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あなたに出会えてよかった  作者: 森の 緑


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13/14

告白の答え

 あれから2回目の桜が咲いた。

 咲良は大学2年生になった。坂の多い長崎の地で1人暮らしをしている。

 そう、九大には行けなった。ある程度、予想はしていたが、やはりその通りになった。共通テストの点数は、どうにか大丈夫だったが、二次試験は惨敗だった。

 後期試験で、どうにか長崎大学へ入ることができた。九大には合格できなかったが、国立の長崎大学に合格できた事を両親はたいそう喜んでくれた。

 2人して、引っ越しの準備で福岡ー長崎間を何度も往復してくれて、別れ際には、幸子は涙ぐんでいた。今まで一緒に居た娘が1人暮らしするのだから、感傷的になったのかもしれない。

 そんな中にあっても、咲良の気持ちは全く晴れなかった。咲良のゴールは九大だった。そして、合格して、星野に告白することだった。

 九大に落ちた日。何と声をかけいいのかわからず、無理やり笑顔を作っている星野の顔を見るのがつらかった。

 「先生、ごめん。お守り無駄になっちゃたね」

 「ばーか。まだ次があるだろう。次もダメだったら、阿蘇まで連れて行って懺悔させるから覚悟しとけよ」

 そう言って星野は笑っていた。

 同じ南校の生徒で受かった生徒もいたのに、自分は落ちてしまった。どんなに星野を失望させただろう。一番特別な生徒だったのに、期待に応えることが出来なかった自分。そう思うと、たまらなく逃げ出したかった。

 長崎大に合格した時も、ひとまずほっとしただけで、胸の中の小さなしこりは残っていた。

 翌日、塾へあいさつに行ったが、星野はもういなかった。就職先の研修が始まるとかで、咲良の合格を待たずして東京へ行ってしまったようだった。塾へ合否の問い合わせをしてきたと聞かされた。

 塾講師と連絡先の交換をすることは禁止されていたので、星野の連絡先は知らない。

 合格のお礼くらいは言いたかったのっだが、それすら叶わなかった。

 長崎大へ受かったので、懺悔をしに阿蘇神社へ一緒に行くこともできなくなった。

 風見は、第一志望の京大に見事合格した。同じようにCランクだったのに、風見は受かって咲良は落ちた。 

 初詣に行った塾メン8人のうち4人は、第一志望の大学に合格していた。咲良と真智は第二志望だったが、それぞれ、長崎大学と佐賀大学に合格した。佐和子ともう1人の男子は、地元の私立大学へ行くことになった。

 県外へ進学する人が多かったので、春休みはそれぞれ忙しく、みんなでお礼詣りに行くという約束も果たせずにいた。

 咲良も、いよいよ長崎に出発する日が近づいていたそんなある日、風見から連絡があった。

 『咲良、長崎へ発つのいつ?少し時間ある?太宰府天満宮に行かない?』

 そんな内容のラインだった。

 そういえば風見から告白されたのに、返事をしていなかったことを思い出した。

 『明後日発つ。風見くんは?明日は予定あるから、今日の夕方なら大丈夫だよ』

 『わかった。じゃあ、夕方5時に太宰府駅前。来れる?』

 『うん、大丈夫。じゃあ、後でね』

 風見にはきちんと返事をしなければいけない。もちろん付き合う気も無かったが、そもそも遠距離同士になるので、続くはずもない。ただ、会うのは少しだけ気が重かった。

 5時少し前に駅に着いたが、風見はもう来て待っていた。

 「早かったね。待った?」

 「いや、オレもさっき着いたとこ。行こうか」

 「うん」

 夕方の参道は、店も閉まりかけていて、少し閑散としていた。幸子から、夕方の参拝は縁起が悪いと聞かされていたのだが、時間もないし、仕方がない。この日を逃すと、もう風見と会うこともないのだから。

 「もう、引っ越しの準備終わった?」

 二人並んでゆっくりと参道を歩きながら咲良が聞いた。

 「うん。そんなに持って行く物も無いし、家具と家電は向こうで手配してもらったから、今は特にやることもないかな」

 「そうだね。私も、1人暮らしなんて初めてだから、何が必要かもよくわかんないよ。とりあえずの家具家電は、親がいろいろ手配してくれてた。私が出て行ったら、親は寂しいんだろうな」

