古典落語「蔵前駕籠」
駕籠は江戸時代の終わりまで乗り物として船と並んで活躍していました。
ところがその代金は非常に高く、とても手の出ないものでした。
それゆえに駕籠に乗って吉原へ行くとたいそう幅が利いた。
そんな駕籠にまつわる落語です。
原作:古典落語「蔵前駕籠」
台本化:霧夜シオン
所要時間:約25分
必要演者数:4名
(0:0:4)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって、性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
●登場人物
男:物語に三人登場しますが同一人物ではありません。
どっちも吉原目当てのお客さん。
馴染みの遊女に逢いたくて仕方ない。
親方:宿駕籠の主人。
世情が物騒であるため、男の吉原行きを止めようとするが、
結局押し切られる。
駕籠かき1:物語の前半は辻駕籠の駕籠かき。後半は宿駕籠の駕籠かき。
なので同一人物ではありません。
駕籠かき2:物語の前半は辻駕籠、後半は宿駕籠の駕籠かきです。
なので同一人物ではありません。
追い剥ぎ:幕末に横行した、幕府に味方する為軍用金を徴収するという
名目で夜の闇に乗じて身ぐるみ剥いでいく者達。
●配役例
男:
親方・追い剥ぎ・枕・語り:
駕籠かき1:
駕籠かき2:
枕:今は便利な乗り物がたくさんございますが、昔は船、それから駕籠が
主でした。
しかし駕籠は当時の庶民には鰻と並んで高嶺の花、贅沢なものだった
そうです。
と言いますのも、代金が現代の乗り物と比べてもかなり高額で、
当時の距離、一里約4kmにつき四百文、現在の価格で約一万円にも
なり、日本橋から吉原大門まで行く交通費だけでそのくらいかかった
そうです。
一日の売上げは多くて約六万円、少ないと約一万円くらいなんですが
、そこから駕籠の持ち主、いわゆる元締めが八割以上取ってしまい、
残りの雀の涙が駕籠かきの取り分てことになるわけです。
だから先の日本橋・吉原間を走っても千五百円くらいしか稼げない。
なもんで、辻駕籠は客から貰う酒手、今でいうチップ、あれを期待し
ている者が多かったんですな。
ところが辻駕籠拾う客てのは、大体が安く済ませたいもんですから、
こんなやりとりが起きやすいんだそうで。
男:さぁてと…今日は懐があったけぇ。
吉原の馴染みに逢いに行かにゃあな。
宿駕籠で行きゃ箔は付くし幅利かせられるが…何しろ高けぇ。
どっかに辻駕籠は…。
駕籠かき1:おい、おい相棒。
あらぁ客だぞ、駕籠探してんじゃあねえか?
駕籠かき2:お、そうだな。
へぇ駕籠―ッ、へぇ駕籠ーッ!!
【”ぇ”はほとんど発音しない】
男:あん? 屁ぇ駕籠?
なんだか臭そうだな…。
他にいねえのか…?
駕籠かき1:ちょちょちょおいおい相棒、勘違いさせちゃあいけねえ。
駕籠かき2:お、おうすまねえ。
ええ駕籠―ッ、ええ駕籠ーッ!
男:?なんだ、聞き間違いか…?
まあいいや。
おう、吉原まで一丁頼むよ!
駕籠かき1:へぃっ、承知しやした。
男:ああ。
よっこらせ。
…さ、ひとっ走りやってくんな。
駕籠かき2:【つぶやく】
ちぇっ、酒手なしかよ…。
駕籠かき1:【軽い溜息】
…よし、相棒、行くぜ。
駕籠かき2:…あいよ、っと。
駕籠かき1:【ちょっとやる気なさそうに】
えっ、ほっ、えっ、ほっ。
駕籠かき2:【ちょっとやる気なさそうに】
えっ、ほっ、えっ、ほっ。
男:【つぶやく】
しめしめ、これで安くいったぜ。
…にしてはなんだか遅ぇなぁ、この駕籠…。
駕籠かき1:【ちょっとやる気なさそうに】
えっ、ほっ、えっ、ほっ。
駕籠かき2:【ちょっとやる気なさそうに】
えっ、ほっ、えっ、ほっ。
男:なんかやる気ねえなぁ…宿駕籠にどんどん抜かれてくのはしょうがね
えけど…。
っておいおい、いま抜いてったの…!
てか今気づいたが、ほとんど歩いてねえかこれ!?
