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あなたに出会えてよかった  作者: 森の 緑


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27/27

おまえに出会えてよかったよ

 「先生も、バスに乗ってこの道を通ってたら、獣道で迷うこともなかったのにね」

 「そうだな。でも、咲良と出会う事もなかったな」

 本当にそうだと思った。

 あの日、あのタイミングで出会わなければ、今のこの関係はなかったはず。

 「なつかしいな。4年ぶりか?少し降りて歩かないか?」

 星野の提案を咲良が拒否するはずもない。

 田んぼの横に車を停めて、脇道を入ればすぐ、河川敷のジロの散歩コースだ。春はもうすぐそこまで来ているのだが、川を通り抜ける風はまだ少し冷たい。

 二人並んでゆっくりと河川敷を歩き始めた。

 「仕事辞めたのは、咲良の影響なんだ」

 おもむろに星野が話し始めた。

 「私?」

 「そう。幸せ?って聞かれたの、正直こたえたわ。あれから、ぼんやりと幸せについて考え始めた。そしたら、自分の人生、これでいいのかなって思い始めて、自分のやりたい事ってこれじゃないなって思い始めて。そうしたら、もうどうしようもなくなってさ・・」

 「ごめんなさい。私が変なこと言ったせいで・・」

 咲良は、まさか自分の言葉が引き金になっていたとは夢にも思わず、たまらなくなって星野の言葉を遮った。

 「いや、違うんだ。ありがとうって言いたかったんだ。なんとなく今の仕事は違うとは思っていたけれど、気づくのが怖くて見て見ぬふりしてた。そんなオレが自分に真剣に向き合うきっかけをくれたのが咲良なんだ」

 星野の運転する車に乗った時から、咲良にはどうしても聞きたい事があった。

 ハンドルを握る星野のくすり指には指輪は無かった。

 だからといって、まだ結婚していないだけなのかもしれない。そう思ったが、聞かずにはいられなかった。

 こうやって歩きながらなら、さらりと聞けるはず。

 「先生、まだ結婚してないの?」

 「ああ、彼女とは別れたよ」

 星野が会社を辞めることを告げると麻理絵はあっさりと星野のもとを去って行った。

 会社を辞めるからなのか、星野の心変わりにうすうす気づいていたのか、それは今となってはわからない。

 「咲良は、今、彼氏がいるの?」

 「いるって言ったらどうするの?」

 うーん、と星野は少し頭を捻った。

 「どうもしないな」

 「何、それ?」

 そして、星野は歩みを止めた。咲良も同じように止まった。

 星野は、咲良の前に立ち、咲良をまっすぐに見据えた。

 「オレは、咲良が好きだ。情けないことに、今頃になってオレは気づいた。今、咲良に付き合っているヤツがいたとしても、これだけは伝えたかった」

 星野の目は、まだ咲良を見据えている。咲良も、目をそらすことができない。

 咲良は、星野を空港で見つけた時、こうなる予感が少しだけしていた。期待しては打ち消し、期待しては打ち消しても、それは徐々に大きくなっていった。

 そして、それはとうとう現実のものとなったのだ。

 「うん」

 そう言って、下を向いた。まだ、現実のものとは思えない自分がいた。 

 「もう、遅すぎたか?」

 「うん、遅すぎるよ」

 咲良は顔を上げ、今度は、咲良が星野を見据えた。

 「私、どれだけ待ったと思ってんの?先生、遅すぎだよ。気づくの遅いよ」

 うれしいはずなのに、今にも泣きそうだった。

 「ずっと気づかなくて悪かったな。ずっと思っててくれてありがとう。ほんと、咲良に彼氏がいなくてよかったよ」

 星野の言葉に、咲良はキョトンとした顔をした。

 「彼氏がいないなんて言ってないよ」

 「ばーか、おまえにいるわけないだろ?彼氏がいたら、1人でミンダナオ島になんて行かないし、車で迎えに行ったくらいで感動なんかしないよ」

 星野は、今にも笑い出しそうだ。

 「何、それ?」

 「咲良のことなんか、お見通しなんだよ」

 「うわっ、ムカつくー」

 思いっきりふくれて見せた。

 そうだ。どんなに逆立ちしても星野に勝つなんて到底できない。そんなことはわかっている。そんな人だから、ずっと憧れて、憧れて好きだったのだ。

 4年越しの咲良の長かった片思いは、こうして終わりを告げた。

 あの時、星野からもらった阿蘇神社のお守りには、間違いなく恋愛成就が入っていた。

 「咲良、キスしない?」

 「しない」

 そう言って、プイっと横を向いた。

 「キスしようよ」

 星野は今にも抱きつきそうな勢いだ。

 「絶対イヤ」

 咲良は、するりと態勢を変えて星野をかわす。

 「じゃあ、ハグ」

 「それもダメー。だって、先生のハグ、長いんだもーん」

 そう言って、アッカンベーをしてみせた。

 「じゃあ、私を掴まえられたら、手は繋いであげる」

 そう言って、咲良が駆けだした。

 よしっと言うと、星野も走り始めた。

 もちろん咲良のスピードで逃げ切れるわけもなく、あっという間に咲良の腕が掴まれた。

 「あはは。あっけなく捕まっちゃったね。あの時、こんなことされてたら、それこそ叫んでたわ」

 二人とも、出会った当時のことをなつかしく思い出していた。

 咲良は、自分の右手で星野の左手を握った。

 星野もギュッと握り返した。温かくて大きな手だった。初めて繋ぐ星野の手。恥ずかしくて、うれしくて、幸せで、様々な感情を呼び起こす。

 二人で手を繋いで、ゆっくりとまた歩きだした。

 「そういえば、先生、いつから私のこと好きになったの?」

 「うーん、ここで咲良と出会った時からかな」

 「いや、それ、絶対ウソ。ただの勧誘相手としか思ってなかったくせに。ねえ、ほんとの事、教えてよ」

 「じゃあ、キスしてくれたら教える」

 「もうっ。さっきからそればっかり。もういいっ」

 咲良は、ぷうっとふくれてそっぽを向いた。

 でも、確かにそうなのかもしれない。

 あの時、この場所で出会った時から、二人はもう始まっていたのかもしれない。

 長い時間がかかったけれど、また同じスタートラインに戻ってきた二人。

 そして、今日、ここからまた新たな第二章が始まる。

 「先生、暗くなってきたよ。どこまで歩くの?」

 「そうだな。咲良がキスしてくれるまで、かな?」

 「もう、先生、しつこい!」

 「ほんと、咲良はからかい甲斐があるなー。じゃあ、次回のお楽しみにしといてやるよ」

 「もう、いい」

 ふくれる咲良を星野は愛おしそうにぎゅっと抱きしめた。 

 「咲良、おまえに出会えてよかった。本当にそう思うよ」

 そう、耳元でささやいた。

 「私も・・」

 そう言いかけた咲良の唇を星野の唇がそっと塞いだ。

 

 2人の横をふわりと風が通り抜けた。

 かすかに春の香りがした。




 


 

 

 


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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