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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「蔵前駕籠」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/06/05

駕籠は江戸時代の終わりまで乗り物として船と並んで活躍していました。

ところがその代金は非常に高く、とても手の出ないものでした。

それゆえに駕籠に乗って吉原へ行くとたいそう幅が利いた。

そんな駕籠にまつわる落語です。


落語声劇「蔵前駕籠(くらまえかご)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約25分


必要演者数:4名

      (0:0:4)

      (4:0:0)【性別準拠人数比率】

      (3:1:0)

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって、性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


●登場人物


男:物語に三人登場しますが同一人物ではありません。

  どっちも吉原(よしわら)目当(めあ)てのお客さん。

  馴染(なじ)みの遊女(ゆうじょ)に逢(あ)いたくて仕方ない。


親方(おやかた):宿駕籠(やどかご)の主人。

   世情(せじょう)が物騒(ぶっそう)であるため、男の吉原(よしわら)行きを止めようとするが、

   結局押し切られる。


駕籠(かご)かき1:物語の前半は辻駕籠(つじかご)の駕籠(かご)かき。後半は宿駕籠(やどかご)の駕籠(かご)かき。

      なので同一人物ではありません。


駕籠(かご)かき2:物語の前半は辻駕籠(つじかご)、後半は宿駕籠(やどかご)の駕籠(かご)かきです。

      なので同一人物ではありません。


追い剥(は)ぎ:幕末に横行(おうこう)した、幕府に味方する為(ため)軍用金(ぐんようきん)を徴収(ちょうしゅう)するという

     名目で夜の闇に乗じて身ぐるみ剥(は)いでいく者達。



●配役例

男:

親方・追い剥ぎ・枕・語り:

駕籠かき1:

駕籠かき2:



枕:今は便利な乗り物がたくさんございますが、昔は船、それから駕籠(かご)が

  主(おも)でした。

  しかし駕籠(かご)は当時の庶民(しょみん)には鰻(うなぎ)と並んで高嶺(たかね)の花、贅沢(ぜいたく)なものだった

  そうです。

  と言いますのも、代金が現代の乗り物と比べてもかなり高額で、

  当時の距離、一里(いちり)約4kmにつき四百文(よんひゃくもん)、現在の価格で約一万円にも

  なり、日本橋から吉原大門(よしわらおおもん)まで行く交通費だけでそのくらいかかった

  そうです。

  一日の売上げは多くて約六万円、少ないと約一万円くらいなんですが

  、そこから駕籠(かご)の持ち主、いわゆる元締(もとじ)めが八割以上取ってしまい、

  残りの雀(すずめ)の涙が駕籠(かご)かきの取り分(ぶん)てことになるわけです。

  だから先の日本橋・吉原(よしわら)間を走っても千五百円くらいしか稼(かせ)げない。

  なもんで、辻駕籠(つじかご)は客から貰(もら)う酒手(さかて)、今でいうチップ、あれを期待し

  ている者が多かったんですな。

  ところが辻駕籠(つじかご)拾う客てのは、大体が安く済ませたいもんですから、

  こんなやりとりが起きやすいんだそうで。


男:さぁてと…今日は懐(ふところ)があったけぇ。

  吉原(よしわら)の馴染(なじ)みに逢(あ)いに行かにゃあな。

  宿駕籠(やどかご)で行きゃ箔(はく)は付くし幅利(はばき)かせられるが…何しろ高(た)けぇ。

  どっかに辻駕籠(つじかご)は…。


駕籠かき1:おい、おい相棒。

      あらぁ客だぞ、駕籠(かご)探してんじゃあねえか?


駕籠かき2:お、そうだな。

      へぇ駕籠(かご)―ッ、へぇ駕籠(かご)ーッ!!

      【”ぇ”はほとんど発音しない】


男:あん? 屁(へ)ぇ駕籠(かご)?

  なんだか臭(くさ)そうだな…。

  他にいねえのか…?


駕籠かき1:ちょちょちょおいおい相棒、勘違(かんちが)いさせちゃあいけねえ。


駕籠かき2:お、おうすまねえ。

      ええ駕籠(かご)―ッ、ええ駕籠(かご)ーッ!


