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落語【声劇台本書き起こし】

古典落語「蔵前駕籠」

作者: 霧夜シオン

駕籠は江戸時代の終わりまで乗り物として船と並んで活躍していました。

ところがその代金は非常に高く、とても手の出ないものでした。

それゆえに駕籠に乗って吉原へ行くとたいそう幅が利いた。

そんな駕籠にまつわる落語です。


原作:古典落語「蔵前駕籠くらまえかご


台本化:霧夜シオン


所要時間:約25分


必要演者数:4名

      (0:0:4)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって、性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


●登場人物


男:物語に三人登場しますが同一人物ではありません。

  どっちも吉原よしわら目当めあてのお客さん。

  馴染なじみの遊女ゆうじょいたくて仕方ない。


親方:宿駕籠やどかごの主人。

   世情せじょう物騒ぶっそうであるため、男の吉原よしわら行きを止めようとするが、

   結局押し切られる。


駕籠かき1:物語の前半は辻駕籠つじかご駕籠かごかき。後半は宿駕籠やどかご駕籠かごかき。

      なので同一人物ではありません。


駕籠かき2:物語の前半は辻駕籠つじかご、後半は宿駕籠やどかご駕籠かごかきです。

      なので同一人物ではありません。


追い剥ぎ:幕末に横行おうこうした、幕府に味方するため軍用金ぐんようきん徴収ちょうしゅうするという

     名目で夜の闇に乗じて身ぐるみいでいく者達。



●配役例

男:

親方・追い剥ぎ・枕・語り:

駕籠かき1:

駕籠かき2:



枕:今は便利な乗り物がたくさんございますが、昔は船、それから駕籠かご

  おもでした。

  しかし駕籠かごは当時の庶民しょみんにはうなぎと並んで高嶺たかねの花、贅沢ぜいたくなものだった

  そうです。

  と言いますのも、代金が現代の乗り物と比べてもかなり高額で、

  当時の距離、一里いちり約4kmにつき四百文よんひゃくもん、現在の価格で約一万円にも

  なり、日本橋から吉原大門よしわらおおもんまで行く交通費だけでそのくらいかかった

  そうです。

  一日の売上げは多くて約六万円、少ないと約一万円くらいなんですが

  、そこから駕籠かごの持ち主、いわゆる元締もとじめが八割以上取ってしまい、

  残りのすずめの涙が駕籠かごかきの取りぶんてことになるわけです。

  だから先の日本橋・吉原よしわら間を走っても千五百円くらいしかかせげない。

  なもんで、辻駕籠つじかごは客からもら酒手さかて、今でいうチップ、あれを期待し

  ている者が多かったんですな。

  ところが辻駕籠つじかご拾う客てのは、大体が安く済ませたいもんですから、

  こんなやりとりが起きやすいんだそうで。


男:さぁてと…今日はふところがあったけぇ。

  吉原よしわら馴染なじみにいに行かにゃあな。

  宿駕籠やどかごで行きゃはくは付くし幅利はばきかせられるが…何しろけぇ。

  どっかに辻駕籠つじかごは…。


駕籠かき1:おい、おい相棒。

      あらぁ客だぞ、駕籠かご探してんじゃあねえか?


駕籠かき2:お、そうだな。

      へぇ駕籠かご―ッ、へぇ駕籠かごーッ!!

      【”ぇ”はほとんど発音しない】


男:あん? 駕籠かご

  なんだかくさそうだな…。

  他にいねえのか…?


駕籠かき1:ちょちょちょおいおい相棒、勘違かんちがいさせちゃあいけねえ。


駕籠かき2:お、おうすまねえ。

      ええ駕籠かご―ッ、ええ駕籠かごーッ!


男:?なんだ、聞き間違まちがいか…?

  まあいいや。

  おう、吉原よしわらまで一丁いっちょう頼むよ!


