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TigerS2012

作者: 城弾

 すべての阪神ファンに捧げる











 2012年4月7日。


 プロ野球・セントラルリーグは第二節を迎えていた。

 ここ阪神甲子園球場では伝統の一戦。阪神対巨人第二回戦が行われていた。

 両軍先発。阪神・スタンリッジと巨人・杉内の投げ合いは、投手戦と呼ぶにふさわしいロースコア。

 新井貴浩のサードゴロで上げた文字通り『虎の子』の一点を守り抜き阪神が勝利した。

 熱狂的なことで知られる阪神ファン。

 さらには憎悪の対象ともいえる巨人相手に連勝で上機嫌であった。


「わははは。勝ちよったわ」

 甲子園駅から阪神電車で一本。

 大阪の中心地・梅田に戻った男たちは祝杯を挙げていた。全員が黄色いタイガースはっぴを着たままだ。

「おう。こちらには大先輩二人の名前を持つ男がいるからの。阪神の選手も無様出来んぜ」

「なぁ。藤村実さんよ」

 酔った男が中肉中背の、若い男の背中をたたく。

 たたかれてむせた青年はせき込みながらも怒る様子はない。

 やはり対巨人戦の勝利は格別。些細なことでは怒らないほど上機嫌であった。

「苗字が藤村富美男と同じちゅうんで、もう一人の永久欠番。村山実から取ったいうんやからええ加減やで」

 とか言いつつ短い黒髪をかきあげる様子はまんざらでもないようだ。

 ちなみに誕生日は1/23.

 三人目の永久欠番。吉田義男の現役時代の23と最初の監督の時の1が合わさっているあたり、この命名に一役買っていた。

 23歳の彼はその二度目の監督時代を知らない。

 バース。掛布。岡田の強力クリーンアップ。

 そしてあの「のろい」の発端を。


 ファンたちはこの日の試合を振り返り、酒と勝利の余韻に酔いしれていた。


 実もしたたかに酔い、千鳥足で帰宅中。

 飲んだのもあり、もよおしてきた。

 近くにトイレはない。切迫する尿意。

 その時、ちょうどいい物を見つけた。

 店頭にある白い人形。温和な笑みを浮かべた老人の姿をかたどったそれ。

 以前にはタイガースの優勝時に道頓堀に「ダイブ」させられたのと同じもの。

 なんとそれに向かって放尿した。

 要は局部を隠せればよかったらしい。


「わあああ。何してんのや」

 たまたま出てきた店員に見つかった。当然だが止めようとするが、すでに出し尽くしていた。

「ああ。悪い悪い。電信柱と思ったらオッチャンやったか」

 電信柱ならいいわけではないが、酔っぱらいの思考に「脈絡」を求める方が間違いだ。

「どうしてくれんのや? うちの看板みたいなもんやで」

「そないいうたかて仕方ないやん。阪神が勝つ。嬉しくて酒も進む。立ちションしたくなるというわけや」

 繰り返すがまともな思考ではない。

「まったくもう」

 洗い流すべくバケツを取りに店員が消えたので実も立ち去った。

 その直後に立ちのぼる「怒り」。むしろ『怨念』のオーラ。出所は実が粗相をした人形だ。



(おのれ…どぶ川に投げ込んだだけでは飽き足らずこんなことを。チームが勝てばしたくなるというなら、勝ってもそんなまねができないようにしてくれる)