男:?なんだ、聞き間違(まちが)いか…?

  まあいいや。

  おう、吉原(よしわら)まで一丁(いっちょう)頼むよ!


駕籠かき1:へぃっ、承知しやした。


男:ああ。

  よっこらせ。

  …さ、ひとっ走りやってくんな。


駕籠かき2:【つぶやく】

      ちぇっ、酒手(さかて)なしかよ…。


駕籠かき1:【軽い溜息】

      …よし、相棒、行くぜ。


駕籠かき2:…あいよ、っと。


駕籠かき1:【ちょっとやる気なさそうに】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


駕籠かき2:【ちょっとやる気なさそうに】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


男:【つぶやく】

  しめしめ、これで安くいったぜ。

  …にしてはなんだか遅(おせ)ぇなぁ、この駕籠(かご)…。


駕籠かき1:【ちょっとやる気なさそうに】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


駕籠かき2:【ちょっとやる気なさそうに】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


男:なんかやる気ねえなぁ…宿駕籠(やどかご)にどんどん抜かれてくのはしょうがね

  えけど…。

  っておいおい、いま抜いてったの…!

  てか今気づいたが、ほとんど歩いてねえかこれ!?

  おう駕籠屋(かごや)さん、駕籠屋(かごや)さんよ!


駕籠かき1:【ちょっとやる気なさそうに】

      えっ、ほっ、へい? お呼びでございやすか?


男:なんだよおい!

  さっきから後から来る駕籠(かご)にどんどん抜かれてるじゃねえか!


駕籠かき2:【ちょっとやる気なさそうに】

      へえ、後から来る駕籠(かご)は抜いて行きやすが、

      先を行く駕籠(かご)には抜かれませんで。


男:いやくだらねえこと言うなよ!

  どうでもいいけどさ、宿駕籠(やどかご)に抜かれるんなら分かるがよ、

  いま抜いてったのは辻駕籠(つじかご)じゃねえか!

  なんだよ、どうしたってんだよ、ええ!?


駕籠かき1:まぁまぁ旦那(だんな)、怒っちゃあいけませんよ。


駕籠かき2:向こうが速いわけってのがあるんですよ。

      なんたって酒手(さかて)っていう楽しみがありますからねぇ。

      どうしたって身体(からだ)が速く動いちまうんですわ。


男:【つぶやく】

  ぐぐぐ、やっぱり酒手(さかて)が目当(めあ)てかい…!


駕籠かき1:へへ、そこへ行くとこっちはそれが無(ね)えでしょう?

      だからどうしたって遅くなっちゃうんですよ。


駕籠かき2:どうでしょうねえ旦那(だんな)、ものは相談なんですが、

      大したご散財(さんざい)はかけませんが、ひとつ、いくらか色をつけて

      おくんなさいよ。


駕籠かき1:お願いしますよ旦那(だんな)ァ。

      色付(いろつ)けてくだすったら今抜いてったあの駕籠(かご)、

      抜き返して見せますから。

      なあ相棒!


駕籠かき2:おうよ!

      それが無いってなると、いつまでもこうやって歩いてますぜ

      、やる気が出ないもんで、ええ。


駕籠かき1:これぁ下手(へた)すると、停(と)まるかもわかんねえですなぁ。


駕籠かき2:あ、いけねえ、眠くなってきた。

      ふあああ~~…。


男:じょ、冗談じゃねえ!

  分ったよ、二分(にぶ)ずつ出すよ!!


駕籠かき1:へへっ、さすが旦那(だんな)!

      毎度ありィ!!


駕籠かき2:いよっ、さすが粋(いき)な江戸っ子!

      漢(おとこ)の中の漢(おとこ)ッ!


語り:とまぁとどのつまり、多く払う羽目(はめ)になってしまったわけです。

   これが多少慣れた人になってくると、乗る前に引導(いんどう)を渡しちゃうん

   だそうです。


男:おうっ、駕籠屋(かごや)さん!

  一丁(いっちょう)頼むよ!