駕籠かき1:へぃっ、承知しやした。


男:ああ。

  よっこらせ。

  …さ、ひとっ走りやってくんな。


駕籠かき2:【つぶやく】

      ちぇっ、酒手さかてなしかよ…。


駕籠かき1:【軽い溜息】

      …よし、相棒、行くぜ。


駕籠かき2:…あいよ、っと。


駕籠かき1:【ちょっとやる気なさそうに】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


駕籠かき2:【ちょっとやる気なさそうに】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


男:【つぶやく】

  しめしめ、これで安くいったぜ。

  …にしてはなんだかおせぇなぁ、この駕籠かご…。


駕籠かき1:【ちょっとやる気なさそうに】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


駕籠かき2:【ちょっとやる気なさそうに】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


男:なんかやる気ねえなぁ…宿駕籠やどかごにどんどん抜かれてくのはしょうがね

  えけど…。

  っておいおい、いま抜いてったの…!

  てか今気づいたが、ほとんど歩いてねえかこれ!?

  おう駕籠屋かごやさん、駕籠屋かごやさんよ!


駕籠かき1:【ちょっとやる気なさそうに】

      えっ、ほっ、へい? お呼びでございやすか?


男:なんだよおい!

  さっきから後から来る駕籠かごにどんどん抜かれてるじゃねえか!


駕籠かき2:【ちょっとやる気なさそうに】

      へえ、後から来る駕籠かごは抜いて行きやすが、

      先を行く駕籠かごには抜かれませんで。


男:いやくだらねえこと言うなよ!

  どうでもいいけどさ、宿駕籠やどかごに抜かれるんなら分かるがよ、

  いま抜いてったのは辻駕籠つじかごじゃねえか!

  なんだよ、どうしたってんだよ、ええ!?


駕籠かき1:まぁまぁ旦那だんな、怒っちゃあいけませんよ。


駕籠かき2:向こうが速いわけってのがあるんですよ。

      なんたって酒手さかてっていう楽しみがありますからねぇ。

      どうしたって身体からだが速く動いちまうんですわ。


男:【つぶやく】

  ぐぐぐ、やっぱり酒手さかて目当めあてかい…!


駕籠かき1:へへ、そこへ行くとこっちはそれがえでしょう?

      だからどうしたって遅くなっちゃうんですよ。


駕籠かき2:どうでしょうねえ旦那だんな、ものは相談なんですが、

      大したご散財さんざいはかけませんが、ひとつ、いくらか色をつけて

      おくんなさいよ。


駕籠かき1:お願いしますよ旦那だんなァ。

      色付いろつけてくだすったら今抜いてったあの駕籠かご

      抜き返して見せますから。

      なあ相棒!


駕籠かき2:おうよ!

      それが無いってなると、いつまでもこうやって歩いてますぜ

      、やる気が出ないもんで、ええ。


駕籠かき1:これぁ下手へたすると、まるかもわかんねえですなぁ。


駕籠かき2:あ、いけねえ、眠くなってきた。

      ふあああ~~…。


男:じょ、冗談じゃねえ!

  分ったよ、二分にぶずつ出すよ!!


駕籠かき1:へへっ、さすが旦那だんな

      毎度ありィ!!


駕籠かき2:いよっ、さすがいきな江戸っ子!

      おとこの中のおとこッ!


語り:とまぁとどのつまり、多く払う羽目はめになってしまったわけです。

   これが多少慣れた人になってくると、乗る前に引導いんどうを渡しちゃうん

   だそうです。


男:おうっ、駕籠屋かごやさん!

  一丁いっちょう頼むよ!


駕籠かき1:へっ、どちらまで!


男:吉原よしわらまでやってくんな!


駕籠かき2:へいっ、承知しやした!


男:おっとそうだ。

  いいかい、途中でごねたって酒手さかては出ねえよ!

  真打しんうちってのは遅れて登場するもんだからな。

  ゆっくり行ったっていいんだ。

  だから酒手さかては出さねえ、いいかい?


駕籠かき1:へっ…左様さようで。


駕籠かき2:【つぶやく】

      けっ、釘刺くぎさして来やがった。


      じゃあ行くか、相棒。


駕籠かき1:…あいよぉ。

      【かなりやる気がない】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


駕籠かき2:【かなりやる気がない】

      えっ、ほっ、えっ、ほっ。


男:【つぶやくように】

  てやんでぇ、だらだらしやがって。

  ほとんどぶらぶら歩いてんじゃあねえか!


駕籠かき1:えっ、ほっ、えっ、ほっ…おうっ、相棒!


駕籠かき2:えっ、ほっ、えっ、ほっ…なんだい!?


