第24話 試練は続くよどこまでも
13階層に降りると、あたりの空気はまた一段と冷え込んでいた。
俺は呼び出し箱から厚手のマントを取り出して羽織った。
それは前々から持って来いと言われていたものだ。
13階層は壁がガラスのように滑らかな光を放っている。
触ってみると、ひんやりとして、かなり硬い材質であることがわかる。
途中にあった横道を見た限りでは狭くなっているところも多そうだ。
地盤がしっかりしているので、狭い通路でも崩れる心配がなさそうなのはいい。
しかし壁から突き出した岩は鋭く、肌くらいなら簡単に切れてしまいそうだった。
「この階層は装備を壊しやすい。突き出た岩で装備を傷つけないように注意しろ」
と、ジュリアンは言った。
ここは装備を失いやすい場所なのだと、さっき聞かされたばかりだ。
「ここは長く直線的な本道から、葉脈のように細い横道が無数に伸びている。横道は曲がりくねり、視界が悪く、足場も不安定だ。バランスを崩して倒れ込めば突き出た岩で鎧にすら簡単に穴が開く。事故にだけは気をつけろ。横道の長さはだいたい同じくらいで複雑だが迷子になるようなことはない。穴が広くなる方へ歩いて行けば中心地に出られる。大物は滅多にいないが、魔物の種類だけは数えきれないほどいる。それだけ魔法などに使う触媒も多く見つかる場所だ。召魔の種もここでよく見つかる」
「昔の人がなくした装備が魔物化して見つかることも多いんだよ。遠くに行けばそれだけチャンスが有るの。あたしもここですごい装備を見つけようと思ってるんだ。カズヤの召魔なんか目じゃないようなのをね」
「馬鹿なこと言うんじゃない。見つけたものは作戦本部に提出する決まりなのを忘れたのか。いいものはそれだけ評価を高める。だから安易にちょろまかそうとするんじゃないぞ。お前は騎士の見習いになったんだ。しっかりとした志を持たないでどうする。俺達は野盗の集団じゃないんだ。規律を守ることを覚えろ」
ニーナの野望をジョリアンがあっさりと打ち砕いた。
「召魔の種ってことは、召魔ってのは植物かなんかなのか?」
素朴な疑問を口にした俺を、その場にいた全員がまた始まったかという目で見る。
話に加わっていなかった奴まで含めて全員が全員だ。
「種というのは卵のことだ。召魔というのは虫に近い。人間はどんなに鍛えても足の早さでは草食動物に勝つことは出来ない。同じく魔力のエネルギー変換効率においては、この虫に勝つことは出来ない。つまり人間よりも強い属性を持っているのがこの虫だ。それを自分の体の中で孵化させることによって、いつでも呼び出し、その力を自分のものにすることができるようにしたものが召魔だ。しかし知能ではたとえお前やニーナのような奴であっても人間のほうが優れている。だから魔力の複雑な変性を求めるなら魔法を使うことになる。それに召魔が編成できるエネルギーの種類は召魔の数しかない。それ以外の作用を求めれば、当然人間が魔法を使う必要が出てくる」
「俺の氷魚で敵の足元を凍らせるのも、魔法で凍らせるのもそんなに違いはないぜ」
「だから高値で取引されてるんだ。魔力効率だけではなく、複雑な魔力変性もなくすぐさま発動させられる面においても氷魚のほうが優れている。一体どうしてこんな馬鹿にマーリンは高価な召魔をくれてやったんだろうな。変人とは言われていたが、第1騎士団とつるむほどの悪人だという話も聞いたことがなかったのに、第1騎士団と一体何をやってたんだ。お前は何か知ってることはないのか」
「何を言い出すんだよ急に。2、3度会ったことがあるだけだって言っただろ。何をやりたかったかなんて俺は聞かされてないぜ。それにあいつが悪人じゃなかったら、この世に悪人はいないだろうぜ。とんでもない大悪党だよ」
平和な世界に住んでた俺を、こんな未開の大地に放り出して、使えるようにならなかったら殺してやるとまで言ってた奴らだ。
ろくなもんじゃない。
それに天才気取りなくせに科学の知識もろくにないで俺を馬鹿にするところなんかも嫌な奴だった。
よく考えたらジュリアンにそっくりだな。
まあ、巡り巡ってニーナやクリスティーナに出会えたことだけは感謝してもいい。
ヨハン達やこいつらに出会えたことも悪いことじゃない。
それにしても、あのマーリンが悪人じゃないとか言い出す奴が居るとは驚いた。
「きっと死に際にボケちまったんだろうぜ。今頃どっかの山奥でぽっくり死んじまってるよ。そんな奴の考えていたことなんてわかるもんか。考えるだけ時間の無駄だぜ」
レオナルドの意見に俺も大賛成だ。
「お兄ちゃんもさあ、気をつけなよ。本ばっか読んで、つまんないことばっか考えてたら、同じようになっちゃうかもよ。いい学校をでたのに犯罪者みたいな目でひとりごとブツブツ言ってる根暗のままじゃ人生楽しくないでしょ。人生が楽しくないから最後は──」
言葉が終わらないうちにニーナはゲンコツをもらって喋らなくなった。
やはりあの目は家族から見ても犯罪者の目なのか……。
俺はちょっと気の毒に思ってジュリアンに言った。
「お前の妹はちょっと考えがたりなさすぎるよな」
「だからお前にやったんだ。ウマが合うだろうと思ってな」
畜生め、なんて言い草だ。
そんなことを話しているうちに13階層のキャンプ地についた。
ここでは洞窟を利用してキャンプを張るようだ。
これならクリスティーナ達とお楽しみがあってもばれないだろう。
それぞれ小さな洞穴の中にテントを張る。
こうすることで見張りの負担も軽減できるって寸法だ。
テントを張り終わって夕食を食べると、ナタリーがリリーの調子がいっそう良くないので今日の会議はなしにすると言った。
なので俺達は早々とテントに引込み、寝る準備に入る。
地面が硬くゴツゴツしているのでどんなに頑張っても寝心地の良い寝床は作れそうになかった。
それでも俺がなんとか寝心地を良くしようと悪戦苦闘していると、ナタリーがやってきた。
少しいいですかというので、ええと答えてテントを出る。
話しかけようとすると、静かにするよう仕草で伝えられた。
そのままナタリーは歩き出したので、俺は仕方なくついていく。
行き先はナタリーのテントだった。
テントの中ではリリーが小さくなって寝ている。
具合は相当良くないようだ。
今回は相当魔力が濃いらしく、リリーのように症状が出ているものも少なく無いと聞く。
「カズヤ、調子の方はどうですか?」
そう聞いたナタリーの顔は心なしか赤みがかっていた。
どうしたのだろう。
こんな世間話をするために呼び出したのだろうか。
「ええまあ。かなりいいですけど」
「そうですか。それではその元気をリリーにすこし分けてもらえないですかね」
考えることしばし。
「ええまあ。出来ればそうしたいのは山々ですけど。どうもそういうわけには──え?」
何、なになになに?
まさか?
まさかと思っていると、なんとそのまさかだったのだ!
しかも俺ですら予想しなかった試練付きで!
ナイーブな俺には本当に参ってしまうような内容だった。