駕籠かき1:へっ、どちらまで!


男:吉原(よしわら)までやってくんな!


駕籠かき2:へいっ、承知しやした!


男:おっとそうだ。

  いいかい、途中でごねたって酒手(さかて)は出ねえよ!

  真打(しんうち)ってのは遅れて登場するもんだからな。

  ゆっくり行ったっていいんだ。

  だから酒手(さかて)は出さねえ、いいかい?


駕籠かき1:へっ…左様(さよう)で。


駕籠かき2:【つぶやく】

      けっ、釘刺(くぎさ)して来やがった。


      じゃあ行くか、相棒。


駕籠かき1:…あいよぉ。

      【かなりやる気がない】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


駕籠かき2:【かなりやる気がない】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


男:【つぶやくように】

  てやんでぇ、だらだらしやがって。

  ほとんどぶらぶら歩いてんじゃあねえか!


駕籠かき1:えっ、ほっ、えっ、ほっ…おうっ、相棒!


駕籠かき2:えっ、ほっ、えっ、ほっ…なんだい!?


駕籠かき1:ゆんべ乗(の)っけたお客さんはよ、粋(いき)なお客さまだったなァ!


駕籠かき2:そうそう、粋(いき)な方だったなァ!

      乗る時になんて言ったっけ!?


駕籠かき1:おう駕籠屋(かごや)さん、途中でごねたって酒手(さかて)は出さねえよ、って

      はじめは言ったんだよ。

      でさ、吉原土手(よしわらどて)に差し掛(か)かったところで、

      旦那(だんな)、ほどなく大門(おおもん)でございますよ、って声かけたんだ。


駕籠かき2:そうそう、そうだったなァ!

      んで、大門口(おおもんぐち)で降りる時になんて言ったっけ?


男:【つぶやくように】

  ちきしょう、あてこすりやがって!

  けどここで怒鳴っちまっちゃあ下ろされかねねえ…。


駕籠かき1:おう駕籠屋(かごや)さん、あたしも長(なげ)えこと色んな駕籠(かご)に乗ってるが

      、おめえ達くらい担(かつ)ぎっぷりの良い駕籠(かご)に乗ったのは初めて

      だ。

      こいつはまことに少ねえが祝儀(しゅうぎ)だよ、って俺たちに二分(にぶ)ずつ

      くれたっけなァ!!


駕籠かき2:あぁいただいた!

      粋(いき)なお客様だったなァ! 良い方(かた)だったよなァ!!


男:【つぶやくように】

  …嫌な話になってきやがったよ。

  聞いてるって思われたらかなわねえ。

  ここはひとつ…【いびき二回】


駕籠かき1:えっ、ほっ、えっ、ほっ、あん?

      なんだかいびきが聞こえるな?


駕籠かき2:えっ、ほっ、えっ、ほっ、おい相棒、寝ちまってるよ。


男:【いびき二回くらい】


駕籠かき1:ようし、ちょいと駕籠(かご)を揺(ゆ)さぶって起こそうじゃねえか。


駕籠かき2:よしきた。

      どっこいしょ! どっこいしょ!


駕籠かき1:どっこいしょ! どっこいしょ!


駕籠かき2:そらどっこいしょ! っこいっしょ!


男:【つぶやくように】

  うおおおこいつら、強引な手できやがったよ…!

  いでっ、いででで、頭が駕籠(かご)の通(とお)し棒(ぼう)にぶつかりやがる!

  ちきしょう、こうなったら意地(いじ)でも寝たふりしてやらぁ!

  【いびき二回くらい】


駕籠かき1:どっこいしょ! どっこいしょ!

      ああ相棒、駄目(だめ)だ、土手(どて)に差し掛(か)かっちまったよ!


駕籠かき2:どっこいしょ! どっこいしょ!

      くぅぅしゃあねえ、声かけて起こすか!

      旦那(だんな)、旦那(だんな)ー!


男:お、おお…

  ん~~~ッ、あぁ~よく寝ちゃったよ、いい心持(こころも)ちだった。

  で、なんだい?