おう駕籠屋さん、駕籠屋さんよ!
駕籠かき1:【ちょっとやる気なさそうに】
えっ、ほっ、へい? お呼びでございやすか?
男:なんだよおい!
さっきから後から来る駕籠にどんどん抜かれてるじゃねえか!
駕籠かき2:【ちょっとやる気なさそうに】
へえ、後から来る駕籠は抜いて行きやすが、
先を行く駕籠には抜かれませんで。
男:いやくだらねえこと言うなよ!
どうでもいいけどさ、宿駕籠に抜かれるんなら分かるがよ、
いま抜いてったのは辻駕籠じゃねえか!
なんだよ、どうしたってんだよ、ええ!?
駕籠かき1:まぁまぁ旦那、怒っちゃあいけませんよ。
駕籠かき2:向こうが速いわけってのがあるんですよ。
なんたって酒手っていう楽しみがありますからねぇ。
どうしたって身体が速く動いちまうんですわ。
男:【つぶやく】
ぐぐぐ、やっぱり酒手が目当てかい…!
駕籠かき1:へへ、そこへ行くとこっちはそれが無えでしょう?
だからどうしたって遅くなっちゃうんですよ。
駕籠かき2:どうでしょうねえ旦那、ものは相談なんですが、
大したご散財はかけませんが、ひとつ、いくらか色をつけて
おくんなさいよ。
駕籠かき1:お願いしますよ旦那ァ。
色付けてくだすったら今抜いてったあの駕籠、
抜き返して見せますから。
なあ相棒!
駕籠かき2:おうよ!
それが無いってなると、いつまでもこうやって歩いてますぜ
、やる気が出ないもんで、ええ。
駕籠かき1:これぁ下手すると、停まるかもわかんねえですなぁ。
駕籠かき2:あ、いけねえ、眠くなってきた。
ふあああ~~…。
男:じょ、冗談じゃねえ!
分ったよ、二分ずつ出すよ!!
駕籠かき1:へへっ、さすが旦那!
毎度ありィ!!
駕籠かき2:いよっ、さすが粋な江戸っ子!
漢の中の漢ッ!
語り:とまぁとどのつまり、多く払う羽目になってしまったわけです。
これが多少慣れた人になってくると、乗る前に引導を渡しちゃうん
だそうです。
男:おうっ、駕籠屋さん!
一丁頼むよ!
駕籠かき1:へっ、どちらまで!
男:吉原までやってくんな!
駕籠かき2:へいっ、承知しやした!
男:おっとそうだ。
いいかい、途中でごねたって酒手は出ねえよ!
真打ってのは遅れて登場するもんだからな。
ゆっくり行ったっていいんだ。
だから酒手は出さねえ、いいかい?
駕籠かき1:へっ…左様で。
駕籠かき2:【つぶやく】
けっ、釘刺して来やがった。
じゃあ行くか、相棒。
駕籠かき1:…あいよぉ。
【かなりやる気がない】
えっ、ほっ、えっ、ほっ。
駕籠かき2:【かなりやる気がない】
えっ、ほっ、えっ、ほっ。
男:【つぶやくように】
てやんでぇ、だらだらしやがって。
ほとんどぶらぶら歩いてんじゃあねえか!
駕籠かき1:えっ、ほっ、えっ、ほっ…おうっ、相棒!
駕籠かき2:えっ、ほっ、えっ、ほっ…なんだい!?
駕籠かき1:ゆんべ乗っけたお客さんはよ、粋なお客さまだったなァ!
駕籠かき2:そうそう、粋な方だったなァ!
乗る時になんて言ったっけ!?
駕籠かき1:おう駕籠屋さん、途中でごねたって酒手は出さねえよ、って
はじめは言ったんだよ。
でさ、吉原土手に差し掛かったところで、
旦那、ほどなく大門でございますよ、って声かけたんだ。
駕籠かき2:そうそう、そうだったなァ!
んで、大門口で降りる時になんて言ったっけ?
男:【つぶやくように】
ちきしょう、あてこすりやがって!
けどここで怒鳴っちまっちゃあ下ろされかねねえ…。
駕籠かき1:おう駕籠屋さん、あたしも長えこと色んな駕籠に乗ってるが
、おめえ達くらい担ぎっぷりの良い駕籠に乗ったのは初めて
だ。
こいつはまことに少ねえが祝儀だよ、って俺たちに二分ずつ
くれたっけなァ!!
