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第2話 目覚めと女神②

「あなたは、異世界転生者に選ばれました~!」


 彼女は、まるで明日の天気予報を告げるかのように、あまりにも軽く言い放った。

 その語尾の軽さに、そしてその単語に俺の思考が追いつかない。

 身体があったらオーバーリアクションをとって身体を傾けてたかもしれない。


「異世界転生って……あの?」


 異世界転生と言えば、ラノベとか漫画でよく見る、アレのことか?


「そう、あなたの世界にあるラノベや漫画のアレよ」


 女性の声が、鼻歌交じりに返ってきた。

 しかも、俺の思考を読んだのかそっくりそのまま返してきた。


「しかも、チート能力付きで~す!」


 その声色は楽しそうに弾んでいた。

 女神と名乗る存在が、まるでゲームの特典を説明するかのような軽いノリで重大な事実を突きつけてくる。その落差に、俺の思考が再びフリーズする。


 チート能力。異世界転生。

 異世界転生ものでは、よくある展開だ。

 だが、ここで安易に喜んでいいのか?

 俺は慎重に、自分の知っている知識と照らし合わせようとする。

 ここまで言うってことは、大方の見当はつく。

 普通の生活をさせるために異世界へ送るわけがない。

 裏には、必ず何か大きな目的があるはずだ。


「あの、ここまで言うってことは……大方、魔王討伐とか、世界の平和を守るとか、そういうことですよね?」


 俺の思考が、疑念という形で言葉になる。

 ゲームなら話題のクエストとして受注するかもしれない。画面越しにキャラクターを動かすから死のリスクもないしな……

 だが、これから転生するとなると身体を得るはず。それは現実の肉体だ。

 武器を振るう痛み、怪物に襲われる恐怖。

 それは画面越しの体験ではなく、五感を通して直接降りかかってくる現実。


(ゲームと違って、実際に戦闘するのは嫌だな……)


 俺の内面で、正直な警戒心が警鐘を鳴らす。

 平和ボケした30歳ニートが、いきなり戦場に放り込まれる。

 想像するだけで、胃袋が収縮するような虚無感を覚える。もし身体があったなら、冷や汗が背中を伝っていたことだろう。


「ふふっ、何を心配してるの?」


 女性の声が、俺の不安をあざ笑うかのように楽しげに響く。

 彼女のシルエットが、銀色の粒子を撒き散らしながら、クルリと回転したような動きを見せた。


「コウの転生後の目標は、寿命まで生きること!」

「……んん?」


 一瞬、自分の耳——いや、意識のキャッチ能力がおかしくなったのかと思った。

 魔王討伐でも、勇者になるでもない。

 寿命まで生きる。

 それが目標?


「それに、コウが転生する世界は、比較的平和な世界よ?」

「比較的、平和……」

「そう。種族間の争いもだいぶ収まっていて、今は共存関係が築かれているわ。もちろん、魔獣とか害獣とかはいるし、それこそ冒険者として仕事をするなら、そういうことを頼まれることもあるでしょうけど……でも世界危機に瀕している世界ではないわよ」


 世界を救う必要がない。

 ただ、生きる。それだけが使命。

 あまりにも拍子抜けで、そして安堵から思考がふわふわと浮遊してしまう。

 死んだと思ったら異世界へ。チート付きで、しかも平和な世界。

 まるで、悪質な詐欺に遭うかと思ったら、宝くじの一等が当たった上に、生活費の心配もない仕事を紹介されたような、奇妙な感覚。


(これは……人生をやり直せるチャンスなのでは?)


 ふつふつと俺は気持ちが湧き上がってくる。

 今までの俺はどうだったか。

 何の目的もなく、惰性で日々を浪費していた。将来の展望なんて考えたこともなかった 。

 社会からドロップアウトし、部屋の中でゲームやラノベに浸ることでしか現実逃避できなかったはずだ。

 だが、ふとした瞬間に感じていた憧れがある。

 異世界転生もののラノベや漫画などを目で追いながら、「こんな風になれたらいいのに」と誰もが一度は抱くような淡い期待。


 それが、今ここで現実になりつつある。

 死後の世界での女神との遭遇。そして異世界への転生告げ。

 まるで読んでいた物語が、いつの間にか自分自身の脚本に書き換えられたかのような錯覚。


(今度は真っ当な人生を……)