駕籠かき1:【つぶやく】

      けっ、どうせ狸寝入(たぬきねい)りだろが…。


駕籠かき2:もう吉原土手(よしわらどて)まで来ましたぜ、旦那(だんな)。


男:おぉ早いな、ほどなく大門(おおもん)かい。

  ありがとありがと。

  いやぁ駕籠屋(かごや)さんの前だけどね、俺ァゆんべ、乙(おつ)な駕籠屋(かごや)に乗っちゃ

  ってねぇ。


駕籠かき1:へぇぇ、そうなんですかい。


駕籠かき2:あっしらを差し置いて乙(おつ)とは聞き捨てならねえですなぁ。


男:まあ最後まで聞いてくれや。

  乗って眠ってたら吉原土手(よしわらどて)に差し掛(か)かって来てね、ほどなく大門(おおもん)です

  よ、って声かけて起こされたんだよ。


駕籠かき1:【つぶやくように】

      おや、このくだりはまさか…。


駕籠かき2:【つぶやくように】

      さっきのあっしらの話しじゃねえか?


男:で、大門前(おおもんまえ)で降りる時に駕籠屋(かごや)がね、

  いやぁあっしらも長い事この駕籠屋渡世(かごやとせい)をしておりますがね、

  旦那(だんな)ほど乗りっぷりのいいお客は初めてでございますよ。

  これァ誠(まこと)に少ないが祝儀(しゅうぎ)だってんで、駕籠屋(かごや)が俺に二分(にぶ)ずつくれたん

  だよ…っておい?


駕籠かき1・2:【立ったまま狸寝入り・いびき二回ほど】


男:おいおいおい、立ったまま寝るなァ!

  ていうか狸寝入(たぬきねい)りだろが!


語り:これほど吞気(のんき)だった江戸でございますが、

   慶応(けいおう)の四年というのは不審な年で、正月の三日から鳥羽伏見(とばふしみ)の戦(いくさ)が

   ございました。明治維新(めいじいしん)も近い幕末(ばくまつ)の頃になると、

   ずいぶん世間(せけん)は物騒(ぶっそう)になって参ります。

   尊王攘夷(そんのうじょうい)だ、開国佐幕(かいこくさばく)だってんで薩摩(さつま)や長州(ちょうしゅう)が幕府(ばくふ)としのぎを削り

   あっている。

   武士が故郷を無断で抜け出す事を脱藩(だっぱん)て言うんですが、その一部が

   徒党(ととう)を組んで追い剝(は)ぎや押し込み強盗を繰り返す。

   明日はどうなるか分からないってなると、人は不安に囚(とら)われるもん

   です。

   いま持ってる金が使えなくなるかもしれないから使ってしまえ、

   ってんで、吉原(よしわら)などで湯水(ゆみず)のごとく派手(はで)に使ったんだそうです。

   当然そこへ乗せていく駕籠屋(かごや)も繁盛(はんじょう)したわけで、宿駕籠(やどかご)は特に

   蔵前茅町(くらまえかやちょう)の江戸勘(えどかん)、日本橋本町(にほんばしほんちょう)の赤岩(あかいわ)、そして芝(しば)の神明(しんめい)に初音屋(はつねや)

   、いわゆる江戸の三駕籠屋(さんかごや)があり、ここの提灯(ちょうちん)の下がっている駕籠(かご)で

   吉原(よしわら)あたりに乗り込んでいくと、たいそう幅(はば)がきいたとか。

   そういう連中の乗る駕籠(かご)も当然、追い剥(は)ぎ集団の獲物(えもの)になります。

   どこに出没(しゅつぼつ)したかって言いますと、日本橋神田界隈(にほんばしかんだかいわい)から一度は通ら

   なくちゃならない蔵前通(くらまえどお)り。

   そこに覆面(ふくめん)で顔を隠し、刀を引っさげて連日連夜(れんじつれんや)出没(しゅつぼつ)したんだそう

   です。

   辻駕籠(つじかご)はもちろん、宿駕籠(やどかご)も暮(く)れ六(む)つになるとぴたっと吉原(よしわら)方面へ

   の駕籠(かご)は止めてしまう。

   そんなのが続くもんだから、当然客足(とうぜんきゃくあし)は遠(とお)のいて吉原(よしわら)も暇(ひま)になる。

   にも関(かか)わらずそういう所へ行きゃモテるだろうってんで、命の危険

   を顧(かえり)みない輩(やから)がいたりするわけです。


男:おうッ、駕籠一丁(かごいっちょう)頼むよ!

