第22話 不穏な空気
朝食の時間、今日も一日手伝いをするとジュリアンが言った。
昨日の俺の大暴れは非常に評判が良かったので、今日も同じようにやるよう言われる。
「ただし、どんなに暴れても最後だけは魔力を少し残しておけ。まだ余裕があるという風に見せるんだ。限界は見せるな。そうすれば底知れないように向こうは思ってくれる。昨日の第4騎士団の団長もずいぶんお前の力に驚いていたようだぜ。あの最強騎士団のお墨付きだ。ところで昨日はだいぶ消耗してたようだが、今日は大丈夫なのか」
「ああ、今日も朝から全開で行けるぜ」
俺の言葉に回りにいたみんなが呆れたような顔になった。
なにかまずかっただろうか。
「ふざけた野郎だぜ。昨日あれだけへばってて何で今日はもう平気なんだろうな。普通、迷宮内じゃ一日寝たくらいで、そんなに回復するもんじゃないぞ」
レオナルドだって俺から見れば十分元気そうに見える。
しかし、どうやら俺はかなりの特異体質らしい。
迷宮内の空気が元いた世界に近いとかそういうことなのだろうか。
俺はこの時、それが最も理にかなった説明のように思えた。
しかし異世界から来たということをバラさずに説明するのは難しい。
「うーん、なんというか。ここの空気って妙に体に馴染むんだよな。きっとそういう体質なんだと思うぜ。お前が特別だらしないだけなんじゃないのか」
「なんだと! 言うに事欠いて俺がだらしないとはどういうことだ」
いきり立つレオナルドをジュリアンが押さえ込んだ。
「しかし、俺もこれほどの話は聞いたことがない。お前を研究すればなにか大きな発見があるかも知れない。お前の規格外の魔力と何か関係があるかも知れないな」
真剣そうに言うジュリアンの言葉が真実に迫りそうだったので、俺は話題を変えた。
「それで団長の調子はどうなんですか」
「ええ、昨日休ませていただいたおかげでだいぶ良くなりました。ですがリリーの方が悪くなってしまって心配なんです。ジュリアンに見てもらったのですが、迷宮内の魔力にさらされて消耗してしまった症状が出ているそうです。ですから今日は休ませようと考えています」
「それがいいでしょう」
とジュリアンは気楽そうに答える。
俺は、その様子が少し不思議に思えた。
昨日ナタリーの様子が悪いと言った時はもう少し深刻そうな顔をしてたのだ。
団長ではないからいいのだろうか。
しかしナタリーにもそれほど深刻な感じがない。
「随分、みんな気楽なんだな。同じ仲間が苦しんでるってのに。リリーのこと心配じゃないのかよ」
「そっちの方はなんとでもなるからな」
俺の憤りにもジュリアンはすました様子で答える。
しかしその意味をこの時の俺はまだ知らなかった。
「浅い階層で症状がでる場合は魔力さえ回復すれば元通りになるんです。それよりも深刻なのは深い階層でいきなり症状が出る場合です。そのような時はたいてい中毒症状が出ていて、深刻な自体になります。地上に戻っても回復せずに死んでしまう場合がほとんどなんですよ。今回が初めての任務となるカズヤとリリーには、こちらの方がよっぽど危険です。カズヤも気をつけてくださいね。うちの騎士団の期待の新人なんですから」
「その期待の新人も、昨日は足をちょこっと怪我したくらいで泣き叫んでいたよな。大の男があれくらいで大騒ぎして、情けないったらないぜ」
そんなのは当たり前だ。
俺が元いた世界ではあのくらいの怪我でも何日も治らないのが当たり前だったのだから、こっちの感覚とは違う。
「確かに、あんまり騒ぐものだから、私も本当に心配したんですよ。ジュリアンに聞いても軽い怪我としか教えてくれないの。無事に治ってよかったわ」
ナタリーにまでそんなことを言われ、俺は少し恥ずかしくなった。
確かに生まれてはじめての大怪我とはいえ騒ぎすぎだったかもしれない。
「それで今日はどこの手伝いをすることになったんだ」
「今日は色んな所を回って手伝うことになる。いくつかの騎士団から探索を任された部分を回るんだ。俺とレオナルドは第四騎士団と一緒に次の階層にいくための道とキャンプを作るための場所の確保をすることになっている。だからカズヤはナタリーと色んな所に顔を出して売り込んでこい。せいぜい派手に暴れまわるといい。そうすればそれだけ俺達の名前が売れる」
「なんだかお前らのほうが楽しそうだな。俺が4番隊の方に行ったらだめなのか」