駕籠かき2:あぁいただいた!
粋なお客様だったなァ! 良い方だったよなァ!!
男:【つぶやくように】
…嫌な話になってきやがったよ。
聞いてるって思われたらかなわねえ。
ここはひとつ…【いびき二回】
駕籠かき1:えっ、ほっ、えっ、ほっ、あん?
なんだかいびきが聞こえるな?
駕籠かき2:えっ、ほっ、えっ、ほっ、おい相棒、寝ちまってるよ。
男:【いびき二回くらい】
駕籠かき1:ようし、ちょいと駕籠を揺さぶって起こそうじゃねえか。
駕籠かき2:よしきた。
どっこいしょ! どっこいしょ!
駕籠かき1:どっこいしょ! どっこいしょ!
駕籠かき2:そらどっこいしょ! っこいっしょ!
男:【つぶやくように】
うおおおこいつら、強引な手できやがったよ…!
いでっ、いででで、頭が駕籠の通し棒にぶつかりやがる!
ちきしょう、こうなったら意地でも寝たふりしてやらぁ!
【いびき二回くらい】
駕籠かき1:どっこいしょ! どっこいしょ!
ああ相棒、駄目だ、土手に差し掛かっちまったよ!
駕籠かき2:どっこいしょ! どっこいしょ!
くぅぅしゃあねえ、声かけて起こすか!
旦那、旦那ー!
男:お、おお…
ん~~~ッ、あぁ~よく寝ちゃったよ、いい心持ちだった。
で、なんだい?
駕籠かき1:【つぶやく】
けっ、どうせ狸寝入りだろが…。
駕籠かき2:もう吉原土手まで来ましたぜ、旦那。
男:おぉ早いな、ほどなく大門かい。
ありがとありがと。
いやぁ駕籠屋さんの前だけどね、俺ァゆんべ、乙な駕籠屋に乗っちゃ
ってねぇ。
駕籠かき1:へぇぇ、そうなんですかい。
駕籠かき2:あっしらを差し置いて乙とは聞き捨てならねえですなぁ。
男:まあ最後まで聞いてくれや。
乗って眠ってたら吉原土手に差し掛かって来てね、ほどなく大門です
よ、って声かけて起こされたんだよ。
駕籠かき1:【つぶやくように】
おや、このくだりはまさか…。
駕籠かき2:【つぶやくように】
さっきのあっしらの話しじゃねえか?
男:で、大門前で降りる時に駕籠屋がね、
いやぁあっしらも長い事この駕籠屋渡世をしておりますがね、
旦那ほど乗りっぷりのいいお客は初めてでございますよ。
これァ誠に少ないが祝儀だってんで、駕籠屋が俺に二分ずつくれたん
だよ…っておい?
駕籠かき1・2:【立ったまま狸寝入り・いびき二回ほど】
男:おいおいおい、立ったまま寝るなァ!
ていうか狸寝入りだろが!
語り:これほど吞気だった江戸でございますが、
慶応の四年というのは不審な年で、正月の三日から鳥羽伏見の戦が
ございました。明治維新も近い幕末の頃になると、
ずいぶん世間は物騒になって参ります。
尊王攘夷だ、開国佐幕だってんで薩摩や長州が幕府としのぎを削り
あっている。
武士が故郷を無断で抜け出す事を脱藩て言うんですが、その一部が
徒党を組んで追い剝ぎや押し込み強盗を繰り返す。
明日はどうなるか分からないってなると、人は不安に囚われるもん
です。
いま持ってる金が使えなくなるかもしれないから使ってしまえ、
ってんで、吉原などで湯水のごとく派手に使ったんだそうです。
当然そこへ乗せていく駕籠屋も繁盛したわけで、宿駕籠は特に
蔵前茅町の江戸勘、日本橋本町の赤岩、そして芝の神明に初音屋
、いわゆる江戸の三駕籠屋があり、ここの提灯の下がっている駕籠で
吉原あたりに乗り込んでいくと、たいそう幅がきいたとか。
そういう連中の乗る駕籠も当然、追い剥ぎ集団の獲物になります。
どこに出没したかって言いますと、日本橋神田界隈から一度は通ら
なくちゃならない蔵前通り。
そこに覆面で顔を隠し、刀を引っさげて連日連夜出没したんだそう
です。
辻駕籠はもちろん、宿駕籠も暮れ六つになるとぴたっと吉原方面へ
の駕籠は止めてしまう。
そんなのが続くもんだから、当然客足は遠のいて吉原も暇になる。
にも関わらずそういう所へ行きゃモテるだろうってんで、命の危険
を顧みない輩がいたりするわけです。
男:おうッ、駕籠一丁頼むよ!