  こちとら気分が浮いてんだ、二人ばかり威勢のいいのを頼むぜ!

  祝儀(しゅうぎ)ははずむからよ!


親方:へい、承知しやした。

   それで、どちらまで行きやしょうか?


男:おいおい、どちらも何もねえだろ。

  気分が浮いてるっつってんだろが!

  行くところは吉原(よしわら)って分かりそうなもんだろ!

  北へまっつぐ一本道(いっぽんみち)行ってくれりゃあいいんだよ!


親方:はぁ…吉原(よしわら)でございますか。


男:何が吉原(よしわら)でございますか、だよ。

  おめえどこで取れた大馬鹿野郎め。

  胸(むね)ぇ叩(たた)いて、万事承知(ばんじしょうち)ッ!とやりゃそれでいいんだ、頼むよ!


親方:はぁ…。

   いや…あの、いま、鐘(かね)が暮(く)れ六(む)つ打ちましたよね?


男:そうだよ、暮れると打つし明けると打つんだ。

  明(あ)け六(む)つ暮(く)れ六(む)つっつうんだ、暮れて打ったから来たんだよ。


親方:それがですね…暮(く)れ六(む)つ打つとね、

   近頃は吉原(よしわら)行きの駕籠(かご)は出さねえことになってるんで。

   うちだけじゃねえ、赤岩(あかいわ)でも初音屋(はつねや)でも出さねえんです。


男:なんで?


親方:なんでって…知らねえんですかい?


男:知らねえな。

  なんだよ、何かあんのか?


親方:蔵前通(くらまえどお)りに追い剥(は)ぎが出るんですよ。


男:出る?

  …ウソだろ。


親方:いや、ほんとに出るんですよ。


男:出るったっておめぇ、毎晩は出ねえんだろ?


親方:毎晩出ますよ。


男:ゆんべは?


親方:出ました。


男:じゃあ一昨日(おととい)は?


親方:出ました。伊勢屋の駕籠がやられたんです。


男:ならその前は?


親方:出ましたよ。

   ずーっと出てんです。


男:じゃあ今日は?


親方:出ます。


男:…。

  ……。

  …なに??


親方:出ますよ。


男:やけにはっきり言うじゃねえかよこの野郎。

  さては一緒になってやってんのかい?

  お二人様ご案内、とか、今日は三組ご案内、とか

  分け前もらってやってるんじゃねえのか?


親方:馬鹿を言っちゃいけませんよ、ずーっと出てるんですから。


男:ずっと出てるんだったらよ、追い剥(は)ぎの連中だって懐(ふところ)があったまって

  るだろうさ。

  今日みてえな寒空(さむぞら)の下で人斬り包丁(ぼうちょう)ぶら下げてふらふらしてるよりも

  よ、柳橋(やなぎばし)かなんかの茶屋(ちゃや)の二階に上がって一杯吞(いっぱいの)んで、

  故郷の歌でも歌いながら、どんちゃん騒いで踊ったりしてるに違いね

  えって。その隙(すき)にうかがわねえってのは愚(ぐ)の骨頂(こっちょう)だ。

  だから駕籠一丁(かごいっちょう)出してくれよ。


親方:いやあ、皆さんそんなこと言って行くんですけどね、

   みーんな獲(と)られちまうんですよ。

   悪いこたあ言いません、止(よ)した方がいいですよ。

   襦袢(じゅばん)一枚でくしゃみしながら帰ってくるなんて洒落(しゃれ)になりませんよ

   。それこそ襦袢(じゅばん)にもならねえ。

   別に吉原(よしわら)が今晩で無くなるわけじゃないんですから。


男:なに襦袢(じゅばん)と自慢(じまん)を掛けてやがんだ。

  あたりまえじゃねえか。

  吉原(よしわら)が無くなる時は、日本だって無くなってんだからよ。


親方:でしょう?

