星野からのライン
お正月休みもあっという間に過ぎ去り、とうとう最終日になってしまった。
高速バスで帰る前に、少しだけ時間があったので、真智、佐和子とランチを兼ねて会うことにしていた。
待ち合わせに現れた真智は、モデルの仕事をしているだけあって、すっとした立ち居振る舞いで、ただ立っているだけなのに人目をひいた。
「なんだか、私たちって引き立て役みたい」
佐和子がすねてみた。
「そんなことないって。私なんか、全然だめだよ。もうね、専属のモデルなんて、キレイ過ぎて見とれちゃうくらいだよ。纏うオーラが全く違うの。やっぱり、美しく生まれた人は得だなーって、つくづく思うよ」
「それ、私たちの前で言う?」
今度は咲良がすねてみせた。
正月休みの為か、天神界隈の店はどこも混んでいた。予約しておけばよかったと後悔したが仕方ない。結局は、近場のコーヒーチェーン店で軽食とコーヒーを飲むことで落ち着いた。
「佐和子、彼氏とどう?うまくいってる?塾のバイトで一緒なんでしょ?年上なの?」
真智が切り出した。
「そうそう。多分、佐和子と咲良も知ってるよ。沢田先生。覚えてる?」
咲良と真智は、お互い顔を見合わせて、記憶の中の沢田を手繰り寄せると・・。
「えーーーーー!!」
二人で同時に声を上げた。
確かに知っている。自分たちが受験生の時に塾で教えていた先生だ。
でも、特に教えてもらっていたわけではないので、残っている印象は曖昧だ。ただ、どちらかといえば、ぼーっとした感じのぼさぼさ頭で、およそイケメンとは程遠かった気がする。
「その、えーーーってどういう意味よ!」
「うん、なんか意外というか、佐和子ちゃんのイメージだと、もっとハキハキした感じの人が好みなのかと思っていたから・・」
「そうだよ。佐和子、イケメンアイドルに命かけてなかった?ちょっと、やはりイメージがね・・」
二人とも、言葉尻がだんだん小さくなっていく。
「はいはい、何とでも言って下さいよ。はっきり言って、ブ男ですから」
「いやいや、そんな事は言ってないよー」
咲良が慌てて首を振る。
「いいの、いいの。そんな事は私が一番よくわかってるから。でもね、なんか一緒に働いてると、すごくいいのよ。やさしいし、見た目と違って、芯がしっかりしてて、自分というものを持ってて、すごく大人だなーって思ったの。で、気が付いたら、好きになってて、私の方から告白しちゃった」
佐和子は、恥ずかしそうに舌をぺろりと出した。
「マジか~」
真智は、まだギャップが埋まらないようだ。
「ん?ちょっと待って。今も教えてるってことは、就職浪人?大学院?」
「そう、大学院に行ってる。今、院の2年目」
ということは、24歳か。星野と同い年だったのか。塾と結びついて、咲良はやはり星野を思い出してしまう。
「よかったねー。院生かー。手堅いとこだね。このまま、がっちり捕まえて、結婚まで一直線って感じがするー」
「真智、それはないって。まだ私たち大学2年生だよ。結婚なんて、全然考えられないよ。まあ、卒業したら考えるかもしれないけどさ」
「なーんだ。やっぱり将来設計あるんじゃん。いいなー。就職できなくても永久就職先があるっているのは心強いよね」
永久就職なんて、いつの時代の言葉だよ・・と、咲良は突っ込みたかったが、やめておいた。
「だから、まだ全然だってば」
そう言いながらも、佐和子はうれしそうだ。
「そういえば、咲良、星野先生にライン送らなったんだって?」
佐和子が咲良の方へ顔を向けて言った。
「え?」
なぜ、今頃そんな話が出て来るのだ?