こちとら気分が浮いてんだ、二人ばかり威勢のいいのを頼むぜ!
祝儀ははずむからよ!
親方:へい、承知しやした。
それで、どちらまで行きやしょうか?
男:おいおい、どちらも何もねえだろ。
気分が浮いてるっつってんだろが!
行くところは吉原って分かりそうなもんだろ!
北へまっつぐ一本道行ってくれりゃあいいんだよ!
親方:はぁ…吉原でございますか。
男:何が吉原でございますか、だよ。
おめえどこで取れた大馬鹿野郎め。
胸ぇ叩いて、万事承知ッ!とやりゃそれでいいんだ、頼むよ!
親方:はぁ…。
いや…あの、いま、鐘が暮れ六つ打ちましたよね?
男:そうだよ、暮れると打つし明けると打つんだ。
明け六つ暮れ六つっつうんだ、暮れて打ったから来たんだよ。
親方:それがですね…暮れ六つ打つとね、
近頃は吉原行きの駕籠は出さねえことになってるんで。
うちだけじゃねえ、赤岩でも初音屋でも出さねえんです。
男:なんで?
親方:なんでって…知らねえんですかい?
男:知らねえな。
なんだよ、何かあんのか?
親方:蔵前通りに追い剥ぎが出るんですよ。
男:出る?
…ウソだろ。
親方:いや、ほんとに出るんですよ。
男:出るったっておめぇ、毎晩は出ねえんだろ?
親方:毎晩出ますよ。
男:ゆんべは?
親方:出ました。
男:じゃあ一昨日は?
親方:出ました。伊勢屋の駕籠がやられたんです。
男:ならその前は?
親方:出ましたよ。
ずーっと出てんです。
男:じゃあ今日は?
親方:出ます。
男:…。
……。
…なに??
親方:出ますよ。
男:やけにはっきり言うじゃねえかよこの野郎。
さては一緒になってやってんのかい?
お二人様ご案内、とか、今日は三組ご案内、とか
分け前もらってやってるんじゃねえのか?
親方:馬鹿を言っちゃいけませんよ、ずーっと出てるんですから。
男:ずっと出てるんだったらよ、追い剥ぎの連中だって懐があったまって
るだろうさ。
今日みてえな寒空の下で人斬り包丁ぶら下げてふらふらしてるよりも
よ、柳橋かなんかの茶屋の二階に上がって一杯吞んで、
故郷の歌でも歌いながら、どんちゃん騒いで踊ったりしてるに違いね
えって。その隙にうかがわねえってのは愚の骨頂だ。
だから駕籠一丁出してくれよ。
親方:いやあ、皆さんそんなこと言って行くんですけどね、
みーんな獲られちまうんですよ。
悪いこたあ言いません、止した方がいいですよ。
襦袢一枚でくしゃみしながら帰ってくるなんて洒落になりませんよ
。それこそ襦袢にもならねえ。
別に吉原が今晩で無くなるわけじゃないんですから。
男:なに襦袢と自慢を掛けてやがんだ。
あたりまえじゃねえか。
吉原が無くなる時は、日本だって無くなってんだからよ。
親方:でしょう?
ですから、そんな剣呑な思いをしていらっしゃらなくたって、
明日昼遊びてことになすったらいかがです?
男:てやんでぃべらぼうめ、一丁前に説教垂れてるんじゃあねえよ!
昼遊びがあるなんてこたぁ百も承知、二百も合点なんだよ!
馴染みの女から文が来てんだ。目が開いてんなら読め!
その文中にいわく、「今晩、お前さんのお顔を是非見せてもらいたい、
、でないと虫が収まりんせん 。」と。
だから虫を抑えるこの顔を持って行くだろ。
馴染みの前でこの顔をぱっと出すだろ?
すると女がまぁ嬉し、わっちの為に体を張って来てくれたんでありん
すね、今夜は離しんせんよ、ってことで俺の首根っこに抱きついてな
。
二人でもってごろごろごろって転がって、
夜具の上で重なってまぁず目出度やなってぇ事になるんだよ!
そう思うと俺ァもう、身体がカッカしちまって疼いてくるね!