   ですから、そんな剣呑(けんのん)な思いをしていらっしゃらなくたって、

   明日(あす)昼遊(ひるあそ)びてことになすったらいかがです?


男:てやんでぃべらぼうめ、一丁前(いっちょまえ)に説教垂(せっきょうた)れてるんじゃあねえよ!

  昼遊(ひるあそ)びがあるなんてこたぁ百も承知、二百も合点(がってん)なんだよ!

  馴染(なじ)みの女から文(ふみ)が来てんだ。目が開(あ)いてんなら読め!

  その文中(ぶんちゅう)にいわく、「今晩、お前さんのお顔を是非(ぜひ)見せてもらいたい、

  、でないと虫が収まりんせん 。」と。

  だから虫を抑(おさ)えるこの顔を持って行くだろ。

  馴染(なじ)みの前でこの顔をぱっと出すだろ?

  すると女がまぁ嬉(うれ)し、わっちの為に体を張って来てくれたんでありん

  すね、今夜は離(はな)しんせんよ、ってことで俺の首根(くびね)っこに抱きついてな

  。

  二人でもってごろごろごろって転がって、

  夜具(やぐ)の上で重なってまぁず目出度(めでた)やなってぇ事になるんだよ!

  そう思うと俺ァもう、身体がカッカしちまって疼(うず)いてくるね!

  だからよ、人助けだと思って駕籠(かご)出してくれ。


親方:うぅぅん…人助けはいいんですがねえ…うまくいきますかねぇ…。


男:大丈夫だって言ってんだろ!

  祝儀(しゅうぎ)ははずむし、うまく吉原(よしわら)まで着いたらよ、一晩(ひとばん)遊ばしてやるから

  威勢(いせい)のいい若(わけ)ぇの見繕(みつくろ)ってくれよ!


親方:はあ…はあはあはあ、なるほど…。

   しかし…うーん…。


男:ええぃじれってぇなァおい!

  そんなにウジウジしてんなら江戸勘(えどかん)の看板(かんばん)下(お)ろしちまえ馬鹿野郎!!

  田舎侍(いなかざむらい)が怖くて駕籠屋(かごや)がやってられねえだろうがよ、べらぼうめぃ!

  追い剥(は)ぎどもは駕籠屋(かごや)じゃなくて俺が目当(めあ)てなんだろうがよ!

  駕籠(かご)なんざいらねえんだろ!?


親方:うーん、まぁ駕籠(かご)まではいらんでしょうな。


男:いざ追い剥(は)ぎ共が出たら、駕籠(かご)おっぽり出して逃げりゃいいだろうが

  !


親方:でもその、何かあったらうちの看板に傷がーー


駕籠かき1:【↑の語尾に被せて】

      親方、あっしらが行きやしょう。


親方:おいっ、止(よ)しな。


駕籠かき2:いやいや、大丈夫です。行きますよ、えぇ。

      旦那(だんな)のおっしゃる通りだ。

      それで、祝儀(しゅうぎ)をはずむってのは本当でござんすか?


男:おう、本当だ。

  うまく吉原(よしわら)まで着いたら、おめえらにも女抱(おんなだ)かしてやるよ。

  どうでい?


駕籠かき1:うほほ、そいつぁありがてぇ。

      親方、大丈夫ですって。駕籠(かご)はどうってこたねぇんですから。

      こっちは命より祝儀(しゅうぎ)が大事なもんでね。なぁ相棒!


駕籠かき2:おうよ! 

      旦那(だんな)、約束ですからね、くれぐれも頼んますよ!

      ぐずぐず言っちゃあいけませんからね。

      もし出たら、そこまでですぜ!


男:わかってるよ!

  何もおめえらにチャンチャンバラバラ渡(わた)りあってくれたぁ言わねえ!


駕籠かき1:ようし相棒、さっそく支度(したく)にかかるか!