駕籠かき1:ゆんべっけたお客さんはよ、いきなお客さまだったなァ!


駕籠かき2:そうそう、いきな方だったなァ!

      乗る時になんて言ったっけ!?


駕籠かき1:おう駕籠屋かごやさん、途中でごねたって酒手さかては出さねえよ、って

      はじめは言ったんだよ。

      でさ、吉原土手よしわらどてに差しかったところで、

      旦那だんな、ほどなく大門おおもんでございますよ、って声かけたんだ。


駕籠かき2:そうそう、そうだったなァ!

      んで、大門口おおもんぐちで降りる時になんて言ったっけ?


男:【つぶやくように】

  ちきしょう、あてこすりやがって!

  けどここで怒鳴っちまっちゃあ下ろされかねねえ…。


駕籠かき1:おう駕籠屋かごやさん、あたしもなげえこと色んな駕籠かごに乗ってるが

      、おめえ達くらいかつぎっぷりの良い駕籠かごに乗ったのは初めて

      だ。

      こいつはまことに少ねえが祝儀しゅうぎだよ、って俺たちに二分にぶずつ

      くれたっけなァ!!


駕籠かき2:あぁいただいた!

      いきなお客様だったなァ! 良いかただったよなァ!!


男:【つぶやくように】

  …嫌な話になってきやがったよ。

  聞いてるって思われたらかなわねえ。

  ここはひとつ…【いびき二回】


駕籠かき1:えっ、ほっ、えっ、ほっ、あん?

      なんだかいびきが聞こえるな?


駕籠かき2:えっ、ほっ、えっ、ほっ、おい相棒、寝ちまってるよ。


男:【いびき二回くらい】


駕籠かき1:ようし、ちょいと駕籠かごさぶって起こそうじゃねえか。


駕籠かき2:よしきた。

      どっこいしょ! どっこいしょ!


駕籠かき1:どっこいしょ! どっこいしょ!


駕籠かき2:そらどっこいしょ! っこいっしょ!


男:【つぶやくように】

  うおおおこいつら、強引な手できやがったよ…!

  いでっ、いででで、頭が駕籠かごとおぼうにぶつかりやがる!

  ちきしょう、こうなったら意地いじでも寝たふりしてやらぁ!

  【いびき二回くらい】


駕籠かき1:どっこいしょ! どっこいしょ!

      ああ相棒、駄目だめだ、土手どてに差しかっちまったよ!


駕籠かき2:どっこいしょ! どっこいしょ!

      くぅぅしゃあねえ、声かけて起こすか!

      旦那だんな旦那だんなー!


男:お、おお…

  ん~~~ッ、あぁ~よく寝ちゃったよ、いい心持こころもちだった。

  で、なんだい?


駕籠かき1:【つぶやく】

      けっ、どうせ狸寝入たぬきねいりだろが…。


駕籠かき2:もう吉原土手よしわらどてまで来ましたぜ、旦那だんな


男:おぉ早いな、ほどなく大門おおもんかい。

  ありがとありがと。

  いやぁ駕籠屋かごやさんの前だけどね、俺ァゆんべ、おつ駕籠屋かごやに乗っちゃ

  ってねぇ。


駕籠かき1:へぇぇ、そうなんですかい。


駕籠かき2:あっしらを差し置いておつとは聞き捨てならねえですなぁ。


男:まあ最後まで聞いてくれや。

  乗って眠ってたら吉原土手よしわらどてに差しかって来てね、ほどなく大門おおもんです

  よ、って声かけて起こされたんだよ。


駕籠かき1:【つぶやくように】

      おや、このくだりはまさか…。


駕籠かき2:【つぶやくように】

      さっきのあっしらの話しじゃねえか?


男:で、大門前おおもんまえで降りる時に駕籠屋かごやがね、

  いやぁあっしらも長い事この駕籠屋渡世かごやとせいをしておりますがね、

  旦那だんなほど乗りっぷりのいいお客は初めてでございますよ。

  これァまことに少ないが祝儀しゅうぎだってんで、駕籠屋かごやが俺に二分にぶずつくれたん

  だよ…っておい?


駕籠かき1・2:【立ったまま狸寝入り・いびき二回ほど】


男:おいおいおい、立ったまま寝るなァ!

