第3話 属性と帝国と迷宮の話
夕食の時間だというのでみんなで食堂へと行くことになった。
俺はその間にもヨハンから講義を受ける。
今度は野次馬もいるが。
「属性というのはね、自然要素、身体、変性、時空、召喚、幻術、呪いなんかの専用の魔力を作り出す装置のようなものさ。これらの属性を持つことで魔力の変換効率が上がるから、強い属性を持てば、より少ない魔力で魔法を使えるようになるってことだね。だから召喚の属性を持たずに召喚をするのはとても大変なのさ」
「そうよ。いくら儀式によって属性が増えると言っても、生まれながらの属性以外なんて、そんな覚えたばかりで使いこなせるものじゃないわ。つまりいくら希少な召魔も、あなたの場合、宝の持ち腐れってわけね」
「そんなことありませんよ。召喚の属性も持たずに光魔を召喚できるのであれば、その魔力は桁違いです。そんな人が属性を手に入れたら、一体どうなってしまうのか想像もつきません。それに魔力が高い人ほど属性を使いこなすのも上手いものです」
「いや、その光魔も10秒もしないうちに気を失ったんだけどね」
「10秒だって? もしそれが本当なら測定器を3周半も回した話にも信憑性が出てくるね」
「さ、三周半ですって? あんなものに1周目以降があったの」
「ああ、確かに回したぜ」
俺は胸を張って言った。
属性がないというのは相当まずいことらしい。
なので俺は名誉挽回のために三周半をことさら強調しておくことにする。
食堂は反対側の端が見えないほど長いテーブルが三つ置かれていた。
すでに各席には食べ物が置かれている。
俺たちはまだ人があまり席に着いていない所を探して座った。
「つまり身体というのは自分の身体の能力を強化する属性な訳だ。つまり『気』だな」
「気って何よ。属性だっていってるでしょ。あんたホントに何も知らないのね。もしかして馬鹿なんじゃないの?」
なぜかクリスティーナは俺につらく当たる。
そんな疑問にアンナが応えてくれた。
「クリスティーナさんの家系は代々、身体と召喚を得意とするんですよ。この学園には彼女ほど才能を持った生徒はいなかったの。だから、ちょっとあなたの才能に妬いてるのね。あまり気にしないでくださいね、カズヤ」
「だ、誰がこんな奴の才能なんかうらやましがるっていうのよ。こいつはね召喚を馬鹿にしたの。私はそれが許せないだけ、勘違いしないで。それにあたしだって触媒さえあれば上位の召魔とも契約してみせるわよ」
「あれ、それはこないだ失敗したばかりじゃ」
クリスティーナは「うるさい」と言ってテーブルを叩いた。
それに驚いてヨハンは20センチほど飛び上がった。
それでこの話題は終わる。
「自然要素というのはね。炎や水、土、電気、などのことだね。これは魔術とも魔法とも呼ばれるね。この属性は、属性の強さがとても重要なんだ。他に変性というのは回復を早めたりすることができるんだけど、この二つはアンナさんの家系が得意とする魔法だよ」
「なるほど。攻撃魔法と回復魔法ってわけだな」
「自然要素というのは攻撃だけではありません。物の加工など様々な使い方があるんです。変性と時空があれば物の特性を変えて、それを定着させることもできます」
「時空ならルイスも少し使えたよね」
「はい。私から説明しましょう。時空というのは時と空間を操ります。空間には、距離と力の大きさが含まれます。空間にものを出現させる、もしくは呼び出す。そしてそれを動かすといったこと、それら全てが時空の属性に含まれます」
「もしかして瞬間移動みたいなものもあるのかな」
もしあるなら、俺は是非とも習得したいと思った。
「あります。しかしとても高価な魔道書と触媒が必要になります。それこそお城が一つ買えるくらいの値段です。また習得できるかどうかは実力次第になります」
その言葉に、俺はがっかりした。
「そして呪いだけど、これは文字通り他人に不幸やアクシデントを伝えることができる魔法だね。この力はあまりにも跳ね返りやすいので、あまり一般的ではないかな。例えば、相手の腕を折る力を使ったとして、もしそれが仮に失敗して術者に跳ね返ってきたとしたら、その術者は命を失うくら大きな被害を受けることになるだろうね。それほど代償が大きい魔法なんだ。僕らにはあまり関係のない物だよ」
「で、幻術というのは?」