駕籠かき2:合点(がってん)だ!


男:【↑の語尾に被せ気味に】

  おぅ待ちな待ちな、後(あと)の喧嘩(けんか)が先ってこともあるからよ。

  駕籠賃(かごちん)と…ほれ、酒手(さかて)の祝儀(しゅうぎ)、二分(にぶ)ずつだ。


親方:へい、ありがとうございやす。


男:おぉいおい、親方が取ってはじくのかい?


親方:えっ?へへ、いや、そんな事は…

   おうおめぇら、行って来い行って来いっ。


駕籠かき1:へっ。

      旦那(だんな)、それじゃああっしら支度(したく)をーー。


男:おう、支度(したく)なら俺もするからちょいと待ってくれ。

  どれ…。


駕籠かき2:えっ、だ、旦那(だんな)?!

      この人着ているもんをふんどし一丁(いっちょう)以外、全部脱いで綺麗(きれい)に

      本畳(ほんだた)みにたたんじまったよ…。


駕籠かき1:しかもそいつを煙草入(たばこい)れや紙入(かみい)れと一緒に、

      駕籠(かご)の座布団(ざぶとん)の下に隠しちまったぞ…。


男:よぅしこれでいい。

  おうっ、支度(したく)はできたぜ!

  やってくんな!


駕籠かき2:だ、旦那(だんな)、やってくんな、とは言いますけどね、裸(はだか)ですぜ?


男:ああ、裸(はだか)だよ、それがどうしたってんだい。


駕籠かき1:旦那(だんな)、風を切っていきますんで冷えますよ?


男:いいんだよ冷えたって。

  向こう行きゃ温(あった)め手(て)がいるんだからよ!

  寒かったでありんしょう、わっちが温めてあげんす…ってよう!

  かーっ、こらぁのろけちまったなあ!


駕籠かき1:いやぁ、こらぁどうも、あっしは感動しちまったね!

      あ、親方、ちょいとご覧(らん)なすって下さいよ!


駕籠かき2:胸(むね)ぇ打たれて涙が出て来ちまうよ!

      旦那(だんな)のこの出(い)で立(た)ちなるものを見ちまうと、ね!


親方:どれどれどれ…

   ! はぁぁいやぁ、これはえらいねぇぇ。

   女郎買(じょろうか)いの決死隊(けっしたい)だ。

   こう行きてぇもんだな!

   よしおめえら、粗末(そまつ)のねえように行ってこい!


駕籠かき1:あいよッ!

      行くぜ相棒ッ!


駕籠かき2:よしきた合点(がってん)だ!!

      えッ! ほい駕籠(かご)ッ! えッ! ほい駕籠(かご)ッ!

      はッ! はッ! はッ! はッ!


男:おう、威勢(いせい)がいいねェ!

  こうでなくっちゃあな!


駕籠かき1:ええそらぁもう! 酒手(さかて)が入ってやすからね!

      鳴きも入ろうってもんですよ!

      えッ! ほい駕籠(かご)ッ! えッ! ほい駕籠(かご)ッ!

      はッ! はッ! はッ! はッ!

      どうだい相棒! うまく行きてえなあ!


駕籠かき2:はッ! はッ! はッ! はッ!

      まったくだ! 

      天子(てんし)様だか将軍様だか知らねえけどよ、

      吉原(よしわら)が繁盛(はんじょう)してなきゃ駄目だってなぁ!

      客が来なくなっちゃア、たまらねえやな!


駕籠かき1:はッ! はッ! はッ! はッ!

      だよなぁ、命がけだ!

      それにしたって、命かけても、女郎買(じょろうか)いに行きたいかねぇ!


駕籠かき2:はッ! はッ! はッ! はッ!

      あぁ、助平(すけべい)だからなぁ!


男:るせぇこの野郎ォ!


駕籠かき1:あああいけねぇ聞こえてた。

      内緒話(ないしょばなし)だな、相棒!


駕籠かき2:ああ、内緒話(ないしょばなし)だぁ!


男:けっ、内緒話(ないしょばなし)もあるかぃ。


駕籠かき1:いやぁははは…旦那(だんな)!

