救助
「つぅっ・・・・」
あまりの痛さに、うめき声しかでなかった。
そして、またも波がぶつかり、体は岩場に押し付けられた。岩の上に登りたかったが、体の自由がきかない。その間にも、足の痛みはどんどん増すばかりだった。
最初は、ひりひりとした痛みだったが、段々と鈍い痛みに変わっていった。恐らく、かなり出血している。そんな感覚はあった。
膝から下が、ズキンズキンと波打つように何かがあふれ出すのを確かに感じ取ることができた。一刻も早く、海から足をあげなければ。自殺者が手首を切って、浴槽で血を流す映像が脳裏をよぎった。赤く染まる浴槽。ぐったりと横たわる人。そんな光景しか浮かばない。
必死に岩に手を伸ばす。その度に、波が覆いかぶさり、岩から咲良を引き離す。容赦なく咲良の体温を奪っていく。何度目か手を伸ばした瞬間、岩から完全に引き離された。背後から大きな波がぶつかった。
次の瞬間、ふっと体が軽くなって、誰かに背後から抱きかかえられた。
「咲良、大丈夫か?」
耳元でそう囁くこえがした。ゆっくり振り向くと、今まで見た事のないような険しい顔をした星野がいた。
「顔が青いぞ。寒いのか?」
立て続けに質問する星野に、がくがくと震えるように頷いた。
「足、足切ったみたい。血がずっと出てて・・」
そう言うと、一気に緊張が解けて、涙がポロポロとこぼれてきて、星野に必死にしがみついた。
星野も高い波にのまれそうになり、咲良を抱えて体勢を整えるのに苦労している。
「大丈夫、大丈夫。浮き輪持って来たから、それに乗って。うつれるか?足は海面から出して」
星野に支えられて、浮き輪に移ろうとするが、波が容赦なく打ち付け、なかなか動けない。星野が咲良を岩の上に押し上げた。そうしてから、星野が浮き輪を支え、タイミングを見計らって、咲良が浮き輪に乗り移った。
と、同時だった。
「痛っ」
一瞬、星野が顔をしかめた。
「先生、大丈夫?どこか打った?」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと乗ったか?」
「うん」
「足あげて」
「うん」
「結構、切ったな。何針か縫うだろうな。すぐ病院に連れて行ってやるからな」
「うん」
寒さからなのか、緊張から解放されたからなのか、星野に助けられた恥ずかしさからなのか、「うん」以外に言葉が出なかった。
岩場から浜辺へ戻ろうとしたところ、男子が2人と塾長先生が泳いでこっちへ来るのが見えた。きっと、異変に気付いた人たちが、救助に来てくれたのだろう。
「おーい。大丈夫かー」
塾長先生が声をかけてきた。
「大丈夫です。でも、足を怪我して、かなり出血しています。念のため救急車を呼んでもらえますか」
「わかった」
そう言って、塾長はそのまま向きを変えて浜辺方向へ泳いで行った。
2人の男子が、咲良の乗った浮き輪を押すのを手伝ってくれた。
「大丈夫か?」
「大丈夫?痛くない?」
次々とそう聞いてきた。
「うん、大丈夫。ありがとう」
そうは言ったものの、顔は青ざめたままだった。
風が吹くせいか、波は時々、しぶきをあげて浮き輪を飲み込もうとする。その度に、咲良たちは、前へ進むことができず、沖へと押し戻されるような形になった。
初めて海を怖いと思った。このまま永遠に沖へ沖へと流され続けるような気さえしてきた。ジョーズのように、血に飢えたサメが襲ってくるのではないだろうか。深く青い色の海の底を思って、恐怖が増した。
やっと、海の底に白い砂が見えた時、助かったんだと、一気に力が抜けた。
浜辺から何人もの人が浮き輪を迎えに来てくれた。波打ち際まで到着すると、星野が抱きかかえ、ビーチにあるデッキチェアに向かって歩き始めた。
女の子が憧れるお姫様抱っこをされ、人だかりを咲良と星野が通る道をあけてくれる。途方もなく恥ずかしかった。
これが結婚式ならば、難なくこなせるだろうが、現実には、花嫁の足からはダラダラと血が流れ、顔面蒼白。新郎は疲労困憊で、今にも倒れそうだ。
「先生、腕から血っ」
気づいた女子が叫んだ。見ると、星野の肩から腕にかけて血がついている。咲良の血がついたのかと思ったが、そうではなかった。星野も岩場で肩を切っていたのだ。
「先生、ケガしたの?」
咲良が心配そうに星野の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、大丈夫。咲良ほど重症じゃないよ」
優しそうな目で笑った。
デッキチェアに横たわるのと同時に、ホテルの支配人とスタッフの女性2人が走ってきた。手には、バスタオル数枚と救急箱を持っている。
「大丈夫ですか?すぐに救急車が来ますので、お待ち下さい。とりあえず、応急処置をしますね」
女性が、救急箱の中から包帯を出し、膝の上でぎゅっと縛った。
そして、数枚のガーゼを出して患部にあて、圧迫止血を試みた。ガーゼはみるみるうちに赤く染まっていく。思ったよりも、傷は深そうだった。