 人の形をしたものに魂が宿る。

 ましてや以前に阪神が優勝した際には、道頓堀に投げ込まれている。

 それからしばらく阪神が優勝できなくて「呪い」とまで言われた。


 その「のろい」が特殊な形で藤村実に降りかかった。


 翌日の対巨人三回戦は敗れた。

 不機嫌なだけで何も起こらない実。


 実は実家のパン屋を手伝っている。父親がパン職人。母が店頭での販売。

 仕事のひとつには父のアシストと同時にパンの配送がある。

 車でいろんなところに運ぶ。

 その中には近所の幼稚園もある。

 実はここに行くのが嫌だった。理由は単純。

「やあ。パン屋さん。ご機嫌斜めですな」

 ニコニコと出迎える男。

「……」

「しかしまぁ。こちらも二連敗してますからね。まだまだ借りがありますからな」

 五十台の肥った男。ふちのある眼鏡とすだれ頭。威圧的なところは何もない。どちらかというと温厚な印象を受ける。

 どこにでもいる普通の「おじさん」だ。

 彼はこの幼稚園の園長だった。

 ただ熱狂的巨人ファンなのである。だから野球シーズンになると阪神ファンの実といがみ合いになる。

 そして巨人が勝つと、まるで自分の手からのように自慢を始める。それで実は嫌がっていた。


 もちろん仕事にその手の私情を挟むのは論外である。

 だが両者とも仕事よりプロ野球の応援のほうが優先順位が高かった。

「いやぁ。それにしても去年の首位打者・長野。主将・阿部。男・村田とクリーンナップの三連打。気持ちよかったですなぁ」

「ぐむむむ」

 負けてしまうと何も言えない。

 何しろはっきり数字に出るのだ。

 実は耐えるだけだ。

 さらに調子に乗る園長。

「それに若武者・宮國の初先発。いや。初登板での初勝利といい気分ですよ。槙原の再来ですわ。わっはっは」

 槙原博巳。かつて巨人に在籍した右腕投手。

 よくバース。掛布。岡田のバックスクリーン三連弾の映像が出て、その時の投手が彼なので阪神に弱い印象があるが、通算成績は38勝10敗と大きく勝ち越している。

 そしてその初登板も阪神戦で、延長10回の完封というデビューである。

 高卒で入団。二年目で初登板というのも共通していた。

「ふん。プロ野球を担う若手初登板に、お祝いで初勝利をくれてやったんや。負け越しで威張るな」

「な、なんですと?」

 気持ちのいい勝利にケチをつけられると穏やかではいられない。

 ついいらんことまで口にしてしまう。

「ふん。若いのに健忘症のようですな。たった四年前の『メイク・レジェンド』をもう忘れたとは」

 2008年。前半戦を快調に飛ばした阪神はオールスター前にマジック点灯したものの、けが人続出で失速。

 逆に出遅れていた巨人は途中で戦力が整い、後半で驚異的な追い上げ。

 最大13ゲーム差をつけられていた巨人が、土壇場でひっくり返したというものだ。

 阪神ファンには屈辱の記憶。

「そんなもん過去の栄光やろ。二年連続でV逸やんか」

「そちらは六年ですがね」

「なんやて!?」

 こんなやり取りをしていて不思議とトラブルにならない関係だ。


 月曜日が移動日。それを挟んで第三節。4/10火曜日。六連戦の最初。

 タイガースは広島東洋カープ相手に、マツダスタジアムで戦っていた。

「ぶちさん。どないや?」

 応援仲間の田淵の家に駆け付けた実。パン屋の仕事は夕方で終わった。親も阪神ファンなので仕事さえきちんとしていれば文句は言わなかった。

 同様に仕事を終えた阪神ファンの仲間がすでにテレビ観戦していた。

 アルコールとつまみはお金を出すケースもあれば、持ち寄ってきたりもしていた。

「おう。楽勝やで」

 遠征なので仕事終了後に仲間とテレビ観戦の実。

 そのまま試合経過を見守る。

 ご丁寧には黄色い法被を着こんでの観戦だった。


 試合は10-2と阪神の圧勝。大勝であった。

「よっしゃ。勝ったで」

 湧き上がる田淵家のリビング。

 夫人もわかっていてビールを運んでくる。

 そのまま祝宴を挙げる。


「調子ええやん。巨人はあの様やし。こりゃ今年は最下位巨人と阪神優勝でダブルでめでたいかもな」

 繰り返すが阪神ファンの巨人憎悪はすさまじいものがある。

 タイガースの日々の試合を漫画にしているサイトで、タイガースが関係ないにもかかわらず、巨人の2011年クライマックスシリーズファーストステージ敗退を喜ぶ始末。

 2012年の巨人はスタートダッシュに完全に失敗。一時は借金7でV率0%という事態に陥っていたので、アンチGが怪気炎を上げるのも無理からぬ話。


 だがとんでもない事態が発生。野球の話どころではなくなる。

「みの…る? お前いつ金髪にしたんや?」

 応援仲間の一人。佐野が指摘する。彼自身酔いが回り、幻覚と思っていた。

「何バカな…え? なんやこれ?」

 気が付くと実の髪が長く伸びていた。

 それも金色の髪と黒髪が入り混じりこれは

「…まるでトラジマやないか」

「て、ゆーかあんた誰や?」

「何ゆうとんねん。オレ…なんや? この声」

「鏡見てみ?」

 家主である田淵から手鏡を渡され覗き込む実。

 そこには見知らぬ美女がいた。白い肌。卵形の輪郭。ちょっときつめだが美人の範疇に入る。

 手鏡には映らないが、胸は大きく盛り上がり、ウエストは折れそうだ。安産体型そのもののヒップに針金のような細い脚。

 男物の服が逆に女性性を強調している。

「え? 写真?」

 貼り付けたいたずらと思った。

 しかしつぶやいたままの口の動きが鏡でも。

「こ、これオレの顔? それにこの声はなんや?」

「ほんまや。まるっきり女の声や」

「たとえるなら歌うことで鎧をまとう戦士というか」

「紅白に出そうやな」

「阪神ファンとしては好印象なんやが」

 酔っぱらったからか反応もやたら楽観的だ。

「遊ばんといてや。なんやねん。オレ女になってしもたんか?」

 胸元にずっしりとした感触がある。触るというか押し込むと柔らかいものの弾力がある。

「おっぱいや」

「それじゃ下はどないや?」

 藤田が言うが下半身は怖くて触れない。


 分析が阪神の勝因から、実の性転換に対象が変わる。

「なんか悪いもん食ったんか?」

「呪われてんやないか?」

「お祓いなら教会の神父はんに頼んでみよか?」

「グリーンウェル神父やな。いつも神のお告げゆうとる」

「その前にオレ。親にわかってもらえるやろか?」

 何しろ性別が変わっている。

「そやな。親御さんに連絡せなあかん」


 梅田にある商店街。そこで営むパン屋。ベーカリーふじむら。その店長で実の母。真弓。

 彼女に応援仲間全員が証言したのと、実本人でないと知らないであろうことを口にしたので、このトラジマの髪をした女性が自分の子供と認識した。

「しかしまぁ…なにが起きたらこうなんのや?」

 当然の疑問が口をつく。

「オレが知りたいわい!」

 不機嫌にどなる実だった美女。

「まぁおこったもんはしゃあないなぁ。幸いけっこう別嬪や。この分なら看板娘になるな」

 現実的すぎる判断だった。

「おかん。今のオレは絶望的な気分なんやで」

「男がうじうじしたらあかん」

「いや。真弓さん。今は女やさかい」

 応援仲間の一人。川藤がフォローする。

 いわれて真弓ももう少し真面目に考えて発言する。

「そやな。とりあえず明日になったら医者いこか。藪先生とこ」

「……こんな時に名前を聞くと、とても行く気をなくす名やな…」

 実際は名医である。


 4月11日。かかりつけの医者に診断をしてもらう。

 レントゲンやMRIなど駆使して調べる。

 医師の診断はきわめて普通の肉体だと出た。ただし、女性として。

 子宮。卵巣があり、乳房の乳腺も発達している。

 そして男性のシンボルなどはどこにもない。

 完璧に女性である。

 念のため髪の毛も調べたが、黒い部分は本当に黒髪。金色の部分は正真正銘の金髪だった。

「ありえないで…こんなこと。神様でも怒らせたんちゃうか?」

 医者が口にするべき言葉ではないが、確かに超常現象以外の何物でもない。

「そんな…オレ、別に変なことは…」

 酔って「白い人形」に立小便したことは忘れている。

「皆目見当つかんで。ホンマ」

 

