第36話 家出少女
何故か王都にいるはずだったアンナに抱きつかれている。
アンナの胸は懐かしい匂いがした。
「カズヤに会いたくて実家を捨てて出てきたの。そしたらこんなに出世してるんですもの、びっくりしたわ!」
「実家を捨てるってどういうことだよ。それに俺のほうがびっくりしてるぜ。ちゃんと説明してくれ」
「カズヤに貰った手紙に、新しい剣の作り方が書いてありましたよね。あれを真似して作っているうちに王都でも一番の工房になったんです。そしたら色々な貴族の方からプロポーズされてしまって、無理やり結婚させられそうだったから逃げてきたんです。もうこの国の工房とも契約を済ませてきました。そしたら私、色々と有名になっていたようで帝国のお抱えとして優遇してもらえることになったんです」
俺が元いた世界の知恵を吹き込んでしまったせいで、アンナも短期間に出世しすぎてしまったらしい。
しかも王都は装備品の名産地だから、そこの一級工房の出となれば、この国が欲しがるのも不思議ではない。
「つまりアンナもこの国に移住するのか」
「この家に住まわせてもらうつもりですわよ」
「それは構わないけど、でもクリスティーナがえらくおこ──」
「あらアンナ。久しぶりね」
アンナの背後からクリスティーナの冷たい声が響く。
ちょっとこっちに来なさいと、豊満な胸は俺から引き離されてしまった。
そのままクリスティーナはアンナを引きずって部屋から出て行ってしまう。
これで今日の訪問者は終わった。
俺は騎士団の宿舎まで行き、ジュリアンにオークションがどこかで開かれないか聞いてみた。
オークションはどちらかと言えば商売人の仕入先のようなものなので、できれば店舗を回るのがいいと教えられた。
割高になるが在庫の種類が違うそうだ。
近場ではやはりハミルトンの城下町が一番で、それ以外には、やはり迷宮のある都市の城下町に実用的なものが揃うという。
そこで俺は行って来れそうな範囲で、商売が盛んな町の名前をリストアップしてもらった。
宿舎から帰ってきて6人で夕食を食べた。
何故かアンナはニーナともすっかり打ち解けてしまっている。
クリスティーナももう怒っていないようで安心した。
そして風呂に入り、4人で酒瓶を2本開けてから眠りについた。
翌日は遅めに目を覚まし、ベッドから出ないうちにまず何をすればいいか考える。
俺たちに足らないのは、まず何と言っても魔法だろう。
ニーナもクリスティーナも金が無いという理由でろくなものを持っていない。
これは優先してそれなりのものを揃える必要がある。
そして装備も必要だろう。
俺にはもう装備はいらないが、二人にはもう少しいいものを揃えておきたい。
武器はアンナに任せるとして、鎧や靴などいいものが必要だ。
後は従士がもう二人ばかり必要になる。
「やはり問題は従士なんだよな……」
「アンナじゃ駄目なの」
隣で寝ていたはずのニーナが言った。
いつの間に起きていたんだろう。
「駄目よ。アンナは昔からドジなんだから、迷宮なんかに連れて行ったら何するかわからないわよ。攻撃魔法のちゃんとした訓練も受けてないし」
いつの間にかクリスティーナも目を覚ましていたらしい。
そのクリスティーナによってアンナはこの屋敷で一番寒い部屋に寝かされている。
たしかにアンナは戦い方ではなく、生産のための魔力コントロールを学ぶために学園に来ていた。
学園にはむしろそういった生徒の方が多かった。
そうなるともう奴隷として買うくらいしか思い浮かばない。
しかし最近では戦争もないので奴隷というのも少ないと聞いている。
「いざって時はアンナにでも頼むしかないかもな」
「そんなこと心配しなくてもカズヤは有名になったんだから向こうからいくらでも話が来るわよ。お兄ちゃんあたりに頼んどけば代わりに見つけてくれるはずよ。大学時代のツテもあるだろうし、あたしから頼んでみようか?」
確かにそれでもいいかもしれない。
この世界の勝手もわからない俺が闇雲に探すよりはいいだろう。
「じゃあ朝イチで頼んできてくれ。そしたら今日は街で買い物だ。魔法やらなにやらを揃えなくちゃならない。この街を見終わったら、次の街まで移動だな。多分5日は帰ってこれなくなる」
「キャー、素敵。旅行ね」
旅行ではなく命がかかってる戦いのための準備なのだが、怖がらせてしょうがないので黙っておくことにした。
俺は着替えを済ませると一階に降りてアンナの部屋へ行く。
よだれを垂らして気持ちよさそう眠るアンナを起こして、留守の間刀を作っておいてくれるように頼んだ。
「私は連れて行ってくれないのですか。クリスティーナは旅行で私はお仕事ですか?」
非常にゴネたが最後はクリスティーナ達と同じように夜の相手をするという交換条件で折れてくれた。
毎晩三人も相手にするのはどう考えても無茶だが刀を作ってもらうためには仕方ない。
俺はどうやって3人も相手にしようかと途方に暮れてしまった。
そのうち死ぬんじゃなかろうか。
そして朝食を食べてからサンチョスの居る娼館へ向かった。
馬車を何日か借りたいと言うと、酒臭いサンチョスはかまやしませんよと言った。
一緒に出てきた女がえらく美人で俺は驚いた。
いったい一晩でいくら位するのだろうか。
あれじゃすぐに金がなくなるに違いない。
俺は屋敷に引き返し、ニーナとクリスティーナを呼び出して街に出た。
買い物することも考慮に入れて、呼び出し箱の中身は空にしておいてある。
まずはハミルトンで掘り出し物が何かないか探して、夕方には次の街に向かって出発だ。




