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第1話

 うちの奥さんは、女優で言えば、綾○は○かさんと北○景○さんを足して割らない。いつも明るくて、笑顔が絶えない。まわりに人が集まり、俺もそのうちの一人なんだけど、どうして俺を選んでくれたのか自分でも不思議だ。

 俺はと言えば、まるで間違い探しをしているような人生で、いつも迷い、迷い続け、いいかげんどれだけ迷い続ければよいのだろう? 生きているだけで疲れる。もちろん、ただ生きているだけで許してもらえるわけじゃない。仕事もしなければいけないし、人付き合いもしなければいけない。何もかもが疲れる。どうしたらもっと「ふつう」に生きることができるのだろう?

 そんな彼女と俺だから、例えば並んで歩いていてもつり合いがとれない。気が付けばいつも彼女が一歩先を行き、俺は慌てて彼女の後を追いかけていく。誰も夫婦だなんて思わないだろう。もしいつの日か、彼女が俺に愛想をつかし、別れを切り出される時が来たとしたら・・、もし本当にそんな日がくるとしたら、俺の心は決まっている。・・と言えるだけの自信はない。


 新幹線は、秋晴れの北関東を快走している。隣の席で彼女が眠っている。今日はせっかくの日曜日なのに、午後になって出かけることになった。そう、疲れ果てているのに・・。

 彼女はきっと夢を見ているのだろう。時折、耳元で彼女の声がする。「た・・す・・け・・て・・」と。そう、彼女はよく映画を観る。何でも観るが、特にホラー映画が好きだ。例えば、貞○や伽○子といった、純和風のホーラークィーンなんて大好物だ。まさに夢にまで見るらしい。でも惑わされてはいけない。夢の中で貞○や伽○子に襲われても、彼女は必ず最後まで生き残る。いや、それだけではない。しまいには、貞○も伽○子もこてんこてんにやっつけてしまい、彼女が仁王立ちしたところでエンディングの曲が流れ始める。そのせいか、最近は俺の夢の中にまで貞○や伽○子がでてくるようになった。まるで、俺に復讐するかのように。貞○や伽○子にしてみれば、俺の夢の中の方が居心地がよいだろう。


 ◇ ◇ ◇


 昨日の土曜日、親友の結婚式があった。昨日も雲一つない秋晴れで、新郎新婦の門出を祝福するにはとても素晴らしい日だった。二次会になると、さらに友人たちが集まり二人を祝福した。あっ、「親友」や「友人」と言っても、それは彼女にとって「親友」や「友人」で、俺にとってはよくてただの「知人」たちだ。

 久しぶりに会う友人もいたようで、彼女も嬉しかったのだろう。あちこちで友人たちと盛り上がっていた。彼女はお酒も好きだ。いや好きどころではない、スイッチが入ると飲んで飲んでプハー、飲んで飲んでプハー、飲んで飲んで・・。惚れ惚れするような飲みっぷりだ。お酒も彼女に飲まれるなら本望だろう。しかも土曜日なので夜の時間はいくらでもあった。ちなみに俺は酒は飲まない。こういう場ではいつも隅の方にいる。きっと誰の記憶にも残らないだろう。

 もうあれは何次会だったか、みんないい気分になってやっとお開きになった。

 俺は酩酊してしまった彼女を背負い、タクシーを探した。しかしなかなか捕まらない。夜の繁華街は人が多い。


 「た・・す・・け・・て・・」


 彼女はまた夢を見てるようだ。早く帰らなくては。

 次第に彼女の声が大きくなっていく。さっきまであんなに盛り上がっていたのに、今度は夢の中でも盛り上がっている。


 「大丈夫ですか?」


 声をかけてくる人がいる。もちろん親切心で声をかけてくれるのだろうが、できればそっとしておいてほしい。遠巻きに人々の視線を感じる。いくら酔っ払いが多いとはいえ、酩酊した女の人を背負っているのは俺しかいない。


 「この人、やばくね」


 どこかでそんな声がした。女の人に無理にお酒を飲ませ、酩酊したところで・・、きっとそんな風に見えているのだろう。これはまずい、一刻も早く逃げなければ! しかしどんどん人が集まってくる。どうしてこんな時だけ集まってくるんだ! 「やばい人」として人々の記憶に残ってしまう。

 人混みをかき分け、警備員のような人が二人、こちらに向かってくる。いや、あれは本物の警官ではないか! 警官が俺に向かってまくしたてる。


 「どうされましたか? そちらの女性の方、意識が朦朧とされているようですが」


 決して親切心ではない。誰か通報した人がいたのだろう。


 「ちょっとお酒を・・(いや、俺が飲ませたわけじゃない!)」


 「あなた、その女性とはどういうご関係ですか?」


 「夫婦なんです!(本当なんだ!)」


 その時、彼女が叫んだ!