 その言葉の重みは、予想以上に大きかった。

 失敗だらけの人生をリセットし、新しい土地で一から始められる。もしチート能力があるなら、今度こそまともな生活が送れるかもしれない。そう思った瞬間、恐怖や不安よりも先に高揚感のようなものが込み上げてくるのは避けられなかった。

 拍子抜けした平安さが底流にあるからこそ、余計に期待が膨らむのだ。

 俺は光の中に浮かぶシルエットへ問いかけた。


「あの、それでどんな能力をくれるんですか?」


 妄想が勝手に加速する。強ければ怖いものなし。

 例えば、誰もが使えないスキルを使えるなら、それで食っていける。めちゃくちゃ大金を稼げたりしてな……

 もしくは、すごい魔法一つや二つでも使えるなら、痛い思いをせず戦闘を終えれるかもしれない。それに、魔法の研究をしているところがあれば、そこで食っていけるかも……

 妄想を膨らませつつ、女神からの回答を待った。


 しかし、彼女から放たれた言葉は俺の脳内ですべての歯車を軋ませさせた。


「コウのチート能力はね…『ラッキースケベ体質になる』能力!」

「………………??」


 思考停止。

 あまりにも唐突すぎて、意味が理解できない。

 ラッキースケベ体質?

 俺の聞き間違いじゃないよな?


 ……いや、嬉しいか嬉しくないかで言えば、そりゃ嬉しい。

 30年、彼女なんていたことないし。

 だからエッチなハプニングは嬉しい……嬉しいけど。


「なんでこの能力なんですか?……いや、どう考えても変じゃないですか? 」


 冷静に考えなくても 、一体何の役に立つんだこれ?

 いまいち使い道が思いつかない。

 俺は目の前にいる女神様であろう存在に疑問を投げる。

 目の前のシルエットは、肩をすくめるような気配をさせ言葉を発した。


「えーとね、詳し——明し——と——だけど——」


 しかし、言葉は先ほど彼女が名前を名乗ろうとした時と同様に、不自然に遮断されてしまった。


「また聞こえなくなってるうぅぅ!」


 俺の問いかけは、空間に吸い込まれて消えていった。

 抗議の声も、疑惑の思考も、何もかもが銀色の粒子に阻まれて届かない。

 先ほどまで明瞭だった彼女のシルエットも、輪郭が急速に薄れ、光の渦の中に溶け込んでいくように見えた。


「——————!————————————!」


 言葉はもはや完全に遮断され、聞こえなくなってしまった。

 それでも俺は必死に意識を研ぎ澄ませ、彼女の声を拾い上げようとする。手足はないが、精神だけが前のめりになっている感覚がある。


 その時、空間全体が振動した。

 今まで優しく満たされていた銀色の光が、一転して暴力的なまでの輝きを放ち始める。

 視界が真っ白に染まり、意識が焼き切れそうになるほどの圧迫感。

 それでも、その眩暈のような光の中に、だけどはっきりと聞こえる言葉があった。


「最後に謝らないといけなくて! コウの転生場所は完全ランダムなの! 選べなくてごめんね!」

「はぁ!?」


 完全ランダム。

 選べない。

 その単語の意味が理解された瞬間、俺の思考は凍りついた。

 人が住んでいる場所ならまだいい。だが、危険な魔獣の巣窟だったら?

 いや、もっと単純に上空数千メートルから落下してくる可能性だってある。

 転生していきなり死亡とかありえるんだけど!?

 というか、もしそうなったら女神様はいいのか!?


「ちょっと待ってくださいよ、女神様!? せめてまとも能力をくれよ!?」


 恐怖と怒りが入り混じった感情が、俺の意識を支配する。

 身体がないため、頭を抱えることも、地面を叩くこともできない。ただ、思考としての叫びだけが、光の中に反響する。

 頼むからまともな能力をくれ。そうすれば危険な場所でもなんとかなるはず。

 それがダメなら、せめて安全そうな場所を選ばせてくれ……!

 そんな哀願を念じながら、俺は最後の抵抗として光の中に向けて思考を迸らせた。


「もっとまともな能力をくれえええええッ!!」


 その叫びが届くことはなかった。

 眩い光が意識のすべてを貫き、俺の存在を飲み込んでいく。

 浮遊感が急速に強まり、遠心力が内臓——あるとすればだが——を引っ張り上げるような強烈な浮遊感。

 銀色の世界が後退し、意識がどんどん遠くへ、深い闇の中へと沈んでいく。


 そこで俺の意識は途切れた。

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