第40話 休暇も終わり
いつでも厄介ごとは向こうからやってくる。
何をしようか考えている俺のところに厄介ごとを持ち込んでくれたのはサンチョスだった。
「旦那ぇ」
酒を浴びるほど飲んだと思われる、臭い息だった。
とりあえず俺はどうしたと聞いてみる。
「いやね、金が尽きちまって、にっちもさっちもいかねえんでさ。そこでね、いっちょまた旦那のお役にでも立てば金ができるかと考えてね。そいで、ものは相談なんですが、こいつを買い取ってもらえやしませんかね」
サンチョスは懐から白い布に紐がついたものを取り出した。
聞くまでもなく、それは下着である。
「昔っから言うでしょう、好きな女の肌着を持ち歩いてると幸運があるってね。そいで旦那はあの団長さんにぞっこんだって話だ。でも手がとどかねえ相手でしょう。そこであっしが勝手に拝借してきたってしだいなんですがね」
「こっちではそんな習慣があるのか」
「こっちではって、どこにでもある話でしょう。幸運のお守りですよ」
「それで盗んできたのか」
「いや盗んだなんて人聞きが悪い。届け物に行ったついでに屋敷を見せてもらったら偶然懐に紛れ込んじまってたんですよ」
ああこいつはやばい奴だと俺は思った。
娼館に行く金欲しさに、貴族から盗みを働いたのだ。
しかもこんな大それたものを盗ってきて、バレたら吊るし首にされてもおかしくない。
こんなものを持ち歩けるわけがないのに、そこまで頭も回っていない。
しかしここで買ってやらないと、もっと危ないことをしでかす可能性もあるなと不安にもなる。
とは言っても、味をしめられたらもっと困る。
「酔った勢いでそんなことして、見つかりでもしたらどうするんだ。しかも俺がそんなもの持ち歩くわけないだろ。今回だけは仕方なく買ってやるが、次は絶対にないからな」
俺は金貨を1枚だけ渡した。
この値段ならリスクとメリットも釣り合わないし、二度とやらないと思ったからだ。
しかしサンチョスは予想以上に喜んで、金貨を握りしめ出て行った。
取り残された俺は、机の上に残された布切れを前に途方にくれる。
この時の俺はもう少し慎重になるべきだった。
自分の吊るし首がかかっているのに、どうしてぼんやりしていたのだろう。
気がついた時には、既にナタリーが部屋の中にいた。
そして俺と同じ布切れを眺めている。
しかも手には抜き身の剣がぶら下がっていた。
「どういうことか説明してもらえませんか」
その声はいつもより2オクターブくらい低い。
「ど、どうして団長がここにいるのでしょう」
「さっき私の下着が盗まれたと聞いて犯人を捜していたのです。怪しい人影がこの屋敷に入ったという情報を聞いてやってきました。何か言い残すことはありますか」
ナタリーは剣を上段に構えた。
「ま、待ってください! 誤解です」
「この期に及んで見苦しいですよ。騎士ならば名誉のために死になさい。このことは誰にも口外しません」
俺は今日一日この屋敷から出てもいないのに、こんな目にあっている。
こんな馬鹿らしいことで死にたくない。
しかしサンチョスの名前を出せば、あいつも命が危うくなる。
「ちょ、ちょっとだけ待って、ちゃんと説明しますから。これは人助けのために仕方なく、そ、そう、人助けなんです。実はジュリアンの奴がですね、その、ナタリーに思いを寄せていて、幸運のお守りがほしいとか言い出したんですよ。それで、俺もちょっとかわいそうに思って、つい盗んでしまったという次第なんです」
だから許してくれるという保証はない。
ただ咄嗟には、これしか言い訳が思いつかなかった。
「そ、そうだったのですか・・・・・・。私はてっきりまた屈辱的な辱めを受けたのかと思ってしまいました。カズヤにいかがわしい趣味でもあるのかと思って・・・・・・。理由はわかりました。ですが私にも未来の夫がいる身ですので、このようなものを渡すわけにはいきません」
そう言ってナタリーはテーブルの上にあった下着を懐にしまった。
剣も鞘に収めてくれたので俺は胸をなでおろす。
もう少しで誤解から首を撥ねられるところだった。
命の危険がなくなると、今度は俺をこんな目に合わせた奴は今ごろ娼館でぬくぬくしていると考えて腹が立った。
「それでは私はこれで失礼します。二度とこんな事はしないでくださいね」
俺は丁重にナタリーを屋敷から送り出した。
そして飯を食って風呂に入って寝た。
翌朝起きると枕元に抜き身の刀を下げたジュリアンが立っていた。
「昨日ナタリーが真夜中にやってきて交際を丁重にお断りされたあげく、なぜか馬鹿な風習を信じるなと諭されたんだが心当たりはあるか」
「し、知らないなあ」
「今度、騎士団の団長と副団長の間を気まずくするようなことをしたら庇わないぞ。遠慮なく不敬罪で牢獄送りにしてやる」
「覚えとくよ」
「今日から午前中は俺の講義を受けろ、午後は好きに過ごしていい。シンシアに例の話はしてみたか」
「いや、色々忙しくて、まだ何も」
「遊んでいないで、もう少し早め早めに何でも済ませろ」
ジュリアンは刀を鞘に収めると部屋から出て行った。
俺は起きだして着替えを済ませた。
そういえば休暇も昨日が最後だったのだ。
今日からは魔竜退治の準備をしなければならない。
午後になったらシンシアとアンナに相談してみようかと考えながら食堂に向かった。
食堂ではもう既に6人が食事を始めていた。
それを見て俺はなんだか壮観な光景だなあとぼんやり思った。




