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第2話 お前ら色々狂ってる

 俺は使いの者に連れられて城へと登った。

 すぐに第一騎士団の控え室へと通される。


 部屋には、真ん中にしつらえられた椅子に座る黒マントの騎士とマーリンがいた。


「これはこれは勇者殿。ずいぶんとこちらの世界にもなじまれたようで」


 今日まで泊まっていた民家の夫婦にもらった古着を着る俺を見て、マーリンが笑った。

 着ていた服だけでは寒かったので、上着と羽織るものをもらったのだ。


「それでは今一度我々の契約を確認するとしよう。いいかな。まずお前はこれからストラ学園へ行き我々の役に立つ力を身につけてきてもらう。我々には時間があまりない。もしもお前が失敗し、我々の立場が危うくなれば、二度ともとの世界には帰れないものと思ってもらいたい。いいかな」


「まってくれ。いつもいつもあんたらが俺に要求を突きつけるばっかで、それにホイホイわかりましたなんて言うと思ってんじゃないだろうな」


 それまで黙っていた黒マントの男が口を開いた。

 腰の剣を抜き放ったかと思うと、それを俺に向ける。


「マーリン殿はこう言っているが、私はそう優しくはないぞ。お前がもし我々の期待に添えないようであれば、私はお前をその場で斬り捨てる。よもやマーリン殿の魔法に失敗などあろうはずはないが、我々には時間がないのだ。いいな。しくじればお前の命はない。それを忘れるな」


「そういうことだ。いいか小僧、お前は今よりこの第一騎士団の騎士として任命される。今日から騎士になるのだ。そしてストラ学園へ行き、そこで魔法の力を身につけてきてもらう。騎士として特別な計らいが受けられるだろう。そこで早急に力をつけなければ、もとの世界どころか、この世界ですらお前の生きる道はない。しかしもし、力を身につけ我々の役に立つというのならワシがもとの世界に送り返してやる。それだけは約束しよう」


 こんなふざけた話があるか?

 これじゃあ勇者どころか奴隷として呼び出されたようなものだ。

 何か言い返そうにも、そんなことをしたら本当に斬られそうな雰囲気がある。

 仕方ないので、気になったことを聞いた。


「時間がない時間がないって、いったい期日はいつなんだ。それにどうして時間がないんだ。曖昧すぎて、どのくらいの猶予があるのかさっぱりわからないぜ。いったいあんたらは何でそんなに急いでるんだ」


「そんなことは、お前が知らなくていいことだ。期日に関しては我々にも確かなことは言えない。ただそう長くはないだろう。一年、二年という猶予はない。お前はただ俺たちの言う通りに動け。お前のような奴に騎士の位を授けること自体特例なんだ。もっとそのことに感謝しろ」


「我々にも正確なことはわからん。しかしお前にとっては一日の猶予もあるまい。それではこの金をやるから持って行け。向こうでの生活に使う金だ。もし途中で全部なくなって追加が欲しいなんてことがないようにな。それと、そんな下民の着るようなものを身につけていてはお前の身分を怪しまれる。もう少しましな服を買うがいい。それにお前の背中につけた焼き印は禁呪に関わった証だ。めんどうがいやなら他人には見せるな。あとは、そうだな。月兎の儀が終わるまでは男であれ女であれ夜をともにすることがないように。以上だ」


