出会い
さくっ。さくっ。さくさく。さくさくさくっ。さっくさっく。
どんなに歩調を変えても、背後から聞こえてくる足音は、自分と同じリズムを刻んでくる。間違いない。誰かが私の後をつけてきている。それでも、気のせいにしたくて、歩くスピードを何度も変えてみる。だが、そんな努力も虚しく、やはり聞こえてくる足音は同じリズムを刻む。
ここは、ほとんど人が通ることのない河川敷。伸び放題の草たちがうっそうと生い茂り、引きずり込まれでもしたらひとたまりもない。しかも、もうじき日が暮れる時刻だ。
明日の新聞の見出しに、「女子高生襲われ死亡」の文字がよぎる。ただの死亡だけでもつらいのに、襲われてなどと書かれると、いろいろと想像されるではないか。性的暴行などと書かれては、それこそ屈辱以外の何ものでもない。やはり、その事態だけは、何がなんでも避けなければ。
頭の中はやけに冷静だった。そうだ。走ろう。ジロのリードをぎゅっと握り直して、呼吸を整えた。ダッシュして振り切るしかない。タイミングを見計らって、1、2、3・・頭の中でカウントを取り始める。
4・・走り出そうと、ぐっと右足に力を入れたその瞬間、背後に人の気配を感じて、背筋が凍り付いた。と、同時に、肩がトントンと叩かれた。
「ぎゃーーーーーーーー」
どこから声が出たのだろうか。自分の声とはとても思えない叫び声が、辺り一面に響き渡った。走らなきゃ・・とは思うものの、恐怖で凍り付いて、脚の力が一瞬にして抜けてしまい、腰が砕けて地面に尻もちをついてしまった。尻もちをついた拍子に、手の力も抜けてしまい、リードがスルスルと離れていった。ジロは飼い主の大声にびびってしまい、「キャン」と一声吠えると、咲良の手を振り切り、リードが付いたままの状態で走って逃げてしまった。
ああ、もうダメ。私、この人に襲われる。その思った瞬間、
「うわっ、びっくりしたー」
背後から若い男の声がした。襲ってくる気配を感じさせるような声ではなかったが、まだ恐怖で振り返ることができない。
「ごめん、ごめん。驚かせちゃったね。えっと・・。犬、逃げちゃったけど大丈夫?」
やっと我に返った。そうだ、ジロ、逃げちゃったんだ。探さなきゃいけない。でも、この人誰?
まだ恐怖はあったが、手にぐっと力をこめて、目をつむって呼吸を整えた。そして、威嚇するように少しだけ顔を斜めに向けて、思い切って振り向いた。
「何ですか?」
そこには、青いシャツにジーンズを履いた二十歳くらいの男性が立っていた。背はそれほど高くはないようだが、均整のとれた体格をしている。顔は、悪くない。
「えーっと・・。こんな状態で聞くのも何だけど、精華自動車学校ってこの道でいいのかな?」
男はバツが悪そうに頭をかきながらそう言った。その顔は、高校生が好きな子に告白する時のような恥ずかしさを秘めた顔だった。
「はあ~?」
咲良は緊張から一気に力が抜け、握りしめていた手が解放され指先に一気に血が通っていった。でも、まだ心臓はトクトクと早く脈打っている。
「きみ、立てる?大丈夫?」
そう言いながら、男は咲良に手を差し伸べた。いつまでも立ち上がろうとしない咲良を見て自然と手が伸びたのだろう。
「結構です」
誰が知らない男の手など握るものか。脚に力を込めて一気に立ち上がった。お尻についた土を勢いよくパンパンと手で払う。
「いや、ほんとごめん。驚かすつもりはなかったんだけど、声をかけるタイミングを見計らっていたら、つい、後をつけるみたいになっちゃって・・さ」
男は、本当に申し訳なさそうに、事の次第を語り始めたが、徐々に声が小さくなり、最後の方は何を言っているのか聞き取れなくなっていた。言い訳がましい。
「あ、犬どうしよう。一緒に探そうか?」
話題をそらせたいのか、いいヤツと思われたいのか、思い出したようにキョロキョロと辺りを見回す。
「もういいです。多分、待っていれば戻ってくると思いますから。精華自動車学校ですね。この河川敷をまっすぐ行くと、高架下に出ます。そこを右に曲がって5分ほどの所にあります。多分、看板が立っているのでわかると思います」
事務的な口調で言い放った。苛立ちを隠そうと思ったが、隠しきれてはいないようだ。
「ありがとう。ほんと、ありがとう。ごめんね。助かったよ」
男の顔が少しだけほっとした表情になり、両手を合わせて軽く頭を下げると、くるりと向きを変え小走りで駆けて行った。




