第26話 13階層
翌日リリーはすっかり元気になっていた。
昨日辺りから疲れの見えていたクリスティーナとニーナも元気になっている。
昨日、あれから求められて応じたからだ。
本当にあんなことで元気になるのが信じられない。
ふざけた世界だ。
俺が朝食の席でボール紙を丸めたような食感と味のするパンを食べながら見回した限り、ナタリー以外はおおむね元気になった。
ナタリーだけ少し疲れがあるように見える。
そこにレオナルドが起きてきて俺の隣りに座った。
自慢の巨体が席につくとテーブルが揺れる。
朝のレオナルドは一段と粗野な顔つきだ。
「昨日はずいぶんお盛んだったんだな。女共が見違えるように元気になってるぜ。いったいお前の魔力はどこから湧いてくるんだろうな」
一緒に起きてきたジュリアンも俺の隣の席に座る。
非常にむさ苦しい。
「お前が男の味を覚えてくれたら、騎士団全体の利益になるってのに、どうしてそうしようと考えないんだろうな」
「その話はやめてくれ。飯がまずくなる」
「飯なんか最初からまずいだろうが」
「お前も難儀なやつだ」
朝イチから、またこの話題かと俺は頭が痛くなった。
「ホント、カズヤに抱かれると次の日は調子が良いの。もったいない話ねえ」
ニーナさん?
あなたがそんな話をあけっぴろげにするような娘だとは知らなかったよ。
クリスティーナとナタリーは顔を赤くして、会話に入ってくる気配はない。
クリスティーナはきれいな金髪でその表情を隠し、ナタリーは赤い顔でそっぽを向いている。
リリーは他の従士たちと違うテーブルで食事していた。
ニーナはなんの恥じらいもなく椅子の上にあぐらをかいて朝から酒瓶を煽っていた。
君は育ちが悪いな。
しかし悪くない作戦だ。
俺もニーナに習って酒でパンを流しこむことにした。
それで俺は、やっとの思いで朝のノルマを食べ終える。
朝食が終われば、すぐに13階層の探索が始まった。
この階層では3隊に分かれてひたすら細い道を潰していくことになる。
横に広いため、キャンプ地から離れた場合は、戻らずにその場で寝泊まりする。
初日は本道とよばれるある程度広い洞窟を7キロほど探索した。
本道とは言っても、それですらやたらな数が存在する。
それらが途中でつながっていたり行き止まりになっていたりと色々だ。
更に本道からは子道が無数に伸びている。
子道は長くても2キロも行かずにどん詰まりだ。
今日はキャンプまで戻ってこれたが、明日からはわからない。
これでは大物が出た時に対処するのは相当に困難になるだろう。
ジュリアンの読み通り14階層に居ることを願うばかりだ。
次の日は本道の7キロ地点から探索を始める。
ここからは子道も多いのでそれらをしらみ潰しにやっていくしかない。
前衛と中衛はニーナとクリスティーナで交互に交代し、後衛はリリーで固定だった。
ナタリーは離脱、俺は昨日と同じく、何もなしというお散歩の役割だ。
このくらいの階層でもクリスティーナたちの戦い方に危なげな様子はない。
だからこそ非常に退屈である。
必然的に隣にいるナタリーに話しかけることが多くなる。
この前の一件からリリーとも少しは話しをするようになっていた。
しかし彼女は勤勉なので後ろの警戒に余念がない。
「それにしても敵が少ないですね」
「そうです、この階層は広い割に洞窟が狭いので、一日に討伐できる敵の数はそう多くありません。その分、時間がかかります。ずっと同じような洞窟が続くので精神的に疲弊しやすくもあります。長引けばそれだけ疲労も蓄積されます」
いつもの生真面目なナタリーだ。
実に横顔が凛々しい。
「きゃあ」
前の方でクリスティーナが悲鳴を上げた。
見ればズボンを引っ掛けて穴を開けたところだった。
軽く血が出ていたので、ニーナが駆け寄って回復魔法をかける。
「あの方とはどこで知り合ったの、カズヤ。身なりや立ち振舞からして名のある家の出にみえますけど」
「学園で寮の部屋が一緒だったんですよ。出身の国は言えませんが騎士の家系の出ですよ」
「恋人なの?」
急な質問に少し驚いたが、俺は素直にはいと答えた。
だがニーナとも恋人であるような気もするし、難しい質問だ。
「恋人がたくさんいて大変ね」
とナタリーが呟いた。
ちょっと心を読まれたようでドキリとする。
俺はこういう話題が苦手だ。
魔力の消費も少ないので、その日は夜近くまで探索を続け、その場で泊まることになった。
炎の魔法で周りを焼いて温めてから、俺が出した火を焚き火にあたるように囲む。
真っ暗な暗闇の中、見えるのは小さな炎と、その炎に照らされたみんなの顔だけだ。
たしかにこんな生活が何日も続けば精神的に辛くなる。
俺はクリスティーナが怪我をしていたことを思い出して具合を見せてもらった。
特に心配するような怪我ではない。
それよりも真っ白な肌があらわでムラムラしてきて体に毒である。
俺は大丈夫そうだと言って目をそらした。
それから、ニーナが寒いと言い出したので、みんなで固まって寝ることになった。
俺はクリスティーナとニーナに挟まれて気持ちよく眠ることが出来た。
朝になるとナタリーだけは疲れが溜まっているように見えた。
もともと弱い体質なのだから、このくらいならまだマシと見るべきかもしれない。
しかし弱々しい笑顔が俺の不安をかきたてた。




