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あなたに出会えてよかった  作者: 森の 緑


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11/14

合格祈願の太宰府天満宮参拝

 季節は12月になった。

 この時期になると、推薦で大学へ入学が決まった人たちと、受験して大学へ行く人とで、クラス内の雰囲気は二分される。

 推薦組は、推薦同士で固まるようになった。受験組の勉強を邪魔しないようにとの配慮もあるが、やはり温度差は埋めようがないから当然といえば当然だ。

 夜のドラマの話をされたとしても見る暇などないのだから、話についていけない。お互い気遣いは無用としたいところだ。

 咲良は、11月のテストで6番まで順位を上げた。だが、模試での判定はCランクのままだった。Dから1つ上がったとはいえ、合格ラインには全く届いていない。

 星野は、『限界を決めるな』と言ったが、咲良には限界が見えてきた。がんばっている。これ以上何をすれば成績が上がるのか。

 人には向き不向きがあり、咲良は圧倒的に数学が不得意だ。それを補うために、かなりの時間を費やしているのだが、一向に結果として現れない。数学にそれほど時間を割かなくてもいいのなら、もっと他の教科の勉強ができるのに・・。そういったモヤモヤが、咲良のメンタルを直撃する。

 世界で一番自分が不幸だとさえ感じてしまう。この気持ちを誰がわかってくれるのだろう。

 星野に無性に会いたかった。『大丈夫だよ』と言って、ぎゅっと抱きしめてほしかった。それだけで、自分の不安がすべてかき消されるように思う。なぜだろう。多分、母の幸子に同じように言われ、抱きしめられても、この心の不安は取り除かれない。星野でないとダメなのだ。

 「私、やっぱり先生の事が好きなんだな」

 口に出して、改めて自分の気持ちを再認識して怖くなった。

 もしも、受験に失敗して落ちてしまったら、星野をがっかりさせてしまう。好きな人にダメなヤツだと思われる事ほどつらいことはない。

 星野には彼女がいる。以前、会話の流れで、さらっと聞いたことがあった。彼女がいると聞いていたので、好きになってはいけない人なのだと自分にブレーキをかけていた。

 でも、好き。

 自分のことを好きになってくれることが無くても、がっかりはされたくはない。そう、勉強するしかないのだ。好きだと気づいても告白する勇気はない。万が一、可能性があるとすれば、合格した時だけ。

 初雪が舞った。

 息を吐くと、白い塊が出ては消えていく。手袋をしていても、指先が冷たい。気持ちを静めて、いつものように元気よく塾の扉を開けた。


 年内の授業は12月30日までだった。よく、テレビで大晦日から元旦にかけて、ハチマキを巻いてがんばる受験生の映像が流れているが、咲良の通う塾ではそんな事はしていない。世間と同じように、塾も年末年始は休みだった。塾長、校長も年末年始くらいは休みたいのだろう。地方から来ているアルバイトの学生たちが実家に帰るからなのかもしれない。

 いや、彼氏彼女がいる人たちは、わざわざ年末年始を実家で過ごしたりはしない。星野も、彼女と過ごしているのだろうか。

 咲良は、最後の追い込みの時期だったが、塾メンバー8人で初詣にだけは行くことにしていた。やはり、神頼みは大切だ。

 12月31日、午後11時。太宰府駅集合。

 集合場所がまずかった。大晦日から元旦にかけて、初詣客の為の臨時電車が夜中でも運行する。九州各地から、学問の神様にあやかろうとする人々が集まって来るのが太宰府天満宮だ。

 西鉄電車で二日市駅から乗り換える時に、イヤな予感はしていた。すでに二日市駅のホームは人であふれかえっていた。この人たちが全員太宰府駅で降りるとなると、太宰府駅にはどれくらいの人がいるというのだろうか。

 電車の中は、身動きができないほどで、厚手のコートを着てきたことを死ぬほど後悔した。暑くて汗が止まらない。このままでは、風邪を引いてしまいそうだ。中には、着物を着た女性もいて、着付けされた着物は、既にはだけかけていた。はだけかけたところで、誰が直してくれるのだろうか。きっと、自分で着付けなどしていないはずだから。

 案の定、太宰府駅はすし詰め状態の混雑ぶりだった。太宰府駅に集合などと、曖昧な表現をした真智を恨みたくなった。みんな、スマホを持っているから大丈夫だという安心感から、意外に詳細を決める必要性を感じない。とりあえず、連絡を取らなければとスマホを取り出して見ると、風見からラインが入っていた。

 『咲良、見えた。駅から出てすぐ右のコンビニで待つ』

 咲良を見つけて風見が連絡してくれたようだ。

 「コンビニ、コンビニ・・っと。あ、あれだ」

 風見が待っているであろうコンビニは、すぐわかった。だが、人が多すぎて、なかなか前へ進めない。こんな混雑にあったのは初めてだ。東京の街はこんな感じなのだろうか。ふと、行ったことのない東京の街を想像したみた。テレビで見ただけのスクランブル交差点が、こんな感じだったような気がする。