 幸子がさみしい思いをするのは明らかだろう。

 「咲良は一人っ子だっけ?うちは、3人兄弟で、オレが出て行ったら、オレの部屋を弟が使えるから、早く行ってくれって雰囲気だよ」

 「あはは。うちとは逆だね。母親はしんみりしてるね。空の巣症候群とかになるんじゃないのかな」

 「最初は寂しいだろうな。でも、いつかは巣立つんだから、早いか遅いかの違いだけだよ」

 「そうだね。私も、向こうに行ったら吹っ切れるかな」

 自嘲気味につぶやいて、軽いため息をついた。

 「やっぱ、落ち込んでる?」

 「うん。忙しくしてたから、気が紛れてたけど、ふとした拍子に思い出すんだ。もっとがんばってたらってね。まあ、今更言っても仕方ないんだけどね」

 風見は何も言わなかった。合格した自分が何を行っても慰めにならないことを知っているからだ。

 「お正月の混雑がうそみたいだよな」

 「そうだね。同じ場所とは思えないよね」

 そういえば、あの日、この道を風見と手を繋いで歩いたんだった。つい3か月前のことなのに、随分前のことのように思えた。

 「今日は、手、繋がなくいいの?」

 咲良が、手をひらひらさせておどけて見せた。風見は、一瞬困ったような顔をしたがすぐに笑顔を見せた。

 「わかった、わかった。そんなに手を繋ぎたいなら繋いでやるよ」

 そう言って、風見は咲良の手を握って、子供のように大きく前後にふってから、ぎゅっと再度強く握りしめた。

 まさか、風見が握ってくるとは思わなかったので、少し戸惑ったが、振りほどくこともしなかった。あの時と同じように風見の手は温かかった。

 こうやって手を繋いで歩いていたら、恋人同士に見えるのだろうか。急に恥ずかしくなって、二人とも無言で歩き始めた。

 前を外国人のカップルが歩いていた。男性が女性の肩に手を回して歩きながら、30秒に1度くらいの割合でキスをしていた。キスの文化がない日本人にとっては、目のやり場に困る。しかも、カップルでもない男女が手を繋いでいるのだから、いやでも意識してしまう。ますます、二人は無言で歩いた。

 境内から少し外れたところに梅林があるが、もう時期は過ぎてしまっていた。特に咲いている花もなく、青々とした緑もなく、ただ静かだった。

 「あっ」

 突然、咲良が声を上げた。

 「何?」

 「お礼詣りだったね。お守り忘れた」

 「え?お礼詣りってお守り持って来るもんなの?」

 そうだった。やたらと神社に詳しい幸子が、神社にお願いをした願いが叶ったら、必ずお礼詣りをすること、その時、願いを込めたお守りは必ず神社に返すこと、と言っていた。

 「ま、いいか・・」

 第一志望の九大には受からなかったんだから、ちょっと神様に意地悪してもいいだろう。

 境内の門の前まで来たところで、咲良が風見の手を離した。一瞬の出来事で、虚を突かれた風見が咲良を見ると、咲良はにっこりと笑った。

 「境内に入る時には、この門の前で一礼するんだよ」

 そう言って、遠くに見える拝殿に向かって深々と一礼した。風見もそれに倣った。

 「おまえ、やたらと詳しいな」

 「うん。母がそういうのに詳しくて、よく話を聞かされるの。手の洗い方にも作法があるんだよ。でも面倒だから、私は適当に洗ってる」

 「へー。神社で神頼みとは言うけど、作法があるなんて知らなかったな」

 「そう。もっと怖い事教えてあげようか。神様って、何か願い事がある時だけ来て、ちょっとのお賽銭を投げ入れてパンパンするだけの人って嫌いなんだって。日頃から事ある毎に神様に感謝する人の願いしか聞いてくれないらしいよ」

 「マジ?オレ、ダメじゃん。でも、受かったぜ」

 「まあ、それは日頃のがんばりが認められたんじゃないの?私に勉強を教えてくれた善行が認められたとか?」

 そうだ。風見には、わからない数学を教えてもらったっけ。

 「なるほどな。情けは人の為ならずってか?」

 「うん。そんな感じだよ」

 そうだ。自分には何かが足りなかったのだ。いや、そもそも何を目指して九大に入りたいと思ったんだっけ?大学で勉強したい何かがあったわけでもなく、ただ大学に入ることにゴールを設定して走っていた。ゴール手前で見事に失速してしまったというわけだ。

 合格して先生に告白するという目的自体が不純だったのか。どちらにせよ、違うゴールにたどり着いたのだ。これから、また別の目標を探していこう。そう考えると、これも神の采配なのかもしれない。

 境内の中には、観光客と思われる人が数人いただけだった。長蛇の列ができていたお守り売り場も全く人がおらず、巫女さんたちが暇そうに座っていた。

 二人でゆっくりと神前で手を合わせた。初詣の時には、慌ただしく、後ろの人に急き立てられるようにして参拝したがその時と違って、ゆったりとした時間が流れていた。

 「今日は、おみくじ引いていこうか?」

 受験前は、怖くて引かなかったおみくじだったが、今となっては何の支障も無い。それぞれ、百円を桐の箱に入れ、おみくじを1枚引いた。

 「私、大吉だ。やったー」

 たかが、おみくじなのだが、大吉がでると、やはりうれしい。だが、待ち人を見てみると、『来ず』と書いてあった。大吉なのに、何で来ないのよ、とおもしろくない。

 風見も大吉だったが、待ち人は、『待て』と書かれていた。『来ず』よりはましだろう。

 梅の木には、たくさんのおみくじが結ばれており、結ぶスペースを探すのが困難なくらいだった。幸子によると、いい事が書いてあったおみくじは家に持ち帰ってもいいが、悪い事が書いてあるものは、持ち帰らず結ぶのだそうだ。もちろん、『来ず』のおみくじなど持ち帰るわけがない。

