第17話 準備完了
大規模侵攻前最後の満月の日がやってきた。
俺はその日は一日中ニーナと過ごし、夜にはクリスティーナに見守られながら儀式を済ませた。
学園のように色々とお膳立てがなかったため、ニーナは痛い痛いと暴れて大変手こずった。
学園では麻酔薬のようなものが夕食に入っていたため、あんなにすんなり出来たのである。
ニーナには大変申し訳無いことをしてしまった。
その翌日から俺はニーナを連れて洞窟に入るようになった。
まだ初級魔法しか覚えていないのに、その使い方は大変に熟練していて、俺が見ていても参考になるほどだった。
器用に氷結の魔法で動きを鈍らせて炎の魔法で焼き払う。
剣の腕もクリスティーナほどは使えないまでも、そのスタミナはクリスティーナ以上だ。
「凄いわ。本当に魔法が面白いように使えるの。体も軽くて背中に羽でも生えたみたいよ。これならもうカズヤはお金の心配をする必要はないわね。あたしだけでも迷宮を制覇してみせるわ」
だがびっくりするほど調子に乗っている。
まるで天下でも取ったかのような口ぶりだ。
危ないわねと、クリスティーナが呆れた声でつぶやいた。
その時だった。
調子に乗って敵を前に口上を述べていたニーナの死角から一匹のコカが現れて体当たりをうける。
ニーナはびよんっと音がしそうなほど見事にふっとばされて壁に激突し、きゅうっと可愛らしい声を発して気絶してしまった。
びっくりした俺は、光魔で敵を焼き払いニーナの元へ駆けつける。
見たところ命に別条はない様子でホッとした。
「本当にこの娘を大規模侵攻に連れて行くの?」
「だいぶキツイお灸を据えないとダメかもな……」
ニーナは気絶しているというのに何故か笑顔だった。
俺は四番隊に結晶石を提出し、本部へと戻った。
すぐにジュリアンを呼び出し相談を持ちかける。
「そうか、たしかにそれは問題だな」
「問題なんてもんじゃないぜ。あのままじゃ本当に無謀なことをして命を失うかもしれない。何とかならないのか」
今もニーナはレオナルドに勝負を挑み、訓練場でチャンバラをやっている。
俺の魔力と属性を引き継いだニーナはレオナルドに互角以上の戦いぶりを見せていた。
もしこれで魔法も使っていいとなったら、哀れにもレオナルドは負けてしまうだろう。
「それにしても凄い魔法資質だ。お前の力を受けただけであれほどになるとはな。今じゃマーリンにも届くと言われた俺ですら、資質においては遅れを取るかもしれない。まさかこれ程とは夢にも思わなかったぞ。お前のもう一人の女奴隷も、もしかして同じくらいの資質を持っているのか」
「まあ、あそこまで器用じゃないけどな」
魔法でも剣でもニーナの器用さはとんでもないものがある。
小さい頃からジュリアンに基礎を嫌というほど叩きこまれたせいだろう。
「さすが金貨2500枚だな」
別に魔法の資質があるからクリスティーナに執着しているわけではなかったが、俺は何も言い返さなかった。
そこに、さっきまで訓練場で激闘を演じていたレオナルドとニーナが戻って来て言った。
「こいつったらね、ずるいのよ。魔法は禁止だって言ったのに使ったんだから」
「あれは目くらましだろうが。俺は約束通り魔法では攻撃しなかったぞ。おいカズヤ、一体どんな魔法で素人を一晩でこれほどまでにしたんだ。昨日までは確かにただの素人だったんだぞ」
どうやら勝負はレオナルドが経験に物を言わせて何とか勝ったようだ。
俺はさあなといってうそぶいた。
ジュリアンは無言で二人の手当てをしている。
手当が終わるとジュリアンはニーナを連れて訓練場に出ていった。
俺もついていくと、二人はそこで模擬戦闘を始めた。
そこでニーナは約30回ほどの敗北を喫することになる。
それもそのはずで、おい後ろを見てみろよと、言われれば本当に後ろを見てしまうのだから勝てるわけがない。
「ズルい! まぁたズルした! しかもめっちゃ痛い!」
