第18話 進軍開始
とうとう大規模侵攻の日がやってきた。
朝、起きてすぐ顔を洗い、真新しい第12騎士団の正装に袖を通した。
その上からアンナに作ってもらった鎧をつけて、防具のついたブーツを履いた。
そして昨日ハメを外しすぎたせいで、いまだに寝ているクリスティーナとニーナを無理やり裸のままベットから引きずり出して起こす。
昨日は騎士団本部でささやかなパティーが開かれ、こっちに来てからは目にしたこともなかったほどの豪華な料理まで出された。
そこで俺達はハメを外しすぎてしまったのだ。
やっとのことで目を覚ました二人は眠い目をこすりながら着替えを始めた。
俺は二人を残して一階に降り、朝食の準備を始める。
なんだか今日は遠足前のようにウキウキする心を抑えられなかった。
俺は残りの準備をすべて済ませて、必要な物はすでに家の呼び出し箱の中に入れてある。
なので今日はいつも通り基本的な装備だけを持って騎士団本部に行けばいいことになっていた。
今日から何日も穴蔵生活になるので着替えや薬、テントや毛布などを除けばほとんどが水と食料だ。
水には腹を壊さないように酒が少し入っているものを用いる。
とはいえ、それは個人の荷物だからであって、騎士団用の呼び出し箱は本部に置かれており、毎日居残り役の奴隷が新鮮な食べ物を入れる手はずだ。
俺達は朝食をすませるとすぐに騎士団本部へと向かった。
ちょっと遅刻気味の時間だったので、本部についた頃にはナタリーがみんなに向けて激励のスピーチをしているところだった。
弱小騎士団のいいところで、激戦区を任されるわけではないと知ってか、みんなの顔にそれ程の緊張は見られない。
ナタリーのスピーチが終わると皆が一斉に鬨の声を上げた。
「やっとこの日がやってきたか。待ちくたびれたぜ」
レオナルドは今にも走りださんばかりの勢いで刀の柄を握りしめている。
俺はちょっと心配になって聞いた。
「その新しい刀、ちゃんと使いこなせるようになったのか。一度くらいは迷宮で試してみたんだろうな」
「馬鹿野郎、そんな必要あるか。俺は何でも実践で覚えていくんだよ」
なんとも思慮の足りないやつだ。
俺は少し心配になってきた。
やはりいつもの使い慣れたものを持たせるべきだろうか。
そんなことを考えていた俺にジュリアンが言った。
「心配いらないだろう。俺も昨日試してみたが、こいつは本当によく斬れる。重心の位置も申し分ない。レオナルドくらいの腕があればすぐに使いこなせるようになるさ。ただちょっと片刃というところで、いつもと勝手が違って使いこなすまでには時間がかかるだろうけどな」
この後、皇帝の訓示を広場で受けて、俺達は迷宮内へと入った。
俺の部隊はまだ未完成だったのでナタリーのところに組み入れられることになった。
リーダーはナタリーで俺は副隊長だ。
今回、ナタリーが連れてきたのはリリーという女従士一人だけだった。
なのでメンバーは、ナタリー、俺、リリー、クリスティーナ、ニーナの5人である。
この5人がひとつの部隊であり、ジュリアンの部隊とレオナルドの部隊に、騎士団所属の料理や荷物運びなどをする奴隷を入れて連隊となる。
この連隊が今のところ最小構成である。
俺たち第12騎士団は行列のしんがりを務めることになった。
先頭はオーレグの第4騎士団が任されている。
その後ろを第8、第7と続いて、皇帝の率いる親衛隊などが続いている。
その後ろにも騎士団がいくつも続いていて、その最後が俺たちの騎士団である。
それぞれの隊がロバに荷馬車などを引かせているので、たいそう賑やかだ。
馬車以外にも食料のための羊やヤギなども列に加わっている。
これは下の方にいくに連れて、呼び出し箱を呼ぶための消費魔力が上がるため、途中からはなるべく呼び出し箱に頼らない行軍を維持するためのものである。
大きな敵が現れ、みんなが魔力を使いきったところで食べ物が呼び出せないでは困ったことになるからだ。
俺達の連隊は右側をジュリアンの部隊が、左側をレオナルドの部隊が挟むような形でナタリーを囲み、ナタリーは荷馬車の上に乗っている。
俺達の部隊はナタリーとともに真ん中で荷馬車を囲み、その後ろを奴隷たちがついてくる。
俺はナタリーについて彼女を守るという役得から、自分で歩くこともなく荷馬車に揺られていた。
馬車の上には俺とナタリーしかいない。
とは言えホロなどない馬車なので荷台は吹きさらしである。
「おい、あの新入りばかり荷台の上で楽してずるくねえか」
レオナルドが愚痴っているが俺は知らん顔していた。
この行列の先頭は敵が現れるたびに止まりながら進むことになる。
なので先頭は一番実力のあるオーレグたちが受け持っているのだが、前だけでなく横からも敵は現れるので、そのたびに全体の隊列は縦に大きく伸びる。
それにしても最後尾は暇だ。
敵も現れず、何もすることがない。