 対処法も見当たらない。だがとりあえず女性としてではあるが、健常体と判明したため帰宅した。


 4月12日。

 引きこもりたい気分だったが母親にたたき起こされた。

「いつまで寝とるんや。パン屋の朝は早いんやで。みのり」

「み…のり? おかん。オレは『みのる』やで」

「女で実は変やろ。その姿の時はみのりと呼ぶで。ええな?」

「オレは女やないで…」

 その言葉を聞いた母・真弓は瞬時に背後をとる。そして胸に手を回す。

「ちょ…おかん。なにすんね……あああっ」

 胸をいじられて今まで感じたことのない感触に、思わず出したくもない声が出た。

「そんな立派なものつけとって何が女やないって? ええな。元に戻るまではお前が看板娘や」

「そんなぁ……」

 実…みのりは泣きたくなった。


 実としての仕事はパン製造手伝い。そしてメインは配送である。

 しかし女性化したことでこれはリスクが生じた。

 免許提示を求められたらややこしい。

 それを言われて抵抗をあきらめ、仕方なく店先に出る。

「なぁ。おかん。店に出るのはええよ。けどなんでこんな恰好や?」

 いわゆるメイド服である。黒いワンピースはスタンダードだが、黄色いエプロンでタイガースカスタムということになっている。

「ひらひらスカートは女を可愛く見せるんや。うちももうちょっと若かったらなぁ」

 夢見るように遠い目をする真弓。客がいないからいいのだが。

「こんな派手なん、おばはんしか着ないで」

「なんかゆうたか?」

 猛烈なひと睨み。

「なんでもありまへん…」

 母親の迫力に押されるみのり。

「日本橋ではやっとるそうやないの。うちもあやかろおもてね」

「へえへえ」

 観念して店に出ようとする。

「待ちいな。化粧もせんと店に出る気か?」

「それやったらノーブラやで」

「うーん。絆創膏だけじゃあかんか。後で買いに行こうな」

 みのりはため息をついた。しかし逆らえないので、なすがままにされていた。


 タイガースは連勝中だが、みのりの心は晴れなかった。

 まるで男に戻れず、ずっとみのりは女のまま。

 下着一式と何枚かの女性服もそろった。

 化粧品まで買い揃えられた。

 店に出るときはしなくてはならず、メイクを覚えさせられた。


 服装と相俟って本当に看板娘に。

 地元である。阪神ファンは多い。衣装。そして髪が虎ファンの心に響いた。

「うーん。阪神さまさまや」

 繁盛して上機嫌の真弓。


 対してみのりは不機嫌だ。

 一日中愛想笑いはけっこう疲れる。

 配送に行けば車中では営業スマイルは無用だが、それも車での配送はできなかったのでだめだ。

 しかし近場の幼稚園には台車でパンを運ぶ羽目に。人目につくことこの上ない。

 目立つ金髪を染めようとするがなぜか毛染めはまったく効果がない。

 逆に全部金髪も試みたがこれもだめ。

 そもそも変身自体が普通ではないのだ。

 不思議な力となるとどうしようもないと思い、染めるのは諦めた。


 そうしたら「トラのお姉ちゃん」と園児に人気になってしまった。

「誰がお姉ちゃんや」といいたかったが、子供といえど客相手に怒鳴るわけにもいかない。

 さらに我慢するがストレスがたまっていく。

 このまま女として認知されるのではないかと、不安にもなっていた。


 園長には雇われていると説明し、実ではない別人に成りすました。

 その際、野球が分からないことにしておいた。

 女性化だけでも腐るのに、巨人が勝っての自慢顔をされたくなかったからだ。


 もっとも園長は「いかに巨人が素晴らしいか」をアピールしてきた。

 実の時は阪神ファン相手ということで敵愾心だったが、どこのファンでもないなら味方にしようということらしい。

 みのりの計算違いだった。


 4月14日。

 ささやかにみのりのうっ憤を晴らしていたタイガースの連勝。

 甲子園での中日戦。7-4で中日に敗れ3で止まった。

「くそっ。野球までうまくいかへん」

 仕事が終わりテレビの中継を見ていたが、負けてしまった。だが

「みのり? あんたいまの声?」

 母の指摘。目を見開いている。驚いている。

「ああ? 声がどない…男の声や!?」

 途端に違和感に気が付く。

 カップにフィットしていたはずの部分がなくなっている。

 スカートをめくりあげて股間を触る。

「あ…あるで!? オレ、男にもどっとる…」

「…ほんまや。ほれ。不細工がおるで」

「なんやて!?」

 しかし鏡を見せられて納得。男の顔で女性のメイクをしていた状態だ。

「わわっ」

 店に出ていた時にしていたものをまだ落としてなかった。あわてて洗面台に。


「不思議やなぁ。ついさっきまで娘やったのに」

 首をかしげる真弓。

「なんでもええやん。そもそも男が女になるなんてのがでたらめなんや。、逆にいきなり戻ってもおかしくないで」

 五日ぶりに男物を着た実が上機嫌でいう。

「そや。みんなぶちさんところにあつまっとるな。よっしゃ。報告してこよう」


 阪神ファンのみで構成される集まりだ。勝てば祝勝会。負けたら反省会である。 

「二回で試合終わってたわな……」

「初回にむこうの一番(打者)が2度打席に立つようじゃ話にならんで……」

「スタンリッジもなぁ…」

「相手投手を二回で引きずりおろしたというに、うちの打線は何やってんのじゃい……」

 まるで全員が「阪神監督」であるかのように愚痴のオンパレード。

 ヤケ酒である。誰もいい表情していない。そこに実が最高にいい表情で飛び込んだ。

「みんな。見てくれ」

「なんやねん。阪神負けたいうのに笑って…実? 自分、いつ男に戻ったんや」

 田淵が驚くのに続いてみんなも驚いた。

 女になってからというもの、実はこの場に現れてなかった。

 そこに本来の姿で現れて、女性化を失念していた。だからずれたリアクションに。

「さっきやさっき。気が付いたのはちょうどゲームセットの頃や。いつの間にか男に戻っててなぁ」

 すっかり阪神の負けはその場の面々の頭から消えた。

 そのまま実の復活祝いになる。


 14日に続き15日も敗戦。

 阪神が負け続けているのにかかわらず、実は女性化しなかったため一人だけ上機嫌だ。

「…一人だけなに浮かれとんねん」

 連敗でささくれだつ佐野がニコニコ顔の実に言う。

「うん。今のオレはめったなことでは怒らへんねん」

 言葉通り笑顔だ。

「ああ。生まれてからずっと当たり前に男やったからわからんかったが、いったん女になってみて男であることのありがたみが身に沁みたで」

「実さん。うちも女やで。その言葉は聞き捨てなりまへんな」

 田淵夫人がやんわりという。

「ああ。すんまへん。奥さん。けど最初から女ならええけど、途中からというのは面倒でっせ。なってみて分かったけど、女はいろいろ大変や」

「ん。そこんとこ理解してくれるんならええけど」

「そんなに大変なんか? 同じ人間やで」

 その立場に立ったわけではない藤田がもっともな質問。

「大変でっせ。いつも人の目を気にするし、化粧せなあかん。服きちんとせなあかん。肌見せたらあかん。力ない。ブラジャー窮屈。立ちションもでけんのや。不便やで」

 ここに自身が女性化した原因が出たのだが、それには気が付かなかった。

「楽な男に戻れてホンマ嬉しいわ」

 だがそれも長くなかった。


 4月17日。ほっともっと神戸での東京ヤクルト戦。

 四回。ブラゼルの四号2ランで先制。

 七回には満塁からマートンの2点タイムリー。

 助っ人コンビの挙げた四点を、投手陣が零封で守り勝利した。

「やったで」

 この日は田淵家でテレビ観戦。家主である田淵。招かれた川藤。佐野。藤田。江本。そして実という面々は歓声を上げた。が…

「な、なんや。また胸がずしっと」

 勝った瞬間に実の肉体が変化し始める。

 体が華奢になり、胸は反対に膨らみ始める。

 目に見えて分かるほど肌が白くなり、髪の色もまた金髪の房と黒い房が混じる。

「またや! また女になってしもた」

 女性のものになった声で悲鳴を上げる実。いな。みのり。

「せっかく戻れたのにな…」

「ほんまやで。阪神も勝ちでめでたい言うに」

 こんな時でも阪神の勝敗が気になるあたり、骨の髄からのファンともいえた。

「それや! 分ったで」

「なにがや。エモさん」

「お前、阪神が勝つと女になるんとちゃうか?」

 大胆な仮説である。

「そんなあほな」

「あほとはなんや。あほとは。あほはお前や。お前があほやから、解説ができへん」

 本気で怒る江本。だが冷静になる。

「考えてみい。最初に女になったときは阪神勝ったやろ。そして三連勝や。その間お前は女やったんやろ」

「…言われてみれば」

「そして負けたとたんに男に戻った。そして今日や。偶然とは思えへんで」

「しかしそんな?」

「論より証拠や。次に負けた時に戻れたら、この説は正しいで」


 翌日の4月18日。甲子園に場所を移してのヤクルト戦。これは3-2でヤクルトに敗れた。

 この日はみのりの両親も一緒にいた。

 その眼前でみのりが実に戻っていく。

