第15話 刀と大規模進攻
俺はオーレグが簡単に倒して見せたコカと戦うため第6階層に来ていた。
魔物は生物のように、そこに実体があるわけではない。
魔物とは、迷宮内の魔力によって実体を持った影のようなものだ。
その影が実態を保てなくなるほどのダメージを与えることで、魔物は灰になる。
そして魔物の中に溜まっていた魔力が結晶石として残るのだ。
だから魔物のもつ実態の硬さなどは、その魔物を形作る魔力の量によって変わってくる。
特に、このコカという魔物は魔力も多く表面が羽毛に覆われており剣では非常に斬り難い。
俺は無理に剣で倒そうとして、その鋭いくちばしに腕の肉をえぐられた。
血が噴き出し、鈍い痛みに襲われる。
俺は光を放ちコカの頭を吹き飛ばした。
すぐに体素で回復を試みる。
俺にとって、幻術だけはコストの重い属性なので、あまり回復速度を速めるわけにはいかない。
「何もあなたが剣だけで戦えるようになる必要はないのよ。光魔と魔眼だけでも倒せない敵はいないじゃないの。どうして無理するのよ」
「だけどそれじゃヨハンにもらった体素がもったいないんだよな。確かに俺の腕じゃ今から剣を使えるようにするのは少し遠回りかもしれない。それに剣を使うならもう少しちゃんとした鎧も必要だ……。お前のその鎧は結構高いものなのか」
「そうね。全部そろえたら家が買えるくらいの値段になるわ。そのかわりに壊れても魔力を与えれば自動で修復するし、私の体を守るために形を変えたりもしてくれるのよ」
「そんなに高いんじゃ普通の鎧にしとくか。後は剣だな……」
俺たちはそれから4時間ほど狩をして帰った。
クリスティーナも普通の倍以上の魔力を持っているはずなのに、なぜか4時間も戦うと苦しそうになってくる。
本人は迷宮内の魔力にさらされて消耗が激しいというが、俺はまったくそれを感じていなかった。
むしろ迷宮内にいる方がいつもより気分がいいくらいだ。
俺の特異体質なんだろうか。
迷宮から出る前に第4騎士団のキャンプによって半分の結晶石を渡し、俺たちは本部に戻った。
昨日と同じようにニーナは素振りをさせられていた。
俺を見つけるなり走り寄ってくる。
「クリスティーナばっかり贔屓してずるいわ。あたしだってもう迷宮くらい入れるんだからね。ここにいると、あのでかいのが文句をつけてきてうるさいのよ。よっぽどあたしの剣がうらやましいのね。あいつの剣、カズヤも見て御覧なさいよ。まるで山賊か何かが持ってても不思議じゃない剣だわ。頭のほうも山賊並みだし」
ニーナとレオナルドは徹底的に馬が合わないらしい。
俺は苦笑いで苦情を聞き流す。
みんなと昼食を食べて、いつもの講義の時間にジュリアンに相談してみた。
「純度の高い鉄で剣を作るには何か特別なものが必要なのかな」
「そんなことはない。魔力の高い鋳造師ならば時間をかけることで不純物はかなり取り除くことができる。しかし不純物を取り除きすぎると鉄の強度が極端に落ちると聞いたことがある。硬度は上がるが、そのせいで折れやすくなるそうだ」
こちらの造剣技術はだいぶ古いようだ。
それもどちらかといえば、元の世界でいうところの西洋の剣に近い。
しかも型の中に鉄を流し込んで作る鋳造剣に近い製法だろう。
剣というのは直刀よりも曲刀の方が何倍も切れ味が増す。
そして溶けた鉄を型に流し込む鋳造剣よりも、叩いて不純物を取り除きながら何層にも重ねて整形するほうが強度は高くなる。
さらに真ん中にやわらかい鉄が入っていて決して折れない様にしたのが日本刀である。
最後に粘土を乗せて焼き入れることで刃の部分だけ極限まで硬くし、それ以外を一回りやわらかくする。
この焼入れのために、日本刀にはきれいな波紋がついているのだ。
俺はこの三段階の硬さの鉄を使い分ける剣の製法をジュリアンに説明した。
「なるほど。確かにこれは理想的な剣と言えるかもしれない。俺も曲がった剣を持つ部族の話を聞いたことがある。なんでも獲物を一刀両断するほどの切れ味を持つとか。そんな話をお前が知ってるとはな。だが俺が聞いた話では反対側に曲がっていたはずだが」