ナタリーの手前だらけるわけにもいかず、重たい鎧が苦しくてしょうがない。
「おいジュリアン、もう何時間もただ歩ってるだけじゃないか。一体いつまでこんな調子なんだ」
「いつまでって、初日はだいたいこんな感じになるんだ。そのうち昼も夜もないくらい、こき使われるんだから今のうちにできるだけ休んでおけ」
「こき使うだなんて随分な物言いですね、ジュリアン」
「ははっ、怒られてら。それにしたって新入りは休み過ぎだぜ。何なら俺の代わりにお前が歩くか」
「遠慮しとくよ」
この日は第12階層の広場で終わりとなった。
歩いてもいないのに俺はヘトヘトに疲れていた。
広場につくと奴隷たちはすぐに火をおこし夕食の準備にとりかかる。
その間、俺たちはナタリーのテントを取り囲むように自分たちのテントを立てて、見張りや警報装置などの設置を進める。
周りに人がたくさんいると言っても迷宮内だから、守備を固めるのはとても重要な事だ。
他の騎士団に囲まれた位置にある中央の皇帝と親衛隊たちのいるテントで開かれている作戦会議から、ナタリーが帰ってきたところで夕食となった。
この日の晩飯がこれまた酷い食事だった。
パンだけはかろうじて焼きたてだが、他には塩辛い干し肉を煮込んだスープしかない。
こんなものをこれから何日も食わされるのかと思うと気持ちが暗くなる。
夕食の間、みんなひどい顔をしていた。
まだ魔物一匹倒していないのに、ひと回りやつれて見えるのはどういうことだろう。
この日、夕食をおかわりしたのは俺だけだった。
テントに入り、口直しに呼び出し箱から出したワインを飲みながら、街で見つけたクッキーのような保存食を食べた。
しかし、クリスティーナとニーナもだいぶ様子が悪い。
俺は一日中歩かされた疲れが出たのだろうと、この時は思った。
現に、翌日にはすっかり二人の顔色は回復していたのである。
しかしこれは俺が考えていたよりももうちょっと深刻な事態だった。
翌日は各騎士団に分かれての12階層の捜索だった。
この階層からは横にも広く伸びているので一階層ごとに丹念に魔獣を狩っていかなければならない。
とはいえ、まだ低階層の内なので部隊に分かれて手早く済ませることになる。
俺達の騎士団に任されたのは北東に伸びた洞窟と、その子道すべての捜索だった。
弱小騎士団なので割り当てられた捜索範囲はそれほど広くない。
「まずはこの洞窟を一番奥まで連隊で掃討しましょう。そののち子道を部隊に分かれて捜索します。低階層だと思って油断しないように。いいですか」
ナタリーの言葉に俺たち騎士三人組ははいと神妙に答えた。
掃討中は、荷馬車や奴隷などは昨日泊まった中央の広場に残して捜索する。
だから全員仲良く自分の足で歩く。
前日と同じフォーメーションで、先頭だけは騎士の中から誰かと、その従士の二人が担当する。
最初に先頭になったのはジュリアンとその従士だ。
俺達は右側を担当することになった。
洞窟に入ってすぐ、俺の目には魔力の痕跡がそこら中に見えた。
相当、魔物の数が濃いようだ。
暗い洞窟内がジュリアンの使う光源魔法に照らされる。
洞窟内の壁は起伏が激しく光の届かいところも多い。
しかし俺に目には、そこに満ちる魔力のせいか地上よりもよく見えるくらいだ。
光りに照らされると暗がりから魔物たちがわらわらと這い出してきた。
カニやアリのような、人の腰くらいまである魔物に混じって、コカやロークの様な中型や、宙に浮かぶ火の玉やコウモリなども交じる。
これほど多くの魔物をいっぺんに見るのは俺にとって初めての事だった。
最初にジュリアンが炎の魔法で前方を火の海にする。
それを合図にレオナルドと俺の部隊の前衛は、サイドから来た敵に向かって距離を詰めた。
俺の部隊はクリスティーナが前衛で、俺が中衛を務めている。
俺はクリスティーナを援護するべくコカとロークを光魔で焼いて、そこいら一帯の地面の熱を奪い足止めした。
それをクリスティーナが一匹づつ仕留めていく。
火の玉やコウモリなどがクリスティーナの脇を抜けてきたので、俺は刀で切り倒した。
同じ雑魚でも6階層くらいにいるやつよりもいくらか粘る感じがある。
魔物がその姿を保てなくなるまでに与えなければならないダメージが一回り多いような感じだ。
俺達が横から来た敵を倒し終わる頃にはレオナルドも反対側の敵を倒し終わっていた。
コカ2匹を一人でさばいていたジュリアンも、程なくして倒し終わる。
俺はこの時初めてレオナルドとジュリアンの戦いぶりを見たが、二人ともなかなかの使い手だった。
レオナルドなどは力任せに敵をぶった切っているだけだが、ジュリアンは細身には似合わない豪快な刀さばきと高度な魔法で敵を倒している。
第4騎士団に比べても見劣りしないくらいの戦いぶりに見えた。
ただし、二人の連れている従士の動きはまだ少し危なげな感がある。
最初の戦いを無事に終えると、ナタリーが安堵の表情を浮かべた。




