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あなたに出会えてよかった  作者: 森の 緑


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2/14

職務質問

 その夜は、イライラしてしまい、布団に入ってもなかなか寝付けなかった。ほんと、あの男のせいで。

 男が立ち去った後、ジロが戻って来るのをずっと待った。だが、いつまでたっても戻ってはこなかった。犬は飼い主に忠実だからすぐに戻ってくるものと高をくくっていたのに、全く以てその予想は裏切られてしまったのだ。

 日は暮れかかり、辺りはますます暗くなってきた。このままここで、じっと待つわけにもいかず、30分ほど辺りをウロウロしてみたが、一向に戻ってくる気配はなかった。

 途方に暮れて家に戻ると、玄関の前に、ジロが鎮座して待っているではないか。申しわけなさそうに尻尾を地面にこすりつけながら、ふりふりしていた。つけていたリードは、地面にこすりつけられて、ドロドロに汚れてしまっていた。

 「えー。帰ってたのー?もう、探したんだよー。よかったー」

 ジロの頭をくしゃくしゃになるほど撫でまわした。ほんとに、よかった。河川敷を抜けて家まで帰るには、車が多い国道を渡らなければならない。一歩間違えれば、車にはねられていたかもしれないのだ。日が暮れかけていたので、車からも犬がよく見えないだろう。ジロが飛び出していたならば、完全にアウトだ。賢い犬でよかったと心底思った。

 それにしても、あの男ー。


 咲良が驚いたのには訳があった。さかのぼる事、3日前。いつものように、咲良は河川敷でジロの散歩をしていた。すると、黒っぽいスーツを着た目つきの悪い、体格のいい男二人組が前方から歩いてきた。一人は50代くらい、もう一人は20代後半と思われる。

 うわっ、やばい系の人だ。どうしよう。

 そう思ったが、くるっと向きを変えて走り出したら、あからさますぎて、「てめえ、逃げんなよ」と言われそうな気がした。

 でも、からまれたら、女1人と犬1匹では、到底太刀打ちできるはずがない。これは、さりげなくやり過ごすしかない。そう思って、足早に通り過ぎようとした。

 しかし、通り過ぎようと歩みを速めた瞬間、

 「ちょっと、きみ、きみ。聞きたい事があるんだけど」

 威圧的な声で呼び止められた。逃げられなかったか・・。全身緊張で固まりながらも、

 「はい、なんでしょうか」

 おずおずと答えた。犯人が観念した時のような心境だ。

 すると、二人組は、手に持った黒いモノを開いて見せながら、

 「福岡県警のものです」

 と、言った。

 え?警察の人なの?どう見ても、あやしい系にしか見えない。そう思ったものの、警察証をじっくり見る度胸もなく、「はあ、わかりました」的に頷いてみせた。

 「きみ、学生さん?どこの学校?」

 「南福岡高校です」

 「高校生かー。何年生?」

 「3年生です」

 「この辺り、毎日散歩してるの?」

 若い方の刑事に、矢継ぎ早に質問された。これって、職務質問?テレビドラマでよく見るところの、ショクシツというものではなかろうか?でも、なぜ健全な市民の自分がショクシツを受けねばならぬのだ。

 「はい」

 やはり、意義を申し立てる勇気もなく、素直に答える。

 「いつも、この時間?」

 「はい、だいいたいそうです。土日は決まっていませんが、平日はだいたいこの時間です」

 はっきり言って、意味の無い質問をされる事ほど不愉快な事は無い。きっと、捜査手法であるのだろうが、目的を言ってから質問される方が、何倍も答えやすい。こんな質問に何の意味があるというのだ。男たちには、咲良の心の声など聞こえやしない。