  ていうか狸寝入たぬきねいりだろが!


語り:これほど吞気のんきだった江戸でございますが、

   慶応けいおうの四年というのは不審な年で、正月の三日から鳥羽伏見とばふしみいくさ

   ございました。明治維新めいじいしんも近い幕末ばくまつの頃になると、

   ずいぶん世間せけん物騒ぶっそうになって参ります。

   尊王攘夷そんのうじょういだ、開国佐幕かいこくさばくだってんで薩摩さつま長州ちょうしゅう幕府ばくふとしのぎを削り

   あっている。

   武士が故郷を無断で抜け出す事を脱藩だっぱんて言うんですが、その一部が

   徒党ととうを組んで追いぎや押し込み強盗を繰り返す。

   明日はどうなるか分からないってなると、人は不安にとらわれるもん

   です。

   いま持ってる金が使えなくなるかもしれないから使ってしまえ、

   ってんで、吉原よしわらなどで湯水ゆみずのごとく派手はでに使ったんだそうです。

   当然そこへ乗せていく駕籠屋かごや繁盛はんじょうしたわけで、宿駕籠やどかごは特に

   蔵前茅町くらまえかやちょう江戸勘えどかん日本橋本町にほんばしほんちょう赤岩あかいわ、そしてしば神明しんめい初音屋はつねや

   、いわゆる江戸の三駕籠屋さんかごやがあり、ここの提灯ちょうちんの下がっている駕籠かご

   吉原よしわらあたりに乗り込んでいくと、たいそうはばがきいたとか。

   そういう連中の乗る駕籠かごも当然、追いぎ集団の獲物えものになります。

   どこに出没しゅつぼつしたかって言いますと、日本橋神田界隈にほんばしかんだかいわいから一度は通ら

   なくちゃならない蔵前通くらまえどおり。

   そこに覆面ふくめんで顔を隠し、刀を引っさげて連日連夜れんじつれんや出没しゅつぼつしたんだそう

   です。

   辻駕籠つじかごはもちろん、宿駕籠やどかごつになるとぴたっと吉原よしわら方面へ

   の駕籠かごは止めてしまう。

   そんなのが続くもんだから、当然客足とうぜんきゃくあしとおのいて吉原よしわらひまになる。

   にもかかわらずそういう所へ行きゃモテるだろうってんで、命の危険

   をかえりみないやからがいたりするわけです。


男:おうッ、駕籠一丁かごいっちょう頼むよ!

  こちとら気分が浮いてんだ、二人ばかり威勢のいいのを頼むぜ!

  祝儀しゅうぎははずむからよ!


親方:へい、承知しやした。

   それで、どちらまで行きやしょうか?


男:おいおい、どちらも何もねえだろ。

  気分が浮いてるっつってんだろが!

  行くところは吉原よしわらって分かりそうなもんだろ!

  北へまっつぐ一本道いっぽんみち行ってくれりゃあいいんだよ!


親方:はぁ…吉原よしわらでございますか。


男:何が吉原よしわらでございますか、だよ。

  おめえどこで取れた大馬鹿野郎め。

  むねたたいて、万事承知ばんじしょうちッ!とやりゃそれでいいんだ、頼むよ!


親方:はぁ…。

   いや…あの、いま、かねつ打ちましたよね?


男:そうだよ、暮れると打つし明けると打つんだ。

  つっつうんだ、暮れて打ったから来たんだよ。


親方:それがですね…つ打つとね、

   近頃は吉原よしわら行きの駕籠かごは出さねえことになってるんで。

   うちだけじゃねえ、赤岩あかいわでも初音屋はつねやでも出さねえんです。


男:なんで?


親方:なんでって…知らねえんですかい?


男:知らねえな。

  なんだよ、何かあんのか?


親方:蔵前通くらまえどおりに追いぎが出るんですよ。


男:出る?

  …ウソだろ。


親方:いや、ほんとに出るんですよ。


男:出るったっておめぇ、毎晩は出ねえんだろ?


親方:毎晩出ますよ。


男:ゆんべは?


親方:出ました。


男:じゃあ一昨日おとといは?


親方:出ました。伊勢屋の駕籠がやられたんです。


男:ならその前は?