「駄目だ。同じ所にいくら売り込んだって意味が無い。お前のむちゃくちゃな戦い方のほうが印象に残るから売り込みには最適だ。ナタリーはこいつが無茶をしすぎないように、よく見張っておいてください。あんまり大きな怪我をされると俺の作戦にも支障が出ます」
「わかったわ。無茶をしないように、よーく見張っておきます」
そして俺とナタリー、ニーナ、クリスティーナはいろんな隊のところに顔を出して回った。
仕事はただ頼まれたところの魔物を掃討するだけだ。
相手の反応も様々で、一緒に仕事ができて光栄ですというところもあれば、お前たちの手を借りるなんて屈辱だというところまで様々だった。
俺はといえば昨日とおんなじ調子で暴れまわっていた。
ナタリーは俺を止めるどころかすごいすごいと応援しているくらいで、実に自由に暴れまわることが出来る。
そのせいで出番がないと、ニーナやクリスティーナには苦情を言われてしまった。
一日の仕事が終わり、俺は程よい疲れを感じながらテントに帰ってきた。
そしてみんなで夕食を取り、騎士だけがナタリーのテントに呼ばれて今日の反省会をする。
テントの隅で毛布にくるまっているリリーはまだ調子が戻っていないようだった。
「それでは本日の反省会を行います。まずジョリアンたちの方の様子はどうでしたか」
「今回はやはりだいぶ悪いようです。13階層にも今まで見かけることのなかった魔物をちらほら見かけました。本来なら15階層以上でないと見かけない魔物が上の方に来ている可能性もあります。注意した方がいいでしょう」
「魔獣のような奴が居るかもしれないってことか?」
「そうだ。魔力の濃さも今までとは桁違いです。もう症状の出始めているものがかなりいます。ナタリーもここから先では戦いを控えたほうがいいでしょう。このままこんなことが続けば自体はより深刻になります。今回の作戦では、何かしら結果を残さないと次の時、手の施しようがなくなっている可能性があります」
「結果ってのは具体的にはどんな事をすればいい」
レオナルドにもいくらか緊張が見えた。
「そうだな。基本的には低層階にまで魔力をみずから発するような魔物が居るということになる。こいつを倒せば元通りとはいかないまでも、現状が改善されることは間違いない。最近は大物を倒したという話を何十年も聞いていなかった。だからそれが第一の原因だろうと思う」
「おいおい、大物を倒すとなれば騎士団の半分は壊滅するような奴もいるんだぜ」
「何もそこまでの大物である必要はない。まだ今回はな。その手前くらいのやつでいいんだ。とにかく今回の大規模侵攻で魔力を自分から発する魔獣を倒せば、少しは前進する。しかし、それでも慎重な計画が必要だ。今の参謀達の考える作戦じゃ、その程度の相手にも全滅する可能性の方が高いからな。そして事態を見過ごすというのは、あまりにも大きな賭けになるだろう。もし、今回の大規模侵攻で事態の改善がなければ、俺達の国が滅ぶという可能性すらあると、俺は考えている」
ジュリアンの言葉に俺たちは静まり返った。
かなり深刻な状態なのだろう。
マーリンたちが1年や2年の猶予はないと言っていた理由がよく分かる。
「それで何か手立てのようなものはないのですか」
ナタリーの言葉に、しっかり間をとってからジュリアンは答えた。
「あります。なにせ今回の俺達には切り札がある。こいつさえうまく使いこなせれば俺達だけでも大物を倒すことができる可能性がある」
「切り札ってのは」
「お前だ、カズヤ。お前が持っている光魔なら魔獣に対しても十分に効果がある。それ以上の大物となれば効かない可能性もあるが、その手前のやつらにはお前の攻撃を防ぐ手立てがない」
「私達だけで上位の魔獣を相手にするということですか」
「そうです。とはいえ第四騎士団くらいは手を借りても支障はないでしょう。しかしそれ以外は駄目です。下手に手を借りようものなら、こちらの命まで危うくなる。少しのミスも許されない作戦です。失敗すれば、この騎士団は消えてなくなるでしょう」
「でもそれ以外に手はないと考えているのでしょう。ジュリアンがそうするしかないと考えているのであれば私の考えは決まっています」
なんだかお気楽な反省会だと思っていた俺はあっけにとられてしまっていた。
ナタリーは静かにやりましょうと言った。
「作戦は全てジュリアンに任せます」
ちょっとまってくれ。
俺を作戦のキーに据えて、騎士団の存続をかけるだって?
どう考えても正気じゃない。
俺は今回が初めての大規模侵攻だって言ってるじゃないか。
どうしてこんなことになるんだよ!?