「夏に星野先生が帰省して、塾の先生の同窓会みたいなのをやったのよ。その時、咲良の話になって、ラインのアドレスの事話したのよ。先生との個人的な連絡先交換がダメだっていうのを律義に守ってたって話したら、やっぱ咲良だよな~って笑ってた。それで、真智が咲良に先生のラインアドレス入れてあげたって言ったんだけど、何も届いてないってがっかりしてたよ。何?あれから何も送らなかったの?」
佐和子の眼が、なぜ??と問うている。
「うん。今更何て送っていいかわかんなくて」
とりあえず、自分を落ち着かせようとコーヒーを飲む。
「うわっ、そんなとこが、ほんと真面目だって言うんだよねー」
そう言って、佐和子は、ケラケラと笑っていた。真智も頷いている。
「え、待って。まさか、私が先生のこと好きだったって事、言ってないよね?」
「え、てか、そんなのもう時効でしょう?咲良、先生の事好きだったからねーって、言っちゃったよ」
佐和子は、さらりと爆弾発言をする。
「えー、もう勘弁してよー。時効かもしれないけど、今更でも恥ずかしいよー」
咲良は、両手で顔を覆って、がっくりとうなだれる。
「大丈夫、大丈夫。先生、何とも思ってないよ。だって、付き合ってる彼女がいるって言ってたし。いい思い出として心に残るだけじゃないの?」
「そうそう、咲良も早く彼氏作りなよ。そんなに長崎大にはいい男がいないの?」
いない・・わけではない・・と思う。
ただ、咲良が恋愛に今一歩踏み出せていないだけなのだ。星野には彼女がいる。どうってことはないはずなのに、なぜか心に引っ掛かって暗い影を落とした。
「なかなか出会いが無いのよね。そういう真智ちゃんはどうなのよ」
これ以上、星野の話が続くのは避けたかったので、慌てて真智に話をふった。
「私?まず、大学にはいないね。やっぱ、田舎の大学はイケメンが少ないわ。というか、バイトがキラキラした世界すぎて、感覚狂うのよ。カメラマンやら、スタッフ、ヘアメイクの人なんか、めちゃめちゃオシャレでかっこいいのよ」
「え?じゃあ、選び放題でしょ?」
うっとりとイケメンを想像する佐和子。
「それがね、オシャレな人はモテるのよ。そして、二股三俣は当たり前。私も10歳くらい上のカメラマンに声かけられて、舞い上がっちゃって付き合ったけど、普通に他にも彼女いたからね。私にバレても平然としてた。あと、もう1人とも付き合ったけど、やっぱり同じような感じで、すぐに別れたわよ。顔がよくてオシャレな人は、性格はクズだね。だから、もう堅実な人がいいなって思ってるとこ。だから、佐和子がうらやましいよ」
キラキラした世界も、裏ではドロドロしてるもののようだ。
「それで、来年は3年生だけどさ、就活どうするの?」
「私は、幼児教育学部だから、幼稚園の先生かなー。割と子供好きだから、一般企業に就職できなかったら、幼稚園の先生になるよ」
佐和子が子供好きとは意外だった。そして、幼稚園の先生とは、インスタ命の今どき女子の佐和子からは全くといっていいほど想像がつかない。
「真智ちゃんは?」
「私ね、モデルのバイトが楽しくて、迷ってる。このキラキラした世界で働けたらいいなーって。でも、私レベルの人なんて、いくらでもいる世界だし、私が就職せずにモデルの仕事を続けたいって言ったら、親は泣くよね」
真智は、飲みかけのコーヒーを一口飲んで、ため息をついた。
佐和子も真智も将来の事を真剣に考えている。
「咲良は?」
「まだ、全然見つからない。就活って言われても、まだピンとこないし」
「ほんと、大学に入れば、バラ色の未来が・・とか思い描いていたけど、3年生を前にして、もう現実の壁にぶつかったね」
そうだ。現実は厳しい。大学生活は4年あると思っていたが、もう半分過ぎようとしている。
夕方まで3人でワイワイしゃべり続け、バス停で2人に見送ってもらって、長崎への帰路についた。
お風呂から上がって、ソファに座り髪を乾かしていた。明日からの塾の授業に備えて、準備をしておかないと・・と思いつつ、大学生なのに本業が塾講師みたいだな、と1人で苦笑いしてしまった。テレビをつけてはいたが、内容は全く頭に入ってこなかった。もう時刻は12時を過ぎて日付をまたいでいた。
二人とも、しっかりと将来の事を考えていた。自分だけが、何も見つけられていない。塾長に言われて、自分なりに模索してきたつもりだが、今のところ、明確なものは何もない。
何もしないまま、もうすぐ2年生が終わろうとしている。焦りだけが募った。
その時、ラインの着信を告げる音がピコンと鳴った。
スマホを開いてみて、「あっ」と声を上げそうになった。アイコンの名前は、「星野貴博」だった。
『これ、咲良だろ?』
送られてきた文面がそれだ。
「久しぶり」「元気?」などといった前置きの言葉もなく、いきなり「これ、咲良だろ?」と送られてきたのだ。
次に、また着信音が鳴り、開いてみると、画像だった。
それは、2日に阿蘇神社で書いた絵馬に間違いなかった。
一瞬、わけがわからなかった。え?何で先生がこの写真を持ってるの?
また、ピコンと鳴った。
『びっくりしただろ?阿蘇神社で見つけた』
『この字を見て、咲良だってわかった』
そうか。そうだったのか。一瞬、こんがらがってしまった思考回路だが、答えがわかれば単純なことだった。
『びっくりしました。よく見つけましたね。一瞬、フリーズしてしまいました』
今度は、迷うことなく送信ボタンを押すことができた。
『なんだか、受け答えが大人だな。前はオレに敬語なんて使ってなかったよな』
そうだった。指摘されて初めて、自分が敬語を使ってあらたまった様子で送ったことに気が付いた。2年という長い間が空いているのだから、そうすぐに距離を縮めるのは容易ではない。
『はい。私も敬語を使える立派な大人になりましたので』
恥ずかしかったのと、癪に障ったので、そう返した。
『今、どこ?』
『長崎です』
『1人?』
それはどういう意味なのだろう。一人暮らしをしているのかと問うているのか、今周りに人がいないのかを聞いているのか。
『一人暮らしです』
前者で送ってみた。
『いや、そうじゃなくて、電話しても支障ないか聞きたかったの?大丈夫?』
少しだけ迷った。
『はい、1人です。大丈夫です』
やはり、そう送った。