 コンビニの前で風見は待っていた。そして、同じように待ち合わせの人たちも多数いた。

 「すごい人だね。塾メンみんな集合できるかな?」

 「厳しいよな。8人そろって参道を歩いても絶対はぐれてしまうよな。ここから参道通って境内までが一番混むんだよな」

 「へえー、初詣来たことあるんだ」

 「あるよ。高校受験の時にも来た。おまえは初めてなのか?」

 「うん。高校受験はがんばらなかったし、落ちるとも思えなかったし、特に神頼みは必要なかったんで」

 えへへ・・と、笑った。

 「なるほどな。今回は、マジで神頼みってことか。どう?行けそう?」

 「ううん、全く行ける気がしない。というか、C判定のままです。長崎はA判定だったけどね。目指してるのは、九大なわけで・・」

 「そっか。道のりはお互い厳しいな。オレも第一志望はC。第二はA」

 「京大だったよね。第二って?」

 「九大」

 「う・・。代わってほしいわー」

 手を組んで、風見に祈る。

 「おまえさ、九大ダメだったら長崎受けるの?私立も考えてるのか?」

 「一応、私立も受けるけど、学費のことを考えると、国立だよね。風見くんは?」

 「オレは、国立1本。落ちたら浪人だな。どうしても京大に行きたいけど、落ちて九大に受かったら、親はそこに行けって言うだろうな」

 「私からすればうらやましい限りだけど、元々の目標が違うもんね」

 二人とも、何とはなしにうつむいてしまった。受ける学校は違っても、立ち位置は同じなのだ。受かる大学はあっても行きたい大学には、手が届きそうにない。それが、二人の今の現実だ。

 『今、どこ?』

 真智からのラインだ。

 『駅前のコンビニの前。風見くんと一緒だよ』

 『え?そうなの?邪魔しちゃ悪いから、別に行動しようか?』

 「え?違う、違う」

 思わず、独り言を言ってしまった。

 「何が?」

 風見が咲良のラインを覗き込んだ。

 「いや、真智ちゃんがなんか誤解してるいたい。別に一緒に来たわけじゃないのにね」

 そう言って、曖昧に笑って見せた。

 「オレは、二人の方がいいけどな」

 風見が下を向いて、ぼそっとつぶやいた。

 「え?何で?」

 「何でって。少しは気づけよ」

 風見は、自分のおでこに手を当て、がっくりと肩を落とした。

 「あ・・」

 「そういうこと。その反応だと、オレは全く眼中にないってことだよな。まあ、なんとなくわかってはいたけどな」

 「えっと・・。ごめん。どんな反応していいかわからない」

 人生で初めて告白された咲良は、しどろもどろになって、下を向くばかりだった。

 「オレもごめん。受験前の大事な時期に。言うつもりもなかったんだけど、なんか成り行きでこんなことになっちまったな」

 「いや、ごめん。いや、ありがとう・・なのかな。風見くんは、すごく話しやすくて、緊張せずに話せる男子っていうか・・。友達としては好きだけど、抱きしめられたいとは思わないというか・・」

 最後の方は、自分でも何を言っているのかわからなくなり、語尾が聞き取れないくらい、ごにょごにょと小さい声になった。

 「何だ、それ?おまえ、失礼だよな」

 風見は、思いっきり深いため息をついた。

 風見自身、フラれることはわかっていた。流れでなんとなく告白めいたことをしてしまったが、特に後悔もなかった。

 「咲良ー、いたいたー」

 手を振りながら、真智と佐和子が人をかき分けながらこちらへ向かってくるのが見えた。

 「もう少し遅れて来た方がよかったかな?」

 真智がいじわるそうな顔をして笑って言ったが、咲良は曖昧に笑うしかなかった。咲良と風見の間には、少し気まずい空気が流れていることに全く気付く様子はなさそうだった。

 すぐに、残りの4人も合流して、人の流れに乗りながら境内へ向かって歩きだした。8人で固まって歩こうとするのだが、人の波に邪魔されて、なかなか思うように歩けない。波にのって歩くのが苦手な咲良は、遅れがちだ。

 「8人で一緒に行くのは無理があるよね。よし。はぐれたら、境内の入り口で再集合ね」

 佐和子がそう提案した。確かに、8人揃っているか確認しながら歩いていくのは非常に疲れる。自分のペースで歩いて行くほうが楽でいい。そう思って、歩みを遅めた咲良は、みんなから少しずつ離されていった。

 そして、同じように歩みを遅めたのも風見だった。

 「おまえ、歩くの下手だな」

 「歩くの下手って、人間じゃないみたいな言い方するのね。心外だなー」

 「このままじゃ、境内まで着かないぞ」

 先程のこともあり、咲良は、何となく居心地の悪さを感じていた。出来れば、先に行ってもらい、1人にして欲しかった。

 そんな事を考えていると、横を歩く人がつまずいたのか、バランスを崩してふらりと咲良にぶつかってきた。不意をつかれた咲良も、同じようにバランスを崩し、よろけて転びそうになった。

