合宿最終日
最終日の朝。朝ごはんの後、部屋を片付けて荷物をまとめ、ロビーへ下りてくるよう指示があった。帰るのは夕方だが、先にチェックアウトを済ませるため、各自荷物を持って集合した。みんな、さすがに疲れているのか、一様に覇気のない顔をしている。
そして、いつもと同じように、午前中はみっちり授業だ。
最終日の昼ご飯は、親子丼だった。宮崎地鶏を使った一品らしく、ふんわりとした卵に出汁がきいていて、とても美味しかった。この4日間、食事が美味しかったのは有難かった。
三度の食事を楽しみに頑張ったと言っても過言ではない。たくさん食べたはずなのだが、やはり痩せたようだ。幾分、お腹周りがすっきりしている。水着を着るぶんにはいい傾向だ。
「さあ、みなさん、お楽しみの時間です。ご褒美の海水浴です。4日間、よくがんばりましたね。思う存分楽しんできて下さい。もう、後はバスで寝るだけですから、しっかり遊んでいいですよー。泳がない人は、浜辺でのんびり寛いでいてもいいですよ。バスは4時半に出発しますので、それまでには再度ロビーに集合して下さい。それでは、一旦解散」
合宿中、全くといっていいほど存在感がなかった校長先生の言葉だった。他の若い先生方は授業をサポートしていたが、校長先生は勉強を教えるわけでもなく、顔も見なかった。日中は南国でゴルフ三昧だったのかもしれない。それが証拠に、初日に見た時よりも明らかに日焼けしていた。接待ゴルフだと言ってしまえばそれまでだが。
咲良は、数人の女子たちと更衣室へと向かった。どんなにがんばっても泳げるのは2時間程度しかない。泳ぐという点では、市民プールと大して変わりはしないが、、海に行ったという満足感は市民プールのそれとは比べものにならない。
「えー?真智ちゃん、ビキニなの?マジ?」
隣で着替える真智を見て、声を上げた。
「え?当然でしょう?高校生だよ。このボディラインは今しか出せないっしょ」
そう言って、真智はスタイル抜群の身体を自慢げに見せた。確かに、胸はあるし、お尻もある。ウエストはきゅっとくびれた理想的なボディラインだ。淡い水色のビキニがその美しい体に良く映えていた。
「私、陸上やってたから、体は結構自信あるんだー」
そう言って、真智はモデルのように腰に手を当てて笑った。
それに比べると、咲良はスクール水着ではないものの、紺色に白い大きな花柄模様のついた地味なワンピースだった。しかも、焼けたくないので、上からラッシュガードを羽織り、色気のないことこの上ない。
「咲良、女捨ててるよ。こんな時こそ男子と先生にアピールしとかなきゃ」
「そうだねー。私は、彼氏とかは別にいらないけど、インスタにあげるためにビキニだよ」
佐和子も、真智同様ビキニで、こちらはブルーと白のストライプ柄だ。
真智と佐和子は、県内でもお嬢様学校として有名な女子高に通っている。2人とも1年生の3学期から塾に通っているが、違う学校から来た咲良とは、もちろん接点がなかった。お互い、なんとなく顔を合わせることはあったけれど、会話をするほどの間柄ではない。真智と佐和子も咲良と同じように星野から数学を教えてもらっていた。
咲良が入塾して1か月ほど経った頃、真智と佐和子と雑談していた星野が、通りかかった咲良を呼び止めた。
「おい、咲良、ちょっとこっち来いよ」
真智と佐和子の顔は知っていたが、いつも2人一緒にいて、少し近寄り難く思っていたので、躊躇しながら歩み寄った。
「何ですか?」
そう言うと同時に、星野が咲良の肩に腕を回してきた。
びっくりした咲良が慌てて払いのけようとすると、さらにがっちり掴んで、
