわけじゃないからな。痛いんだからな」
「それで今日はどんなご用件があって来られたのですか。さっきからなにやら色々と考え事をしているようですが。イタズラ以外に何かありますか」
「いやね、悪戯はもういいんだけど、もうひとつ用事があってさ、この薬を飲んで欲しいなってさ。すごく強くなる薬なんだよ。メリエルのためにもなるからさ。絶っっ対にためになるよ。後悔させないから」
「うそをついてますね」
たしかに、俺は用件が二つあったわけではない。
この部屋に来た理由はただひとつだ。
「私のためならないし、飲んだら後悔する薬というわけですね」
いや、そっちは嘘のつもりじゃないんだが。
「わかりました。飲んで欲しいというのなら飲みます。どのくらい飲んだらいいのですか」
「一つまみらしい」
「それでは、私のためにもならないし、後悔する薬を飲みます」
暗に、責めてるのような?
「俺も飲むから、同じだけ俺の湯飲にも入れてくれ」
「わかりました。それでは同時に飲んでください。一緒なら怖くはないですから」
そんな構えられてもと思うが、せっかく飲んでくれるというのだから何も言わなかった。
俺は気が変わらないうちに飲ませてしまえと、自分の湯飲みに口をつける。
前に飲んだことのある苦味が口の中に広がった。
飲んですぐ、不安そうな顔のメリエルを見つめる。
まだ効果は出ていない。
しばらくして、メリエルがいつもの顔に戻ったころ、それはやって来た。
最初に来たのは、メリエルのかわいいほっぺに頬擦りしたいという欲求だった。
次に顔から目が離せなくなり、体から目が離せなくなる。
メリエルの印象に似合わない大きな胸に興味が吸い寄せられて息もできなくなる。
そんな俺の前で、メリエルには何の変化もなかった。
あれおかしいなと思い、メリエルの湯飲みの中を確認するが何も残っていない。
「どうされました?」
「薬飲んだよね?」
一瞬、騙されたかなと思ったが、メリエルは間違いなく飲んでいたはずだ。
「ちゃんと飲みましたよ。それよりも顔が赤いですけど大丈夫ですか」
俺の額に手を当ててくるメリエルの腕を引いて、俺はメリエルを隣に座らせた。
「な、なんですか。いきなり何をするんですか」
普段、感情を乱すことのないメリエルが焦っている。
その反応がかわいくてしょうがない俺の暴走は止まらなかった。
「魔力の受け渡しについて話があるんだ」
その言葉を聴いたきり、メリエルは真っ赤になって、うつむいて動かなくなった。
うしろから胸に手を回して抱きしめるがメリエルに嫌がってる感じは無い。
そのまま抱きかかえてベッドまで運ぶと、涙目で、お願いですから明かりだけは消してくださいと頼まれた。
明かりを消しても、月明かりのきれいなその夜はいろんなものがよく見える。
そのままメリエルの身体を好き放題にしてしまった。
俺の薬の効果が切れてきたのは朝方だである。
隣にいるメリエルに、なんとなく気になったことを聞いてみる。
「後悔した?」
その質問にもメリエルは眉ひとつ動かさなかった。
「活躍を聞いて憧れていた騎士様の従士になれたのです。何を後悔するのですか」
質問は、逆に質問で返されてしまった。
後悔していないのならそれでいい。
単に、もともと薬は無くてもよかったというだけの話だ。
この後、クリスティーナやニーナにも薬を飲ませてみたが、ちょっと興奮するくらいでいつもと何も変わらなかった。