親方:出ましたよ。

   ずーっと出てんです。


男:じゃあ今日は?


親方:出ます。


男:…。

  ……。

  …なに??


親方:出ますよ。


男:やけにはっきり言うじゃねえかよこの野郎。

  さては一緒になってやってんのかい?

  お二人様ご案内、とか、今日は三組ご案内、とか

  分け前もらってやってるんじゃねえのか?


親方:馬鹿を言っちゃいけませんよ、ずーっと出てるんですから。


男:ずっと出てるんだったらよ、追いぎの連中だってふところがあったまって

  るだろうさ。

  今日みてえな寒空さむぞらの下で人斬り包丁ぼうちょうぶら下げてふらふらしてるよりも

  よ、柳橋やなぎばしかなんかの茶屋ちゃやの二階に上がって一杯吞いっぱいのんで、

  故郷の歌でも歌いながら、どんちゃん騒いで踊ったりしてるに違いね

  えって。そのすきにうかがわねえってのは骨頂こっちょうだ。

  だから駕籠一丁かごいっちょう出してくれよ。


親方:いやあ、皆さんそんなこと言って行くんですけどね、

   みーんなられちまうんですよ。

   悪いこたあ言いません、した方がいいですよ。

   襦袢じゅばん一枚でくしゃみしながら帰ってくるなんて洒落しゃれになりませんよ

   。それこそ襦袢じゅばんにもならねえ。

   別に吉原よしわらが今晩で無くなるわけじゃないんですから。


男:なに襦袢じゅばん自慢じまんを掛けてやがんだ。

  あたりまえじゃねえか。

  吉原よしわらが無くなる時は、日本だって無くなってんだからよ。


親方:でしょう?

   ですから、そんな剣呑けんのんな思いをしていらっしゃらなくたって、

   明日あす昼遊ひるあそびてことになすったらいかがです?


男:てやんでぃべらぼうめ、一丁前いっちょまえ説教垂せっきょうたれてるんじゃあねえよ!

  昼遊ひるあそびがあるなんてこたぁ百も承知、二百も合点がってんなんだよ!

  馴染なじみの女からふみが来てんだ。目がいてんなら読め!

  その文中ぶんちゅうにいわく、「今晩、お前さんのお顔を是非ぜひ見せてもらいたい、

  、でないと虫が収まりんせん 。」と。

  だから虫をおさえるこの顔を持って行くだろ。

  馴染なじみの前でこの顔をぱっと出すだろ?

  すると女がまぁうれし、わっちの為に体を張って来てくれたんでありん

  すね、今夜ははなしんせんよ、ってことで俺の首根くびねっこに抱きついてな

  。

  二人でもってごろごろごろって転がって、

  夜具やぐの上で重なってまぁず目出度めでたやなってぇ事になるんだよ!

  そう思うと俺ァもう、身体がカッカしちまってうずいてくるね!

  だからよ、人助けだと思って駕籠かご出してくれ。


親方:うぅぅん…人助けはいいんですがねえ…うまくいきますかねぇ…。


男:大丈夫だって言ってんだろ!

  祝儀しゅうぎははずむし、うまく吉原よしわらまで着いたらよ、一晩ひとばん遊ばしてやるから

  威勢いせいのいいわけぇの見繕みつくろってくれよ!


親方:はあ…はあはあはあ、なるほど…。

   しかし…うーん…。


男:ええぃじれってぇなァおい!

  そんなにウジウジしてんなら江戸勘えどかん看板かんばんろしちまえ馬鹿野郎!!

  田舎侍いなかざむらいが怖くて駕籠屋かごやがやってられねえだろうがよ、べらぼうめぃ!

  追いぎどもは駕籠屋かごやじゃなくて俺が目当めあてなんだろうがよ!

  駕籠かごなんざいらねえんだろ!?


親方:うーん、まぁ駕籠かごまではいらんでしょうな。


男:いざ追いぎ共が出たら、駕籠かごおっぽり出して逃げりゃいいだろうが

  !


親方:でもその、何かあったらうちの看板に傷がーー


駕籠かき1:【↑の語尾に被せて】

      親方、あっしらが行きやしょう。


親方:おいっ、しな。


駕籠かき2:いやいや、大丈夫です。行きますよ、えぇ。

      旦那だんなのおっしゃる通りだ。

      それで、祝儀しゅうぎをはずむってのは本当でござんすか?


