生きるのに向いてない女の話
向いていないことは、やめても良いことなのだという。私は結構真面目な質で、小学校の頃なんかは人の言うことをよく聞く良い子で通っていた。そんな性格は社会人になった今も変わらなくて、だからか、退職を勧める社長の言葉にも特に反論は出てこなくて、他にもっと向いた仕事があるさという言葉にこくりと頷き、私情による退職を示す定型文が記された退職届にサインをした。それで晴れて私は無職になった。
「社宅の引き払いは、今週末までなら待てるから。連絡をくれたらちょっとした荷物くらいなら運ぶの手伝うよ」
私物をまとめていると直属の上司で、よく面倒を見てくれていた先輩が声をかけてくれる。私はそれに礼を返し、それからそれまでのことに対してもお礼を言って、更にもうひとつ、お言葉に甘える形で頼み事をさせてもらうことにした。
「それなら、明日ちょっと早いですけど、朝から来てくれますか?鍵は開けておきますから、チャイムとかはいりません」
それでオフィスを後にした私は、財布の中身と、それから口座の残高を確認して、まず銀行に、それからホームセンターを訪れた。そこで幾らか必要になりそうなものを買った。ひとつの店で揃えると、やりたいことが見え透いてしまうかもしれないと思い、いくつかの店舗をハシゴした。余ったお金は全部募金箱に入れて、家に帰った。
ワンルームの社宅は、まるで越してきた時のままの姿をしていて、これならハウスクリーニングも必要なさそうに思えた。きっと、床に張り付いてみれば抜け毛や水垢なんかも見つかるのかもしれないけれど、そうでもしないと汚れが分からないくらいには整然としている。その部屋をぐるりと見納めて、自分の考えに計算違いがないことを確かめると、私は今しがた買ってきたもので早速の工作を始めた。
完成したのは、端的に言うならアイアン・メイデンだった。但し、それは箱の形をしたものではなくて、大量のナイフを固定した木の板を玄関扉と、それが開いた時にぶつかる壁とに貼り付け、更に玄関扉が開く際の弧に合わせた壁を作ることで逃げ場を塞いだものとなっている。
私は臆病で、死にたいと零したことは何度もあったけれど、それらはすべて止められてきて、けれど実際に許可が出ると怖くて仕方がなくて、こんな仕掛けまで作ってしまったのだから、笑い草だ。あとは先輩が来るのを待つだけ。完成したのはもう既に夜も更けて朝日が山の間から顔を覗かせている頃だった。私はその中に、スマホと一緒になって入った。
狭い空間で膝を抱えて座る感覚は、なんだか昔を思い出させてくれる。私は子供の頃から生きるのに向いていないようだった。母はよく、怒って私を押し入れに閉じ込めたもので、押し入れは私にとって第二の自室と言えた。この仕掛けの悪い所は、うとうとして眠ってしまえば、刃が肌を割いてとても痛いということだ。しかし先輩がいつ来るか、正確なところはわからなかったから、私にはスマホの画面を見て、そこで1分ごとに経過していく時間を眺めながら我慢するより他になかった。
ずっと同じ姿勢で固まっていると、まるで体が彫像になったように錯覚する。それほど感覚が薄くなる。或いは、少し動こうとするだけでピリピリと震えるのだから、過敏になっているのかもしれない。お昼を過ぎても、先輩はまだ来てくれない。