だからよ、人助けだと思って駕籠出してくれ。
親方:うぅぅん…人助けはいいんですがねえ…うまくいきますかねぇ…。
男:大丈夫だって言ってんだろ!
祝儀ははずむし、うまく吉原まで着いたらよ、一晩遊ばしてやるから
威勢のいい若ぇの見繕ってくれよ!
親方:はあ…はあはあはあ、なるほど…。
しかし…うーん…。
男:ええぃじれってぇなァおい!
そんなにウジウジしてんなら江戸勘の看板下ろしちまえ馬鹿野郎!!
田舎侍が怖くて駕籠屋がやってられねえだろうがよ、べらぼうめぃ!
追い剥ぎどもは駕籠屋じゃなくて俺が目当てなんだろうがよ!
駕籠なんざいらねえんだろ!?
親方:うーん、まぁ駕籠まではいらんでしょうな。
男:いざ追い剥ぎ共が出たら、駕籠おっぽり出して逃げりゃいいだろうが
!
親方:でもその、何かあったらうちの看板に傷がーー
駕籠かき1:【↑の語尾に被せて】
親方、あっしらが行きやしょう。
親方:おいっ、止しな。
駕籠かき2:いやいや、大丈夫です。行きますよ、えぇ。
旦那のおっしゃる通りだ。
それで、祝儀をはずむってのは本当でござんすか?
男:おう、本当だ。
うまく吉原まで着いたら、おめえらにも女抱かしてやるよ。
どうでい?
駕籠かき1:うほほ、そいつぁありがてぇ。
親方、大丈夫ですって。駕籠はどうってこたねぇんですから。
こっちは命より祝儀が大事なもんでね。なぁ相棒!
駕籠かき2:おうよ!
旦那、約束ですからね、くれぐれも頼んますよ!
ぐずぐず言っちゃあいけませんからね。
もし出たら、そこまでですぜ!
男:わかってるよ!
何もおめえらにチャンチャンバラバラ渡りあってくれたぁ言わねえ!
駕籠かき1:ようし相棒、さっそく支度にかかるか!
駕籠かき2:合点だ!
男:【↑の語尾に被せ気味に】
おぅ待ちな待ちな、後の喧嘩が先ってこともあるからよ。
駕籠賃と…ほれ、酒手の祝儀、二分ずつだ。
親方:へい、ありがとうございやす。
男:おぉいおい、親方が取ってはじくのかい?
親方:えっ?へへ、いや、そんな事は…
おうおめぇら、行って来い行って来いっ。
駕籠かき1:へっ。
旦那、それじゃああっしら支度をーー。
男:おう、支度なら俺もするからちょいと待ってくれ。
どれ…。
駕籠かき2:えっ、だ、旦那?!
この人着ているもんをふんどし一丁以外、全部脱いで綺麗に
本畳みにたたんじまったよ…。
駕籠かき1:しかもそいつを煙草入れや紙入れと一緒に、
駕籠の座布団の下に隠しちまったぞ…。
男:よぅしこれでいい。
おうっ、支度はできたぜ!
やってくんな!
駕籠かき2:だ、旦那、やってくんな、とは言いますけどね、裸ですぜ?
男:ああ、裸だよ、それがどうしたってんだい。
駕籠かき1:旦那、風を切っていきますんで冷えますよ?
男:いいんだよ冷えたって。
向こう行きゃ温め手がいるんだからよ!
寒かったでありんしょう、わっちが温めてあげんす…ってよう!
かーっ、こらぁのろけちまったなあ!
駕籠かき1:いやぁ、こらぁどうも、あっしは感動しちまったね!
あ、親方、ちょいとご覧なすって下さいよ!
駕籠かき2:胸ぇ打たれて涙が出て来ちまうよ!
旦那のこの出で立ちなるものを見ちまうと、ね!
親方:どれどれどれ…
! はぁぁいやぁ、これはえらいねぇぇ。
女郎買いの決死隊だ。
こう行きてぇもんだな!
よしおめえら、粗末のねえように行ってこい!
駕籠かき1:あいよッ!
行くぜ相棒ッ!
駕籠かき2:よしきた合点だ!!
えッ! ほい駕籠ッ! えッ! ほい駕籠ッ!
はッ! はッ! はッ! はッ!
男:おう、威勢がいいねェ!
こうでなくっちゃあな!
駕籠かき1:ええそらぁもう! 酒手が入ってやすからね!
