第14話 第4騎士団
ニーナは最初こそどうなるものかと思ったが、それほどでもなかった。
確かにまじめで努力家かもしれない。
朝俺が起きる前にクリスティーナがお湯を用意しているのを見れば、次の日からは自分もそれに加わるし、掃除や洗濯なども率先してやるようになった。
俺たちは次の朝もいつも通り本部に行き、朝ご飯とは名ばかりの野菜スープとパンを食べる。
これでも俺に出るものはまだマシで、従士に出た方にはスープの中に野菜が見あたらない。
従士でこれだからサンチョスなどは一体なにを食べさせられているのだろうか。
あの男なら足りなければそこら辺にいる野ねずみでも何でも食べていそうだが。
そして食事をおえるとニーナの訓練をジュリアンにまかせて、俺たちは迷宮に入った。
迷宮に入るようになって10日目だ。
もうすっかりなれてしまって何の緊張感もない。
モンスターを見つけたときだけは目の色を変えて飛びかかるが、大分数を減らしている。
俺たちの影響は第1階層の方にも出ているようで、道すがら声を掛けると決まってぼやきが帰ってきた。
俺たちも最近はめっきり収入が減ってしまっている。
今の俺の手持ちは金貨1200枚ちょっと。
家の床下に隠してある。
しかし、それにしても魔物が少ない。
俺たちは第6階層の入り口まで来ていた。
「こうなったら第6階層にちょっと行ってみるか」
「駄目よ。そんなことしたらナタリーにも迷惑をかけるわよ」
「じゃあさ。ちょっとここで叫んでみたら向こうからやって来たりしないかな」
俺は第6階層に向かっておーいと叫んでみた。
反応はない。
「駄目だな。干上がってやがる。これじゃどうにもならないから他の迷宮の入り口でも見つけるしかないか」
俺はもう一度叫んでみた。
「それはいささか不作法というものだぞ小僧」
「うわっ。だ、誰だよあんた」
後ろにはいつからいたのか老人が立っていた。
「ワシか。ワシは4番隊隊長のオーレグというものだ。ところで最近噂の迷宮荒らしはお前のことか」
「たぶん俺だろうな。ところで4番隊ってのは何だい」
「今風に言えば、第4騎士団隊長というところか」
そういえばジュリアンが一番強いと言っていたのが第4騎士団だったような。
「あー、これは申し訳ありません。俺は第12騎士団所属の騎士カズヤです」
「ほう12番隊といえばあの小娘のところか。ずいぶんいいところに入ったもんだな。あそこなら無理に手柄を立てようとして死ぬこともない。そのぶん分け前は少ないだろうがね。それにしてもかなり使えるようだな」
使えるとは魔法のことだろうか。
「ぼちぼちですね。ですが魔物が少なくて困ってるところです」
「ならばついて来るがいい」
そう言ってオーレグは第6階層に入っていった。
俺はそれを追いかける。
クリスティーナがちょっと不安そうな顔をしたが、俺はうなずいて大丈夫だと合図する。
こんな老人を一人で放っておいたら危ないし、だいいち騎士団団長の許可があるのだ。
「いやあ、それにしても勝手に第6階層に入っちゃっていいんですかね」
「なにを言ってる。ここはワシんとこのシマだ。ここで上に上位の魔物が出んように見張っている。ここから先は、これまでの危険度とはわけが違うぞ」
「そりゃあ楽しみだ。さぞかし金になるんでしょうね」
「まあ半分は国に取られるがな」
オーレグについていくと、しばらくしてコカというニワトリを大きくしたような魔物が出た。
それをオーレグは道にかかった蜘蛛の巣を払うかのように剣で首を斬り落とす。
その動作を見ただけで、俺は全身に鳥肌がったった。
尋常ではない。
その動きはあまりにも熟練されていて、一切のタメもなしに、いきなり手が伸びていたようにしか見えなかった。
そして振り出された剣はまるで吸い込まれるかのように鞘に戻っている。
人間業かと疑うような動きだ。
老人だと思って侮っていた。
そりゃあこんなところを一人でのこのこ歩いているわけだ。
オーレグは何でもなかったようにまた歩き始める。
俺はコカが落とした結晶石を拾い追いかけた。
「今のはいったい何て技です」
「技? ただ道をふさいでいたから、ちょいと斬っただけだぞ」
「でも俺にはただ事ではないように見えましたが」
「ほう、素人でも今のでわかるもか?」
「そりゃわかります。一体どうしたらあんな事ができるようになるんです」
「ただ毎日の研鑽を積むだけだ。真似がしたいなら毎日、素振りをすることだな」
「素振りってのは、剣をこう何もなしに振り回すことですか」
「そうだ。ひがな一日、振り続けていればいい」
「ただ振っていて、それであんな事ができるようになりますか」
「それが一番の近道だ」
本当だろうか。
俺の質問には素直に答えてくれているので、嘘のつもりはないだろう。
でも魔力すら使っていなかったのだ。
俺の眼にも魔力の痕跡すら映らなかった。
もちろんオーレグからかすかに漏れ出る魔力は見える。
しかし身体の属性を使っていたなら、その量は変わるはずだ。
つまりさっきのはただの老人が何の力も借りずに地力でやったことになる。
「ずいぶん早く見えたのかもしれんがな。動作の無駄がないだけで、実際はそんなに早いもんじゃない」
オーレグが思い出したようにぽつりと言った。