「……ほんまや……」


 さらに19日の同じカードで4-3と勝利。途端に女性化。

 20日。横浜に移動してベイスターズ戦。これには敗れ男に戻る。

 翌21日も負けて実も変化なし。

 だが22日に11-3で勝利したら女性化。


 まとめてみる。

 阪神が勝つと女性化。これは負けない限り解けない。

 引き分け。あるいは試合のないときは、それまでの性別を維持したままということが判明した。

「体張ったボケとは生粋の関西人やな」

「好きで男と女を行ったり来たりしてへんわ」

 現在は女性のみのりが、かわいい声で怒鳴る。

 13時に試合開始だったので夕方には終わり、ちょうどいい時間の祝宴だった。

「明日は移動日やろ。ということは明日も女のままか」

「…あかん。おかんが手ぐすね引いて待っとるわ。大阪のおばはんは派手やが、オレにまで押し付けんといてほしいわ」

 ベーカリーふじむらは日曜祝日は定休日。平日の営業。

 翌日は振替休日でもなく通常営業。

 一日女として店で愛想笑いをすることを思うと憂鬱だった。


 4月23日。月曜日。

 プロ野球自体が試合のない日。

 最低でも24日の試合終了までは女のままだ。

「おかん。そろそろこれ汚れてきたんちゃうか?」

 なんとかしてワンピースを避けようとしている。

「そやね。だからそろそろ暖かくなったし。これでどうや」

 ヒョウ柄のド派手な服だった。ドン引きするみのり。

「あかん。あかんて。そらおばちゃんの服や」

「贅沢やなぁ。それじゃこれどうや?」

 阪神のはっぴである。ただし女子向けのピンク。

「うん。まぁこれならええけど」

「そおか。ほなこれもつけてな」

 猫…いや。トラミミカチューシャである。

「う…ええわ。阪神グッズやし」

 メイド服やおばちゃん風の服よりは抵抗がない。


 ブラウスとミニスカート。その上からピンクのはっぴ。そしてトラミミカチューシャ。

 かくして「六甲おろし」の流れる中、みのりはその姿で接客した。

 目立つ風貌ですっかり商店街の人気者だ。


 4月24日からの甲子園での対広島東洋カープ三連戦。

 一戦目に完封負け。その瞬間に「のろい」が解けて男に戻る。

 自宅だったのですでにメイクは落としてある。着替えるだけでよかった。

 しかし次の4月25日。26日と連勝。女になる。


 通常の日程なら金曜日から次のカード。

 しかしゴールデンウィーク。4/30が祝日で、その日に試合があり都合九連戦。

 その関係もあり金曜日は試合がなく25日の試合終了からずっと女のままでいるみのり。

(あかん。あかんで。日曜は一か月ぶりに会えるというのに…)

 焦りを感じていた。


 4/28日。土曜日。今季初の東京ドームでの巨人戦。

 この日は土曜ということで仲間と田淵家で観戦していた。

 試合は阪神が能見。巨人が杉内とそれぞれ相手チームの天敵同士の投げ合い。

 しかし意外にも阪神が大差でのビハインド。

 頼みの能見が三回五失点では話にならない。


 当然だが雰囲気が悪くなる居間だが、みのりの表情は輝いてきている。

 そしてゲームセット。7-2で巨人に敗れた瞬間。

「やったぁぁぁぁぁっ」

 両手を挙げてみのりは大声で叫ぶ。見る見るうちに男に戻っていく。

「あ゛?」

 不機嫌なところにこんな巨人ファンのような歓声。思わず睨みつける一同。

「なんや実。お前いつから巨人ファンになったんや?」

「裏切る気か?」

 当然だが四方八方から詰め寄られる。

「い、いや。堪忍して。オレ明日デートなんや」


 前回のデートはこの体質になる前。

 もしここで阪神が勝利して女のままだとキャンセルするしかない。

 事情を話そうにも女声。同一人物と信じてもらえる気がしない。

 それよりこのふざけた体質を知られたくない。

 だからひそかに阪神の負けを祈っていた。

 生まれて初めて阪神の負けを願った。


「うーん。事情は分かるが…ここで喜ばれたら俺らも気分悪いで」

「まぁまぁ。巨人も今年初めての東京ドームでのうち(阪神)との試合。最初の一つくらいサービスや」

 言い逃れだったが、この時点ではまさか東京ドームでの成績が、あんなことになるとは夢にも思わなかった一同である。


 4月29日。梅田駅。午後一時。

 「カッターシャツ」の上からジャケットにパンツ。すべてメンズ服の実が待っていた。

 改札を見ていたら花柄のワンピースの女性が出てきた。

 表情を輝かせて手を振り叫ぶ。

「若菜ちゃん。こっちや」

「実君」


 彼女の名は竹之内若菜。実の高校時代の同級生だ。そして「いいところのお嬢様」である。

 グループ交際に始まり、次第次第にまとまっていき、現在では二人で会う間柄である。


「ごめんなさい。待った?」

 長い黒髪が清楚な印象。房を後方に回してバレッタで留めているのも清潔感がある。

「待ってないよ。ここ地元やし。五分でこれるで」

「まぁ」

 上品な笑い方をする。実際に「お嬢様」だった。

「それで。今日はどこに行きますの? みのりちゃん」

「みのりちゃん!?」

 心臓が飛び出るというのはまさにこの時の実の心境。

 女になる体質がばれている?

 阪神の勝敗で翌日の性別が決定されるなんて知られたら、この関係もここまでの気がした。

「あ。うちったら。ごめんなさい。お父様がうるさいの。だから男の子はみんな女の子の名前で登録してんのよ」

 携帯電話のことであろう。実だからみのり。母・真弓と同じ着想だったらしい。

「そ、そおか」

 ばれたわけではないと知りほっとする実。


 映画を見て、食事。そして今は梅田のど真ん中にある「観覧車」で二人きり。

 しかしデートの最中も落ち着かない実。

 阪神の試合が気になっていけない。

 この場はもちろん性転換が理由である。

 もし阪神が勝利したら若菜の目前で女性化してしまう。

 そしてよりによってこの日は日曜ゆえにデーゲーム。


 巨人は東京ドームの土日の試合は基本的にデーゲーム。

 この日の試合開始が午後二時。

 前年から取り入れられた「統一球」が極端な低反発で打球が飛ばず。試合時間が短い傾向があり三時間前後と予想された。

 つまり阪神の試合展開では五時に女性化してしまう危険性もあったのだ。

 試合経過が気になるのは当然。

 その上この試合は2点のビハインドのみ。

 東京ドームは両翼100メートル。センター最深部は120メートルの表示だが、そこを結ぶ「膨らみ」がなく直線に近い。

 つまり「右中間」「左中間」は距離が短く、打球が飛び込みやすい傾向がある。

 十分に試合をひっくり返せる。気が気ではない。


 実は頻繁に携帯電話で試合の状況をチェックしている。

 今も喫茶店でオーダーしたとたんに携帯電話をサイトにつなげていた。

「うふふっ。実くんは本当に阪神が好きなのね」

 幸いにして若菜はおっとりした性格ゆえ怒り出しはしなかった。

「あ。ごめん」

 デート中に肝心の相手を放っておいてこれではまずい。素直に謝った。


「ねぇ。うちも今度スタジアムに連れてってや」

「若菜ちゃんを!? 若菜ちゃん。野球わかるようになったんか?」

「うーん…ちょっとくらいなら」

「ほんまかいな?」

 変身体質がある。甲子園などで性転換した日にゃたまったものじゃない。

 だから連れて行けない。そこで一計を案じた。

「若菜ちゃん。ヒットと安打の違い。分るようになったんか?」

 もちろん同じである。しかし若菜はそれを別物と認識するほどの野球音痴なのだ。そこを突いた。

「もう。実君たらいつまでも」

「いやいや。わからんかったら球場行ってもつまらんで。それじゃパスボールとワイルドピッチの違いは?」

「え、えーと……」

 割と似て見えるかもしれない。

 パスボールは投球に問題ないのに捕手が取れないケース。

 ワイルドピッチは逆に捕手が取れないような暴投である。

「ウエストボールとピッチドアウトの違いは?」

「???」

 ウエストボールはスクイズなど相手の意図を見抜き「明確な意思を持ち」外した球。

 ピッチドアウトは様子見で「とりあえず」外した球である。

「ランダウンプレーの結果。サードランナーが三塁に戻り、同時にセカンドのランナーが三塁に着いた。両方とも塁についていて、それにタッチした場合アウトはどっちや?」

「………実君のいじわる……」

 先のランナーが次の塁に達するかアウトにならない限り占有権は消えない。

 ゆえにセカンドランナーにはまだ三塁に着けず、二塁から飛び出した形なのでタッチされたらセカンドランナーがアウトである。


 実のところ後ろの方はプロでも混乱するレベル。

 野球音痴が分かるはずはない。

 気を悪くさせてでも球場へ同行はしたくない実だった。


 門限もあり五時前に帰路に就く若菜。

 笑顔で見送った後で即座に試合をチェックする。

 2-0で阪神は完封負けをしている。

 ほっとした自分に驚く実だった。

(いやいや。これ若菜ちゃんの前で女にならんで済んだからや。オレは生粋の阪神ファンやで)