男:おう、本当だ。

  うまく吉原よしわらまで着いたら、おめえらにも女抱おんなだかしてやるよ。

  どうでい?


駕籠かき1:うほほ、そいつぁありがてぇ。

      親方、大丈夫ですって。駕籠かごはどうってこたねぇんですから。

      こっちは命より祝儀しゅうぎが大事なもんでね。なぁ相棒!


駕籠かき2:おうよ! 

      旦那だんな、約束ですからね、くれぐれも頼んますよ!

      ぐずぐず言っちゃあいけませんからね。

      もし出たら、そこまでですぜ!


男:わかってるよ!

  何もおめえらにチャンチャンバラバラわたりあってくれたぁ言わねえ!


駕籠かき1:ようし相棒、さっそく支度したくにかかるか!


駕籠かき2:合点がってんだ!


男:【↑の語尾に被せ気味に】

  おぅ待ちな待ちな、あと喧嘩けんかが先ってこともあるからよ。

  駕籠賃かごちんと…ほれ、酒手さかて祝儀しゅうぎ二分にぶずつだ。


親方:へい、ありがとうございやす。


男:おぉいおい、親方が取ってはじくのかい?


親方:えっ?へへ、いや、そんな事は…

   おうおめぇら、行って来い行って来いっ。


駕籠かき1:へっ。

      旦那だんな、それじゃああっしら支度したくをーー。


男:おう、支度したくなら俺もするからちょいと待ってくれ。

  どれ…。


駕籠かき2:えっ、だ、旦那だんな?!

      この人着ているもんをふんどし一丁いっちょう以外、全部脱いで綺麗きれい

      本畳ほんだたみにたたんじまったよ…。


駕籠かき1:しかもそいつを煙草入たばこいれや紙入かみいれと一緒に、

      駕籠かご座布団ざぶとんの下に隠しちまったぞ…。


男:よぅしこれでいい。

  おうっ、支度したくはできたぜ!

  やってくんな!


駕籠かき2:だ、旦那だんな、やってくんな、とは言いますけどね、はだかですぜ?


男:ああ、はだかだよ、それがどうしたってんだい。


駕籠かき1:旦那だんな、風を切っていきますんで冷えますよ?


男:いいんだよ冷えたって。

  向こう行きゃあったがいるんだからよ!

  寒かったでありんしょう、わっちが温めてあげんす…ってよう!

  かーっ、こらぁのろけちまったなあ!


駕籠かき1:いやぁ、こらぁどうも、あっしは感動しちまったね!

      あ、親方、ちょいとごらんなすって下さいよ!


駕籠かき2:むねぇ打たれて涙が出て来ちまうよ!

      旦那だんなのこのちなるものを見ちまうと、ね!


親方:どれどれどれ…

   ! はぁぁいやぁ、これはえらいねぇぇ。

   女郎買じょろうかいの決死隊けっしたいだ。

   こう行きてぇもんだな!

   よしおめえら、粗末そまつのねえように行ってこい!


駕籠かき1:あいよッ!

      行くぜ相棒ッ!


駕籠かき2:よしきた合点がってんだ!!

      えッ! ほい駕籠かごッ! えッ! ほい駕籠かごッ!

      はッ! はッ! はッ! はッ!


男:おう、威勢いせいがいいねェ!

  こうでなくっちゃあな!


駕籠かき1:ええそらぁもう! 酒手さかてが入ってやすからね!

      鳴きも入ろうってもんですよ!

      えッ! ほい駕籠かごッ! えッ! ほい駕籠かごッ!

      はッ! はッ! はッ! はッ!

      どうだい相棒! うまく行きてえなあ!


駕籠かき2:はッ! はッ! はッ! はッ!

      まったくだ! 

      天子てんし様だか将軍様だか知らねえけどよ、

      吉原よしわら繁盛はんじょうしてなきゃ駄目だってなぁ!

      客が来なくなっちゃア、たまらねえやな!


駕籠かき1:はッ! はッ! はッ! はッ!

      だよなぁ、命がけだ!

      それにしたって、命かけても、女郎買じょろうかいに行きたいかねぇ!