「特定の家系が管理する属性を幻術と呼ぶんだ。僕の家系も、ある幻術を伝えているよ。この幻術を持つ者は純度を守るために他の属性はほとんど使えないね。僕の家系がもつ穢れと呼ばれる属性は、昆虫よりもさらに小さな生命体の集まりだと言われてる『穢れ』を操ることができる、召喚に近いものだね。他にも特定の家系が管理する幻術はたくさんあるけど、穢れはその幻術の中でもとても大きな力を持つ一つだよ。昆虫よりも小さな生き物に何ができるのかって不思議に思うだろうけどね」
「つまり生物兵器かナノマシンか。すごい能力じゃないか。戦争にでもなったら最強だな」
「言ってる意味はわからないけど、今の説明でそれだけ理解できるのはすごいね。確かに戦いにおいてはとても強さを発揮するよ。だけど幻術の家系は代々魔力の総量が少ない問題を抱えることが多いんだ。他属性との交わりを厳しく絶ってきた副作用だろうね。それなのに穢れは大きな魔力を必要とするものが多いから、そんなに力があるわけでもないんだよ」
「あんたってホントに何も知らないのね。さすがにびっくりするわ。ヨハンの名前を聞いても無反応だったものね。彼は王族の家系でホーエンツォルレン帝国皇帝の直系よ。皇位継承順位第一位。つまり次期皇帝よ」
「マ、マジかよ」
「まあ、小さな国だからね。そんなに驚かないでよ」
「ふうん。それじゃあさ、次はダンジョンについて教えて欲しいんだけど、あれはいったいどういうもんなのかなあ?」
この俺の発言には三人から悲鳴のような、怒号が飛んできた。
どうやら俺はそこら辺にいる犬や猫でも知ってるようなことを聞いてしまったらしい。
夕食の時間が終わって部屋に帰ってきてもダンジョン講義は続いていた。
今はヨハンにかわりクリスティーナとアンナが教鞭を執っている。
「つまり人類の歴史というのは、人と魔物との対立の歴史なの。魔物というのは魔力によって生み出された生き物のことだけど、召魔のように人間に使役されるものや、人に害をなさないものもいるわ。人は地上に住み、魔物は地下に住む。人は太陽を糧とし、魔物は悪魔の口と呼ばれる地下の魔力源から流れ出る魔力を糧としているのよ」
「そして地下の迷宮の出口となるところに城を築き、魔物と人間との戦いの最前線としています。大陸に12ある大迷宮の出口の上に、王族が城と国を構え、その迷宮の管理をしているのです。迷宮内で得られる魔力を持った物質は、人間の生活にも深く関わり、そこから得られる資源には税金が課されます。正確には、迷宮内で得られる物資のやりとりに税金がかかります」
「でもね、迷宮で得られる物資でお金儲けができるのは低層階だけよ。中層よりも下に行こうとすればそれに伴う大量の物資が必要になるの。そして悪魔の口の探索と破壊は王族の管理のもとで行われるわ。そして騎士団がそれを任されているの。騎士団というのはいわば国王が抱える傭兵団のようなもので、その能力が認められていれば国内で強い力を持つし、任務がうまくいかなければ失脚して、団長以下すべての団員が奴隷として売られるような処分が下ることもあるわね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。騎士ってのは特別な身分じゃないのか? それがいきなり奴隷として売られるって」
「騎士というのは、正確に言うと、一時的に与えられる職務の名前です。ですから成果が上げられなければ当然失職しますし、失職しても能力があれば他の騎士団に拾われることもありますが、それでも給料は下がります。ですので、従士や奴隷などを手放さなければならなくなる場面も出てきます」
「長く成果の出せない家系は国土からの追放もあるわ。特に今は人間側の敗色が強くて、どこも余裕がないのよ。だからいろんなところで騎士が追放された話を聞くわね。騎士団が成果を上げなければ当然迷宮内の魔力濃度は高まり、国にとって様々障害を生み出すの。作物の実りが悪くなって、迷宮内で得られる物資もへり、疫病が流行しやすくなる。騎士団の探索も危険を増す。そんな最悪の連鎖が世界中で起きてるのよ」
「なるほど。つまり俺の騎士団も迷宮での任務が困難になり、にっちもさっちもいかなくなって俺を呼んだってことか。俺が最後の頼みの綱で、あんなにも焦ってたわけね。なるほど」
「馬鹿ね。今時焦ってない騎士団なんて存在しないわよ。ほとんどすべての騎士団が綱渡りしてるような状態で運営されてるの。それにこんなことも知らないようなのを、切り札なんかにするわけ無いじゃない。馬鹿の自惚れ屋なんてサイテーよ」
「まあ部外者はそう思うんだろう」
