第32話 最悪の魔獣
俺たちは14階層にキャンプを張った。
14階層は天井も高く、キャンプを張っている広場ですら光が壁まで届いておらず、地面の上には闇しか見えない。
もうナタリーはとてもじゃないが探索には参加できそうにない。
なので今までの部隊は俺が隊長を引き継ぐことになった。
レオナルドやジュリアンのところも欠員が出ていないのが不思議なくらい疲弊している。
皆がみんな青い顔で辛そうにしていた。
この調子で16階層まで降りることもあるというのだから無茶な話である。
これじゃいくら死人が出たって驚かない。
「それにしてもお前のハーレムは、みなピンピンしてやがるな。普通、そんな構成だったらお前は魔力を全部吸われて干からびてるところだぜ」
「俺にはどうしてみんなが辛そうにしてるのかわからないんだよな。なんつーか、迷宮内の空気が肌に馴染むって言うかさ。特に辛い感じがないんだよ」
「信じられないな。そんな馬鹿な話があるかよ」
「ありえない話だ。聞いたこともない。何かがおかしいんだろう」
そんなことを話しながら警報装置を設置する。
これで後は飯を食って寝るだけだ。
多分ここ2、3日のうちには大物が現れるだろう。
14階層の魔力の濃さはこれまでとは段違いで、確かにそんなのが居たとしても全然不思議ではなかった。
それにしても、これからそんなのを抜け駆けして倒そうというのに実感がまるで湧いてこない。
みんな口数も少なくなって夕食が終わるとすぐに眠りについた。
翌日になると探索範囲が中央本部より告げられる。
ナタリーは体調が悪く、会議には参加していない。
そして探索が始まったが、これが思った以上に進みが悪くなった。
例の作戦のために、主力を温存しているのだからどうにもならない。
必然的に俺の隊の持ち回りは多くなる。
それでも俺の部隊はメンツが足りてないのだから、一日の探索時間は長く出来ない。
しかも、この階層の敵ははこれまでとは比べ物にならないほど手強い。
12階層までに出たのとは種類も違い、対処法も変える必要があった。
魔法や武器での攻撃に特殊な耐性を持つものが増えている。
手数の少ない俺の隊には更に負担が大きくなった。
そんな苦戦する俺たちのもとに大物魔獣出現の知らせが来たのは14階層の探索が始まって2日目の昼過ぎのことだった。
俺はすぐにその日の探索を打ち切り、クリスティーナとニーナ、リリーをテントに残して集合場所に向う。
集合場所の洞窟の前にはすでにオーレグたちも来ていた。
ジュリアンとレオナルドも揃っている。
「久しぶりじゃの、若いの。あまりこの年寄りをこき使ってくれるなよ」
そう言ったオーレグには微塵の気負いも緊張も見られなかった。
俺なんかこの場で吐いてしまいそうなほど緊張しているというのにだ。
知らせを受ける前は自分でもやばいんじゃないかと思えるほど平気でいられたのに、知らせを受けてからは押しつぶされそうなほど不安になった。
シェンやケンもいく分緊張したような顔つきをしていた。
「それじゃ行くぞ。小物はそちらに任せていいですね」
「その為に連れてきたんじゃ、好きに使ってくれ」
俺たちは小走りに洞窟内を進んだ。
洞窟には今まで見たこともないほどの魔力が漂っている。
その尋常ではない光景に俺の緊張は更に強くなった。
向かった先にはドーム状に開けた広場があった。
そこで俺たちの足は一斉に止まる。
見たくなかった光景がそこにはあった。
魔獣インケルス。
魔獣の中でも最悪とまで言われている魔物が俺たちを待っていた。
俺はその光景に息をするのも忘れる。
死ぬほど恐ろしいのに目が離せない、そんな感覚だ。
ジュリアンもレオナルドも動かない。
俺はもうこっちを振り向かないでくれとだけ祈っていた。
何とか逃げて作戦を立て直したほうがいいんじゃないかと思った。
魔力が見えるからこそ、俺は弱気になっていたに違いない。
しかし無常にもインケルスはこちらに気がついて、あろうことか向かってきた。
「飲まれるな!」
ジュリアンが俺に向かって叫ぶ。
オーレグがインケルスに向かって走りだした。
俺も必死に自分を鼓舞して、広場の中に入る。
オーレグが地面を蹴り、インケルスに向かって斬りかかった。
しかしオーレグよりも靭やかな素早い動きでインケルスは飛び上がり、攻撃をかわす。
そのまま一直線に俺の方へと向かってきた。
俺が恐怖に負けて光魔を放つと、まるでそれがわかっていたかのようにインケルスは宙を舞った。
物理法則などお構いなしだ。
そのまま方向を変えてレオナルドの方へと向かう。
レオナルドは小物相手に苦戦しているところだった。
そのレオナルドに向かってインケルスが空中で巨大な火の玉を放つ。
このままでは避けられない。
俺は墨守をレオナルドに発動させて、それを防いだ。
巨大なパチンコ球のように広がった墨守の上で火の玉が爆ぜる。
途端に恐ろしい熱気が発生して、髪の毛が燃え、頬が焦げた。
離れているのに信じられないほどの熱気だ。
墨守が吹き出したガスを避けるように、インケルスはドーム状の壁を天井まで駆け上がった。
そこからさっきと同じ火の玉を振り撒いてくる。
俺の目の前に落ちて来た火の玉が割れ、熱気が噴出す直前に、ジュリアンが風の魔法で熱気を押し返してくれた。
それがなければ俺は黒焦げだった。
ジュリアンは燃えさかる地面に氷結の魔法を使い、熱を奪って火を消した。
インケルスはドームの天井からさらに火の玉を降り注いだ。
それをジュリアンが魔法で軌道を変えて俺たちから逸らす。
作戦は破綻気味だった。
すでにインケルスの位置は高すぎてオーレグの剣も届かない。
出会って10秒も立たないうちに俺とジュリアンは当初の予定よりも魔力を消費し過ぎている。
俺はこの時点でこんなバケモノに勝てる気が全くしなかった。