駕籠かき2:はッ! はッ! はッ! はッ!

      あぁ、助平すけべいだからなぁ!


男:るせぇこの野郎ォ!


駕籠かき1:あああいけねぇ聞こえてた。

      内緒話ないしょばなしだな、相棒!


駕籠かき2:ああ、内緒話ないしょばなしだぁ!


男:けっ、内緒話ないしょばなしもあるかぃ。


駕籠かき1:いやぁははは…旦那だんな

      うまくいったら一つ、お願いしますよォ!


男:わかってるよ!


駕籠かき2:頼んますぜェ!

      おうい、うまくいくよう祈ろう!


駕籠かき1:ああ、祈ろう!

      妙法蓮華経みょうほうれんげきょう南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう


男:【↑の語尾に喰い気味に】

  よせやぃ!

  大丈夫だって言ってんだろぃ!


駕籠かき2:大丈夫だってよ!

      気を付けろー!


駕籠かき1:ああ!

      …!あ、旦那だんな、やっぱりいますよ。

      店出みせだしてますわ。

      あれ、あのちらちら見えますぜ。

      引き返しましょう。


男:いいよ、そのまま行けよ。


駕籠かき2:いや、だってそこにいますよ。


男:だから、音のしねえようにそっと行って、するりと。


駕籠かき1:するりと、って言ったって…


男:いいから、スーッと! スーッと行けって!

  ほれ、祝儀しゅうぎだ、女だ!


駕籠かき2:~~んんじゃあ相棒、行くか。


駕籠かき1:旦那だんな、いざとなったら駕籠かご放り出しますからね。


駕籠かき2:なんかしゃべっちゃいけませんよ。

      口結くちむすんで、舌噛したかむといけませんからね。


男:おう、頼んだぜ。


駕籠かき1:よ、ようし…行くぜ、相棒。

      ふッ、ふッ、ふッ、ふッ。


駕籠かき2:あいよ。

      ふッ、ふッ、ふッ、ふッ。


追い剥ぎ:おいッ、待て! 待てェッ!!


駕籠かき1:やべぇおいでなすった!


駕籠かき2:逃げろ、逃げろッ!

      ううぅいぃぃしょぉぉあぁぁーーーッッッ!


駕籠かき1:こんなのにッ、捕まってたまるかいぃッッ!


駕籠かき2:あんな田舎侍いなかざむらいにぃぃ!

      ふッ、ふッ、ふッ、ふッ!

      旦那だんな、いなくなったみてえですぜ!


駕籠かき1:ふッ、ふッ、ふッ、ふッ!

      このぶんなら、うまく行きますよッ!


追い剥ぎ:そこな駕籠かごまれィ!


駕籠かき2:やべえ、まだいやがった!


駕籠かき1:見ろッ、あっちからも来やがった!


駕籠かき2:ちきしょう、後ろからもだ!

      旦那だんな、すまねえ、ここらが潮時しおどきですわ!


男:おう、命あっての物種ものだねだ!

  早く逃げな!

  あとは任しとけ!


駕籠かき1:旦那だんな、ご武運ぶうんを!


駕籠かき2:相棒、こっちだ!


男:【つぶやく】

  12、3人はいるな…けっ、浪士ろうしくずれが…来やがれってんだ。


追い剥ぎ:これッ、駕籠かごの中のじん物申ものもうす。

     我ら由緒ゆいしょあって徳川家に味方いたす浪士ろうし一隊いったい

     されど軍用金ぐんようきん事欠ことかいておる。

     ぐるみいで置いて行け。

     命までは取ろうとは言わぬ。

     なまじ生半なまなか腕立うでだいたすと、貴様の為にならぬぞ。

     中におるのは武家ぶけ町人ちょうにんか、これへいッ、…いッ!

     …近藤こんどう龕灯がんどう駕籠かごへ向けろ。

     武士ぶしなさけだ、襦袢じゅばんだけは許してつかわす。

     ぐるみい…ッ!?


男:へ、へっ、へーーーーーーーーーっくしょい!!!


追い剥ぎ:!おお、もう済んだか。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様(敬称略)


古今亭志ん朝(三代目)

三遊亭圓楽(五代目)

立川談志(七代目)




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