 「た・・す・・け・・て・・!」


 今ごろ彼女は、夢の中で貞○や伽○子をちぎってはなげ、ちぎってはなげ・・。

 警官たちがさらに集まり、まわりを取り囲まれてしまった。


 (お巡りさん・・、助けるべきは貞○や伽○子に復讐される俺です・・)


 きっと誰にもわかってもらえないだろう。真実を知るものは俺しかない。


 その後、彼女とは別々にパトカーに乗せられ警察署へ向かった。彼女には女性の警察官が付き添った。ただ、警察署に着いてからは、事情を理解してもらうまでそれほど時間はかからなかった。そう、最初からちゃんと説明できればよかっただけなんだ。俺の挙動も怪しかったのかもしれない。彼女が少しばかり正気を取り戻し、今度こそ本当にお開きになって、家に着いた時にはもうあたりは明るくなっていた。


 そう、それが昨日から今朝までの出来事だった。だから今日は疲れ果てている。彼女もきっとそうだろう。今日は一日寝て過ごそう。そう思い、俺もベッドの中で眠りについた。しかし、昼過ぎに起こされた。そうだ、今日は彼女と紅葉を見に行くことにしていた。来週ではダメなのか? 彼女曰く「紅葉は待ってくれない」。


 ◇ ◇ ◇


 ××駅で新幹線から在来線に乗り換えた。ローカル線だ。進めば進むほどのどかな風景になっていく。たまにはのんびりと電車もいいな、と思う。といっても彼女は相変わらず居眠りをしている。まるで居眠りをするために出かけてきたみたいだ。

 眠っている彼女を揺り起こし、とある田舎の駅で電車を降りた。そして、駅前に停まっていたバスに乗る。バスは山道を上っていく。バス停に停まるたびに、一人また一人と降りていく人がいる。こんな山間にも小さな集落が点在している。すでに日が傾き始め、空はまだ明るいのに山の中の集落は影になり始めている。

 ○○というバス停でバスを降り、走り去っていくバスを見送った。念のため、バス停の時刻表を確認する。やはり事前に調べておいた通り、帰りのバスが一本ある。ただし、あまり時間はない。しかもそのバスが駅まで戻る最終のバスだ。

 バスが通る舗装された道からはずれ、砂利道を登っていく。木々が無造作に生い茂っている。人の手はあまり届いていないようだ。木々の隙間から向こう側の山々が見える。みな紅く色づいている。ここは彼女が見つけてくれた。観光地でもなんでもない、隠れた紅葉スポットとして何かに紹介されていたそうだ。そう聞いてはいたが、本当に何もない。でもそれでいい。


 もう充分に紅葉を堪能した気がする。そろそろバスの時間も気になるし・・。だが、彼女は何かを探しているようだ。


 「展望台があるらしいの」


 彼女が言うには、そこからの眺めが素晴らしいらしい。彼女はそれを見たくてここまで来たんだ。帰りのバスの時間まで余裕はないが、急げばなんとかなるだろう。

 さらに進んでいくと、かろうじて「←展望台」と読める色あせた道しるべがあり、その方向へさらに進むと半ば崖のような急な登りになっていた。急な登りといっても、先人たちの踏みしめた後が、あたかも階段のようになっていて、どうやらそこを登っていけ、ということらしい。所々足が滑りそうになるが、気を付けながら登っていく。彼女の手を取り、最後の一段を登った。すると・・、目の前に真っ赤な世界が拡がった。夕焼けが紅葉たちを照らし、真っ赤に輝いている。何も遮るものはない。思わず息をのむ。紅葉とは、こんなにも美しいものなのか。


 「ねぇ、○○くん」


 彼女は俺のことを「くん」付けで呼ぶ。


 「来てよかったね」


 「うん、そうだね」


 こんなに素晴らしいものを彼女と俺の二人だけで独占している。来てよかった、と心から思う。来週になんてしなくてよかった。来週はおろか、一日違うだけでも全く違っていたかもしれない。もし俺一人だったら、今日ここへ来ることはなかっただろう。いや、思いつきさえしなかっただろう。みんな彼女のおかげだ。彼女は、こんな静かで誰もいないような自然な風景が好きだ。彼女の意外な一面かもしれない。彼女の「親友」や「友人」たちは、こんな彼女の一面をどれだけ知っているだろう。

 つい、時間が過ぎるのを忘れてしまう。苦しい仕事のことも、煩わしい人間関係も何もかも忘れることができる。


 (・・・)