俺がもといた世界で最強といわれていた剣は日本刀である。
それと並んでナイフではククリが最強と呼ばれていた。
そのククリが日本刀とは逆の曲がりを持っている。
「ああ、それも知ってるぜ。多分それはこう先のほうが厚くなっていて、重心は先のほうにあるんだ。そしてこんな曲線だったかな。だけどこれを大きくすると俺には重過ぎるからな。これはレオナルドみたいなやつに持たせるといいのかもしれない」
「なるほど確かにそうだ。あいつの怪力ならこれでも振り回せるだろう。だがこれに見合う技師は王都にでも行かなきゃ見つからないだろうな」
「それなら心当たりがあるんだ。だからジュリアンはこの製法を細かく説明した文を作って欲しい。文字はかけるんだろ」
「もちろんだ」
ジュリアンは王都の大学を首席で卒業しているというのをナタリーから聞いたことがある。
多分うまく説明してくれるだろう。
俺にはこちらの文字は書けないし読めない。
ジュリアンは少し興奮した様子で紙にペンを走らせ始めた。
そして昼休みが終わって、午後の会議が始まる。
会議の最初にナタリーが発言した。
「次の大規模進攻の日程が決まりました。12日後の朝、この城より進軍します」
「とうとう来たか。よし、やってやるぜ」
いきなり席を立ってレオナルドが咆えた。
そうだ、とうとうこの時が来たのだ。
その日の会議では奴隷や財産に関する遺書を書くように薦められた。
俺は奴隷は自由身分にするとして、財産はナタリーに渡すと書いた。
俺の財産といっても金貨1200枚と馬くらいしかないのだが。
そして明日から3日間は休暇だと告げられた。
4日後の朝より大規模進攻のための準備期間として当てられることになる。
その日の会議はそれだけで終わった。
俺はジュリアンとレオナルドから新しい剣代だと言って金を取り立てた。
その金と自分の金に、ジュリアンに書いてもらった説明書を箱に入れた。
そこにクリスティーナに書いてもらった手紙も一緒に入れる。
できれば今回の進攻までにこちらに届けて欲しい旨を手紙に書いてもらった。
そしてそれを王都のアンナ宛てに出してくれるようにサンチョスに頼んだ。
今回はジュリアンとレオナルド、俺、クリスティーナの分だけだが、後でみんなの分も頼むつもりでいる。
これがあれば第4騎士団にも並ぶほどの力を得られるに違いないのだ。
それが済むと俺たちは家に帰った。
家に帰り体を洗って装備の点検をしてから、夕食のサンドイッチを食べた。
そしてソファーに三人で座り、寝るまでの時間を過ごす。
疲れたのか、ニーナは俺の膝に頭を乗せて寝てしまった。
「次の満月はいつだっけ?」
「たしか後4日だったかしら」
「次の進攻にニーナを連れて行くのはどう思う」
「まだ少し早い気もするけど、かなり前から基礎的な訓練を受けてるみたいだし問題ないと思うわ。魔力の使い方も相当なものよ。それに基本的魔法も相当使えるみたいね」
俺は次の満月でニーナの儀式を済ませることにした。
まだそれほど打ち解けてるとはいえない。
だから後4日、できるだけニーナと一緒に過ごすことにする。
次の日は三人で買い物に出かけた。
まず最初に荷物を運ぶための呼び出し箱を買うためだ。
これは部隊の中で誰か一人は使えなければならない魔法の一つで、荷物の呼び出しに使う。
文字通りほかの場所に置いてある箱を、時空魔法で箱の入り口だけ呼び出すものだ。
他にも荷物を運ぶ方法はあるが、これが一番コストが低くて済む。
この魔法は俺が覚えることになった。
箱の方は家まで届けてもらう。
この箱に入れておいたものは時空魔法で呼び出せるというわけである。
次に俺とニーナの鎧一式を買った。
今までの胸当てだけとは違い、かなり本格的に全身を包むものだ。
そして毛布としても使える厚手のマントと敷き布を買う。