 6時近くになると、日が暮れかかり、辺りはだいぶ暗くなってきた。門は6時半に閉まるらしく、それまでに出なければいけない。

 どちらともなく、境内をぶらぶらと歩き回り、金色の牛の前で足を止めた。

 「この牛、本当は初詣の時に触りたかったんだよね」

 「頭を触ると頭がよくなるとか言われてるやつ?」

 「そうそう。だから、頭だけが黒くなってるんだよね。金が剝げちゃってさ」

 「でも、何で牛なんだろう?道真公が頭よかったんだよな?牛関係ないじゃん」

 風見が牛の頭を覗き込みながら、頭をひねる。

 「私もよく知らない。でも、ここに来たら、牛を触って帰るものだって言われてるよね」

 「ああ、そういえば、ばあちゃんに連れて行かれたボケ封じの神社か寺で、お地蔵さんの頭撫でてたな。それと同じだな。でも、何で牛なんだ?」

 二人で考え込んだが、やはりわからなかった。

 「恋愛が上手くいくのって、どこ触るんだろうな」

 風見がつぶやいた。

 そうだった。ついつい先延ばしにしてしまった。返事をしに来たのだった。

 「返事だよね」

 「うん。お互い遠距離だけど、オレは咲良と付き合いたいと思ってる。これからも合う理由が欲しい。普通に考えたら、今日別れたら、もう会う事もないよな。付き合うことになれば、いつでも会いに行ける。その理由が欲しいんだ」

 会う理由か。

 風見の事は嫌いじゃない。どちらかといえば好きだろう。でも、会いたいと思うのは、風見じゃない。

 「ごめん。やっぱり私・・」

 そう言いかけた時、風見が咲良の腕を掴んでぐっと抱き寄せた。咲良は、風見の腕の中にしっかりと抱きしめられた。咲良は、抵抗することもなく、じっとしていた。

 そして、本来、こうして欲しい人の顔を思い浮かべた。

 「ごめんね。やっぱり違うみたい」

 小さな声でそう言った。

 次の瞬間、回された腕に力がこもり、締めつけられた。一瞬息が詰まったが、すぐに解放された。

 「やっぱ、オレじゃダメか。抱きしめられたくないって言ってたよな。ほんとにダメかどうか確かめてみたかったんだ。ごめんな」

 そう言う風見は、下を向いていた。咲良も下を向ていた。こんな時に何を言えばいいのかわからなかった。

 「星野だろ?」

 「え?」

 突然名前が出たことに驚いて、頭を上げて風見を見た。

 「おまえが抱きしめられたい奴って星野だよな」

 「・・・・・・」

 「それくらい、見てればわかるって。オレの事なんか、全く眼中になかったのもな。今だから言うけど、合宿の時は、マジで悔しかった。おまえが溺れかけてるのを見つけたのはオレなのに、助けたのはあいつだったからな。オレ、泳げないんだよ」

 「え?そうなの?」

 意外なカミングアウトに、思わず笑ってしまった。

 「そう。だから、すっげー悔しかった。あの時、オレが助けてたら、また違ったかもしれないのにな」

 「ごめん。泳げないって聞いたら、風見くんが私を助けてる図が全く想像できない」

 やはり、思い出しては笑ってしまう。クールなイメージで何でも卒なくこなしそうな風見にそんな弱点があったとは。

 「だから、ある意味仕方ないとは思ってる。あいつ、咲良にとってはヒーローだもんな」

 「うん。でも、違うかも。会った時から好きだったような気がする」

 「はあ?よくそんな事言えるよな。王子様キャラかよ」

 「そうだねー。私、魔法にかけられてたのかも。これからは現実を見なきゃね」

 そうだ。これからは、長崎で新しい生活が始まるのだ。過去を振り返ってばかりでは、前へ進めない。

 「おまえ、星野に告白したのかよ」

 「ううん。九大受かったら告白しようと思ってたんだけど、落ちちゃったから出来なかった。で、長崎大に受かったからお礼を言おうと思ったんだけど、先生、塾辞めちゃったから、それっきり」

 「連絡先知らないかよ」

 「だって、先生と生徒の連絡先の交換って禁止だったよね」

 「知らねえよ。そんなの守ってる奴なんかいないだろ。おまえ、真面目だよな。天然記念物なみだよ」

 風見があきれた顔をしてまじまじと咲良を見た。

 「え?そうなの?みんなは交換してるの?」

 「いや、知らないけど、多分」

 そうなんだ。そんな事なら、さっさと星野に連絡先を聞いておけばよかった。でも、そうだとして、今更何を言うというのだろう。そもそも星野には彼女がいるのだ。未練がましい自分が嫌になってしまう。

 「夏休みに帰省したら、また塾メンで集まろうぜ。その頃には、オレの失恋の痛みも消えてるはずだからさ」

 風見は笑いながら、そう言った。最後に笑ってくれたのが、咲良には救いだった。

 


 

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