 「○○くん、そろそろ時間じゃない?」


 本当に忘れていた。というかボーッとしてしまった。昨日からの疲れで、思考が止まってしまったのかもしれない。彼女の声で我に返った。

 しまった! バス停からここまで二十分はかかっただろう。だが帰りのバスまで十分ちょっとしかない。こういう時は俺の方が時間に余裕をみて考える。俺にとっての「間に合う」は俺がふつうに歩いて「間に合う」であって、彼女にとっての「間に合う」は彼女が全力で走ってギリギリ「間に合う」が「間に合う」だ。

 慌てて階段を降りると、彼女は俺の手を引いて駆け出した。俺は必至で彼女についていく。


 だが・・、


 「痛っ!」


 彼女が急に止まった。


 「痛たたた・・」


 彼女が足首をおさえている。どうやら足をくじいてしまったようだ。これで走るなんてとても無理だ。いやふつうに歩くことさえ無理だろう。しかし仕方がない。日ごろ砂利道を走ることなんてないし、そもそも走ろうと思って出かけてきたわけでもない。彼女が悪いわけではない。ただこれでは間に合わない。俺は彼女の前にしゃがみ、背中に乗るよう促した。


 「でも・・、はずかしいよ」


 誰も見ている人なんていない。俺は再度彼女を促し、そして彼女を背負い走り始めた。砂利道を全力で下っていく。自分でも驚くほどスピードが出る。バスの通り道まであと少しだ。 その時・・、


 「あっ!」


 一台のバスが目の前を走り去っていた。あれは俺たちが乗るはずの・・。


 バス停まで戻ってきたものの、もう最終のバスは行ってしまった。


 「ごめん・・、バス、乗り遅れちゃったよ」


 「うん、しょうがないね」


 俺がもっと時間を気にしていればよかったんだ。


 「タクシー呼ぶね」


 バス停のベンチに腰を下ろし、彼女はスマホを取り出した。


 「あれっ? このアプリ、よく使うんだけど、このあたりは対象の地域じゃないみたい」


 その後も近くのタクシー会社を探してみたが、そもそも近くにタクシー会社なんてなく、隣の隣のそのまた隣のちょっと大きな街のタクシー会社に電話をしてみたがつながらない、といった具合で、こんな誰もいない山の中のバス停で、俺たちは途方に暮れてしまった。

 もちろん、ここでこうしていても仕方がない。俺はまた彼女を背負い、バスで来た道を歩き出した。

 しばらくすると、完全に日は暮れあたりは真っ暗になった。駅まであと何時間かかるだろう? だんだん不安になってきた。いつの間にか、彼女は眠ってしまった。足の痛みを忘れることができるのなら、それもよいだろう。

 時折、車が通り過ぎていく。そのたびにヘッドライトの灯りが暗闇を切り裂いていく。誰か親切な人に駅まで乗せてもらえないだろうか? でも、どんな人かもわからないし、そもそも車の人にしてみれば、俺たちだってかなり怪しいだろう。

 後ろから来た車がスピードを落とし、ゆっくり俺たちに近づいてくる。助手席側の窓が開いた。男性が運転席から身を乗り出し、俺たちに向かって・・。やった! きっといい人に違いない。誰にでも優しくて誰にも親切で、善意の塊のような人なんだ! 後光がさして見える。

 その時、彼女が叫んだ!


 「た・・す・・け・・て・・!」


 車は慌ててスピードをあげ、逃げるように走り去ってしまった。男性の引きつった顔が忘れられない。

 もう車も来なくなった。山の中では夜も早い。駅まではまだかなりかかるだろう。今日のうちに家まで帰れるだろうか。彼女も俺も明日は仕事だ。それを考えると憂鬱になる。


 久しぶりに車が来た。しかし前方からだ。残念ながら駅とは反対の方向へ向かう車だ。 だが、不思議なことにその車が停まった。俺たちの正面に、ちょうどハイビームが俺たちを照らし出すように。まぶしい! まぶしくて何も見えない。その光の中を車から降りた二人分のシルエットがこちらへ向かってくる。こんなところで誰だろう? もし悪い人たちだったらどうしよう。思わず身構える。彼女を背負ったまま逃げ切れるだろうか。


 光の中から現れたのは、警官だった。


 「どうされましたか? そちらの女性の方、意識が朦朧とされているようですが」


 決して親切心ではない。さっきの車の男性が通報したのだろう。


 (お巡りさん・・、助けるべきは・・)


 ふと空を見上げる。雲一つない秋晴れの日の夜空は、空気が澄んで星がきれいだ。そうだ、盛り上がっているところを起こすのは少しばかり気が引けるが、そろそろ彼女にも起きてもらおう。こんなに美しい夜空を、彼女にも見てもらいたい。



---


 (たぶん)つづく


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