俺に褒められて機嫌をよくしたようにみえる、ただの老人の声だった。
俺は自惚れていたようだ。
光魔があるのだからナタリーに恩を返すくらいわけないと思っていた。
しかし俺たちは、こんなのを相手に手柄を競わなきゃならないらしい。
ならば今のままじゃ全然力不足だ。
迷宮内で出会ったせいか、ただの老人が魔族かなにかのように感じられた。
しばらくして人の気配を感じた。
道はちょっとした広場につながっていた。
簡易のかまどやテントなどが立てられている。
壁には結晶石を加工して造られるカンテラのようなものがいくつか置かれていた。
見張りらしき男がオーレグに気付くと整列と叫んだ。
すぐにテントの中から何人か這い出してきてオーレグの前に並ぶ。
皆、一様に生気がなく、体中に包帯を巻いて、まるで死人かなにかにしか見えない。
「なんだ元気がないな。まだ半分も過ぎてないのにそんなことでどうする。山場はこれからだぞ」
「はっ、これからも頑張る所存であります」
「もっと楽しめ。頑張るなんてのはいらん」
「はっ、楽しみます」
「今日は客を連れてきた。12番隊の若いのだ。これからは彼らにもここに自由に出入りさせるからな。まあそういうことだ。これからはこのあたりで好きにしていい。しかし、でた結晶石の半分はここの連中にわたしてくれ。これは決まりだからな」
俺ははいと返事をした。
「それじゃシェン、話があるからそこまで来てくれんか。それとケン、客人たちに茶でも出してくれ」
オーレグはシェンという男とテントの中へ入っていった。
俺たちはケンと呼ばれた男に案内されて、平らな椅子の上に腰掛けた。
「こんなところに住んでるのか?」
俺は生気のない顔をしたケンに聞いてみた。
俺の言葉にケンは少しだけ笑みを漏らす。
「まさか。今はうちの年中行事の一つでここに泊まっているのさ。隊長が考えたもので一ヶ月ここに泊まり込みながら魔物と一日中戦ってるんだ」
どんな地獄だよ。
「あの老人は鬼か悪魔だな」
「どっちだろうね。さすがに魔力も使いつくしたのか寝ても力が戻らないよ」
ケンは大分やつれているように見える。
しかしその物腰には言いようのない深さのようなものがあった。
これだけの訓練をさせられているのだ、さぞかし強いに違いない。
「ここはずいぶん魔物が多いのかな」
「多いなんてものじゃないよ。昨日は魔獣まで出たからね。最近は迷宮内の魔力が濃くなり過ぎていて命がいくつあっても足りないよ」
魔獣というのは中クラス以上の魔物を指す言葉だ。
おおむね動物の形をしている。
それ以上強いものは魔龍と呼ばれている。
聞いた話では魔龍には魔法も召魔も効かないらしい。
そしてそれらは、全部ひっくるめて魔族と呼ばれていた。
「それでみんな怪我していたのか。でもわざわざこんなところに泊まり込む必要はあるのかな」
「余計なことを考えなくするため為だと隊長が言っていたよ。剣のことだけをひたすらに考えて、どうやって敵を倒すのか、どうやったらもっと効率的に斬れるのか、それを突き詰めるのに必要なことなんだそうだ。だけど死人が出ないのが不思議なくらいさ。それに風の吹く地上が恋しくてたまらないよ。もちろん俺だって強くなりたくて4番隊に入ったんだから、この機会を活かしてもっと強くなりたいとは思ってるよ」
「剣だけをって、魔法は禁止なの」
「隊長は身体属性の素養のあるものしか入隊を許可しないんだ。隊長が教えられるのが身体の属性だけだからね。俺も剣で強くなりたくてここに入ったんだ。強さだけなら7番隊、8番隊だってかまわなかったんだからね」
「なるほど」
あとでジュリアンに聞いてみると、第7騎士団は魔法に特化していて剣などは一切使わないらしい。
この第4騎士団と第7騎士団はこの国で2強と言われている。
そして一回り下に第8騎士団がいるのだと言った。
第8騎士団は何かに特化していたりということはない。
「剣は使うものによって切れ味すら全く違ってくるんだ。だから剣で身を立てるなら、剣のことだけをもっと考える必要があるらしい。ただあまりのキツさに何も考えられなくなりそうだけどね。君たちがこの辺で狩りをしてくれるというのなら歓迎だよ。今年の演習は今までとは段違いに魔物の数が多くなっていて、このままじゃ本当に死人が出る。あ、それと8番隊の連中には気をつけてね。たまにここを通るけど、あいつらは色々と危ないから」
その後、俺たちは少しだけ演習を見せてもらった。
オーレグは急ぎの用があると言って、先に帰って行った。
ゴム毬のように飛び跳ねながらものすごいスピードで行ってしまった。
演習を見終わり俺たちが本部に帰るとレオナルドが待っていましたとばかりにやってくる。
「おいカズヤ。どうして新米の従士が俺よりもいい剣を持ってるんだ。ありゃ名門が造った剣だぜ。あんなのは貴族かなんかが持つもんだ。あんなもの取り上げて棒っきれでも持たしておけ」
ニーナの持っていた剣が上等だったので気に入らないらしい。
あんなに一生懸命頑張ってる奴らもいるってのにのんきなものだ。
ニーナはジュリアンに命じられて素振りの稽古をやらされていた。
素振りなら物心ついた頃からやらされていると、ニーナは大層不機嫌だった。