      うまくいったら一つ、お願いしますよォ!


男:わかってるよ!


駕籠かき2:頼んますぜェ!

      おうい、うまくいくよう祈ろう!


駕籠かき1:ああ、祈ろう!

      妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)、南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)…


男:【↑の語尾に喰い気味に】

  よせやぃ!

  大丈夫だって言ってんだろぃ!


駕籠かき2:大丈夫だってよ!

      気を付けろー!


駕籠かき1:ああ!

      …!あ、旦那(だんな)、やっぱりいますよ。

      店出(みせだ)してますわ。

      あれ、あのちらちら見えますぜ。

      引き返しましょう。


男:いいよ、そのまま行けよ。


駕籠かき2:いや、だってそこにいますよ。


男:だから、音のしねえようにそっと行って、するりと。


駕籠かき1:するりと、って言ったって…


男:いいから、スーッと! スーッと行けって!

  ほれ、祝儀(しゅうぎ)だ、女だ!


駕籠かき2:~~んんじゃあ相棒、行くか。


駕籠かき1:旦那(だんな)、いざとなったら駕籠(かご)放り出しますからね。


駕籠かき2:なんか喋(しゃべ)っちゃいけませんよ。

      口結(くちむす)んで、舌噛(したか)むといけませんからね。


男:おう、頼んだぜ。


駕籠かき1:よ、ようし…行くぜ、相棒。

      ふッ、ふッ、ふッ、ふッ。


駕籠かき2:あいよ。

      ふッ、ふッ、ふッ、ふッ。


追い剥ぎ:おいッ、待て! 待てェッ!!


駕籠かき1:やべぇおいでなすった!


駕籠かき2:逃げろ、逃げろッ!

      ううぅいぃぃしょぉぉあぁぁーーーッッッ!


駕籠かき1:こんなのにッ、捕まってたまるかいぃッッ!


駕籠かき2:あんな田舎侍(いなかざむらい)にぃぃ!

      ふッ、ふッ、ふッ、ふッ!

      旦那(だんな)、いなくなったみてえですぜ!


駕籠かき1:ふッ、ふッ、ふッ、ふッ!

      このぶんなら、うまく行きますよッ!


追い剥ぎ:そこな駕籠(かご)、停(と)まれィ!


駕籠かき2:やべえ、まだいやがった!


駕籠かき1:見ろッ、あっちからも来やがった!


駕籠かき2:ちきしょう、後ろからもだ!

      旦那(だんな)、すまねえ、ここらが潮時(しおどき)ですわ!


男:おう、命あっての物種(ものだね)だ!

  早く逃げな!

  あとは任しとけ!


駕籠かき1:旦那(だんな)、ご武運(ぶうん)を!


駕籠かき2:相棒、こっちだ!


男:【つぶやく】

  12、3人はいるな…けっ、浪士(ろうし)くずれが…来やがれってんだ。


追い剥ぎ:これッ、駕籠(かご)の中の仁(じん)に物申(ものもう)す。

     我ら由緒(ゆいしょ)あって徳川家に味方いたす浪士(ろうし)の一隊(いったい)。

     されど軍用金(ぐんようきん)に事欠(ことか)いておる。

     身(み)ぐるみ脱(ぬ)いで置いて行け。

     命までは取ろうとは言わぬ。

     なまじ生半(なまなか)に腕立(うでだ)て致(いた)すと、貴様の為にならぬぞ。

     中におるのは武家(ぶけ)か町人(ちょうにん)か、これへ出(で)いッ、…出(で)いッ!

     …近藤(こんどう)、龕灯(がんどう)を駕籠(かご)へ向けろ。

     武士(ぶし)の情(なさ)けだ、襦袢(じゅばん)だけは許してつかわす。

     身(み)ぐるみ脱(ぬ)い…ッ!?


男:へ、へっ、へーーーーーーーーーっくしょい!!!


追い剥ぎ:!おお、もう済んだか。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様(敬称略)


古今亭志ん朝(三代目)

三遊亭圓楽(五代目)

立川談志(七代目)




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