 巨人で現役投手。阪神で投手コーチを務めた西本聖氏はかつて語った。

「巨人ファンにとって巨人は趣味の一部。阪神ファンにとって阪神は生活の一部」…と。

 それほどまでに日常に密着していたのである。

 実のこの一連のことも無理のない話。


 翌日。4月30日。この日に予定は何もない。

 だからそろそろ一つくらい勝ってほしいと実も思っていた。

 しかし澤村とメッセンジャーの投げ合いは互いに譲らず。

 「三時間半を超えたら新しい延長イニングに入らない」というルールもあり引き分けに終わった。

 男のままでいられたが、東京ドームで一つも勝てず憮然とする実だった。


 さらにこの後のナゴヤドームの対中日戦。二敗一分けと一つもとれず。

 田淵家に集まって観戦していた面々は頭を抱える。

「ああああっ。やはりナゴドは鬼門なんやっ」

「あそこにはきっといけにえの山羊の首がうまっとるに違いないでっ」

「人工芝をはがすと魔方陣がかいてあるんやっ」

「呪われた球場やっ」

 オカルトのせいにしたくなるほどナゴヤドームを苦手としたのが2010年。

(これは巨人も同様であったが)

 二年たっても苦手意識は払しょくされていない。


 九連戦の六戦目までで零勝四敗二分けという事態になると、さすがに実も「男でいられるからいいや」などといってられなくなってきた。


 5月4日。甲子園に舞台を移しての対巨人戦も初戦を落として結局5連敗。

 「巨人キラー」能見を立ててまさかの連敗。能見自身も巨人戦連続3回KO。

 しかも今度は圧倒的に優位のはずである本拠地で。こうなると神通力がなくなって来たのかもしれない。

 チームの対巨人戦も四連敗である。


 やっとこどもの日に勝利。そして実はみのりになる。

「ああ。また女になるんか…まぁ阪神もこれ以上負けたらやばいしな。こういう体質や。しゃあないで」

 さすがに負けが続いていたこともあり、意外にサバサバとして女性化を受け入れていた。


 しかし翌日に負けて男に戻る。

 阪神は九連戦を一勝六敗二分けと大きくブレーキがかかった。


 その埋め合わせなのか翌週の新潟での広島二連戦は連勝。

 一日おいて横浜でも勝利。

 一つ負けたが日曜に勝ち四勝一敗。

 少しだが持ち直してきた。

 直前が阪神の勝利でみのりは女のまま、そのまま交流戦に突入した。


 交流戦という条件ではこの呪いがどうなるかと思われたが、どうやら同じらしい。

 いきなり連敗で実に戻る。

 なかなか調子が上がらない。

 男でいられるのはいいが、こうも阪神が負けているといい気分ではない。

 そしてそれに拍車をかける存在も。


「いやぁ。パン屋さん。調子どうですかな?」

 配達先の幼稚園の園長がにこやかで殴りたくなってくる。

 にこやかな笑顔はいい。だがその原因が宿敵・巨人の好調にあると思うと阪神ファンとしては気分が悪い。

「しかしまぁ、飛ばない飛ばないといわれる統一球ですが、それならそれで戦いようがあるというもので」

 一時期は全員が四番打者といわれたチームだが、それで二年連続V逸している。

 このシーズンも四月は借金七まで行き「優勝絶望」とまで言われていた。

 ところが戦い方を変え、バントなど小技を多用する細かい『スモールベースボール』で快進撃を。

 九連戦のラスト。5月6日の阪神戦から交流戦に突入しても勢い止まらず。

 5月25日の千葉ロッテマリーンズ戦まで、三つの引き分けを挟みつつ十連勝。

 日程の関係もあるが二十日間にわたり負けてない。

 そりゃ巨人ファンの機嫌もよくなろうというものである。


 対する阪神は、交流戦最初の北海道日本ハム。楽天イーグルス相手の甲子園のゲームを連敗。

 続く京セラドーム大阪のオリックス戦も敗れ五連敗に。

 いくら男を維持できたところで、実も機嫌がよくない。

 ましてこんな風に自慢されればなおさらだ。


 逆に応援仲間との間がまずくなっていた。

 実の立場は理解できても、阪神が負けるように願うなら、よそでやってくれというところである。

 実のほうも裏切っている気分で後ろめたい。


 いっそのこと阪神ファンをやめられれば楽である。

 巨人ファンに鞍替えは極端でも、野球に無関心になればこんなに苦しまない。

 けれど…何度裏切られても、見限っても、それでも戻ってきてしまう。

 阪神というチームにはそういう魅力。それも魔性のものがあった。


 皮肉な展開が待っていた。

 5月23日。対オリックスで連敗を脱して続くソフトバンクにも勝ったが、その週末にデートが控えていた。

 しかし現状は女の姿。説明に困る。

 そして26日。土曜の試合は引き分け。

 これで日曜日は最低でも西武戦が終わるまでは女のままだ。

 試合開始は午後二時だが、若菜は夕方には引き上げる。

 事実上デート中は女のままだ。

「ううっ。あんまりや…」

 みのりは泣く泣く携帯電話で「風邪を引いたのでデートをキャンセル」というメールを送信した。


 だがこれが意外な形で影響する。


 日曜の西武戦は敗戦。どのみち五時までは女だからキャンセルは正解。

 男には戻れた。

 甲子園での千葉ロッテ戦は9-9という壮絶な打ち合いで引き分け。

 そして次の31日。続くロッテ戦は緊迫した投手戦であった。


 その試合を実は応援仲間と田淵家で観戦していた。

 そこにありえない来客が。


「な、なんでここに? 若菜ちゃん」

 なんと実の恋人。若菜が真弓に連れられて田淵家に。

 真弓の連れということで田淵夫人も快く通す。

「風邪を引いたと聞いて。やっと時間が取れてお見舞いに来れました。おうちのほうに行ったらこちらと伺いまして」

「おかん! なんで連れてくるんや?」

「ええやん。このまま引き分けやったら大丈夫なんやろ」

「勝ったらどうすんねん?」

 怒鳴りつける。その言葉に疑問を感じる若菜は、素直に口にする。

「実君。阪神勝てばうれしいんじゃないの?」

「そ、そうやけど…今はあかんねん」

「?」

 きょとんとしている若菜。それも当然。こんな話、目撃しない限り理解できない。

「さあさあ。よくぞ来てくださった。むさくるしいところですがどうぞ」

 家主の田淵が笑顔で歓迎する。

「はい。お邪魔いたしますわ」

「あかん。あかんのや」

「こうなったら実。すべて知ってもらえ」

