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あなたに出会えてよかった  作者: 森の 緑


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咲良と風見

 本命のIT企業に内定はもらった。数社受けて最終面接までいったのが、第一志望の企業だった。大手で安定した企業だからというの理由で受けたのはもちろんだが、通勤着がスーツじゃなくていいというのも気に入った理由の1つだ。本当に、スーツは窮屈で嫌いだ。

 しかし、正直迷っているのも事実だった。大学1年から塾講師のアルバイトを始めたのだが、自分は教えることが向いているような気がする。事実、担当した生徒は、確実に成績が上がっていった。数学のみ教えているので、合否には直接関与していないが、他の教科も自分が教えていたならば、確実に大学合格へ導けたようにも思う。生徒の自主学習に付き合って他教科を教えてもわかりやすいと好評だった。

 大学では、理工学部だったが、教職課程の科目も履修した。今悩んでいるのは、まさにそれだ。自分が本当にやりたいことは何なんだ?

 もちろん、念願の企業に内定をもらったことは、とてもうれしいし、誇らしい気持ちでいっぱいだ。だが、一方で、冷静な自分が首を傾げているように思えてならない。

 「じゃあ、先生、大学卒業しちゃったら、先生辞めちゃうんだね。教え方うまいのにもったいないなー。教師に向いてると思うのになー」

 自分の心を見透かされたような言葉に、咲良の顔をまじまじと見つめてしまった。

 「え?図星?なんてね。教師よりソフトオアシスの方が絶対にお給料高いよ。高校の先生が言ってたもん。先生なんて仕事はボランティアの延長だって。仕事量に見合った給料はもらえないって、嘆いてた。所詮、公務員だよって」

 「おまえなー。やりがいと給料は関係ないんだぞ」

 星野は、平静を装って、咲良の頭をくしゃくしゃっとかきまわしてやった。 

 「うわ~、ひどい、先生!髪は女の子の命なのよ」

 咲良は口をとがらせて星野をにらんだ。

 「お前がわかった口を利くからだ。ほら、さっさと問題解け。受からんぞ」

 咲良は、大げさにため息をつきながら、目の前の問題に取り掛かった。


 今年の夏は異常に暑い日が続いている。

 咲良の通っている塾では、毎年恒例で、夏合宿が行われる。海に面したホテルで朝から晩までひたすら勉強するのだ。もちろん咲良も参加する。3泊4日のこの合宿だけで、8万円の参加費がかかり、夏期講習の費用と合わせると20万円近くの出費だ。家計のやりくりをしている幸子にとって大きな痛手だったが、そんな素振りは一切見せずに、快く送り出してくれた。

 5月に入塾した咲良の成績は、そう飛躍的に伸びたわけではないが、自分では、少しずつ手ごたえを感じ始めていた。私立文系コースの咲良には、数学、理科系の科目は学校のテストには反映されない。それでも、少し伸びたところを見ると、国英社の3教科も伸びてきているのだ。

 「このままがんばれば、行けるかもしれない」そんな思いも芽生え始めてきた頃だった。この確固たる自信は、他でもない星野の影響に違いなかった。

 咲良は、数学が苦手だった。というよりも大嫌いだった。だから、安易に私立文系コースを選択してしまったのだ。ところが星野に数学を習い始めてからというもの、楽しくて仕方がないのだ。自分は数学が苦手だと思っていたのは、何だったのだろうか。多分、ほんの少しつまずいたところからどんどん穴が広がっていき、修正不可能になり、理解することすら放棄するようになったのだろう。

 今日から4日間の勉強合宿。夏休みに入ってからというもの、この日を楽しみにがんばってきた。勉強漬けの毎日のはずなのに、楽しみだなんて、以前の咲良からは想像もできなかった。

 系列の塾は県内に5校ある。その5校に通う高校3年生60名ほどが貸し切りバス2台に分かれて宮崎を目指した。遠足へでも行くようなワクワク感。約4時間の道のりは、ちょっとした観光旅行のはずだった。

 しかし、驚いたことに、行きのバスの中でも前方のスクリーンに問題が映し出され、1人ずつ回答していくという一問一答クイズ形式の授業が展開された。さすが、朝から晩までというだけのことはある。

 観光バスの車窓から見える風景は、ギラギラとした太陽の下で輝いていて、非日常の世界が広がっている。遠くに見える入道雲は暑い夏をさらに暑く感じさせる。刻一刻と変化する風景が、受験生だということをしばし忘れされてくれた。