 「ありがとう。1週間前の火曜日も散歩してたかな?」

 やはり、意味の無い質問が続く。

 「雨が降っていなければ、散歩してたと思います」

 そう。雨が降った時は散歩しない。ジロが雨の日の散歩を嫌がるからだ。1週間前の天気など知るものか。

 「1週間前は、雨は降ってなかったねー。晴れていたってことは、散歩してたってことだよね」

 畳みかけるように、年配の刑事がそう聞いてきた。

 「じゃあ、散歩してますね」

 ため息まじりに、半ば、やけくそに答えた。

 「いつも、どれくらい散歩するの?」

 「40分から50分くらいです」

 「この河川敷って、人は結構通るのかな?自転車とかバイクで通る人がいる?」

 もう、一体何なんだ。多分、もう、うんざり・・という表情をしていたのだろう。

 二人で目配せをして、年配の刑事が軽く頷いた。

 「実はね、先週の火曜日に、近くのパチンコ店で強盗があったんだよ。知ってるかな?そして、目撃証言から、こっち方面にバイクで逃走したことがわかったんだよ。だから、この辺りの聞き込みをしててね。犯行時刻は、ちょうどこれ位の時間帯だったんだよ。だから、不審人物を見ていないか、確認したかったんだよね。もしかして、バイクを置いて、自転車か徒歩で歩いて逃げた可能性もあるからね」

 若い刑事が、小学生にでも話すように、ゆっくりと質問の意図を語り始めた。

 そうか。そうだったんだ。やっと質問の意味を理解できた。ショクシツは、とりあえず必ずやる捜査手順なんだろう。その後の細かい質問は、犯人とグルではないか・・の確認?

 いやいや、そんな事はないだろう。いくら何でも、人相でわかるはずだ。多分、捜査情報はペラペラと他人に話すものではないのだろう。

 「散歩中、人とすれ違うことはありますが、ジョギング中の人か、同じように犬の散歩をしている人しかいません。おじいちゃんたちにしか会いませんけど・・。犯人は若い人ですか?」

 「うーん。ヘルメットを被っていたから、年齢はわからないけれど、男性で、声の感じからすると若者のようだね。おじいちゃんしか会っていないなら、違うね」

 そう言って、年配の刑事が初めて笑った。

 よかった。コワモテだけど、意外に普通の人なんだ。警察官だとわかってからも、すごい威圧感で落ち着かなかった。でも、人間って笑った顔を見ると、すごく落ち着くものなんだと改めてわかった。

 「捜査協力ありがとう。夕方、人気が無くなると危ないから、早く帰るんだよ」

 若い刑事も、そう言ってにっこりと笑い、二人そろって、今来た道を足早に戻って行った。

 ふう~っ。咲良は、大きなため息を1つついた、人生初めての職質に、強盗犯の捜査協力。終わってしまうと、なぜだかワクワクしてきた。刑事と話をしたのも初めてだったし、自分が何らかの役に立てたことがうれしかった。ジロは、咲良の緊張が伝わっていたのか、職質を受けている間、おとなしく座っていた。

 だが、1つ気がかりなことも増えた。毎日散歩するあの河川敷。もしも、あの近くに犯人が潜んでいて、刑事と私が話しているのを遠くから見ていたら・・。何を話したのか聞くために、自分に接触してくるかもしれない。

 なんて・・ね。考えすぎだ。

 しかし、実際にあれからというもの、散歩をしていても、常に周りの気配を気に掛けるようになってしまった。人気の無い河川敷。もしも、犯人に遭遇してしまったら、助けの呼びようがない。

 でも、だからといって、散歩に最適なあのルートは外せない。

 そんな、ビクビクした状態で散歩をしていた中、あの男が背後からやってきたのだ。びっくり、なんて軽く表現できるものではなく、正直、恐怖でしかなかった。

 それにしても、あの男は何なんだ。自動車学校へ行くのに、あの道を通る必要があるのだろうか。よく、精華自動車学校と車体に書かれた送迎バスを見かける。普通は、あのバスに乗って行くのではないのか。まさか、犯人?いやいや、あの顔からして、強盗を働くような人には見えなかった。冴えない普通の大学生にしか見えなかった。もう、会う事も無いだろうし、考えるのをやめよう。強制的に目を閉じて、ゆっくりと眠りについた。


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