「なによ。自分が騎士団の切り札だなんて本気で信じてるわけ」
「まあな」
俺は適当に返事を返した。
つまりこの世界は、俺が思っていたよりも相当やばい状態にあるようだ。
魔族と人間との戦いは魔族に軍配が上がろうとしている。
マーリンたちもそれなりに必死というわけだ。
第一騎士団の内情が分かり、俺は少し精神的優位に立てた気がした。
「いい話が聞けたよ。ありがとう」
「そう。もういい、寝るわ」
そう言ってクリスティーナは上着を脱いだ。
俺は飛び上がるほど驚いて、その場に凍りついた。
上着の下は薄いシャツ一枚で、この世界にブラジャーというものはない。
だから、ささやかな胸の膨らみの上には小さな膨らみまで見えている。
「いけませんよ」
目を離せずにいたら、アンナに目をふさがれてしまった。
それに気がついてクリスティーナが非難の声を上げる。
「だってこいつ、いきなり着替えだしたんだぜ」
「騎士ならばそれが普通です。町娘とは違いますから、敵陣の中で恥ずかしいなんて言ってられません。常日頃から人前でも着替えられるようにしておくのです。ですから、その時、周りの騎士は視線を外すのが常識です。あんなに凝視してはいけません」
「ホントに常識のない馬鹿ね。最低!」
着替えを終えたクリスティーナにほほをぶたれた。
ふっざけやがって、本当にこいつらときたらとち狂った常識を俺に押しつけやがる。
15歳の俺がそんな態度とれたら奇跡ってもんだ。恥知らずめ。
俺が心の中で悪態をついているとアンナも着替え始めたので慌てて視線をそらした。
もちろんこちらからは見えないように着替えてはいるのだが、気になってしょうがない。
神経がすり減った。
そのうちにヨハンも着替えを始めだした。
俺は気をそらすために、男同士の気安さでその優雅な着替えを見てたら言われてしまった。
「そんなに見られたら僕だって恥ずかしいよ」
その気があると思われてもかなわないので話題をそらした。
「そういえばさ。ここんとこ風呂に入ってないんだけど、ここにはそういうものはないのかな」
最後に入ったのは四日前に止めてもらった家のおっさんに濡れタオルを借りて身体を拭いた以来である。
「そこに桶があるから入るといいよ。水は入ってるから。ルイス、背中を流してあげてよ」
そう言われてヨハンが指さしたのは部屋の中にある桶だ。
そこで、ルイスに背中を流してもらいながら、身体を洗えということらしい。
それは恥ずかしすぎるだろ……。
しかし言い出した手前引っ込みがつかない。
まあ目を逸らすのが騎士のたしなみというのだから何を見られることもないだろう。
ランプが消され、光が無くなったことに後押しされて俺は服を脱いだ。
俺は腰にタオルを巻いただけの姿で桶の前に立つ。
しかし俺はこの時、見てしまったのだ。
クリスティーナやアンナが気のないふりでこちらを見ているのを。
結局こいつらだって男の裸に興味がないわけではないのだ。
しかもよりによってヨハンまで色欲の混じった目で見ている。
この世界は狂ってるよ!
どんな拷問だよと思いながら、俺はルイスに促され桶の横の椅子に腰掛ける。
ルイスが桶につけた布を俺の背中に当てたところで俺は飛び上がった。
「ちょ、ちょっとたんま。冷たすぎるよ」
「そうですか。ですが、これしかありませんが」
「ちょっと待って、じゃあ俺が暖めるから、ちょっとだけ待って」
俺は腰布一枚で桶の前に立つ。
前は失敗したが、今度こそは光魔を使いこなすぞと気合を入れた。
俺は手を突き出し桶の中の水に向かって気合いを吐く。
「ハアッ!!」
失敗だった。桶の中の水はすべて蒸発し部屋一面が蒸気で満たされる。
しかも桶の底には穴が開いてしまった。
腰布一枚の恥ずかしい格好で俺は三人から降る雨のごとき苦情を正座で耐えた。
その間にルイスが代わりの桶と水を持ってきてくれた。
そして仕方なく冷たいままの水で洗ってもらう。
洗ってるうちにルイスの手は前まで回ってきて、女の人に身体を洗われるという行為に興奮していた俺は、自分の息子がすっかり大きくなっていたのをルイスに見られてしまった。
そして「お元気ですね」とからかわれ、三人から失笑される。
「そこまで名誉を失ったら、もう他に失うものはなにもないね」
とヨハンからとどめの一撃までもらい、全員が笑い出した。
俺は、この未開人どもが、と心の中で毒づいた。
そうしてその夜、俺は涙で枕をぬらしながら眠りについたのだ。