第10話 借金大王
クリスティーナともうまくいかず、せっかくできた友達はルイスと一緒に国へ帰った。
最近は授業にいまいち手応えがない。
あれ以来クリスティーナは露骨に俺を避けていて話もできない。
俺は落ち込んでいたように見えたのだろう。
最近はアンナと話をすることが多くなった。
というより彼女くらいしか話せる人がいないのだ。
クラスの奴らとは俺の騎士という身分も邪魔してあまり打ち解けた空気になっていない。
その間、アンナに何度か誘惑された。
そして俺は断れずに、その誘いに乗ってしまっている。
だからといって俺を責めないでほしい。
誰だって巨乳には逆らえない。
それにこっちの世界では、そのくらいが普通だ
建前通りにお堅いのはクリスティーナくらいのものだ。
そんな日が2、3日過ぎてアンナは国に帰ることになった。
俺とクリスティーナに見送られ、アンナは帰って行った。
とうとう部屋には俺とクリスティーナだけになった。
最近では一人で迷宮に入り魔法や剣の練習をしているが、大分形になってきている。
俺もそろそろこの学園を去る時期だと感じていた。
授業もあまり意味が感じられずにサボることの方が多くなっている。
俺がいつものように算術の授業をサボって部屋で本を読んでいるとルイスが部屋に入ってきた。
「どうもカズヤさん。ヨハンから触媒を預かってきました。2つというお約束でしたけど、私たちが契約に使った余りを一つ持ってきたので3つあります」
そう言って、ルイスは俺のベッドの上に小袋を一つ置いた。
彼女は今までの雰囲気と違って、正式な騎士のような格好をしている。
もともと幻術の属性とヨハンのボディーガードのような役割を隠すために奴隷と言っていたに過ぎないのだから不思議ではない。
「ずいぶん出世したな」
「ええ、ヨハンの親衛隊に入れてもらえることになったんです。カズヤさんとヨハンにもらった力のおかげで親衛隊の中でも全く気後れせずに済みそうですよ。今日はお届け物に来ただけなのですぐに帰らなくてはならないんですが……」
ルイスは今まで見せたことない顔で近づいてくる。
「カズヤさん、あのとき私とだけはキスしてくれなかったじゃないですか。私、あれからヨハンとたくさん練習しましたから、今なら満足させられると思うんです。だから……」
そう言ってルイスが俺にしなだれかかってきた。
俺がルイスの唇に吸い付くと、彼女は俺の股間に手を伸ばしてくる。
俺がああまた誘惑に負けるのかと思っていると、部屋のドアが勢いよく開けられた。
「何してるのよ」
クリスティーナだった。
「節操のない男ね。それに貴方も奴隷のくせに、なにカズヤを誘惑してるのよ。もうこの学園の生徒じゃないんだからさっさと帰りなさい。外に馬車を待たせてるんでしょう」
すごい剣幕だ。
外にヨハンたちの使っていた馬車が見えてやってきたのだろう。
クリスティーナはルイスの後ろ襟をつかむと、無理矢理部屋から追い出してしまった。
ルイスは連れ去られながら口だけ動かしてごめんなさいと言った。
俺は情けない体勢でクリスティーナに見下ろされながらなじられた。
好きだとか言っておいてこのざまなのだから、まったくもって口答えの余地はない。
その日の夜、俺が部屋に帰るとクリスティーナが泣いていた。
その手には手紙のようなものが握られていて、それを見ながら泣いている。
俺がどうしたんだと聞くと、鼻声で説明してくれた。
クリスティーナの家は代々騎士の家系で、父親の騎士団に解散命令が出たらしい。
そして長いこと結果が出せていなかったことと、騎士団長から一般騎士に格下げされることになり、借金もあったため、家を維持するためにはお金が必要だということ。
そのためお前を売ることになってしまった、すまないと書かれていたらしい。
器量のいいお前が黙って売られてくれれば、家としてもまだ立て直せるという話だ。
「待てよ。どこか金を借りられそうな所を探せばいいじゃないか。どうしてお前が売られる必要があるんだ。それに家を維持するために娘を売るなんて話……」
「無理よ。父はプライドが高いもの。もう他に道はないの。どうすることもできないのよ」
「売られるって、いつ売られるんだ」
「わからないわ。でも明日にも迎えが来るそうよ。ねえカズヤ、あたしが使っていた剣は貴方にあげるわ。どうせもう私には必要ないし」
「それじゃお前がどこで売られることになるのかだけ教えてくれ。俺がそれまでに金を作ってお前を買ってやるよ。売られるって事は奴隷としてなんだろ。ちょうど奴隷が欲しいと思ってた所なんだ」
俺はなぐさめるためにわざとふざけた調子で言った。
「なによそれ。貴方の奴隷になるなんて最悪だわ」
さっきまでこの世の終わりのような顔をしていたクリスティーナが笑った。
「でも貴方にそんなお金が作れるとは思えないけど」
「いざとなったら奴隷市ごと吹き飛ばしてでも何とかしてやる」
「売られるのはトリシアのオークションになるそうよ。でも次のオークションが開かれるまで一週間もないわ」
正確には5日しかなかった。
そうなるとアンナのいる王都までは2週間、ヨハンのいるホーエンツォルレン帝国までは一週間ちょっと往復でかかるから頼れない。