「お前の入学の手続きはもう取ってある。学園まではパンチョスに送らせる。おいパンチョス。さっさとこいつを連れて行け」


 俺はじじいから渡された金もって部屋から出た。

 それで明らかに下仕えとわかる男に城の裏口まで案内される。

 そこにはすでに馬車が用意されていた。


「それでは旦那。どうぞお乗りください。まずは市内で必要なものを買い求め、そのあと三日ほどかけて学園へと向かいます」


 当たり前のように、これからのことを説明するパンチョスの言葉は、俺の耳には全く入っていなかった。


 俺は城壁の外に転がっていた人間の死体に気を取られていた。

 肩から斜めに真っ二つにされている。

 薄黒くなった肌と、脂肪や筋組織が見える切り口のグロさに、俺はその場で吐いた。


「おい……これはなんだよ」


「へえ、それですかい。そいつは、つい最近ここにきた奴隷でさあ。食いモンをちっとばかり盗みましてねえ。それであの騎士団長様に斬り捨てられたんでさあ」


「斬り捨てられたって、食い物を盗んだくらいで、こ、殺されるのか」


「そりゃあそうでしょう。まあ実際は盗んじゃいなかったようですがね。あっしが見た限りでは」


「騎士団長って、あの黒マントの男のことか。この世界じゃ騎士団長ってのは人を殺してもとがめられないのか」


「へえ、まあそんなこともないんですがねえ。あの方は頭に血がのぼると、なんつったらいいか、こう、カーッとなっちまうんでしょうねえ。たまにこうやって勢い余って殺しちまうんでさ。そりゃ、いくら騎士様っつったって、こんなことすりゃいささか問題はあるんですがねぇ、さすがにこの城の中でも、あの方に文句を言えるような人は、そう何人もおらんですから、仕方のないことです」


「し、仕方がないって、めちゃくちゃな話じゃないか。それに奴隷って、この世界では奴隷が合法なのか」


「合法? あっしにゃ難しい話はようわかりませんが。奴隷ならそこら辺でいくらでも売ってますぜ。それに騎士が奴隷を殺すなんて、そんなに珍しい話でもござあせん。旦那だって騎士をやるなら、それなりに戦える奴隷をそろえる必要がありまさあねえ。それにアッチのためにも、それなりに器量のいい女奴隷が必要でさあね。ヘッヘッ、うらやましいこって。うおっと、いけねえ、あんまりうらやましくって、ヨダレが出ちまった」


 目の前の無学な男の口から発せられる言葉に、俺はめまいを覚える。

 なんてめちゃくちゃな世界だ。

 文明がないってことが、これほどのものだとは思わなかった。


「あっしなんかはいつ殺されるかビクビクしながら生きてますがね。その点、旦那なんかはいいやねえ。騎士の位を持ってるんだから魔物でもなきゃ殺されたりせんでしょう」


 さっきの黒マントの言葉は、本当に脅しでもはったりでもなかった。

 その事実に俺は身体の芯から沸き上がってくるような震えを感じた。


 その後、俺はパンチョスに案内されて第一騎士団御用達という店で正装一式を買い、それ以外にも当座の生活に必要なものを買いそろえた。



 それから三日間は、パンチョスと無駄話をしながら過ごすことになった。

 宿についても部屋に泊まるのは俺だけで、パンチョスは馬小屋で寝泊まりしている。


「旦那はあれでさあね。魔法は達者なんでしょう」


「いや。一度召喚魔法を使って気絶したから、それきりだ」


「へぇ、そりゃあてえへんだ。困りますぜ、そりゃあ。それでもし山賊でも現れたら二人とも命がねえや。よわったなあ。騎士なのに魔法が使えねえなんて話、初めて聞きましたぜ。それじゃあもしかして旦那は剣の達人ですかい」