ニーナは頭に出来たタンコブを押さえながら抗議する。
「ずるじゃない。戦ってる最中によそ見なんかするほうが悪いんだ」
こんなことを30回以上繰り返してニーナはやっとジュリアンの言うことを聞き入れるようになる。
「いいか、口では一人で迷宮を制覇すると言っていても、さえない騎士団の副団長にすら勝てないんだぞ。迷宮内じゃ魔物に騙されるなんてことは日常茶飯事だ。これに懲りたらもう少し謙虚な気持ちを忘れるな」
ニーナはすっかりプライドを傷つけられてはーいと力ない返事をした。
「さえない騎士団というのは私の騎士団のことを言っているのかしら」
ちょうど食事の時間を知らせに来ていたナタリーがジュリアンの言葉を聞き咎める。
ナタリーの言葉にジュリアンは気まずそうな顔になった。
それでも言い訳はしない。
ニーナはジュリアンに頭が上がらないし、ジュリアンはナタリーに頭が上がらないのだ。
俺は騎士団の人間関係が面白かった。
食事を済ませるとアンナに頼んでおいた刀が荷物として届いていた。
大規模侵攻を二日後に控えて、何とか間に合ったという形だ。
荷物を開けると注文通りに作られた刀と、俺用だと思われる装備一式が入っていた。
一緒に入っていた手紙をクリスティーナに読んでもらう。
「ご無沙汰しています。私は王都に帰ってから修行を続けていましたが、みなさんのおかげもありいくらか出世することができました。なんと今では自分の工房を持つまでに至りました。でもこれはカズヤのおかげなのがほとんどでしょうね。クリスティーナは実家のほうが大変だったようで、お役に立てず申し訳ありませんでした。でも、カズヤと一緒にいられるようになったのなら、それが一番だったのではないかと思います。私なんか羨ましいくらいですよ。頼まれた新しい武器の他にカズヤさんの鎧など私が作ったものを一緒に入れておきました。どうか大切に使ってください。それとカズヤさん。近いうちに王都に是非とも来てくださいね。学園の最後にカズヤさんと過ごした熱い日々を……体が……忘れられません……? ぜひ、近いうちにいらしてください、ね。ふーん、私のことを好きだとか言っておいて、あの尻軽とそんなことをしてたの。よーく、覚えておくからね!」
思わぬところから、とんだやぶ蛇である。
俺は苦笑いでごまかした。
アンナにしても、何も手紙にそんなことまで書かなくてもいいだろうに、ひどい話だ。
俺は届いた刀をその日のうちにジュリアンとレオナルドに渡した。
ちゃんと使いこなせるようにしておくよう言っておく。
とは言っても、もう今日と明日くらいしか時間は残されていないのだが。
そしてクリスティーナにも一本をもたせる。
今回は俺を合わせて四人分しか作れなかったのだが、そのうちにもうちょっとお金をためてニーナやナタリーの分くらいは揃えておきたい。
アンナから送られてきた刀は非常に良く出来ていた。
こっちで作られている剣は魔力による修復機能や、高純度の結晶石の魔力を消費しての強化効果、もしくは修復機能がついていない限り、すぐにボロボロになって折れてしまう。
均一の素材で作られているので、切れ味を求めるためにより硬度の高い素材を使えば小さなひび割れからでも真っ二つに折れるし、硬度の低い素材では魔物を切っただけでも凹みなどが出来ていちじるしく切れ味が落ちる。
アンナが学園で作ってくれたものはバランスもよく、そこそこの切れ味を保ちながらも折れるということはなかった。
しかしそれでも限界はある。
今度の刀は切れ味も、折れる前の粘りも申し分のないものになっているはずだ。
軽く振ってみたがバランスも非常にいい。
元の世界とは違って身体を強化しているので、片手でも振れるという違いはあるが、切れ味は十分に機能するだろう。
大規模侵攻の前日に、迷宮で実際に試してみたが、コカを軽く一刀両断にできた。




