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あなたに出会えてよかった  作者: 森の 緑


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3/14

再会

 青木咲良。南福岡高校の3年生だ。世間でいうところの受験生。

 もちろん、咲良も大学進学を目指して受験勉強真っ最中。そう言いたかったが、まだ3年生になったばかりでは、エンジンんもかからないというものだ。そこそこの進学校で、そこそこの成績。となると、狙える大学も、そこそこのところだ。

 エンジンがかからないのも、そこに理由があった。行きたい大学がないのだ。いや、行けるとして、九州最難関の九州大学にでも入れれば、親も喜ぶし、自分も自慢できる。だが、九大に入るには5教科を勉強する必要があるし、咲良はすでに私立文系コースに入っており、不可能に近い。

 理数系が苦手なので、私立文系なのだ。今更、数学なんて、無理、無理。

 そもそも、何のために大学へ行くのかもわからなくなってきた。ただ、なんとなく友達が行くから、4年間遊べるから。高校を卒業してすぐに就職するなんて考えられないから?

 こんな中途半端な気持ちで受験を迎えられるわけがない。わかってはいるのだが、奮い立たせるような何かが無いのだ。

 でも、周りは受援モードに入ってきて、自分だけが取り残されているようで、少し焦る。

 高校受験の時にも、特に目標もなく、成績で選んだのが今の高校だ。別に学校に不満はないが、いつもふわふわと流されているように思う。はっきりと明確に自分の意思を持ってやり遂げたことがあるだろうか。

 部活動に打ち込んだわけでもなく、生徒会活動に参加したわけでもなく、体育祭で応援団に入ったこともない。

 やりたい事に打ち込んで、キラキラと輝いている人たちを見ても別世界の人のようで、自分とは違う人種なんだと思ってしまう。この差はどうして生まれるのだろう。

 部活動に入っていない咲良は、学校の授業が終わると何の予定も無く定時で帰って来る。夕方5時には家に帰り着くので、ジロの散歩が咲良の日課だ。

 今日も、ジロの散歩でいつもの河川敷へ向かった。柴犬のジロは、茶色い毛並みのオスで、おとなしい性格だ。生後2か月の時に、友達が飼い主を探しており、両親を説得して飼うことになった。中学3年生で、部活を引退してすぐの時だった。毎日手持無沙汰で、犬の散歩を日課にするから・・と言って説得したような気がする。咲良は、一人っ子なので、犬を飼うことに両親も反対せず、すんなりと受け入れてくれた。

 ジロの散歩コースは決まっている。オシッコでマーキングをして回るので、違うコースには行きたがらない。自分の縄張りを巡回する感覚なのだろう。

 咲良も河川敷の散歩が好きだ。川のせせらぎ、季節ごとに違う花がさく土手。よく会うおじいちゃんランナーがいた。

 でも、ある日を境にして、おじいちゃんと会わなくなってしまった。半年ほどして再会した時には、車いすに座っていた。おじちゃんは、咲良のことを覚えていて、ジョギング中に転んで大腿骨を折ってしまい、入院していたのだと話してくれた。車いすを押していたのは、娘さんだったのか、軽く会釈をしただけだった。

 その後、そのおじいちゃんに会うことは二度となかった。完治せずに、もう走ることができなくなってしまったのだろう。年配のランナーを見ると、いつも少しだけ期待してしまうのだが、やはりおじいちゃんではない別の人だった。

 今日は、いい天気だ。風が心地よく、上空ではひばりのさえずりが聞こえる。春だ大好きだ。こんな時、日本の四季はすばらしいなーと思う。夏の暑さには閉口するが、その分、この春の気候が際立ってすばらしいものに思えるのだ。散歩に最適な季節だ。

 しばらく歩いていると、前から手を振って走って来る人がいた。私に手を振っているのか?と、周りを見渡してみるが、他に人はいない。やはり、咲良に手を振っているようだ。そのまま歩みを進めていくと、徐々に人影が近づいてきて輪郭がはっきりとしてきた。

 「あっ」

 思わず声が出た。昨日の学生風のあの男だった。

 そのまま、歩みを進めるべきか迷ったが、自分を目掛けてやってきているようなので、その場に留まって待った。

 「おーい。おーい」

 そう言って、手を大きく振りながら男は近づいてきた。

 そして、咲良の前まで来ると、両膝に手をついて、下を向いてはぁはぁと息をしながら呼吸を整えた。咲良は、その様子を見ていたが、何と声をかけていいのかわからず、男の呼吸が整うのを待った。

 5秒ほど後、はあ~と深く息をついてから、男は頭をあげた。

 ジロもそれを待っていたかのように、しっぽを振りながら男にまとわりついた。咲良としては、この男のせいで逃げたくせに・・と、おもしろくない。

 「昨日はありがとう。おかげで講義に間に合ったよ。実は、あの後心配してたんだ。もしも、あのまま逃げて戻って来なかったらどうしようかと思ってね」

 一応、心配してくれてはいたようだ。今日は、白いシャツにジーンズ姿だ。何の変哲もないが、よく似合っている。

 「はい、大丈夫でした」 

 笑いかけるのもしゃくなので、ちょっとぶすっとしたまま、機械的にそう答えた。

 「ほんと、ごめんね。自動車学校のバスに乗り遅れてしまってね。でも、どうしても学校の講義を受けなくてはいけなくて。近くにいる人に聞いたら、歩いて行ける道があるって教えてくれてね。でも、実際に歩いてみると、道らしい道が無くなってしまって困ってたんだよ」

 ああ。咲良には容易に想像できた。自動車学校は駅から歩けば20分ほどの距離だ。だが、それは、獣道のような車が通れない細い道を通って、河川敷を通って、小さな橋を渡って行けば・・の話だ。