あと何が必要だったかと考えて、テントも買った。
それと男が飲むくそ不味い避妊薬も薬屋で買い足しておいた。
こんなところだろうか。
「何か欲しいものがあるか」
と、俺はニーナに聞いた。
「指輪が欲しいわ。ナタリーが持ってるような」
ちょっと思案するが、まあいいかと思いクリスティーナとニーナに指輪を買った。
せっかくなので病気に耐性のある指輪にした。
その指輪の色がピンクに近く二人が喜んだからだ。
俺は痛みに対する耐性があがるという髑髏のついた腕輪を買った。
そんなこんなで劇を見たり買い食いをしたり、いろいろ無駄遣いをしながら一日を過ごす。
一日で金貨400枚以上も使ってしまった。
本当に金がたまらない。
魔法や装備など欲しいものはいくらでもあるのに難しいものだ。
そして帰り際に目に付いた、奴隷を売っている建物に入った。
奴隷という言葉から連想するようなおどろおどろしい建物ではない。
ただの普通の建造物だ。
中に入ると鉄格子に仕切られた部屋があって、その向こうに奴隷が並べられていた。
こんなところを興味半分で覗きにくるのはいかがなものかとは思う。
しかしかなり刺激的で面白いのも事実だ。
建物は二つに分かれていて、片方は男奴隷、もう片方には女奴隷が並べられていた。
値段はそこにいる奴隷商人と交渉するようになっていた。
俺はとりあえず一番美人だと思った女奴隷を指差していくらか聞いてみた。
「へえ、金貨800でどうでしょうか」
「ずいぶん安いんだな」
「そうですね。体のほうは悪くないんですが、前の持ち主が悪くって歯を悪くしてるんで」
なるほど、こっちの世界では歯医者などないので歯は重要なのだろう。
話を聞いてみると、健康が最も重要で、その次に顔と年齢、そして胸や尻の大きさなども女奴隷の値段を左右するらしい。
まあ妥当なところだ。
男奴隷のほうは体の大きさや、気性、それに体の頑丈さなんかが値段を左右するそうだ。
もちろん顔がよければどこぞの未亡人に性奴隷として買われることもあるという。
それどころか旦那が妻の相手をしきれずに買って行く例もあると言うのだから驚く。
こっちの人はいろんなところがおおらかだ。
俺も掃除や洗濯などしてくれる奴隷は欲しいところである。
食事ももうちょっとましなものを食べたいというのもある。
それに訓練で疲れているクリスティーナやニーナの負担も減らしたい。
しかし今の家では狭すぎて、もう一人が住むとなれば手狭だ。
しかし、しかしである。
俺は気がついてしまった。
我が家には巨乳が足りない。
しかも目の前の女奴隷はみな一様に露出の多い格好をしているのでムラムラする。
そんなものを見せられていると、どうしても巨乳のメイド(奴隷)が欲しくなる。
ちょっと年上で18歳位とかがすごくいい。
値段を聞いてみる。
「そりゃあ女奴隷の中じゃ一番高いですぜ。その条件は顔さえよけりゃ金貨1500枚はいってもおかしくない。それよりももっとお手ごろなのはどうですかい」
どうも安いので済まそうという気にはならなかった。
だってねえ。
それから俺は奴隷商人と世間話に花を咲かせた。
話がどれもいちいち新鮮で面白いのだ。
こっちでは主人が奴隷を殺すと言う話もよく聞く、しかしそれと同じくらい奴隷が主人を殺すと言う話も多いらしい。
扱いが悪ければ当然そうなるし、犯罪を犯した罰として奴隷身分に落とされるものもいるので気性が荒い奴隷も多いのだ。
大抵は農村で食い扶持を減らすためや、戦争などで国を失って売られてくるのがほとんどだそうだ。
一番高いのは綺麗な女奴隷で、次に高いのは力のある健康な男奴隷、そのあとは普通の男奴隷、普通の女奴隷と続く。
しばらくして、暇をもてあましたニーナが、あたしが奴隷になったらいくらだと言い出して、奴隷商人と口論が始まったので帰ることにした。
家に帰って寝るまでの間、なるべくニーナと話すようにした。
3日後の満月に儀式をすると告げると、少し女らしい態度で頬を染めた。