「この子、青木咲良。福岡南校の3年生。オレがナンパして入塾してきた子。仲良くしてやって」
いたずらっ子のような顔をしながら、そんなセリフをはいた。
「はあ?ナンパ?そんなわけないでしょ」
咄嗟に大声が出て、星野の手を払いのけた。
「え?何?ナンパで入塾?うそー。気になるー」
真智と佐和子もキャーキャー言いながらはしゃぎ始めた。
必死で誤解を解こうとする咲良。
笑い転げる二人。
「え?何で勧誘なんてされたの?先生って勧誘業務もあるの?」
驚いたように真智が咲良と星野に問いかけた。
「そう。オレは仕事熱心なんで、勧誘もするの」
「そうなの。いろいろあって、先生と知り合いになって、先生に勧められるままこの塾に入ったの」
ナンパという誤解だけは、どうしたも解きたい咲良。さすがに、河川敷でのやりとりまで言うのは余計な誤解を招くと思ったので曖昧に説明した。
結局、4人でそういったやり取りを繰り返し、最後には、
「青木さんって、おもしろいね。なんだか真面目な感じがして近寄り難かったけど、そうでもないね」
佐和子にそう言われた。
近寄り難かった?そう思っていたのは、お互いさまだったのだ。それからというもの、真智、佐和子、咲良の3人は打ち解けて話せる仲になった。塾へ行く楽しみも増した。
知り合いがいない咲良が塾で不安にならないよう、星野が真智と佐和子を咲良に引き合わせてくれたのだ。
さばさばした性格の真智と甘えっ子の佐和子。2人ともタイプは違うけれど、真面目な咲良と話があった。それ以降、休み時間など、必ずといっていいほど一緒にいた。
「えー?私は、そんなのどうでもいいわ。今は、どん底まで落ちてるから、泳ぐ気にもなれないし・・」
咲良は、昨日の夜からまだ、落ちた気持ちを引きずっていた。星野の言った「合宿来てよかったな」は、どういう意味なんだろうか。せいぜい、たくさん勉強できてよかっただろう、くらいの意味なのだろうか。
「まあまあ、勉強の事は忘れて、この時間は純粋に楽しもうよ」
「それはそうと、咲良、バスの中で風見くんといい感じだったよね。好きなの?」
「え?そんなことないよ。なんとなく気が合うっていうか、話しやすいっていうか」
そう。風見はあくまでも友達だ。
「そうなの?女子の間では、風見くん結構人気あるよ。めっちゃ頭いいし、東大京大狙えるレベルなんでしょう?ツンデレな感じも、なんかいいよね」
さっき彼氏はいらないと言っていた割には、佐和子は風見に興味があるようだ。ただ、インスタが大好きで、いつも「いいね」の数を気にしている。彼氏とインスタ、どっちが大事かと聞かれれば、インスタだと言うかもしれない。
今回の合宿でも、食事のたびに写真を撮ってはアップしていた。佐和子のインスタさえ見れば、今回の合宿中の食事に何を食べたか一目瞭然だ。帰ったら、幸子に見せてあげようと思っている。
「さあ、そろそろ行こうか?一緒に写真撮ろうね!」
佐和子のインスタに、自分の水着がのるのは勘弁してほしいと思う咲良だ。
どこまでも白い砂浜は、ギラギラと輝く太陽の下で、じりじりと焼けていた。ビーチサンダルを履かなければ、やけどしてしまいそうな熱さだ。思った以上に波が高い。穏やかな海のイメージだったが、近づくと、かなり波しぶきをあげている。少し先の沖を見ると、サーファーが波を待っていた。九州の中では、一番のサーフィンのスポットだという。その為か、遊泳可能な場所は、思ったよりも狭い範囲だった。この場所は、ホテルのプライベートビーチのようで、ホテルのバスタオルが置かれたデッキチェアがいくつか置いてあった。海の家があるような大きな海水浴場ではなかったが、ちょっとだけ泳ぐにはちょうどよかった。
