明石浩太と少女の出会い
僕はあと二週間という時間を持っている。
僕はまだ若い。今なら何でもできる、気がする。
そうだ、手始めにいちごのショートケーキを食べよう。
甘い。とりあえず口の中が甘い。
でもこの店のケーキは嫌いじゃない。とは思う。
この状況はなんなんだろうな。男一人が、
女性客の多いケーキ屋でショートケーキをがっついている。
そして、実はもうひとつおかしい所がある。
それはこの男の落ち着きようである。
なぜかというと、この男はほんの一時間前に余命二週間を医者から通告されたのだ。
だというのに、おそろしく動揺していないのは自分自身でも驚いている。
人というのは自分の余命を知ったとき、もっと動揺するべきなのではないか。
ひどく狼狽し、そしてこんな自分の運命に激高し、そんな自分に涙する。
叫び泣いて、物にあたり、誰かの存在が恋しくなる。そんなものであるはずだ。
なのに
この男、明石浩太は違った。
動揺の香りも感じられないぐらい冷静であったのだ。
それは多分、この男の性質のせいなのだろう。
今までも(ここまでとはいかないが)彼の人生の中で動揺すべきときはたくさんあった。
たとえば彼女に実は一年以上付き合っている彼氏が判明したとき。
たとえば母親に二人浮気相手がいたとき。
だがこの男はたいした反応をしめさなかった。
「あ、そうなの?全然気づかなかった。大変だったね今まで。
隠すの、けっこう苦労したでしょ?」
そうひょうひょうと言ってみせた。
彼は昔からなんでもできた。
勉強も、運動も。そしてめぐまれた容姿さえ持っていた。彼は完璧だった。
そんな彼にあえて足りないところを挙げるのであれば
執着である。
それは人に対しても、ものに対しても、
そして自分の命に対しても。
どうでもいいと思っていた。
何でもできる彼にとって世界はありふれてつまらないものであり、
とくに感情をもって動かなくともじぶんの生きる世界は動くと思っていた。
自分が手に入れることができないものはなく
自分を愛すものを探しに行く手間もなく
自分が愛せるものを探す自分もいなかった。
だが何もしなくともこの容姿のおかげで女はいくらでも寄ってきた。
幾度となく女を抱き
そして何人もの女を切り捨ててきた。
それでもこの男は動じなかった。
24の若さでこの男はすべてに対する執着を失っていた。
さぁてどうしよう。
明石は生クリームのついたフォークをなめた。
今ならきっとなんでもやってやる。
残り二週間、どうやって楽しもうか。
明石はスコシ楽しんでいた。
あと二週間で俺の無意味な人生が終わる。
その前にこの二週間、最高に有意義な二週間にしようじゃないか。
――すこし自分の人生に執着がもてるような。
そんなことを考えていると目の前をセーラー服の少女が横切った。
髪は長くまっすぐで、
亜麻色の髪が日の光に透けてきらきらと輝いていた。
目をひかれた。
ただそれだけ。
それは突発的に。
劇的に。
瞬間的に。
明石は少女に声をかけた。
「ねぇ彼女、おじさんと一緒にケーキでもいかが?
いくらでも奢ってあげるよ」
なんてうすっぺらい言葉なんだ。自分でも思う。
だが明石にとって誘い文句なんかどうでも良かった。
ただこの少女に何らかの印象でも残してやりたかったのだ。
この少女がのちのち出会う友達かなんかに
「さっき気持ち悪い奴がいたんだよ、こんな言葉でナンパされてさ。」
なんて話のネタにしたならばそれは上出来だ。
さぁ?毒舌をのべてごらん。
不愉快だ、あぁ気持ち悪い、という目をむけてごらん。
この明石浩太は重んじて受け取ろうじゃないか。
だが彼女の返答は予想外のものだった。
「おじさんって、あなた本当は30歳とか、アレ?
にしてもすごい若く見えるね。」
意外だった。
少女の表情を変えてやろうと声をかけた男が
あろうことか逆に表情を変えられた。
必死にことばをとりつくろうと急いで頭の中に組み立てる。
「だって高校生の君にしてみたら僕なんかただのオッサンだろ?
もう24歳だよ。」
「なんだまだ24か。全然大丈夫だよ。」
彼女ははにかむ。
「で?おごってくれるんだっけ。あたし結構たべるよ。」
そういって彼女は
俗に言う「小悪魔」的笑みでこちらを見たのだった。