 咲良の隣には、同じ塾生の風見哲也が座っていた。高校は違うが、授業が重なる日が多く、なんとなく言葉を交わす仲になっていた。

 風見は、県内でもトップクラスの藤ヶ谷高校に通っている。身長はそう高くないが、切れ長の目が印象的だ。一見すると冷たそうに見えるが、その目が彼を際立っていい顔に見せてくれている。どちらかといえば、イケメンの部類だ。人気のある韓流スターに似ていると言う人もいる。

 咲良の第一印象は、無愛想で真面目なガリ勉くんだった。だが、ある日、咲良の担当の先生が体調不良で急遽休むことになり、風見の担当の先生が、風見と咲良を一緒に教えることになったのだ。

 やはり、頭のいい人の特徴である、理解が早い人であった。反対に咲良の理解は遅く、咲良が先生を独占して教えてもらうことになってしまった。前半45分の授業の間、早く理解しなければと焦ってしまい、授業に集中できずに終わってしまった。終わってみれば、変な汗をかいていた。

 そんな中、5分休憩の時に風見が話しかけてきた。

 「緊張してない?違う先生だから、緊張するよな?わからなかったら、わからないって言った方がいいよ。わからない所をわかったふりをすると、どんどん進んでいって余計にわからなくなるからさ」

 笑顔も無く、淡々とそう言われ、咲良は、「ありがとう」と、言うだけで、やっとだった。

でも、後半の45分は、少しだけリラックスして授業を受けることができた。風見をちらりと見ると、やはり淡々と問題を解いていた。

 授業が終わると、自習室へ移動して自習するのを、咲良は日課にしていた。同じタイミングで風見が横の席に座った。

 「さっきはありがとう。お陰で後半は落ち着いて授業を受けることができた。風見くんが質問できずに終わったみたいで、ごめんね」

 そう言って、申し訳なさそうに頭を下げた。

 「え?別にいいよ。今日の問題は、特に解けない問題じゃなかったから」

 またも真顔で風見は、そう答えた。

 「そうなんだ。私は解らない問題だらけでイヤになるよ。数学なんて、見ただけでフリーズして解ける気がしない」

 大袈裟にため息をついてみせた。

 「数学は嫌い?一番きっちりと答えが出るからオレは好きだけどな」

 「それって、数学が好きな人が言うセリフだよね。私は暗記専門だから、頭で考えるのが苦手なのよ」

 「暗記の方が面倒くない?」

 「いやいや、ただ暗記するだけの方が簡単に決まってるでしょ。私の場合、考えることを脳みそが拒否するのよ」

 そう言った後、風見の顔を見ると、笑っていた。笑うと切れ長の目が柔らかくなり、冷たい印象が一気に同年代の隣の男の子へと格下げされた。

 それからというもの、自習室で見かけると、どちらともなく隣の席に座り、他愛もないおしゃべりをする仲になったのだった。

 「最終日、楽しみだね。海だよ。受験生が海で泳げるなんて思わなかったよ。うれしいな~」

 合宿の最終日の午後は、2時間だけ海水浴の時間が設けてあった。海で泳いだ後は、バスに乗って帰るだけ。さすがに帰りのバスでは、一問一答の勉強はしないだろう。

 「海?楽しみか?この暑い日差しの中、泳いで何が楽しいんだよ。エアコンの効いた涼しい場所にいる方が、オレは好きだね」

 「うわ。超インドア男だね。夏といったら海でしょ。2時間とはいえ、海で泳げるなんて最高!まさか、風見くん、泳がないつもり?」

 「いや、一応水着は持ってきたけどさ」

 「泳ごうよ~。私、ビキニだよ」

 そう言った途端、隣に座っている風見の身体が10センチほど咲良から離れた。顔も心無しか、赤い気がする。

 「おまえ、バカか。なんで受験生がビキニなんだよ。遊びに来てるんじゃないんだぞ」 

 「ごめん。ウソだよ」

 ちょっと、からかってみただけだったのに、そんなに反応するとは思いもしなかった。

 「バカか!」

 風見は、それ以降咲良が話しかけても、前を向いたまま前方のスクリーンを見て、何も答えてくれなくなった。さすがに、ビキニは刺激が強すぎたようだ。咲良も、仕方なく、一問一答問題に集中することにした。

 

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