 自動車学校のバスは、大通りを通って、かなり遠回りをして生徒を各スポットで拾いながら自動車学校に着く。その道を歩くとなると相当な距離になるので、歩いて行こうと思う人はいないだろう。

 多分、近くにいた人は、その獣道を教えてくれたのだろうか、地元民でない人にとっては、標識も無く、どこまで続くのかわからない未知の道だったことは間違いない。

 「ああ、獣道を教えてもらったんですね。あの道は、地元の人しか使わないから、聞いただけで行くのは難しいですよね」

 ちょっとだけ同情心がわいて、柔らかい声になった。

 「獣道か。確かに、そうだね」

 あははっと、男は笑った。その笑った顔に咲良はドキリとした。

 「あ、これ。昨日、申し訳ないことをしたから、お詫びに」

 そう言って、咲良に有名な洋菓子店の紙袋を手渡そうとした。

 「え?いえ、いいですよ。別に何もしていないし。ジロも戻ってきたし」

 咲良は、咄嗟に手を引っ込めたが、内心は、やったーとガッツポーズしていた。甘いモノには目が無い高校生だ。

 でも、さすがに見知らぬ人からモノをもらうのはためらわれた。

 「そうだよね。見知らぬ変なヤツから渡されても困るよね」

 と、咲良の気持ちを見透かしたように男は言った。

 「オレ、星野貴博。大学4年生で、仕事決まったから自動車の免許を取るために自動車学校に通っているとこ。昨日、ここにいた経緯はさっき話した通り。ほんと、助かったよ。ありがとう。ということで、自己紹介もしたことだし、もらって」

 笑顔でそう言いながら、紙袋を再度咲良の顔の前に突き出した。

 「あ、はい。どうもありがとうございます」

 おずおずと手を出して受け取った。

 「君は、高校生?」

 「はい、3年生です」

 「受験生かー。懐かしいなー。勉強してる?」

 その問いには、曖昧に笑って見せた。

 「いえ、まだ志望校も決まらなくて、やる気が怒らないというか・・」

 「ふーん。高校はどこ?」

 「南福岡です」

 やり取りが、先日の職質のようだ。

 「ああ、塾にも南福岡の子がいたな」

 「塾?」

 咲良が怪訝な顔をした。

 「そうそう、オレ、塾講師のアルバイトしてるんだ。南福岡の子を教えたな・・と思って」

 「塾講師?頭いいんですね。大学どこですか?」

 「九大」

 やっぱり。

 「はあー。じゃあ、塾講師できますよねー。うちの親も、私が九大に行ったら喜ぶんだろうなー」

 高卒の父親の喜ぶ顔が目に浮かぶ。

 でも、逆立ちしたって入れそうもない大学だ。

 「あと半年以上あるだろう?がんばったら?オレが教えた南福岡の子は九大に行ったよ。要は、やる気だよ」

 そう言って、にやりと笑った。

 いや、違う。頭がいい人というのは、勉強さえすれば、大学に受かるものだと思っている。基準が自分なのだ。世の中にはいくら勉強しても、頭の中に覚えたことが定着しない人種がいるのだ。そんな人もいるのに、誰でも勉強すればできるなんて、詭弁もいいところだ。

 「私、南福岡でも成績は、上中下の中と下の間くらいなんです。その人は、上位にいた人なんですよね?そもそものスタートラインが違いますよ」

 大袈裟にため息をついて、ふてくされて見せた。

 「中と下の間って言い方がすごいね。ちょっと笑える。いや、その子は最初塾に来た時にはすごい成績だったよ。下から数えた方が早かったと思う。親が心配して連れてきたくらいだから。でもその子はすごい集中力があったんだな。教えたことをすべて吸収するような子だったな。ああ、その子は地頭がよかったんですね・・なんて切り返すのはダメだよ」

 咲良は、言おうとしていたことを見透かされたようで、しゅんとしてしまった。

 「お兄さんは、高校はどこだったんですか?」

 「青葉台付属高校」

 「うわー。またまた、偏差値高い高校じゃないですか」

 「まあね。高校受験がんばったからなー」

 「うわっ、自慢だ」

 「自慢ついでに言うと、青葉台では、九大は普通の頭のやつ。トップレベルは東大、京大だからな。上には上がいるってことさ。どちらかといえば、オレは落ちこぼれの方だったよ。君の言う、中と下の間って表現がぴったりだ」

 そう言った彼からは、嫌味なエリート感は全く感じられなかった。だからなのか、ちょっとだけ親近感がわいた。

 そして、ぼんやりと自分が九大の学生になっているところを想像してみた。

 制服ではなく、ちょっと大人っぽい私服。フレアスカートにふんわりとしたシャツ。足には少しだけヒールのある靴。薄くメイクをした顔に、肩にはノートと参考書の入った重いバッグをかけて、大学のキャンパスを歩く私。考えただけで、うっとりとしてしまう。大学に入れば、そんな優雅なキャンパスライフが待っているのだ。

 いいなー。初めて大学生になった自分を想像してみた。勉強をする所が大学なのだろうが、やはり大人っぽいキャンパスライフに憧れる。自由な4年間を過ごせるのだ。なんだか、想像しただけで、簡単に大学に入れるような気がしてくるから不思議だ。ふわふわとしたものが、少しだけ現実味を帯びてきたように感じる。

 何よりも、自分と同じ高校の生徒が九大に入ったという、その事実が非現実的な世界を現実的なものに思わせてくれた。自分にもできるのではないか?この人に教えてもらいたいような気になった。もう、術中にはまってしまったのかもしれない。

 「お兄さん、私でもやればできると思いますか?」

 「死ぬ気でやればね」

 男はニヤリと笑った。その顔に咲良は再びドキリとした。

 


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