 俺が剣など持ったこともないと言うとパンチョスは震え上がった。


 パンチョスの無駄話はずっとこんな感じだった。

 しかもどこで調達するのか、常に酒瓶を握っている。

 一応、馬車の手綱は握ってはいるが、馬なんてほっといても一本道ならまっすぐ歩くのだから、常に暇をもてあましているようだった。

 最初はさすがに年上にため口というのもためらわれ、サンチョスに敬語を使ってみたが、とんでもないことだとたしなめられた。

 そんなことをしたら自分から身分を落とすことになる、絶対におやめなせえ、奴隷に敬語は二度と使わないと約束してくだせえ、と念を押された。

 どうやらこの世界でのタブーのようだ。


 それでやってきた王立魔法学園は、イギリスかなんかにありそうな古くさい建物だった。

 その学園を囲むように小さな町がある。

 どうやらこっちのようでさあ、というサンチョスにつれられて建物の中に入っていく。


 なかで応接室のようなとこに通され、事務員だという女の話を聞いた。

 どうやら上手く話は通してあるようで、すぐさま魔力測定をすることになった。


 小さな懐中時計のような魔力測定器というものを渡される。

 ついていたボタンを押すと測定器についた針が回り始めた。


 気軽に押していたら、急に気絶しそうな感覚が襲ってきたので俺は慌てて測定器を放り出した。


 その測定器を見た女の事務員は、小さな悲鳴を上げて部屋から飛び出していった。


「ありゃあ、旦那があまりに優秀だからって驚いたにちげえねえですぜ」


「まさか。あんなことで何かわかるもんかね」


「そりゃ分かりまさあ。ここは世界で一番魔法の研究が進んだ場所だって話ですぜ」


 結果から言えばサンチョスの軽口通りだった。

 俺には何の自覚もないのに、測定の結果はとんでもないもので学長まで出てくる騒ぎになった。


「いやいや、確かに優秀な生徒を送るとは言われていましたが、これほどとは思っても見ませんで、誠に失礼な対応で申し訳ありませんでした。我々としましても、これほど素養のある方にきていただけるなら歓迎です。なにやら今年の月兎の儀をお望みと言うことで、もちろん一番優秀なパーティーに入っていただきましょう。ですが、この学園内では奴隷の世話になることは認められておりません。これより先は入学資格者のみが入れます。よろしいですか」