俺は考えてハミルトンに行ってみることにした。
騎士団の奴らに頼んでみるしかない。
どっちにしろ金が作れなかったらオークション会場を襲うか何かしなきゃならないんだから帰ってこれないところに行ってもしょうがない。
俺は不安がるなとだけクリスティーナに言ってその夜のうちに学園を出た。
三回通ったことがあるだけの道を記憶を頼りに馬でまる2日昼も夜もなく駆けた。
ヨハンにもらった馬はよく走った。
疲れしらずにほとんど休憩もないのに走り続ける。
学園を出てから二日目の昼過ぎにハミルトンの城に着いた。
すぐに騎士団控え室まで行って、騎士団長を捜す。
俺の剣幕にレオナルドとジュリアンが出てきた。
しかしかまうことなくナタリーを捜す。
騎士団長様は庭で優雅に読書をしていた。
「頼みがある」
「お前、なんて口の利き方だ。それに騎士団長を見下ろすやつがあるか」
後ろをついてきたレオナルドが血相を変えて俺を怒鳴る。
しかし俺は気にとめない。
「俺に金を貸して欲しい。金は絶対に返す。出世払いだ。もし貸してくれたら俺はあんたのために命を賭けて戦うし、必ず恩は返す。絶対に損もさせない」
「それは確かですか」
「確かですかじゃありませんよ。こんな奴の言うことをまともに取り合ってどうするんです。こいつは頭がいかれてるんですよ。俺の田舎にも春になるとこういう奴がでました」
「命に賭けて誓います」
「やすっぽい命だな」
レオナルドとジュリアンがこれ見よがしのいちゃもんをつけてくる。
しかしナタリーも俺も二人を無視した。
「わかりました。それではいくらいるのですか」
「国一番の美人女奴隷をオークションで競り落とせるだけ欲しい」
「なんてこった! 本当にふざけた奴だなお前は! オークションで女落とすのに騎士団長に借金の無心をするなんて話、俺は今までに聞いたことがないぜ」
「そりゃえらい大金だぞ。この騎士団には今そんな大金は置いてない」
「わかりました。レオナルド、ライノール伯爵を呼んでください」
「呼んでくださいって。まさかあの荘園をうっぱらっちまうつもりですか。そりゃあ賛成できませんな。いくらなんでもこんな馬鹿のためにそこまでする必要があるとは──」
「それに売りたいなどとこちらから言えば、あの業突く張りに足下を見られることになります」
「お黙りなさい、ジュリアン。伯爵に向かって業突く張りとは何ですか。それにレオナルドは早く呼んできなさい」
レオナルドは天を仰ぎ、城内に走っていった。
しばらくしてレオナルドが恰幅のいい男を連れてきた。
「これはこれはナタリー侯爵。なにやら私めにお話があるそうで。ですが私は呼びつけられるような事をした覚えは最近とんとありませんが」
「今日は取引の話できてもらったのですよ。私が南に持ってる荘園を貴方が欲しがっていたでしょう」
「ほう、あの荘園ですかな。それはまたずいぶんと興味がそそられる話のようで」
「急にお金が必要になりましてね。ですからライノール伯爵に荘園を買ってもらおうと思ったんですよ」
「そうですか。ならば金貨2000枚でどうでしょうかね。あいにくすぐにとなるとそれほど手持ちがある話じゃなくてね」
「やはり伯爵にも都合があります。そんなすぐにお金は用意できないんですよ。やっぱり昨日の商人にお売りするのがよろしいんじゃありませんか。向こうは金貨2500枚までなら出してもいいといってましたから」
ジュリアンが横から口を挟んだ。
「ああそうそう、昨日ちょっと大きな取引をしたのを忘れてました。そのお金を合わせれば金貨2510枚までなら今日にも払えます。忘れてました」
俺はライノール伯爵の恥も外聞もない交渉にあきれた。
「それではそれでお売りしましょう。今日中にお金を用意できるのですね」
「ええ今すぐにでも用意できますとも。またこのような取引があればいつでも呼んでいただきたいものです」
ライノール伯爵は急いで立ち去り、5分もしないうちに金が届けられた。
その金を見てジュリアンがため息をつく。
「これでもう取引をなかったことにしてくれとは言えなくなった」
「いえ、いいのよ。ジュリアンのおかげで高く売れました。ありがとう」
「それでも相場よりは金貨500枚はやすい。返すときには金貨3000枚は払うんだな」
ジュリアンが俺に言った。
俺はその金をひっつかんで中庭を出た。
その後をレオナルドがついてくる。
「お前はホントにとんでもねえ奴だな。何が命を賭けて貴方のために戦いますだ。騎士の誓いも知らないのか。もともと騎士ってのはそういうものだろうが」
「こっちの風習はよく知らないんだよ」
「どんな田舎もんだって知ってるだろうぜ。まったくお前ってやつは……」
レオナルドは俺の馬を見て、それじゃ向こうに着く頃には死んじまうと自分の馬を貸してくれた。
俺は礼を言ってトリシアの場所を聞いた。
「あっちの道をまっすぐだ。馬で三日はかかるぞ」
「それじゃあ騎士団団長によろしく言っといてくれ。もう学園に用もないから終わったらまっすぐに帰ってくる」
そのまま俺は三日三晩馬を走らせてトリシアという商業都市にやってきた。




