対決
「オウ親父、醍醐を連れてきたぜ!」
結局幸生から逃げることもままならず、醍醐は連行された。血のように赤い布をくぐる。すると中は焼けた鉄の板が並び、その上で肉がシュウシュウと恐ろしげな音を立てながら焼けていた。
「おう、久しぶりだなあ!」
ぎょろり、と音がしそうな団栗眼がこちらを見る。その手には大きな包丁が握られている。右頬にある大きな傷、分厚くめくれた唇に服の上からもわかるほど盛り上がった胸筋。今にも子供をとって喰いそうな容貌をしている。そう、この男こそ―。
「お久しぶりです。大将。」
「おう、むこうでも上手いもん食ってるか?」
幸生の父、青砥勝。彼は焼き鳥屋「うま家」の店主である。
「で、都会での生活はどうだ?」
「そうですね。まあ、普通です。何処にいても同じですよ。」
閉店後の店で俺と魔王は鬼瓦の店主の手料理を食べている。鳥の柔らかい肉は一噛みするだけで肉汁が口に溢れる。
―旨いな。
筋肉で太い指と裏腹に、手先はとても器用で料理の味は繊細だ。中年の男達からは大変好評だ。更に何故か怖い店主の顔も口コミで広まり、顔見たさに寄る客も多いらしいから、世の中妙なもんだ。
「少し痩せたんじゃねえのか?ちゃんと肉食ってるのか?」
「はい。」
「まあ、ここで沢山食ってけ!」
最も顔に反して勝氏は大変おおらかな性格で、その人柄に惚れこんで店に馴染む客も多い。どちらかというと注意しなければいけないのは―。
「何だ?」
隣の席に座る魔王が視線に気づく。ちっ、カンがいい。
「いえいえ、何でもないです。」
そう言って目を逸らすと何故かじっと見つめられる。
「・・・なあ。」
ゴトン、とビールを入れたコップを置いて魔王が神妙な顔をする。
「なんで方言を使わないんだ?」
―ドクッ。心臓が嫌な音を立てた。
「何でってーまあ都会では何かと不都合なんですよ。」
世渡り上手の顔を繕う。
「・・・本当か。」
疑問というよりもある程度の確信を含んで問い掛けてくる。答えをさも知っているように。
八つも年上の幼馴染は俺のことを俺よりも知っているから厄介だ。
「そんなわけないでしょう。唯便利だからですよ。」
俺はそう言って残った焼き鳥に被りつこうとした。
「そうやってごまかそうとすんやない。」
ひょいと後ろから伸びた手が串を取り上げた。
「お前分かりやすすぎや。」
「・・・何しに来たんだよ。」
同い年の幼馴染―八重がいつの間にか背後で仁王立ちしていた。
「お前、素直になれや。」
「何にさ?危険運転をするような奴に説教される覚えはないけど?」
焚き付けるように言い返す。
―さあ、怒れよ。怒って話を脱線させろ。
案の定白目が大きくなった。が、睨みつけたまま深呼吸した。
「確かにそうよ。」
鬼瓦も魔王も目を見張った。俺のもくろみ通り怒ると思っていたらしい。
「だから、お前さんも素直に吐いちまいな。」
はっきりしない言い方は却って苛立たしい。あくまで俺に自主的に言わせたいことがあるらしい。
「何をだよ?」
睨み返す。視線が宙でかち合い、バチッと見えない火花が散る。
暫くにらみ合いが続いた後、先に口を開けたのは自分に素直な幼馴染の方だった。
「お前、あたし達と距離を置きたいんやろ?」
場の空気が冷たくなる。一気に眉を顰めた俺を見て魔王が焦ったような表情を見せる。
―この人も言いたいことは同じだったんだな。
一方八重は兄の動向など気にせず俺を睨んでいた。
同い年の幼馴染ってのも本当に厄介だ。年上が遠慮する分だけ、至近距離まで近づいて言葉を剛速球で投げてくることができるんだからな。
「なあ、素直になれや。」
険悪な顔をした俺を見てるだろうに、こいつは今も平気で言葉を投げつける。
「お前さ、こっちに戻ってくる気すらなかったんやろ?」
「・・・。」
「理由は分かっとるつもりや。」
「・・・何がだよ。」
「お前、父ちゃんのこと怒っとるんやろ?」
何かがぷつりと頭の中で切れた―と思ったら椅子が倒れている。
「あいつのことは言うな。」
自分でも驚くほど冷たい声が出る。前にいる八重は顔色を悪くして突っ立っている。どうやら俺は凶悪な表情をしているらしい。すぐに当初の怒りが覚めると居心地の悪い場の雰囲気に居たたまれくなった。
「すいませんおじさん。御馳走様でした。」
それだけ言って頭を下げる。
「お、おう。」
それだけ言って店を出る。誰も俺を引き止めなかった。