 俺はわかりましたと答えて用意された書類にサインをする。

 思いきり日本語で書いたが何も言われなかった。


 そして荷物を置いたサンチョスは、馬車を走らせ帰っていった。


 俺はさっきの事務の女に案内されて宿泊する部屋へと通された。

 そこには俺と同い年くらいの生徒が4人いた。独特の緊張感がある。

 俺が部屋に入ると、すぐにそれぞれが自己紹介を始めた。


 最初に背の小さい、きれいな顔だちの少年が立ち上がる。

 その仕草は信じられないほど優雅だった。


「初めまして。僕は聖ホーエンツォルレン帝国カシミール家ヨハンと申します。よろしく」


 俺は差し出された手を軽く握った。

 そめの細かい肌だった。

 続いて隣にいた少女が口を開く。


「私はカシミール家に仕える奴隷のルイスと申します。奴隷ですがここの生徒でもあります」

 ルイスはかなりの美人だ。

 その目つきは鋭く、油断のない視線でこちらを見ている。

 手は伸ばしてこない。

 俺はなんと言っていいのかわからずうなずいておいた。


 次に気の弱そうなショートカットの女の子と、金髪の気の強そうな女が前に出る。

 どちらも美人だ。特に金髪の方はかなりのものだ。


「私は王国モンフォール家のアンナと申します。よろしくお願いします」


「グレアム帝国、ノーム=セルジューク家クリスティーナよ。覚えておきなさい」


 俺はよろしくと言った。

 最後は自分の番だ。

 しかしどう自己紹介したらいいのかわからない。


「ええと、ハミルトン帝国? の第一騎士団? えっと、そこのカズヤです。どうも」


 酷い挨拶だ。自分でもわかる。

 ヨハンの挨拶に比べれば育ちの悪さがにじみ出ていたことだろう。

 しかし俺の挨拶に疑問を持った様子もなく口々によろしくと言われた。


 挨拶を終え、使われてないであろう真ん中のベットの横に荷物を置いた。

 そこにヨハンが寄ってくる。


「入学早々このパーティに入れられるなんて、相当資質テストの成績がよかったみたいだね」

「あ、ああ。そうらしいね」


「いきなりで失礼だけど属性は?」


「あー、属性ね。属性はないらしいよ。召喚はいくつか使えるんだけど」


「属性がない?」


 ヨハンは明らかに驚いた顔になった。

 何かまずかっただろうか。

 俺はそもそも属性ってのが何のことだかわからなくて、マーリンが言っていたことをうろ覚えで言っているだけだ。


「属性がないってのは聞いたことないなあ。それでこの部屋に来るってどういうことなんだろう。アンナは聞いたことがあるかい」


「えっと……、あまり例がないと思われます」


「何よそれ。あんたただの落ちこぼれなんじゃないの。それに召喚の属性もなしに召喚が使えるって、馬鹿にしてるわね」


 クリスティーナが険のある声で俺をなじってくる。

 肩の上で巻き癖のついたきれいな金髪が輝いている。彼女は部屋一番の美人だ。


 あまり歓迎されてない様子に俺は少したじろいだ。


「まあまあ、それで召喚はどんなものが使えるの」


「ええと、なんて言ったかな。光魔と──」


『こ、光魔?』


 俺の言葉に三人は声をハモらせる。

 部屋の隅にいたルイスまでも驚いた顔になった。


「その年で光魔と契約できたですって?」

「国宝級の超上位召魔じゃないか。信じられないよ」

「すばらしい才能ですわ」


 皆が何に驚いているのか俺にはさっぱりだ。

 これ以上喋ってもぼろが出るので黙っておくことにした。

 しばらくしてクリスティーナとアンナが部屋から出て行った。


 ヨハンとルイスが残る。しかしルイスは部屋の隅で本を読んでいる。

 俺は男同士の気安さでヨハンに話しかけた。


「ちょっと疑問なんだけどさ。もしかしてこの部屋にみんなして寝泊まりしてるのかい」


「そうだよ」と、ヨハンは当たり前というふうに答える。


「男と女が一つの部屋に?」


「うん、今月に入ってからね。月兎の儀式があるから、一緒に儀式をするパーティで一つの部屋に寝起きするのさ。儀式には親密さも重要な要素じゃないか。それにもうすぐ実地訓練も始まるからね。そうなれば同じテントで寝泊まりすることになるから慣れておかないと」


 ふうん、と俺は気のないふりで返事してみたが、好奇心に負けて、どうしても気になっていたことを聞いてみる。


「その月兎の儀式ってのはさあ。具体的にどんなことをするわけ?」


「えっ、本気で言ってるのかい? すごいな。そんなことも知らずに魔法学園に入学したのは君が初めてだろうね」


 心底驚いた目で見られてしまった。

 しかしここで聞いておかないと、教わる機会はないだろうと俺は腹を括る。


「いやね。ホントに何も知らないんだよ。もうね超ド田舎から出てきたもんだと思ってもらいたい。魔法のまの字も無い様なところから来たんだ。だから右も左もわからなくてさ。強引なじじいに無理矢理こんなところに入れられて、心底困ってるんだよ。魔力だけはあるらしいんだけど、それを数ヶ月のうちに使えるようにしないと俺の命も危ういんだ」


 俺はこの人の良さそうな少年に真摯な態度で訴えかける。

 俺たちがこそこそ話しているのを、ルイスがあまり感心してない目で見ていた。


「そういうことか。なら僕の知りうることは何でも教えるから聞いてよ。いいかい月兎の儀式って言うのはね、16歳になったばかりの男女が最初の満月の夜に交わることで、特別な魔力の補完を得る儀式のことさ。この儀式には処女や童貞でないと意味がないんだ。でも男同士の交わりはカウントしないらしいから、溜まった時は僕にでも言ってくれればお相手するよ」


「え? いや。いや。ちょっとまってくれよ。お前が相手をするって夜のアレのことか。それともボードゲームかなんかの話?」


「初々しいなあ。そんなに驚いてさ。いいかい、儀式では精液と血が混じることで魔力の補完が行われるのさ。精液には魔力が多く含まれるから、男同士で魔力を受け渡すのは普通のことだよ。あと儀式だけど、これは同じ程度の素質を持ったもの同士が優先的に組ませてもらえるようになってるんだ。だから僕らはこの部屋で交わることになるね」


「俺とお前も?」


「うーん、それはちょっと訳ありでできないんだけど。儀式でなければお相手できるよ」


「な、ないないないない! 絶対にないから。やめてくれ。俺にそういう趣味はないよ。涼しい顔して、いきなり何を言い出すんだ」


「そうなの? ずいぶん変わったしきたりの所から来たんだね。それじゃあ騎士として迷宮に入ることになったら、女の戦闘奴隷だらけのパーティーを組まなきゃならなくなるよ」


 俺はめまいがするのを感じた。

 このいたいけな顔の少年には、男とのそういう経験があるようだ。

 その事実に俺は青ざめる。


「ところでカズヤは魔力測定の結果はどうだったの?」


「え? ああ、う~ん。三回転半くらいだったかなあ」


 俺はショックから立ち直れずに答えた。

 ヨハンもなにやら難しい顔で考え込み始めた。

 そうやって俺たちは深刻そうな顔を寄せ合いながら過ごした。


 そんなことをしているうちにクリスティーナとアンナが部屋に帰ってきて、俺たちは内緒話をやめた。


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