 田淵が年長者らしくアドバイス。

「壊れたらどうすんねん…」


 甲子園。そしてテレビの前のロッテファンは、サヨナラ負けのピンチに気が気でなかったに違いない。

 阪神ファンでありながら「気が気でない」のが実だ。

「打つな。ブラゼル。打たんといてや」

「何いっとんねん。ここで打てば勝ちや」

「勝ったらあかんのや」

 快音が響いた。ブラゼルの打球はライト前ヒット。

 決勝点が入り阪神のサヨナラ勝ちだ。

「やったでぇぇぇぇぇっ」

「あかぁぁぁぁん」

 好対照であった。その場から逃げようとするのをみんなで抑え込む。

「いつまで逃げる気や!」

「覚悟決めんかい」

 押さえつける。その間も姿が変わる。

 悲痛な叫びを実は上げる。

「若菜ちゃん。見ないで」

 だが逆に若菜は視線を逸らせない。

 実の体が縮み、肌の色が目に見えて白くなる。

 肩幅が狭まるのに反比例して胸がせり出す。

 髪が伸びだし、金髪と黒髪が交互になる。

「みのる…くん?」

 何を見ているのかわからなかった。

 目の前で恋人が女になっていく。そんなことがすぐに理解できるはずもない。


 すっかり女になったみのりは泣いていた。

「もしかして…これがデートをキャンセルした本当の理由?」

 みのりはうなずいた。そしてすべてをしゃべった。自棄であった。


「阪神が勝つと女の子で、負けない限り戻らないんですの?」

 上品さを感じさせる表情の若菜。

「そや。けったいな呪いやで」

 こちらはやさぐれ。ふてくされた表情のみのり。

「それじゃもし今度の土曜日に勝つと日曜は女の子なんですね」

 何かおかしい、否定という感じではない。

 若菜はみのりの手を取る。やわらかい手が柔らかい手を包む。

「実君。阪神の応援しましょう」

「はい!?」

「お父様は男の子相手は厳しいけど、相手が女の子なら割と寛大です。実君が女の子なら毎週デートできます」

「そ、そないいうたかて」

 まさか女としての自分を受け入れられるとは思わず、混乱している。

 男としての自分は魅力がないのか?

 そんな思いもよぎる。

「どんな姿でも実くんは実君ですよ」

 そのほほえみは女神か天使か。みのりにはどちらにも思えた。


 好きな相手に受け入れられたことで余裕が戻ってきた。

 しかし奇妙なもので、その週末。次の週末と阪神は土日に勝てなかった。

 やっと交流戦終了間際の6月16日。千葉でのマリーンズ戦に勝利した。

 午後二時試合開始ゆえに夕方には結果が出て、翌日の緊急デートが決まった。


 梅田駅。待ち合わせである。

 「みのり」は落ち着かなかった。

 そろそろ梅雨入りで蒸してきたのもあり、またいい加減スカートにも慣れたので、足をさらせるスカートでのコーディネートは受け入れた。

 しかしいざ駅前でスカートとブラウスという姿でいると、どうにも視線が気になる。

 そうでなくてもやたら目立つ髪をしている。

 なんどか試したが黒髪にも金髪にも染められない。

 奇異の目で見られるのがうっとうしい。


「みのりちゃん。ごめんなさぁい」

 遅れて若菜がやってきた。

「若菜ちゃん」

 やっと合流だ。ここから移動できる。

「お待たせ。さぁ。行きましょ」

「うん。でもどこに?」

 今回は女同士のせいか主導権はどちらというわけでもない。

「お洋服を買いに行きましょ」

「お。ええな。若菜ちゃんやったらやっぱふりふりひらひらやな」

「みのりちゃんはレザー系がいいかしら。でもそろそろ暑くなってくるし、思い切ってキャミソールに挑戦してみる?」

「なんでやねん」

 関西人はボケたら突っ込むというのは偏見である。

 しかしこの二人は高校時代からの付き合いだ。だからアドリブもできた。

「うふふっ。うちのほうが女の子の先輩なんやし、任せといて」

「ちょ、ちょっと」

 意外に強引に引っ張られていく。


 すでに下着はある程度揃っているみのり。

 ここもちゃんと着用しているので下着売り場は外した。

 その分、アウターで時間をかけた。

 若菜は何かのスイッチが入ってしまったらしく、次から次へとみのりに服を用意する。

 完全に女扱いだが、それでも楽しくショッピングしたみのり。

 何着かを購入した。


 予想外なのはもう一つ。みのりの「知名度」だ。

「あっ。みのりちゃんや」

「ほんまや。勝利の女神」

 見知らぬ人にそういわれる。

「誰が勝利の女神やねん」

 知らない相手だがついきつくなる。

「あんさんのことに決まってまんがな。何しろ阪神が勝つと出てくるんや」

「そんなん他人の空似や」

「いやいや。その髪は間違えようがないわ」

「…う…」

 何しろ目立つ髪である。一発で姿を覚えられる。

 そして阪神が勝った時だけ現れるのが一部に伝わっていた。

 そのためいつの間にか、本人も知らないところで「梅田の女神」と呼ばれていた。


 ちょっとした有名人だ。これではとてもではないがゆっくり買い物などできない。

 喫茶店あたりだとなおさらそうはいかない。

 よりによって窓際の席で目立つことこの上ない。

 もの珍しそうにその金の房と黒の房が交互になっている髪の女を見てゆく。

 とてもではないが「買い物」続行は無理。

 せっかくのデートを早々に諦めた。


 交流戦のラスト。

 千葉ロッテマリーンズ四回戦は引き分けに終わった阪神。

 9勝12敗3分けという成績である。

 交流戦優勝は17勝7敗で巨人。

 ここまでずっとパシフィックリーグのチームに優勝されていたのを、初めてセントラルのチームがとった。


 10の貯金を上乗せした巨人に対し、阪神は借金3の形。差が開く。

 阪神ファンとしたら面白くない。

(オレが阪神の負けを願っているからか? けどしゃあないで。阪神が勝つと女になるんや。たまったもんやない)

 言い訳じみたことを心中でつぶやくみのりである。


 6月17日交流戦終了。

 その後四日間試合がない。雨天中止の試合はこの日に組まれることになっていた。

 阪神は試合がない。

 つまりみのりは6/16~21の間は女性のままである。


 髪こそ特殊だがちょっときつめの美人でスタイルもいい。

 ナンパ男が後を絶たない。

 うんざりしてきた。


(やっぱあかん。オレが女ではあかん。阪神には負けといてもらわへんと…)