 その瞬間、風見が咲良の腕を掴んで、自分の方へぐっと引き寄せた。

 「あぶねーな。ほんと、人が多すぎるってーの」

 「ありがとう」

 そうは言ったものの、気まずい雰囲気のまま、無言で歩いた。咲良の腕は、まだ風見が掴んでいる。腕を外すタイミングを逃したようだ。

 「風見くん、何だか、私、刑事に連行されてる犯人みたいだよ」

 そう言ったら、笑ってくれるだろうと思っていたのに、風見は真面目な顔を返してきた。

 「おまえ、外すと危ないから」

 そう言うと、掴む箇所を咲良の腕から指先へするりと変えた。そして、前を向いて、ズンズンと歩いて行く。

 風見の手は温かかった。男の子と手を繋ぐなんて、体育祭のフォークダンス以来ではないだろうか。振りほどくことも可能だったが、タイミングを失った。

 あまりにも自然だったし、そうすることが風見を傷つけるような気がした。

「私の手、冷たいでしょ?」

 緊張がピークに達して、何か言葉を発せずにはいられなかった。

 一瞬、風見が立ち止まった。だが、すぐに人の波に飲み込まれて歩きだした。そして、前を見て歩きながら、はっきりとした声で言った。

 「さっきの続き。オレ、咲良のことが好きだ。受験が終わったら付き合ってほしい。返事は、合格発表の後でいいから。だから、それまでは同じように接してほしい。変に避けたりするのは、勘弁してほしい。勝手だけど」

 風見がどんな顔をしているのか、見ることはできなかったけれど、歩きながら言ってくれてよかったと思った。咲良もどんな顔をしていいのかわからない。

 「うん」

 下を向いてうなずいた。

 それ以上、お互い言葉を発することもなく、ただ二人で手を繋いで歩き続けた。なぜかすごく気持ちが落ち着いた。

 人の体温を感じると、人はこんなにも満ち足りた気持ちになるのか。星野の手ではなく、風見の手だというのに。生まれて初めて告白されて、舞い上がっているだけなのかもしれない。

 境内の入り口付近で、6人が固まっているのが見えた。風見は、すっと咲良から手を外した。

 「2人でフェードアウトしたのかと思ったよ。何なら、別行動でも」

 真智が、また同じセリフを言う。

 「いや、こいつ真っすぐ歩けないから後ろから見張ってたんだよ」

 風見が咲良を指差しながら、さも迷惑そうに言った。

 「ひどーい。人間ですから、普通に歩けますよーだ」

 よし、いつも通り。普通に会話できてる。咲良はほっとした。みんなも気づいていない。大丈夫。

 境内から拝殿までは、横並びで少しずつ進んでいった。賽銭箱は撤去されており、その場所には、ハーフパイプが置かれ白い布が長く敷いてあった。硬貨だけでなく、お札もたくさん入っているのが見えた。

 「お賽銭って10円でいいのかな?」

 塾メンの1人、佐藤が周りを見渡して言った。

 「いや、さすがにお願いするのに10円じゃまずいだろ。10円は遠縁って言うから縁起が悪いぞ。ここは、奮発して100円くらいは入れておこうぜ」

 同じく、塾メンの高木がそう言って、みんなで100円玉を投げ入れた。

 拝殿にあるべき鈴も初詣時期には撤去されるらしく、ただ二礼二拍手一礼を慌ただしくするに留めた。後ろからせかされ、願い事をゆっくり言う暇もなかった。こんな参拝の仕方で、神様は願い事を聞いてくれれるのだろうか。こんなにたくさんの人が一度に願い事を言うのだから、すべてを聞いて叶えるのは困難ではなかろうか。そう思うと、神頼みは、もっと人気の無い時期に行くべきだと思うのだった。

 敢えて、おみくじは引かなかった。「大吉」が出れば、万々歳だが、「凶」が出ないとは限らない。さすがに、それを笑い飛ばせるほどメンタルは強くない。

 「お守り買おうよ」

 真智が提案したが、お守り売り場も、またすごい人だった。

 「ここのお守り、塾からもらえるらしいぜ。わざわざ買わなくてもいいんじゃね」

 高木は、もう並ぶのはうんざりだという顔をしている。

 「でも、せっかく来たんだし・・」

 真智は引き下がらない。

 結局、やはりここまで来た記念にと、長蛇の列に並んで、それぞれがお守りや合格鉛筆などを買った。色とりどりのお守りが並べてあったが、咲良にちなんで、桜色のピンクのものにした。合格鉛筆は、五角形の鉛筆で、合格と五角をかけているだけなのだが、ご利益がありそうだったので、併せて買った。

 「今度は、みんなでお礼詣りに来たいね」

 咲良がそう言うと、みんな同じように頷いた。

 そう、本番まであと少し。

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