夏、3人での再会
夏に集まろうと約束していたのだが、咲良が帰省することはなかった。
大学へ入学してすぐに、塾講師のアルバイトを見つけた。中学生の国語と英語を担当することになった。
星野が言っていた通り、他のアルバイトよりも格段にバイト代が高かった。国立大とはいえ、一人暮らしの咲良の生活費は、父母にとってかなりの負担だった。仕送りだけでは足りなかったので、生活費の足しにするためには、どうしても時給の高いアルバイトをする必要があったのだ。
夏休みは、朝から夕方までびっしりと授業が組まれており、とても帰省する余裕などなかった。その代わり、真智と佐和子が遊びに来てくれることになった。咲良の部屋に寝泊まりして、二人で長崎観光をするのだという。
昼間バイトの咲良は、夜、合流してご飯を一緒に食べた。トルコライスが有名だというレストランは、観光客も多かったが、地元の人と思われる年配者も多くいた。昔から地元で愛されてきたお店のようだった。なぜ、長崎なのに、トルコライスが有名なのかは、よくわからない。
真智は、自慢の長い手足を活かして、モデルのバイトをしているという。佐和子は、相変わらずのインスタ女子で、早速長崎の写真をたくさんアップしていた。
「長崎って、どこを撮っても絵になるからいいわー。意外に、観光スポットより、ちょっとした坂での一枚なんかの方が映えたりするのよねー」
やはり、基準がインスタだ。
「もう、私は、この坂にうんざりよ。つくづく、福岡は平たんで楽だったと思うよ。どこへ行くにも坂。自転車には乗れないし、買うなら電チャリ一択よね。車にも乗れないから、ほんと不便」
本当に長崎は坂が多い。バイト代がたまったら、電動自転車を買おうと本気で思っている。
「この前ね、塾メンで集まったよ。咲良以外は全員来てた。風見くん、残念がってたよー。それに、咲良に告白してフラれたってカミングアウトしてたよ」
咲良は、思わず、飲みかけの水を吐き出しそうになった。
「そうなの?」
風見がそんな話をするとは思ってなかった。プライドが高そうに見えたが、案外気さくな性格なのかもしれない。それか、京都に行って性格が変わったのか・・。
「うん。長崎へ行く前に、ごめんなさいって言った」
「なんで?やっぱ遠距離だと厳しいから?」
「いや、風見くんのこと、別に好きじゃなかったから」
そう言うと、なぜか風見に悪いような気がして、ごまかすようにコップの水を流し込んだ。
「確かに。咲良は星野のことが好きだったもんね」
真智がさらりとそう言った。佐和子も横で頷いている。
「知ってたの?」
「知ってるも何も、全く隠せてなかったよ。星野と話してる時の咲良って、めっちゃ笑顔だったし。もうね、好きの感情が駄々洩れ。誰が見てもわかるって」
「風見くんにも言われた」
「でしょ?」
「でもね」と、佐和子が続けた。
「それって、受験生あるあるマジックにかかっただけだよ。勉強を教えてくれる先生が、頼もしい優しい大人に見えただけだよ。現実的に、風見くんと付き合っとけばよかったのに。京大だよ。将来も安泰だろうし・・」
将来安泰って・・。まだ18歳だというのに、そんな事を考えるものなのか、と佐和子の言葉に苦笑してしまう。
でも、受験生あるあるマジックか、うまい事を言うな、とも思った。果たして自分はそうだったのだろうか。
「それで、星野には告白したの?」
二人が、ニヤニヤしながら咲良の方にぐいぐいと近づいてきた。
「いや、九大落ちたから告白できなかったし、長崎大受かって何か言おうと思ったけど、先生、東京行っちゃったからそのまま」
「えー?告白もできず、何も言ってないの?ラインとかあるでしょう?」
「だって、連絡先交換禁止だったでしょ?」
そう言うと、真智と佐和子は顔を見合わせてゲラゲラと笑い出した。
「そんなの建て前でしょ。みんな、先生たちとラインの交換、バンバンしてたよ。私、星野と交換してるよ」
咲良は、思わず、二人の顔を交互に見た。そうなのか?そういうものなのか?
「咲良ちゃーん、真面目なんだからー」
そう言うと、真智は、自分のスマホを出して何やら操作していた。
すぐに、咲良のスマホの着信音が鳴った。
「はい。咲良のスマホに星野のアドレス送っといたから。連絡してみれば?」
あまりにも簡単に星野の連絡先がわかってしまい、興ざめしてしまった。わからず、手に届かないモノだったからこそ、崇高なモノのような気がしていたのかもしれない。いざ、手に入れてしまうと、何だか価値の無いモノのように思えた。
真智と佐和子は、長崎を満喫して、咲良の部屋に2泊した後、帰って行った。
二人がいなくなった部屋は、いつもより広く感じられて、世界に自分一人が取り残されたような気がした。さみしい・・。無性に星野の声が聞きたかった。
連絡したら迷惑だろうか。やはり、迷惑だろう。彼女と一緒にいるかもしれない。
『先生、咲良です。お久しぶりです。お元気ですか?』
そう書いては、消し、書いては消し、書いて、やはり消した。単なる教え子のことなんて、さっさと忘れてしまったかもしれない。それに、今更、何を話すというのだ。
大きなため息を一つして、電気を消した。