 心にもないことを思うみのり。


 だが、この願いはかなってしまうのである。


 6月22日。リーグ戦再開。対横浜戦で待望の(?)敗戦。

 久しぶりに男に戻った実だが、すぐにまた阪神が勝ち女性化。

 翌日の24日。日曜日の同カードも勝ち連勝。

 月曜は試合がなく三日間を女性として過ごした。


 26日からのナゴヤドームでの中日三連戦はいわゆる3タテ。

 続く神宮でも一つ負けて四連敗。

 30日に勝利してまた女になったみのりだが、女になることより阪神の負けが込んできた方が心配だった。

 女性化したにもかかわらずほっとしてしまうほど。


 それもつかの間。神宮での三つ目を落とすと、今期の鬼門ともいうべき東京ドームでの三つを全敗。

 七月になるというのにいまだに東京ドーム未勝利である。

 松山での広島戦も連敗で6連敗。

 神宮で一つとったがその前後で4連敗と6連敗ではたまらない。


 ここまで来ると実力差以外の要因を求めてしまうのがファンの性。

「実。お前女になりとうないからって、阪神の負けを願ってへんやろなぁ?」

 7月8日の巨人戦は日曜でデーゲーム。

 午後二時開始で六時になる前に終わっていた。

 現在は午後八時。田淵家での「反省会」

「そんな…佐野さん。あんまりや。いや。願わんかったと言うたら嘘になるけど、だからってこの連敗はオレのせいなんか?」

「いやいや。そこまではいわへんよ。けどなぁ…勝つと女になるなんて不思議な体質や」

「…ふざけた体質という方が近いで…」

「茶化すな。それだけ不思議なら『お前が女になりとうない。阪神負けてくれ』と思う気持ちが阪神の負けにつながってても不思議ないで」

「酷い!! 言いがかりや」

 佐野の言葉に思わず立ち上がる。

「いいすぎやで。佐野」

「そやで。実の立場からしたら阪神勝つたびに女じゃたまらへんで」

「阪神の勝ち負けが実の性別にかかわっとるようやが、実のほうが阪神の勝敗動かせるとは思えへんわ」

「せや。それやったら真っ先に監督休養しとるで」

 負けが込むと矢面に立つのは監督である。

「前の監督の時はなぁ…巨人と五分やったのに…」

「いくら新米監督でもこらあかんで」

 前任者。真弓監督の時は三年連続で対巨人戦は五分の成績。

 しかし和田新監督でのこの年は、対巨人戦にここまで五連敗。

 その巨人がここではすでに首位に立ち、着々と勝ち星を重ねていた。

 阪神との差は開く一方。


 交流戦が導入されても現在は三分割といえるが、いまだにオールスターゲームが折り返しとみなされている。

 その前半戦ラストゲームもまた巨人相手。連敗していて実は男のままだ。

 甲子園での試合は引き分け。借金10で折り返し。

 巨人がその状態だと、淡白な巨人ファンは早々に諦める。

 熱狂的な阪神ファンは簡単にはギブアップしないが、それでもこの現実は重くのしかかる。


 オールスター前後に公式戦がないため、その期間は男のままでいられた実。

 だがオールスターブレイクを挟んで連敗中だ。

 後半戦突入直後のナゴヤドームで連敗。

 一日はさんでの横浜戦に負けとうとう7連敗である。

 男のままでいられても、気分はよくない。


 応援者たちも重苦しい空気に包まれていた。例によって田淵家。もはや愚痴すら出てこない。

「本当にオレが願っているから阪神は負けてんのか?」

 とうとう実自身がそれを言い出した。

「あほか。そんなんで負けるんやったら阪神がV10達成しとるわ」

 田淵がバッサリと切った。


 熱狂的で知られる阪神ファン。

 その「念」が左右するというのであれば、間違いなく優勝しているという意味である。

 逆説的に実の責任などないと言っている。

「だいたい実。お前気にしすぎなんや。病気みたいなもんやろ。しゃーないやん」

「せやけど女にはなりとうないわ。変な目で見られる…」

 それも理解はできる。みんな黙ってしまう。


 7月29日。対横浜三連戦の最後。

 横浜先発は三浦大輔。阪神にとっては天敵ともいうべき存在。

 阪神ファンが彼を嫌う理由がもう一つある。

 巨人には全く通用しないのである。

 阪神からは勝ち星を奪い、それをせっせと巨人に献上という形。

 それでは阪神ファンはおもしろくない。


 ところがこの年は違っていた。

 巨人戦で七年ぶりの勝利を上げた。

 逆に阪神戦にこの年は弱い。

 この試合も六回終了時点で阪神四点リード。

 連敗脱出に期待がかかるどころか楽勝ムード。


 実の表情だが割と明るい。

 順当にいけば試合終了と同時に女性化だが、さすがにこの大型連敗脱出が見えれば明るい表情にもなる。

 ちなみに「実」と『みのり』が別人であるかのように思わせるべく、女性性を強調するアイテムとして口紅がポケットにある。

 これもいつ女になってもいい…そういう思いで勝利を待っていた。


 七回の裏。阪神攻撃中。勝利まであと少し。

 田淵は江本。佐野に目くばせする。

 うなずいた二人はそれぞれ実の腕をとる。

「?」

 二人の行動の意味が分からずきょとんとする実。

 そのまま玄関に『連行』される。

「ちょ、ちょっと待って。阪神勝っとんのやで。それなのに表に出たら人前で女になってまうで?」

「だからええんや」

「ええわけあるかいな。終わったらなんぼでも付き合いまっから、人前で変身するのだけは堪忍や」

 しかし聞く耳持たず。連れて行かれる。


「離せ。離してくれ」

 抵抗むなしく、実は梅田の繁華街まで連れて行かれる。

 比較的小柄な実が暴れても屈強な男二人は振りほどけない。

 暴れるから逆に注目を浴びてしまう。

「なんやなんや?」

「捕り物かいな?」

 野次馬が集まってくる。

「こないでぇ…見ないでぇ」

 半分泣き声になっている。

 田淵はワンセグで試合の経過を確認している。

 ゲームセット。横浜を下した瞬間に実の変身が始まる。

「な、なんや?」

「手品か?」

 驚く野次馬の前で実は女性化してしまった。


「こ、これはなんなんや?」

 超常現象を目の当たりにしたやじ馬たちは声も出ない。

 やっと一声絞り出した。

 その前で田淵がしゃべりだした。

「みなさん。おどろかしてすんません。ここにいる藤村実は、不思議なことに阪神が勝つと女になってしまうのです」

「そんなあほな!?」

 目の前で変身を見ても信じられない。

「あ。ほんまや。阪神勝ってる」

 情報を確認した何名かが阪神の勝ちを知る。

「てことは…あんたはホンマに勝利の女神かぁ!?」

「へ?」

 衆目に「変身」をさらして泣き崩れていたみのりは、このリアクションにあっけにとられる。

「だってそやろ。阪神が勝つと女になるんや。阪神を祝福しにくる女神や」

 本当は逆に罰を与えられているのだが、そんなことはどうでもよかった。

「い、いや。そんなちゃいますし」

「謙遜しなさんなって。こらええで」

 口々にみのりをたたえる。

 中には握手を求める者もいる。

 この反応にみのりは呆然となる。


「みてみい。大阪人は情が厚いんや」

「そやで。一人もお前のことを笑ったりせえへん」

「だから女になるのを気にする必要なんてないで」

 それが目的でさらし者にした。

 みのりとしては理解はできても納得はいかない。

 それにさすがにそこまで吹っ切れない。しかし


「おや? パン屋の?」

 パンを配達していた幼稚園の園長が居合わせた。

「あ。ども」

 知り合いにあってとりあえずごまかし気味のあいさつ。

「何の騒ぎです?」

 彼は標準語のアクセントで尋ねる。

 言葉といい、巨人ファンであることといい、実は関東の人間じゃないかとみのりは考えた。

「ああ。阪神が勝ったんでそれで」

 ごまかす田淵。

「なるほど。長いトンネルでしたからねぇ。そりゃ騒ぎもしますか」

 これだけならよかったが

「こちらは引き分けで一休みですよ。まぁ六まで伸びた連勝は継続中ですがね」

 現在首位である。まるで自分の手柄のように上から目線で自慢を始める。

「こっちはプラス6で阪神はマイナス6と。ずいぶん差がひらきましたな」

 大阪の梅田で阪神をけなすとは自殺行為だが、みのりが野球を知らない設定だったので「問題ない相手」と判断してつい本音が出た。

 しかし、阪神ファンが切れるには十分。

 その瞬間に自分が女になることなどどうでもよくなっていた。


 その空気も読めずに続ける園長。

「このままいけば三年ぶりに胴上げになりそうですよ」