鳴きも入ろうってもんですよ!
えッ! ほい駕籠ッ! えッ! ほい駕籠ッ!
はッ! はッ! はッ! はッ!
どうだい相棒! うまく行きてえなあ!
駕籠かき2:はッ! はッ! はッ! はッ!
まったくだ!
天子様だか将軍様だか知らねえけどよ、
吉原が繁盛してなきゃ駄目だってなぁ!
客が来なくなっちゃア、たまらねえやな!
駕籠かき1:はッ! はッ! はッ! はッ!
だよなぁ、命がけだ!
それにしたって、命かけても、女郎買いに行きたいかねぇ!
駕籠かき2:はッ! はッ! はッ! はッ!
あぁ、助平だからなぁ!
男:るせぇこの野郎ォ!
駕籠かき1:あああいけねぇ聞こえてた。
内緒話だな、相棒!
駕籠かき2:ああ、内緒話だぁ!
男:けっ、内緒話もあるかぃ。
駕籠かき1:いやぁははは…旦那!
うまくいったら一つ、お願いしますよォ!
男:わかってるよ!
駕籠かき2:頼んますぜェ!
おうい、うまくいくよう祈ろう!
駕籠かき1:ああ、祈ろう!
妙法蓮華経、南無妙法蓮華経…
男:【↑の語尾に喰い気味に】
よせやぃ!
大丈夫だって言ってんだろぃ!
駕籠かき2:大丈夫だってよ!
気を付けろー!
駕籠かき1:ああ!
…!あ、旦那、やっぱりいますよ。
店出してますわ。
あれ、あのちらちら見えますぜ。
引き返しましょう。
男:いいよ、そのまま行けよ。
駕籠かき2:いや、だってそこにいますよ。
男:だから、音のしねえようにそっと行って、するりと。
駕籠かき1:するりと、って言ったって…
男:いいから、スーッと! スーッと行けって!
ほれ、祝儀だ、女だ!
駕籠かき2:~~んんじゃあ相棒、行くか。
駕籠かき1:旦那、いざとなったら駕籠放り出しますからね。
駕籠かき2:なんか喋っちゃいけませんよ。
口結んで、舌噛むといけませんからね。
男:おう、頼んだぜ。
駕籠かき1:よ、ようし…行くぜ、相棒。
ふッ、ふッ、ふッ、ふッ。
駕籠かき2:あいよ。
ふッ、ふッ、ふッ、ふッ。
追い剥ぎ:おいッ、待て! 待てェッ!!
駕籠かき1:やべぇおいでなすった!
駕籠かき2:逃げろ、逃げろッ!
ううぅいぃぃしょぉぉあぁぁーーーッッッ!
駕籠かき1:こんなのにッ、捕まってたまるかいぃッッ!
駕籠かき2:あんな田舎侍にぃぃ!
ふッ、ふッ、ふッ、ふッ!
旦那、いなくなったみてえですぜ!
駕籠かき1:ふッ、ふッ、ふッ、ふッ!
このぶんなら、うまく行きますよッ!
追い剥ぎ:そこな駕籠、停まれィ!
駕籠かき2:やべえ、まだいやがった!
駕籠かき1:見ろッ、あっちからも来やがった!
駕籠かき2:ちきしょう、後ろからもだ!
旦那、すまねえ、ここらが潮時ですわ!
男:おう、命あっての物種だ!
早く逃げな!
あとは任しとけ!
駕籠かき1:旦那、ご武運を!
駕籠かき2:相棒、こっちだ!
男:【つぶやく】
12、3人はいるな…けっ、浪士くずれが…来やがれってんだ。
追い剥ぎ:これッ、駕籠の中の仁に物申す。
我ら由緒あって徳川家に味方いたす浪士の一隊。
されど軍用金に事欠いておる。
身ぐるみ脱いで置いて行け。
命までは取ろうとは言わぬ。
なまじ生半に腕立て致すと、貴様の為にならぬぞ。
中におるのは武家か町人か、これへ出いッ、…出いッ!
…近藤、龕灯を駕籠へ向けろ。
武士の情けだ、襦袢だけは許してつかわす。
身ぐるみ脱い…ッ!?
男:へ、へっ、へーーーーーーーーーっくしょい!!!
追い剥ぎ:!おお、もう済んだか。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様(敬称略)
古今亭志ん朝(三代目)
三遊亭圓楽(五代目)
立川談志(七代目)