「咲良―。こっちこっちー。早く泳ごうよー」
真智と佐和子が手招きしていた。
最初に海に入ったのは、佐和子だった。防水フィルムケースにいれたスマホを首からぶら下げている。『宮崎の海、ナウ』などと、またインスタにアップするのだろう。
いろいろと考えても、仕方ない。遊ぶ時は遊ぶ。メリハリが大事だ。
「うわーーーーーーーー」
何かを吹っ切るように大声を上げて、二人の元へ走って行った。そして、そのまま勢いよく海に潜った。
「咲良、ワイルドー。でも、水に顔つけちゃダメだよ。映えない顔になっちゃうよ」
インスタにアップする予定の佐和子は、いつでも基準がインスタに映えるか映えないかだ。咲良は、佐和子の顔に水をかけてやろうかと思ったが、下手に恨まれたくはなかったのでやめておいた。
ある程度3人で写真を撮ったら、真智はさっさとビーチへ上がって行った。せっかくビキニを着ているのに、海に入ったら意味がないと言っていた。
しかし、咲良は、とにかく泳ぎたかった。せっかく海に来たのに泳がないのはもったいない。プールに行っても、咲良はひたすら泳ぐ。プールサイドでのんびりするようなことはしない。それが咲良のスタイルだ。
「佐和子ちゃん、先に上がってて。私、もう少し泳いで行くから」
「うん。じゃあ、先に行ってるね」
海に入っての写真は撮れたので、もうやることがなくなった佐和子は、さっさとビーチへ向かって行ってしまった。
2人がビーチに上がったのを見計らって、待ち構えたように男子数名が取り囲んでいた。合宿に参加した女子の中でも、かわいくてビキニとなれば、男子の注目の的だろう。ビーチバレーでもしないかと誘われているようだ。
咲良は、泳ぐことが好きだった。水に体を委ねていると、自分が解放されたように感じられた。数年前に家族で行った沖縄の海のような透明度はないが、少し潜ると小魚の群れを見ることもできた。南国とはいえ、熱帯魚が泳いでいるわけではなく、魚はすべて地味な色をしていた。すばしっくこて、全く捕まりそうにもない。
咲良が小学1年生の時、家族で唐津の海に行ったことがある。咲良にとっては初めての海水浴で、飲み込んだ海の水の塩辛さが衝撃的だった。
そして、父親と一緒に海に潜ると、魚がたくさん寄ってきた。それはそれは、たくさんいて、父の周りにだけ寄ってくるのだ。咲良の周りには1匹も来ない。父は魚と会話ができるのではないかと真剣に思ったほどだ。
だが、すぐにネタはバレた。父は、海に潜る時に、魚肉ソーセージを持ってきていたのだ。その匂いを嗅ぎつけた小魚たちが、たくさん寄ってきただけだった。
よくよく考えると、共喰いなのだが、その頃そんなことを思うわけもなかった。それ以来、海に潜って魚を見るたびに、魚肉ソーセージを持ってくればよかったと後悔するのだ。
咲良は、1人で黙々と潜ったり泳いだりした。真智と佐和子は、楽しそうに男子たちとビーチバレーをしているのが遠目に見えた。うらやましくないかと聞かれたとしても、全くうらやましいとは思わなかった。今は、ビーチバレーの気分ではない。泳ぐことに集中して、自分と向き合いたかった。身体を酷使して頭を空っぽにしたかった。
しばらくすると、何度も潜ったせいか、酸欠気味になり、少し疲れてきた。気づけば、少し沖の方まで泳いできてしまったようだった。近くに岩場があったので、そこに座って少し体を休めることにした。心なしか、風が強くなり、波が荒くなっていたような気がした。
そして、岩場に足をかけて、よじ登ろうとしたその瞬間、大きな波が咲良にぶつかった。アッと思ったのと同時に、岩場から海に突き落とされた。それと同時に、足に激痛が走った。