 この時点でほぼ優勝を逃していた阪神ファンには、これが引き金だった。

「…………やかましい」

「はい?」

 可愛い声なのだが、それが地の底から響くように聞こえた。

「やかましい言うたんや! いい気になるなよ。おっさん。阪神はこのままでは終わらへんで」

 啖呵を切るとみのりはポケットから口紅を取り出して塗る。

 真っ赤な唇からさらに威勢のいい言葉が出てくる。

「なんてったってウチは勝利の女神なんや!」


 面白いもので暖かい阪神ファンに包まれるより、巨人ファンの暴言に対する怒りで吹っ切れしまった。


 ここからはもう女性化を気にしなくなった。

 さすがに球場へ出向くのは騒ぎになるからと自粛しているが、阪神が負けるように願うのはやめた。

 女性化を気にしないのであれば、阪神にはどんどん勝ってもらいたい。

 そしてどうせなるのだからと、みのりは女子としてのファッションやメイクを楽しむようにもなっていた。

 ポジティブに「女の子であることを楽しもう」というわけである。


 ところが皮肉にもみのりが応援を再開したとたん。

 8/2~11にかけて8連敗を喫した。

 その中には東京ドームでの試合も含まれていた。

 この時点でまだ東京ドームで勝ててなかった。


「なんやねん。せっかく人が覚悟決めたというのに」

 女になるのもいとわず阪神を応援し始めたのにこれでは、叫びたくもなる。


 実質的にVは遠のいていた。

 そして九月二日。

 広島戦で勝利を収めたものの巨人もデーゲームで横浜に勝利。

 この後、巨人が全敗。阪神が全勝しても同率。

 その場合は直接対決の成績が決め手になるが、この時点ですでに対巨人は負け越していた。


 すなわち阪神V逸である。


 追い打ちをかけるように阪神の主砲。金本の引退が9月12日に発表された。

 連続フルイニング出場の記録を塗り替えた「鉄人」も、右肩の故障で最後三年は不本意な成績に終わっていた。


 実は相変わらず阪神の勝敗で翌日の性別が変わっていた。

 吹っ切れたし慣れたが、それでも球場へ行くのはやめていた。

 とはいえど順当に行けば今季最終戦は甲子園。

 それが金本引退試合になるだろう。

 2003年。2005年の優勝だけでなく阪神に貢献してきた選手の最後。

 見届けたい。しかしこの体質が…


「実。いかへんのか?」

 田淵がやさしく問う。

「いきたいわい。オレかて金本はんにお礼言いたいねん」

 実の本音だった。

 10月5日。対ヤクルトを0-2で落とし、実は男のまま。

 残りはあと一試合。これが金本引退試合だ。

「せやけど…」

 さすがに甲子園で変身したくはなかった。


 あるメールが実の背中を押した。

 若菜からのメールである。


「実君。最後の試合、一緒に応援しに行きましょう。わたしを甲子園に連れてって」

 という文面だった。

「南ちゃんかいな…」

 ふっと力の抜けた笑いが出た。


 10月9日。

 阪神タイガース。2012年ラストゲーム。

 同時に金本知憲引退試合。

 大観衆が最後の雄姿を見ようと詰めかけた。

 その中には四月以来の観戦となる実の姿もあった。

 いつもの応援仲間である田淵。佐野。江本。川藤。藤田。

 それに加えて生まれて初めて球場に来るという若菜が実のそばにいた。


 試合は阪神・能見。横浜・三浦で始まった。

 最初のうちは野球音痴の若菜にやさしく解説していたが、点を入れて優勢になると俄然張り切りだす。

 若菜そっちのけで大声を出して、阪神を応援している。

 勝てば女性化というのはこの時点で頭にない。


 もちろん四番・レフトで先発出場した金本の打席はボルテージが最高に上がる。

 何もかも忘れて応援していた。


 試合は二回から登板したメッセンジャーが最後まで横浜にホームを踏ませず。

 鉄人のラストゲームに花を添えた。


「やったでぇぇぇぇぇっ」

 叫ぶ実の声が途中から女のものに変わっていく。

「あー。始まりよったわ」

 もう完全に冷静になっている。


 しばらくして…

「お待たせ」

 ミニスカートにシャツという姿のみのりが女子トイレから現れた。

 簡単だが化粧もしている。手にしたポーチすら女物だ。

「どう? ウチかわいいやろ」

 女性化をすっかり受け入れ、むしろ楽しむようになった結果である。

 だからこそ甲子園まで来れた。

「うん。みのりちゃん。可愛い」

 興奮気味に若菜がいう。

「おおきに。ま、次のゲームで阪神負けるまでなんやけど」

 引退試合で完全に忘れている。

「何いっとんねん。実。これ最終戦やで」

 川藤が指摘して思い出した。

「え?」

 その手からポーチが力なく落ちた。そして叫ぶ。


「うそ…それじゃオレ、もしかして…来年の開幕までずっと女のままかいなぁぁぁぁぁ!?」


 甲高い女の声が甲子園に響き渡る。

「本当? みのりちゃん」

 若菜がどちらかというと嬉しそうに尋ねる。

「うう。どうやらそうみたいや……」

 それを感じ取れずに落胆した口調のみのり。

「来年まで女の子なのね。それなら旅行に行かない? 女の子とならお父さんも許してくれると思うわ」

「う……」

 こんなメリットがあったとは。そう思うみのり。

「ええけど。うう。仮にオープン戦の勝敗が影響しても、二月までは女のままや…そんな長い間…」

 さすがにこれは長すぎた。

 このままじゃ「恋人」から「女友達」になってしまうのではないかと危惧した。

 そんな心情を知ってか知らずか。

 あるいはポジティブにとらえさせるためか楽観的に

「結構なことやないか。その間『勝利の女神』がいるんやから」と田淵は言う。

「ブチはん…試合もないのに何の意味があるねん?」

「そうでもないで」


 10月25日。ドラフト会議。

 ここまで一位指名のくじをことごとくはずして来た阪神だったが、この年は大物新人二名の交渉権を獲得していた。


 それに対して梅田の一部では「梅田にいる勝利の女神の加護や」という声が上がっていた。


Game Set









あとがき


 発想のきっかけは「少年少女文庫」さん。

 諸事情で「NO SISTER NO LIFE」

「佐藤君と鈴木君」「鈴木君と佐藤君」という作品のアレンジをしないように頼んだこと。

 しかしなんか否定している気分になり、なら逆に編集さんの手を借りようと思い立って。

 どうせだから僕だけでは書けないような物をと思い。

 編集さんが大阪の方なので、そちらのアドバイスをもらう。あるいは投稿した際にアレンジと。

「大阪」でもっとも僕が分かるものということで「阪神タイガース」が浮上。


 阪神が負けると女の子…女になりたくないし、阪神も勝ってほしいから阪神応援。大阪の人でそれはおもしろくもなんともない。なので

 阪神が勝つと女の子…女になりたくないから阪神には負けてほしい。けど阪神ファンとしては…というジレンマを中心に展開しました。


 変身の原理に「あの人形」なのは「阪神で呪いならこれしかない」ということで。

 さすがに実在するのでぼかした表現ですが。


 苦労したのは現実の阪神の試合を調べながら。

 僕自身は東京在住の巨人ファンで、それが大阪舞台に阪神ファンを描くのですから。

 特にお世話になったのが「阪神タイガース公式サイト」と「阪神守護天使~今日のおちちゃん~」というサイト。

 また阪神ファンの友人。大阪在住の女性の絵師さんにいろんなアドバイスをいただきました。

 この場を借りてお礼申し上げます。

 作中出てきた、巨人ファンの園長は文庫編集さんの「実話」をアレンジして。

 また阪神ファンたちが言っていた「ナゴドには山羊の首が埋まっている」は友人のコメントからいただきました。


 ネーミング。

 主人公は劇中設定と同じ。

 阪神の永久欠番。藤村富美男氏の苗字と、村山実氏の名前を拝借しました。

 ただ「実…みのり」はとある実在アイドルを取り上げた漫画の主人公(あちらは女装)とかぶるなと思いましたが、やっちゃいました。

 その他の登場人物も阪神OBから。

 我ながら「竹之内若菜」というネーミングは「ナイス」と思いました(笑)


 タイトルの「S」が大文字なのは『TS』ということで(笑)


 お読みいただきまして、ありがとうございました。


城弾

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